Une ジョウト地方へ
Side???
「えっ、ジョウト地方に、ですか」
『ええ、そうよ』
四月初旬、それは誰にとっても新しい生活の始まりだ。それは、わたし達にとってもそう。今日は四月の一日、午前十一時、新生活に向けての準備が終わって、わたし達を待っている出逢いとか、発見、経験に心を躍らせている頃だね。
ここはわたしの生まれ故郷、ホウエン地方にある港町、カイナシティ。観光と商業でも賑わいを見せているこの街は、いつもと変わらぬ賑わいを見せている。耳を澄ませてみると、市場に立ち並ぶ露店からは、お客さんを呼び込む店員の声が威勢よく響き渡っている。それに応えるかのように、店を訪れた観光客、住民…、色んな人がせわしなく行きかっている。また、海の方からは、始業前最後の休日っていう事もあって、家族、友達、職場の仲間達とバーベキューを楽しんでいる。海辺に住んでいるポケモン達も、人間達と同じように盛り上がっている。水中で見つけた綺麗な貝殻を、嬉しそうに親に見せるマリル、広い海を越え、旅してきた思い出を冗談交じりで語るぺリッパー…。人間、ポケモン問わず、誰もが思い思いに今日という一日を満喫している。
ちょっとしたお祭り騒ぎの港町を訪れているわたし、ラティアスのライトは、人間の姿で、驚きと共に疑問を顕わにする。その矛先を向けられたのは、九本の長い尻尾が特徴的な炎タイプの種族、メスのキュウコンである。彼女は通り抜ける潮風に九本の尻尾を靡かせながら、当然の様に頷いた。
『ジョウトって確か、シルクの故郷だったよね』
彼女が頷くと、わたしのすぐ隣で話を聴いていたオスのマフォクシー、パートナーのティルが声をあげた。彼は視線をキュウコンの彼女からわたしに移し、伺うように訊ねた。
『そういえばそうだったね。しばらく会ってないけど、元気かなー』
続いて声を繋いだのは、一般的な個体ではピンク色の部分が青くなっている、メスのニンフィアのテトラ。テトラは懐かしそうに上を見上げ、その彼女に思いを馳せていた。
『あのシルクなら、心配する事は無いだろうな』
まるで彼女の代わりのように答えたのは、メンバーの中では最年長でオスのグラエナであるラグナ。彼は僅かに口角を上げ、若干の笑みを見せていた。
『そうだよね。早く会いたいなー』
最後に口を開いたのは、見るからにワクワクして待ちきれないと言った様子の、チルタリスの女の子。ラフはフワフワな翼で何回か羽ばたき、身体で気持ちを表現していた。
わたしも、早くジョウトに行ってみんなに会いたい! 二年ぐらい会ってないから、早く色んな事を話したいよ。わたしは仲間たちの楽しそうな会話を聞きながら、こういう思いに満たされた。たぶんみんなも同じ気持ちなのか、明らかに表情が弾けていた。
「わたしもだよ。でもアオイさん、何でジョウトなんですか」
一通りみんなの言葉を聞いた後、わたしは逸れかけていた話題を元に戻す。正面にいるキュウコン、アオイさんに声をかける。何でその地方の名前が出てきたのか疑問を抱きつつ、わたしはこう訊ねた。
『ジョウトにも私達の同族がいるらしいのよ』
『私達って、ラティアスが、って事だよね』
アオイさんは自信満々にそう言い放ち、一度右前脚でわたしを指さす。その彼女の言葉にラフが真っ先に反応し、驚かすをくらった時のような表情で聞き返した。彼女の驚きの声があまりに大きかったのか、わたし達の近くを通り過ぎた人のうちの何人かが、ハッとこっちに振りかえっていた。
『でもアオイさん、確か前に、ラティアスとラティオスは三匹ずづしかいないって言ってたよね』
『ええ、確かに、言ったわ。っでも、この私が言うのだから、間違いないわ』
