Soixante et dix 不良たちの襲撃
Sideイグリー
『…んで、爆発を起こして一気に倒したっつぅー訳さ』
『へぇー。でっ、でも、まさか粉で爆発が起こるなんて、思いもしなかったよ』
『だろぅ? 俺も原理までは知らねぇーんだけど、割と簡単な現象、ってフィフさんが言ってたな』
「フィフさんが? って事は、化学と関係があるのかもしれないね」
『そうだね。…俺も知らないけど』
なるほどね。炎が関わってるあたり、ヘクトらしい現象だよね。俺とネージュはボールで待機だったけど、ジム戦が終わってからは、すぐに回復してもらうためにセンターに行ってたらしい。その後は全員揃って外に出て、チョウジタウンを出発。コットが言うには、このまま氷の抜け道っていう洞窟を抜けて、フスベシティっていう町に行くらしい。氷って聴くとどう考えても寒い場所だろうから、俺はその時にコット経由でカナに頼んで控えに戻してもらうつもり。コットとヘクトはどうって事無さそうだけど、ネージュは俺とは真逆で楽しみらしい。これは俺の勝手な想像でしかないけど、確かネージュは双子島っていう寒い場所の出身だって言ってたから、それでワクワクしているんだと思う。現に今も、ネージュにしては珍しく、俺が見た感じではテンションが上がっている。いつも以上に口数が多いから、間違いじゃあないと思う。
そんな調子で話しているうちに、話題は今日のジム戦に変わっていた。ヘクトとコットがその時の様子を話してくれて、直接見てない俺達でもその場の臨場感が伝わってきた気がしている。中でもコットはそれだけじゃなくて、俺達が喋った事の通訳もしてくれている。前もコットがしてくれていたけど、その時もスムーズになってるから、もの凄く話しやすいね。
「そっか。やっぱりコットの従兄弟から教えてもらってたんだね」
『まぁな』
「そうだよ、だって」
『従兄弟って事は、シルクさんの事だよね? 』
そういえばコットの従兄弟って、シルクさんなんだよね。俺自身は三回ぐらしかあった事無いけど、シルクさんは凄く変わっていると思う。エーフィなのに服着てるって言うのもそうだけど、シルクさんはスクールで勉強も教えているらしい。そう考えると凄く人間っぽいけど、そういえば従兄弟のコットも似たようなところがあるかもしれない。人の言葉を喋れるって事はもちろんだけど、コットはカナよりもバトルの指示が上手い。言葉も喋れて本職よりも上手いとなると、もうどっちがトレーナーなのか分からなくなる事があるけど、それはまぁ、あまり気にする事じゃないかな?
「うん。僕も一瞬分からなくなるけど、フィフさんって、二つの名前、使い分けてるよね」
『そう、だったね。私とイグリー君はシルクさん、って呼んでるけど、コット君とヘクト君…』
『おぅおぅ! そこのお前ら、ちょっと待ちな! ここを通りたけりゃあ通行料を払ってきな! 』
『ん? 』
そうだよね。…となると、ウバメの森で行動してたペア同士で、同じ呼び方をしてるて事かな? 話題がエーフィのシルクさんになると、俺達は更に会話の華を咲かせ始める。だけど和気藹々とした空気が流れ始めたその時、急に荒々しい声が割り込んできた。俺達の前を横切ってきたその声の主は、下から睨み上げる様に視線を送ってくる、確かバルキーっていう種族だったかな? 喧嘩腰の彼は、ただ話していただけの俺達にいちゃもんをつけてきた。
『もう一度言うぞ。ここを通りたけりゃ通行料払いな! ちっ…、こう言っても聴かないなら…』
『おぅ、バトルか? んなら俺が…』
『マッハパンチ! 』
『ヘクト、待って! 燕返し! 』
『くっ…! 』
『おい、イグリー、俺が…』
ヘクトならそう言うと思ったけど…。ちょっといらだった様子で、バルキーはもう一度同じ事を言う。だけど今度は、あからさまに両手に握り拳を作り、戦闘態勢をとっていた。それを見たヘクトは、待ってましたと言わんばかりに前に跳び出そうとする。だけどその前に、俺は彼の行く手を遮る。悪・炎タイプのヘクトに対して、会うのは初めてだからうろ覚えだけど、バルキーは格闘タイプだったと思う。向こうからバトルを仕掛けてきた以上は、相当の実力の持ち主って事も考えられる。相性的に考えても不利になるから、闘いだす前に俺は即行で技の対処をする。先生技を仕掛けてきた相手に対し、俺は必中技で抗った。
『ヘクト、相手は先制技を使えるみたいだから、ここは俺が行くよ。相性的に有利って言うのもあるけど、昨日のバトルの成果、俺も皆に見せたいし』
『…イグリー、負けたら承知しねぇーからな! 』
