Soixante et sept 光の試験
Sideライト
「…、ライト、っていう名前を出せば大丈夫ですか? 」
「えっ、ええ。エクワイルの、ライトさんね。話は聴いているわ」
…もしかしてアイラさん、我が道を行く、っていうタイプ? 奥から出てきた人…、多分ジムリーダーだと思うけど、彼女は意外そうな表情を見せながらこう呟く。この後も何かを訊こうとしていたけど、アイラさんはお構いなしに話を進めていく。わたしの方にチラチラ振り返りながら、自分なりの説明をジムリーダーにしていた。だけどやっぱりそれだけではピンときていないらいく、ジムリーダーらしき彼女は頭上に疑問符を浮かべていた。だからわたしが、仕切り直して要件を説明する事にした。
だけどこれで分かってもらえたらしく、彼女は戸惑いながらも頷いてくれる。自由気ままなアイラさんに調子が狂ってたのかもしれないけど、それでも何とか思い出した、って言う感じ。
「よかった」
「この奥にフィールドがあるから、ついてきて! 」
「ジム、初めて入るよ」
そっか。ヒイラギはジムとは無縁だもんね。こうなるともうどっちがそうなのか分からなくなるけど、主導権はアイラさんの方に移ってしまっていた。イブキさんは少し困ったような顔をしていたけど、この感じだと、いつもの事なのかもしれない。やれやれ、とでも言いたそうに一息つき、先を行くアイラさんに続く。一方アーシアちゃんと並んで歩くヒイラギは、今まで感じた事の無いらしい空気に、若干テンションが上がっていそうな感じだった。
『すっ、凄く広いです』
「でしょ? 」
本当に、そうだね…。彼女の案内で通されたのは、もの凄く広大な空間…。薄暗い通路を通ってきたせいで目が眩んじゃったけど、三次元的に広いフィールドにわたし達は案内された。この空間の壁際に観客席があるのは変わりないけど、縦方向が一般的なソレよりも広い。飛行タイプのジムだった、キキョウシティと同じぐらいの高さがあると思う。天井とは逆方向にも高さがあって、今わたし達がいる場所が二階…? それか、下が地下…? 多分後者だと思うけど、二フロア分ぐらい低い位置に、そこそこ深めの水が張られている。ここまで特徴的だと、何となく形式が分かるような気がする…。だけどこの広大さに、アーシアちゃんは呆気にとられている様子だった。
「見ての通り、ここではスカイバトル。それに加えて、技を含めて一度でも濡れたら失格。海上での任務を想定して戦ってもらうわ」
『スカイバトルって事は、ここではラフちゃんが戦う事になりますねっ』
うん。そうだけど、やっぱり…。
「海の上、ですか…。…うん、それなら、テトラ、一端出てきて」
『えっらっライトさん? 』
折角だから、わたしも戦いたいよね。皆に任せっぱなしなのも、気が引けるし…。試験内容を説明してもらったから、わたしは即座に誰に行ってもらおうか考え始める。…とは言っても、飛べるのはラフだけだけど…。最初はラフに行ってもらう事も考えたけど、やっぱりわたしは、あるモノの事が気になってしまう。環境的にも良さそうだからって事で、わたしは敢えて、テトラをボールから出してあげる。当然と言えば当然だけど、わたしの予想外の行動に、テトラの色違い特有の効果で光る裏側で、アーシアちゃんは頓狂な声をあげてしまっていた。
『なっ何でテトちゃんなんです? 』
「折角だから、一つ試したい事があってね。…テトラ、ラフの時のアレ、わたしに頼んでもいい? 」
『ラフの…? って事は…、うん。そう言う事だね? いいよ』
「ありがと。…イブキさん、お待たせしました。そろそろ、お願いします」