そこに、左右の触手を身体の前で組みながら、テトラがそう聞き返す。言い終わった後、まるで『そうだよね』っと確認するように、わたしの方をチラッと見た。
一方のアオイさんはと言うと、うんうん、と頷きながらテトラの質問に肯定する。でもそのすぐ後に、『有無を言わさない』といった感じで言い放つ。この言い方は、彼女らしく断定的な良い方になっていて、他勢力を力で押さえるほどの圧力を持っていた。
うん、わたしも知らないよ。わたしが知ってるラティオスは、カナズミにいるお兄ちゃん、幼なじみのヒイラギ、それからスカイさん。ラティアスはわたしとアオイさん、それからカントーにいるハートさんだけ。テトラ達に教えたのはわたしだし、わたし自身もアオイさんから聞いた。だから、わたしも、何でか知りたいよ。
わたしは彼女達が議論を交わしている間、頭の中だけでその数を数えていた。ひとりの顔を思い浮かべては沈ませ、別の人物をイメージしては上書きする…。例えるなら、青い空に浮かぶ白い雲。そんな感じで、浮かんでは消えてを繰り返した。
『だからライト達には、直接会って、確かめてほしいのよ』
「でも、どうすれはいんですか」
『名前でも分かっていれば、探しやすいんだが…』
会いに行くにしても、『その地方にいる』っていう、ざっくりとした情報だけでは探せないよ。だから、いくらわたしがする予定のついでにジョウトを旅すると言っても、無理がありすぎるよ。
総動員で反論するわたし達に構わず話を進めるアオイさんに、わたしは真っ直ぐ目を見て訴える。伝わったのかどうかは分からないけど、そう信じて、もう一度念を押した。そこにラグナが、わたしが一番聞きたかったことを代わりに言葉にしてくれた。
『ウィルと言うらしいわ』
『ウィルさん、って言うんだね』
『そのウィルってひと、どっちなの』
彼女はそう言うと、質問したラグナを真っ直ぐ見据える。その行動がわたしには、『これだけ言えば十分よね』という意味合いを含んでいるように感じられた。
間髪を入れずに、ティルとラフ、二匹の声が揃って春の海に繰り出した。ティルはその人物の名前を復唱し、目線で訴える。ラフは更なる情報を求めて、質問を重ねた。
『そこまでは知らないわ』
「えっ」
『それを確認するのがライトよ』
「でっ、でも…」
『それにライト、どのみちジョウトに行くんだから、そのついでじゃない。仕事の一つや二つ増えるぐらい、変わらないわ』
でも、そのウィルさんがどっちなのか知らないと、探すにも探せないよ。いくらわたしがエスパータイプだからと言っても、たったこれだけの情報では無茶だよ!
無理難題を押し付けてきたアオイさんに、わたしはこう声をあげて反論しようとした。しかしその前に、その彼女によってわたしの訴えが遮られてしまった。
主張が遮られて、チーゴの実を食べた時のような表情になったわたしに構わず、ハートさんは話を続ける。
『それにライト、ライトに行ってもらってこそ、意味があるのよ』
『ライトに…、あっ、そっか! それなら、ライトが探した方がいいね』
えっ、でも、何でわたしが? ジョウトはわたし達の誰の出身の場所でもないし、行った事もない。 ジョウトが出身地のシルクとユウキ君がするなら分かるけど、どうしてアオイさんはわたしに頼んできたんだろう。
わたしは自分で自分に問いかけ、その事を確認する。その間にも、晴れ渡っていた空が薄い雲に覆われた…、そんな気がした。
わたしのパートナーも分からなかったらしく、腕を組んで考え込む。数秒思考を巡らせた後、何かを閃いたらしく、パッと明るい声をあげていた。
『ティル兄、何でなの』
ラフも首をこくりと傾げ、彼に問い詰める。
『だって俺達、“エクワイル”でしょ? まだ“キュリーブ”だから連盟からの援助は無いけど、そのウィルって言う人に色々伝えれるしね』