飛び立たずにその場で対処したけど、何とか返り討ちに成功したらしい。その間に俺は、不満そうに反駁するヘクトを説き伏せる事にする。一通り主張し終えてもヘクトは何も言い返してこなかったから、多分俺の言い分を聞いてくれたんだと思う。その証拠に、数秒の間を空けてから、捨て台詞にも似た一言をはき捨てていた。
『ありがと。…追い風! 』
『そんな風吹かせても、俺には関係ねぇーよ! マッハパンチ! 』
ん、またこれ? そうこうしている間に、相手のバルキーは体勢を立て直したらしい。真正面から俺に迫り、拳で殴りかかろうとする。
それに対して俺は、ほんの少し翼にエネルギーを溜め、軽く前に羽ばたかせる。すると俺をアシストするかのように、やや強めの風が後ろから吹き始めた。だけどその頃には三メートルぐらいまで迫られていたから、俺は軽く浮上し、横移動するように回避する。そのまま後ろ向きに飛び変え…。
『なっ…』
『背中がガラ空きだよ? 鋼の翼』
急に切り返し、硬質化させた翼で叩き上げた。あまり力は溜めれてなかったけど、重心を落とせてなかったのか、相手は軽がると舞い上がった。
『ぐぅっ…! マッハ…、パンチ! 』
『もしかして、マッハパンチだけしか使えない、って事はないよね? 燕返し』
まさかとは思ったけど、本当にそうじゃないよね? 何となくそんな気はしてたけど、やっぱりバルキーは同じ技を発動させてきた。落下地点に先回りして待ちかまえていたけど、やっぱりそれ…。…例えが悪いかもしれないけど、馬鹿の一つ覚え、この諺が俺の頭を過ぎる。期待外れの相手に対し、盛大なため息を一つついてから、俺は一度地面に降りる。右翼に力を溜めながら軽く跳び下がり、タイミングを合わせて翼で叩き落とした。
『ぐぇっ…! こっ…、これで済むとは…、思うなよ…!
アニキ…、アニキーッ! 』
ん、次は何をするつもりなんだろう? 大ダメージを受けながらも、相手は何とか立ち上がる。相手の戦法には拍子抜けしたけど、この根性は大したものだと思う。そう思たのも束の間、バルキーは膝に手をついた状態で、こう大声をあげる。…いや、叫ぶ、っていった方が良いかもしれないね。高らかに、そして荒々しく、大声で叫んでいた。
『ちっ…、これだからテメェーは弱ぇーんだよ。…まあいい、俺がこんな奴、一瞬で葬ってやるよ! 』
『アニキ…、あざっす…! 』
この声に呼ばれたからなのか、第三者が山の方からスタスタと姿を現す。ガラの悪いその声の主、ヨーギラスは、何かをブツブツ言いながら、バルキーの前に立つ。どういう関係かは分からないけど、彼は鋭い目つきで俺を睨んできた。
『…どうやら、コイツを可愛がってくれたようじゃねぇーか。テメェーは後ろに下がって…』
『そうはさせないよ。追撃ち』
『ぐぁっ…! 』
しゃしゃり出てきたヨーギラスは、後ろのバルキーに背中でこう語る。その彼はそれを受けて逃げ出そうとしたけど、俺はそれを見逃さない。技の効果で一気に距離を詰め、浮上するのと同時に左翼を思いっきり叩きつける。効果はいまひとつだけど、バルキーは逃げようとしていたから、威力は上がっているはず。その証拠に、翼には確かな手ごたえが残っていた。
『よくもやってくれたなぁ! テメェーはそれがどういう事か、解ってんだろうなぁ? 岩雪崩! 』
『なるほどね。追い風重ね掛け! 』
うん、このヨーギラスは、少しは戦えそうだね。俺が宙返りを半分終えたところ…、背中が地面と平行になったタイミングで、ヨーギラスは溜めていたらしいエネルギーを解放する。すると丁度俺の真下辺りに、幾つもの岩が出現する。そのまま旋回に移る事も出来たけど、もう下降し始めてしまってるから、今更変えようにも変えられない。だから俺は、更に風の後押しを強くし、通過点にしかけられた岩の罠を通り抜けることにした。それを見越して発動していたのか、相手は絶妙なタイミングで降下させてきた。そこで俺は右に、左にと身体に捻りを加え、間を縫うように岩石の雨をくぐり抜ける。そして…。
『これならどう? 鋼の翼! 』
勢いをそのままに、右の翼にエネルギーを送り込む。それと同時に力にも変換し、その部分を硬質化させる。体を右に傾けながら接近し…。
『っぐ…! 』
すれ違い様に叩きつけた。効果は抜群って事もあって、ヨーギラスは五、六メートルぐらい吹っ飛ばされる。だけど、急所は外れたから、相手はふらつきながらも立ちあがった。
『…中々…、やるじゃねぇか…。だか俺は…、そんな事、どうでもいい…。
俺は…、暴れれば、それでいいんだよ! 』
この様子だと、あと一発当てれば、倒せるかな? 辛うじて立ちあがったヨーギラスは、切れ切れにだけど、こう呟く。鼓舞するため…、ただのカラ元気…、どっちかは分からないけど、彼は荒々しく声を張り上げる。何かを発散するように声をあげた彼は、急に激しい光に包まれ…、えっ?