わたしの場合ティルの方が早いと思うけど、これも練習だね。訳が分からないっていった感じのアーシアちゃんに、わたしは手短に伝える。説明になってないような気もするけど、どのみちすぐわかる事だから、良いよね? そう自分に言い聞かせながら、今度はテトラに声をかける。テトラにはわたしの代わりを頼んでやってもらったから、これだけの説明で理解してもらえた。二つ返事で頷いてくれてから、最後にジムリーダーのイブキさんに、あるモノを取り出した後の鞄を足元に置きながら、こう呼びかけた。
「お願いしますって…、ルー…」
「大丈夫だよ。ライトさんもラティアスだから」
「らっラティ…、えっ…」
アイラさんから聴きました。フスベなら元の姿でいても問題ないって。
『アイラちゃん、さっき預かったアレ、ちょっと借りるね』
確証は無いけど、この感じなら…、わたしが使えるはず…。アイラさんが戸惑うイブキさんに話してくれている間に、わたしは元の姿に戻る。ラティアスの姿に戻すと伝わらなくなるから、すぐにテレパシーでこう語りかける。一応アイラさんとヒイラギが宥めてはくれているけど、この様子だともう少しかかりそう…。だからその間に、右手に持っている球体、紺と赤に輝くソレの事を、彼女に伝える事にした。
「うん! 」
『テトラ、お願い! 』
『任せて! 』
ラフの時で慣れてるはずだけど…、やっぱりわたし自身が、ってなると、緊張するなぁ…。ラティアスとして予備試験を戦うと決めたわたしは、足場の方で待機してくれているテトラにこう呼びかける。すぐに返事してくれたから、わたしは胸の高鳴りと共に目をゆっくりと閉じる。こうして集中すると、煩わしいぐらいに鼓動が聞こえてくる…。だから意識をそれじゃなくて手元の球体、ラティアスナイトらしきソレに、強く向けた。
「何が始まるのか分かんないけど、イブキさん、ジム戦なんだから! 」
「えっ、ええ…。カイリュー! 」
…っ! この感じ…、やっぱりそうだったんだ! 神経を研ぎ澄まし始めてから数秒後、何かが湧き上がってくるような感覚が、わたしを満たし始める。それが潜在的な何かに働きかけ、膨れあがっていく…。これがある程度増幅されると、これは後で聴いた事だけど、わたし自身を紺と赤の光が覆いはじめる。膨大なエネルギーと共にそれが弾け…。
『
…こっ、これが…? 』
目を開けると、いつもとは違うわたしが、そこにいた。
『らっ、ラティアス…、なのか…? いや、でも…、違うのか…? 』
『ライト、出来たんだね、メガ進化! 』
『
これが…、そうなんだ…。…うん! 』
羽毛の色と翼の位置も変わってるから、出来たんだ、わたし…。
「凄い! あたし達って、こんな事も出来たんだ! 」
「そうみたいだね。ラティオスのメガストーンはソウルさんが持ってるみたいだけど…」
イブキさん、そろそろ始めましょう!
流石にそろそろ気持ちを切り替えないと、はじめれるものも始まらないよね! 初めてのメガ進化で少し手間取ったけど、わたしは何とか、平生を取り戻すことができた。メガ進化すると体の感覚が変わる、ってラフから聴いていたけど、この時ようやくその意味が分かった気がした。この感じだと、ラフとは違って属性自体は変わりなさそう。特性の方も、浮遊のままだと思う。種族自体の潜在能力の方は分からないけど…。…で、取り乱すイブキさんを待ってたら埒が明かなそうだから、彼女にテレパシーで語りかけて、無理やり始める事にした。
『
カイリューのきみも、いいよね? 』
『おっ、おぅ…』
カイリューなら、ショウタ君と戦った時に経験済みだから、大丈夫かな?
