Soixante et treize 灯台下暗し
Sideコット
「ネージュ、お疲れ様。凄く良かったよ! 」
『ほっ、本当に? 』
『うん。超音波も良かったし、何より吹雪を使える様になったのが大きいんじゃなかな? 』
そうだね。僕はまさかあのタイミングで出来るようになるとは思ってなかったけど、凍える風だと勝てなかったかもしれないしね。ネージュが頑張ってくれたお蔭で、何とか勝つことがきた。当然と言えば当然だけど、ネージュは地上とは比べものにならないぐらい素早かった。ちょっと前に通ってきた時みたいに、氷の上をスーッと滑るような、そんな感じ…。決着が着いてネージュが泳いで戻ってきてくれたから、僕、それからずっと傍で観ていたテトラさんが、揃って彼女にこう声をかけてあげた。
『だね。もしボクが相手でも、急だったから耐えられないかもしれないね』
『そっか。フライさんにとって氷タイプの技って、極力食らいたくない属性だもんね』
「地面タイプとドラゴンタイプって、どっちも氷タイプが弱点だしね」
…だけど、フィフさんの仲間だから、それでも耐えれると思うんだけど…。カナはバトルが終わってすぐにジムリーダーがいるプールサイドの反対側に行ったからいないけど、代わりにフライさんが僕達の方に来てくれている。ちなみに、フィフさんはバトルの時から、プールサイドの真ん中あたりで、ずっと観戦。そのままカナと合流して、ジムリーダさんと話している。彼は冗談交じりに笑いながら言ってるけど、僕はそうはならないと思う。そんな事を考えていると、テトラさんは彼の方を見上げ、こう呟く。僕も彼女に続くように、それなりの返しで彼に応える事にした。
『うっ、うん。私も出来る様になるって、思ってなかったから。ええっと…、上手く言えないんだけど、イメージが流れ込んできた、ような…』
『初めて技を使える様になった時の感覚って、本当にそんな感じだもんね。…あっ、そうだ。まだカナさんも話してるみたいだし、客席の方に行かない? 』
えっ、向こうに? ネージュも予想外だったらしく、その事で戸惑いながらも、嬉しそうに声をあげる。それから彼女は、その瞬間の事を伝えようと思ったらしく、目線を上に上げ、考えながら話してくれる。いまいちいい言葉が思い浮かばなかったらしく、微妙な顔をしてたけど…。僕もそんな経験があるけど、僕が言う前にテトラさんに先を越されてしまった。そのままの流れで、テトラさんは何かを思い立ったらしく、カナ達がいる左の方にチラッと目を向ける。すぐに僕達の方に戻し、胸元のリボンで右側の観客席の方を指しながら提案していた。
『そうだね。ティル君とも話したかったし、ボク自身も色々伝えたいことがあるんだよ』
「フライさんが? 」
『うん。それにコット君も、ティル君と話せる訳だし』
「だけどフライさん? それなら、さっきからライトさんの姿が見え…」
『すぐに分かるよ! 』
えっ? 分かる、って言っても…、いないんだけど。フライさんはテトラさんの提案に乗り気らしく、明るい声で頷く。彼が誰に何を伝えようと思ってるのかも気になってるけど、ある矛盾が頭の中を過ったせいで別の事を聴いてしまった。フライさんが言った事が引っかかって声に出しちゃったけど、それも溌剌としたテトラさんの声に遮られてしまう。大きく頷いたかと思うと、意味ありげに笑顔を見せ、我先にとそっちの方に駆けだしてしまった。
『うっ、うん。コット君、私達も行こっか』
「えっ…、だけど…」
ネージュまで? フライさんも先に行っちゃったけど、ネージュは僕の事を待ってくれた。僕は訳が分からなくて話についていけなかったけど、もしかするとネージュは、この感じだとついていけていたのかもしれない。多分モヤモヤした表情の僕に優しく声をかけてくれてから、少しだけ先に向けて泳ぐ。すぐに止まって振り返り、僕にこう一言、呟く。
「…うん」
…兎に角、カナもまだ喋ってるし、フライさんも行っちゃったからなぁ…。二、三秒ぐらい考えたけど、そうしても何も変わらないから、とりあえず僕は先に行ったフライさんについて行く事にした。
『…という事は、カナさん達も終わったのですね? 』
『うん』
ネージュはプールを泳いでだけど、慌てて僕達はフライさんとテトラさんを追いかけた。僕が客席に登る階段の前まで来た時には、ふたりはもう話をはじめていた。上にはブラッキーのアーシアさんと、名前は分からないけど翼がある赤い種族のひと、あと二人がいた。何の話をしていたのかは分からないけど、多分、ネージュのバトルの事だと思う。登りきった時に後ろをチラッと見ると、ネージュがプールサイドに上がって、鰭を器用に使ってテトラさん達の下に行こうとしている所だった。
「ネージュが一気に逆転しましたから」
『…でもまさか、あのタイミングで吹雪が使える様になるとは思わなかったね』
本当に、形勢逆転、っていう感じだったしね。ちょうどみんなの傍に着いたらテトラさんが頷いていたから、そのタイミングで僕も話に参加する。正直言って勘で話に割って入ったけど、すんなり通ったから、僕の予想はあっていたらしい。その後で、僕は聴くのは二回目だけど、フライさんがバトルの事を話しはじめていた。
『わっ、私も、ちょっとびっくりしてます…』
『って事は、ネージュちゃんはさっきのバトルで、初めて使えるようになったんだね? 』
『うん』
あれ? このひと、何でネージュの名前、知ってるんだろう…。フライさんは一通り話してから、下にいるネージュに視線で話題をふる。予想外で少し変な声を出しちゃってたけど、ネージュは何とか、彼の問いかけに答えていた。その彼女に更に質問を重ねたのは、僕の知らない種族で赤と白の彼女…。会うのは初めてのはずだけど、椅子に腰かけて? いる彼女は、ネージュの名前をピタリと言い当てていた。誰かの声に似てる気がするけど…。
「ネージュ? このひとの事、知ってるの? 」
『えっ、誰って…、ライトさんだけ…』
「らっ、ライトさん? 」
ネージュ? なっ、何言ってるの? 気になったから聴いてみたけど、…聴き間違い、かな…? ネージュから返ってきた答えは、全く予想だにしないものだった。ネージュも僕の質問に驚いているみたいだけど、僕はそれ以上に、頓狂な声を出してしまった。
「ライトさんって、テトラさん達のトレーナーのはずだよね? 」
『あれ? 言ってなかったっけ? ライトはラティアス、っていう種族のポケモンってこと』
きっ、聴き間違いじゃなかった? それにそんな事、あり得ないよね? だってライトさんって、僕達の言葉は分かるみたいだけど、それ以外は普通の人間のはずだよね?