『ティル君、流石ね』
アオイさんが言いたいことが分かったティルは、彼女の代わりに話を始める。身振り手振りで伝えながら、時々わたしの襟元に着けているバッジに目を向けた。その後、わたしに向けていた目線をキュウコンの姿のアオイさんに移し、『そうですよね』と、目で訴えた。
アオイさんは、彼の問いにぎこちない笑みで答える。その彼の説明で、わたしを含めたメンバー全員がようやく理解し、揃って『あっ』と声をあげた。
「そっか。 それに今、ジョウトは二つも活発になってる組織があるみたいだし、丁度いいかもしれないね」
『要はそう言う事よ。詳しい事は先に行っているヒイラギか、“アージェント”のあの子に聞いてちょうだい』
『“アージェント”って事は、ユウカさんだね』
仕事のついで、って、そう言う事だったんだね。わたしはそう思いながら、言の葉を連ねる。その瞬間モヤモヤとしていた雲が、吹き抜ける春風によって一掃された気がした。
テトラにも持ち前の明るさが戻り、満面の笑みでわたしに訊ねてきた。もちろんわたしも大きく頷き、彼女に肯定の意を真っ直ぐに伝えた。
『…水を差すようだが、そろそろ歩きはじめないとマズいんじゃないか? 船の時間が迫ってるんだが…』
「船…、あっ、いけない! もうそんな時間」
ラグナ、ごめん! 話に夢中ですっかり忘れてたよ。
彼の言葉で、話に明け暮れていたわたしは大切な事を思いだす。その瞬間わたしの頭の中に電流にも似たものが駆け抜け、わたしを跳び上がらせた。
『なら急いだ方が良いね』
『そっ、そうだね。早くしないと』
「だからアオイさん、そろそろ行きますね」
ラフは一度太陽の位置を見てから、かなり焦った様子で声を荒げる。一方のティルは彼女とは対照的に、落ち着いた様子でその方に目を向けながら呟いた。最後にわたしがそう締めくくり、アオイさんにぺこりと一礼した。
『頼んだわ』
そう言うと、彼女はわたし達それぞれに視線を送る。目で語るように真っ直ぐ見つめ、次へと移す…。そうする事で、語らずとも依頼を託す…、そうしてるような気がした。
アオイさんは彼女から見て一番左にいるラグナから、ティル、わたし、テトラ、ラフの順に目に焼き付けると、急に眩い光を纏った。眩しい光に一瞬だけ目を閉じると、開けた時には、もうそこに誰の姿も無かった。
「じゃあ、行こっか」
彼女が姿を消したことを確認してから、わたしはメンバーに向き直る。そして、彼らにこう声をあげた。
『ああ。今回は大変な旅になりそうだな』
最年長のラグナは、ゆっくりと頷く。
『だって“エクワイル”の任務だけじゃないもんね』
最年少のラフは、気合い十分といった様子で翼を羽ばたかせる。
『ウィルっていう人と、あともうひとりも探さないといけないもんね』
飛行タイプ以上に明るい性格のテトラは、そう高らかに言い放つ。
『それから、純粋にトレーナーとしてジム巡り。三年前の旅とは比べ物にならないだろうね』
武術を使わなくても、完全にわたしよりも実力が上になった、頼れるパートナーのティルは、表情を緩め、期待に胸を踊らせながら呟いた。
『三年前はジムだけだったからな』
そして、この場をラグナが締めくくり、わたし達は新たな旅の舞台、ジョウト地方へと向かう船が待つ波止場へと歩き始めた。
三年前の旅とは違って、今回は組合の活動がメインになる。新たな出逢いもあるけど、立場上わたし自身も危険にさらされる事が多くなる。もちろん、旅は楽しみだけど、気を引き締めないと! だから、ティル、テトラ、ラグナにラフも、頼りにしてるよ。そして、これからもよろしくね。
Chapitre Premier 旅の目的 finit