『へっ、ヘクト君! これって…』
『うっ、嘘だろぅ? そっ、そのはずだ』
斜め方向に旋回しながら見てみたけど、確かにこれは、進化の光で間違いなさそう。ヨーギラスを包み込んだ光は彼ごと形を変え、俺が向き合ったタイミングで収まっていく…。パンッ、と光が弾け、進化のエネルギーが収まっていく…。
『なっ…、これはまさか…、俺は…、進化、したのか? 』
当の本人も驚いているらしく、バトルそっちのけで取り乱し始める。これもうろ覚えで自身が無いけど、確か彼が進化した種族は、サナギラス、だったと思う。最後の進化に備えている状態、って聞いた事があるけ…。
『おい貴様どうしてくれんだよ! これじゃあろくに戦えもしねぇーし動く事すら出来ねぇーじゃねーかよ! 』
『えっ、おっ、俺? でも進化出来たんだか…』
『うるせぇっ! こうなったのも貴様のせいだ! 責任取れよ! 落とし前というもんを付けねぇ―と俺は許さねぇーからな! 』
せっ、責任…。そうは言っても、進化出来たんだから、俺はそれでいいと思うんだけど…。おめでたい事のはずだけど、何故かヨー…、いや、サナギラスは感情を顕わにする。見るからに頭に血が昇っているらしく、俺の言葉は全く聴いてなさそう…。
「…何か凄く怒ってるけど、コット、何て言ってるの? 」
「進化した責任をとれ、って言ってるけど…、うーん、何でかはさっぱり分からないよ…」
やっぱり、そうだよね? 言葉が解らないカナにでさえ、サナギラスの怒りの度合いは伝わったらしい。頭の上にハテナを浮かべながら、コットに問いかけていた。もちろんコットはすぐに答えていたけど、やっぱり彼も、俺と同じで訳が分からない、って言った様子。…。横目でチラッと見た感じでは、ネージュとヘクトも、似たような感じだった。
『貴様はトレーナー就きなんだよなぁ? んなら俺を捕まえてバンギラスに進化するまで守れよ! それが落とし前ってもんだ! 』
『はっ、はぁ…。…コット、どうする? 』
「どうって言われても…、感情的になってて、訊いてくれそうにないよね、きっと…」
「それで、サナギラスは何て言ってきたの? 」
「俺をメンバーに入れて、進化するまで守れ…、みたいな事を言ってるよ。旅がしたいなら、素直に言ってくれたらいいのに…」
…コットも、お手上げみたいだね…。まだ怒りが治まらないらしく、サナギラスは未だに声を荒らげる。俺はそんな彼に気分的に白旗を振ってしまい、相手を通訳が出来るコットに任せる事にする。だけどコット自身も降参しているらしく、もの凄く困った様子でため息をついていた。終いにはカナに問いかけ、判断を委ねることにしていた。
「うーん、わたしは、良いと思うよ」
「えっ」
『カナさん? いいって…』
『おいおい、もう少し考えた方が…』
「じゃあ、いくよ! 」
そっ、そうだよ! メンバーに関わる事だから、そんなにあっさり決めない方が良いと思うよ! だけどカナから帰ってきた答えは、俺、おそらくコット、ネージュ、ヘクトも、全く予想していないものだった。皆、もちろん俺もだけど、もの凄く慌てて彼女の手を止めようとする。だけど彼女の手は止まらず、右手に握られた空のボールが宙に放たれる。そのまま弧を描き、コツンと軽い音が辺りに響く。その直後、中から赤い光が溢れ、当たった対象、サナギラスはその中に赤い光ごと吸い込まれていった。
Continue……