「えっ、ライトさんが、僕達と同じ…? それに、ラティアスって…」
プライズの幹部のベータが、探してほしい、って言ってた種族だよね? ライトさんが僕達と同じポケモン、っていう事もそうだけど、僕は別の事に驚いてしまった。フライさんが教えてくれたラティアスと言えば、何故か昨日、幹部から頼まれた三つの種族にあった一つ…。テトラさんとアーシアさんと仲が良さそうな感じだから、もしかすると同じ名前のひとなのかもしれない。最初はそう思ったけど、よく考えたら、テトラさん達のメンバーは既に六にんいるし、フライさんも同じだって言ってた。そうなると考えられるのは、トレーナーのライトさんと、今目の前にいるラティアスっていう種族の彼女が、同一じんぶつって事…。人間とポケモンだけど、ユウキさんもそれと同じ。ユウキさんは伝説の関係でピカチュウにもなれる人間だから、もしかするとそれに当てはまるかもしれない。
『うん、ホウエンの伝説の種族だよ』
でっ、伝説の種族? っていう事はフライさん? ユウキさんと逆で、人間に変身できる種族って事なの?
『ライトはボクと同じドラゴンタイプで、シルクと同じエスパータイプでもあるんだよ』
「フィフさんと、フライさんと…? 」
『そう。ここのジムと同じ、ドラゴンタイプ。だからわたし達は通ってないけど、氷の抜け道みたいな場所は、ちょっと苦手かな…』
エスパータイプと、ドラゴンタイプ? そんな組み合わせ、あったんだ…。僕の言葉を遮って、ライトさんじゃなくてフライさんが説明を始める。ライトさんは先を越されて、一瞬バツの悪そうな顔をしてたけど…。僕はフライさんとライトさんの間を目線で行ったり来たりしながら、聴き逃さないように耳をたてる。まさかフィフさんの名前が出てくるとは思わなかったけど、訊き返した時に、すかさずライトさんが今度こそ、っていう感じで付け足す。ライトさんの言う通り、確かに氷の抜け道は寒かった。あれだけ寒かったから、ひょっとすると母さんは、ここに来た事があるのかもしれない。
…ううん、そうじゃなくて、フライさん、ライトさんはドラゴンタイプって言ってたから、ひょっとすると…。
「っていう事は、ライトさんが戦ったんですか? 」
『うん。濡れたらいけない、っていう条件付きだったけど、何とかなったかな』
やっぱり…。
『冷凍ビームで凍らせた、のかな? 』
『そうだよ。もし冷凍ビームが使えなかったら、ここの試験は合格してなかったかもしれないなぁー』
へぇー、ライトさん、冷凍ビームも使えるんだー。僕がこう尋ねると、ライトさんはすぐにジム戦の事を話してくれる。どんな風に戦ってたのか気になるけど、少なくとも冷凍ビームがメインなのは間違いなさそう。時々上の方に視線を泳がせながら話してくれる彼女は、時折笑顔を浮かべてくれている。伝説って言うとホウオウさんみたいに威厳があるイメージだけど、どちらかというとルギアのニアロさんに近いかもしれない。話しやすいから、僕の中の伝説の種族のイメージが少し変わったような気がした。
「フライさんから難しいって聴いてたけど、クリアできたんですね。…あっ、そうだ。ライトさんって、ラティアスだ、って言ってましたよね? 」
『言ったけど? 』
じゃあ、念のためこの事、話しておいた方がいいかな? 僕はふと、ある事を思い出す。僕自身も何で、何のために頼まれたのかは分からないけど、探していたひとだから伝えておいた方が良いかもしれない。ライトさん、僕達もそうだけど、敵対してるプライズの幹部の頼みだけど、念のため…。こう思ったから、僕はライトさんの目を見て、その事を全部話す事にした。
「そっか。それなら…、プライズの幹部から聴いたんですけど、その人がラティアスとルギアとスイクンを探しているみたいなんです」
『ぷっ、プライズの幹部が? 』
「はい。何で話してくれたのかは分からないんですけど、ボスの目論みを阻止するため、って言ってました」
『なっ、何でわたしが? 』
それを知ってたらすぐにでも言いたいんだけど…。僕が話し始めた事に、ライトさんは思わず声をあげてしまう。もし僕がライトさんでも、こうなってしまうと思う。…分からないのには変わりないけど、当事者? になるのかな? 彼女に言えば、ティルさん達と協力してもらえて何とかななるかもしれない。情報が少ない今、少しでも一緒に探せるひとが多い方が良いと思う。残りの伝説の種族の、スイクンさんを探すために…。
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