『
それじゃあ、わたしからいくよ! ミストボール! 』
『どっ、ドラゴンクロー! 』
流石、ジムリーダーのメンバーだね! わたしは手元にエスパータイプのエネルギーを蓄え、即行で四つ、連続で撃ちだす。五メートルも距離がある状態だから、これはもちろん、牽制のつもり。牽制のつもりだったけど、やっぱりメガ進化した状態だからかな…? 初速がいつもの八割ぐらいまで強化されていた。だから相手のカイリューは、咄嗟に爪に紺色のオーラを纏わせ、左右連続で切り裂いていた。
『焦った…。…だけど、もう同じ手は通用しませんよ! 』
これでやっと、戦闘に入れるね。わたしの牽制球でようやく気持ちが切り替わったらしく、相手のカイリューの目の色が変わった。わたしに向けて加速し、距離を詰めてくる。もちろん正面からじゃなくて、やや斜め左に逸れ気味に…。何を仕掛けてくるか分からないから、わたしも正面を維持するように、反時計回り、横向きに同じ速度で移動し始めた。
『そちらが来ないのなら、こっちから行かせて頂きます! アクアテール! 』
『
っ! 』
水タイプ! って事は、この技も試験対象? 先に均衡状態を崩したのは、対戦相手の彼。急激に進行方向を逆に変え、尻尾に水を纏わせて向かってくる。多分相手の狙いは、急な方向転換で取り乱している所を、水属性を帯びた尻尾で叩きつけて即終了…。そんなとこかもしれない。おまけにこの感じだと、竜の舞か何かで強化しているはず…。だからわたしは、危うく相手の作戦にハマりそうになったけど、思いっきり首を下に振って急降下。水面の四十センチぐらい上で急浮上し、辛うじてやり過ごした。
『流石はラティアスですね。…ですけどアイラの相手を長年してきた僕を…、
侮らないでください! 電撃波! 』
『
わたしのほうこそ、トレーナーをしてるからって、甘く見ないでよね! 竜の波動! 』
やっぱりこのひとも、物理技中心で間違いなさそうだね。わたしが回避している間に、カイリューは別の技を準備していたらしい。わたしの右側三メートルの位置を陣取って、手元に電気を凝縮させる。音と発光している度合いからすると、それなりの量のエネルギーを注ぎ込んでいると思う。それを浮上したわたしめがけて、塊状にして解き放ってきた。
それにわたしも、咄嗟に応戦する。口元にエネルギーを凝縮させ、それを竜のエネルギーに変換する。距離と時間に余裕が無かったから、竜に変わった瞬間にブレスとして放出する。牽制だと思うけど、その甲斐あって、ブレスの先端と電塊はわたしの五センチ手前で衝突。すぐに中断すると、その先の電気は跡形も無く消え去っていた。
『アクアテール! これなら、かわしきれませんよね? 』
わたしの予想通り、さっきの電撃は牽制だったらしい。この間に相手は、わたしの真上まで浮上していた。二メートルぐらい高い位置で、カイリューは尻尾にありったけの水を纏わせる。それの状態で体を捻り、瞬発的にそれで空気を打ちつける。ブンッ、っていう鈍い音と共に、尻尾の水が飛沫となり、雨の如くわたしに襲いかかってきた。
『
水以外の物に変えれば、問題ないよ! 冷凍ビーム! 』
例えそれが技を応用して創り出した水でも、凍らせればどうって事無いよ! それに対してわたしは、鳥肌が立つような寒い気候をイメージしながら、口元へ技を準備する。イメージを属性に変換し、光線として発射する。広範囲に飛んできているから、見上げた状態で首を左右に振り、薙ぎ払う。氷の粒になったそれの方がわたしにとっては脅威だけど、それは相手にとっても同じだし、濡れて失格になるよりはマシ…。
雹となったそれを、わたしは体を左右に捻りながら浮上し、回避した。
『
今度はわたしからいくよ。ミストボール連射! 』
『っ! ドラゴンクロ―! 』
大体相手の攻め方も分かったし、そろそろ、勝負をかけてみようかな? 浮上しつつ接近するわたしは、相手と同じ高度になったタイミングで、手元に純白の球体を二つ、作り出す。この間に相手は後ろ向きに飛び下がり始めたから、左、右、左…、の順番に投擲する。同じ軌道だと読まれるから、時々カーブをかけたり、速度を変えたり…、変化をつけて撃ちだす。これに相手もドラゴンクローで防いでいるけど、距離は徐々に詰まっている…。計十四発撃ち終えた時には、一メートルのところまで詰めれていた。
『
冷凍ビーム! 』
『なっ…! くぅっ…! 』
急に技を切り替え、わたしは弱点属性で不意打ちを狙う。もし咄嗟にかわされても、この距離なら少なくとも掠りはするはず…。案の定わたしから見て左にかわされたけど、相手の左手には命中。自身が発動させた技で濡れていたっていう事もあって、その部分が凍りついてしまっていた。
『
もう一発! 』
『…っく…! 』
このチャンスに、わたしは一気にたたみかける。弱点属性を食らった事で高度が落ちたから、そこへ更に冷気を放っていく。危うくわたしの口の中まで凍りそうになったけど、その甲斐あって大ダメージを与えられたと思う。確かカイリューはドラゴン・飛行タイプだから、メガ進化したラフのムーンフォースよりも効いていると思う。その証拠に、わたしが高度を水面から四メートルぐらいの位置で維持した状態で放っても、彼は対処できずに降下…。そのまま体勢を立て直せず、落水して派手に水しぶきが上がる。慌ててそれを凍らせたけど、その後も彼が向かってくる事は無かった。
Continue……