Soixante et deux 月光の思案
Sideライト
『…そっか。ありがとう』
「リーフ、スーナは何て言ってたの? 」
『一言でいうなら、乱戦、って感じかな。予定通りプライズはおびき出せたけど、そこにプロテージも割り込んできてるみたいなんだよ』
えっ、プロテージも? ティル達のA班と別れてから、すぐにわたし達も目的地へと向かった。湖の東部に向かう途中で、わたしもだけど、新しく入った情報があったみたいでリーフからそれを伝えてもらっていた。シルクがこの任務に来れなくなったのと関係あるみたいなんだけど、チカラを使ってその代償で一時的に技を使えなくなったからだとか…。前に会った時はそんな事は言ってなかったし、チカラを見た時はそんな事は無かった。リーフが言うには、シルクの“従者のチカラ”が完全に覚醒して、やれることが増えた分デメリットも重くなったんだとか。そのうちの一つに、発動させてから半日間、特殊技も使えなくなる、っていう効果があるみたい。…わたしが使える“癒しの波動”と似たような感じ、かな? わたしの場合、半日の間、力が抜けて全く動けなくなるけど…。
で、話に戻ると、わたしからもリーフに情報を伝えて、今はヒイラギから聴いた事を頼りにプライズのアジトに向かっている最中。だけどその最中に、スーナから連絡が入ったらしい。一旦立ち止まって、首に身につけている薄桃色のスカーフに留められているピンマイクと、右耳の辺りにつけているイヤホンでやり取りしていた。
『プロテージって…、わたし達が追っている、プライズと似た組織なのです? 』
『うーんと、どっちも社会のクズには変わりないから、ほぼ同じだと思うよ。だよね、リーフお兄ちゃん? 』
『クズっていうのは言いすぎなきもするけど…』
「はぁ、私が不在の間に一体何やってるのよ! 」
「すっ、すみません! ゼータ様も存じてなかったようで…」
そっか。プロテージの事を聴いた時は、アーシアちゃんはまだ居なかったんだよね。話の流れで何となくは分かってたと思うけど、多分アーシアちゃんは、この事を確かめるためにもテトラに尋ねる。一応彼女も答えようとはしてたけど、ほんの少しの差でラフに先を越されてしまっていた。そのラフ自身もリーフに確認してたけど…。
そんなラフの口調に、アーシアちゃんはちょっと困った表情を浮かべていた。ラフは会った時から、敵に対しては口が悪い。わたし達はもう慣れっこだけど、まだ数日だけのアーシアちゃんは戸惑いを隠せていない様子。その後も何かを言おうとしてたけど、急に割り込んできた第三者の声に遮られてしまっていた。しかも、その声の主は…。
『あっ、アルファ? エンジュでシルク達が交戦してたはずなのに、もう戻って…』
「嘘…。何でアルファが…」
「…? 小娘が、この私の…、誰かと思えば、四年前の紛い物じゃない」
嘗てシルク達が敵対していた組織の元幹部…、現プライズ代表の、アルファ。彼女は相変わらずの態度で部下に対し、こうブツブツと呟いている。だけど思わずわたしがもらした言葉を聴きつけ、その方を向いてくる。四年ぶりだけど、向こうはわたしの事を覚えていたらしく、すぐにこう言い放ってきた。
「ここに居る? 愚問ね。このわたしがお前如きに答えるとお思いで? …まぁいいわ。ゼータに捕獲させてはいるが、この方が手っ取り早いわね。…ラティアス、お前には大人しく捕まってもらうわ! 」
『えっ、らっ、ライト? もしかして、知ってる…』
「お前ら、絶対に捕まえるのよ! 」
「ごめん、後で話すよ! 」
『兎に角、今は全員で戦うよ! 』
話したいのは山々だけど、今はそうも言ってられなさそうだよ! 感情の矛先がわたしに変わったらしく、アルファは言うとすぐに腰のボール二つを手にとる。わたし達がこの数だから、六にん中三にんを出場させてくるのかと思ったけど、そうじゃなかった。足りない分は連れている一人の部下に指示し、戦わせようとしている。わたしはテトラとラフ、アーシアちゃんを含めて説明したかったけど、それは叶いそうもない。平謝りでこう言ったタイミングで、アルファが因縁の相手であるリーフが、大声でわたし達に呼びかけていた。
――――
Sideアーシア
「ヒヒダルマ、オノノクス、ホウオウに逃げられた腹癒せだ、思う存分暴れなさい! 」
「ルチャブル、アルファ様の前だ、絶対に負けるなよ! 」
「みんな、いくよ! 」
何が何だか分からないままこうなっちゃったけど、頑張ります! 急に戦う事になったけれど、私達は何とか戦闘態勢に入る。ライトさんはこの人達の事を知ってたみたいだから、私はてっきりテトちゃんとラフちゃんも知ってるのだと思っていた。シルクさんと同じチームっていうリーフさんは知っているみたいだから、後で聴いておかないとね、そう思っていると、相手のトレーナーさん達はモンスターボールからそれぞれ出場させる。もう何回も見てるはずだけど、私はちょっとだけビックリしちゃたけど…。
『うん! ラフはルチャブル、テトラちゃんはオノノクスをお願い! 』
『だっ、だけどリーフさん、それだとリーフさんがふ…』
『ライト以外は知らないと思うけど、僕にとってアルファは因縁の相手…。このヒヒダルマに、僕は故郷も家族も奪われている。おまけに、姉さんはアルファに無理やり戦わされてた事もある…。だから…、ヒヒダルマ、僕が相手だ! 』
ごっ、ご家族が? 相手のトレーナーさんに対して、リーフさんが大声で呼びかける。リーフさんはどのくらい戦えるのかは分からないけれど、シルクさんの仲間って事は、同じぐらいの実力はあるのかもしれない。だけど私はその事よりも、その後にリーフさんが言った事が気になってしまった。奪われたってことは…、あまり考えたくはなかったけど、私の脳裏にどうしても三年前の事が過ってしまう。だけど見た感じ、そのヒヒダルマさんはそんな様子は無さそう。他にも気になる事が沢山あるけ…。
「ふっ、ラティアス、トレーナの真似ご…」
「真似事? 真似なんかじゃなくて、本当にトレーナー…。いや、エクワイルとして、アルファ、こ…」
「トレーナーだろうと何だろうと、お前はこの私に完膚なきまでに打ちのめされ、コイツの生贄となる運命なのよ! 」
『生贄っ? いけ…』
ちょちょっとこの人、今何ていいました? テトちゃん達が自分達の相手に向かっていったタイミングで、相手のトレーナさんはライトさんに話しかける。それもただ話しかけるのではなくて、どこか上から目線なような…、そんな感じ。ライトさんは気にせず言い返そうとしていたけれど、それでもその人はライトさんの言葉に声を重ねてくる。荒々しく言い放つと、その人はどこからか小さな機械を取り出し、それを起動させる…。するとそこから、赤黒く輝くくさ…。
『
グオオォォォッ! 』
『うっ…! 』
「くっ…」
なっ何? すっ凄い声…。相手のトレーナーさんが装置を起動させると、すぐに尋常じゃない大きさの声が辺りに響き渡る。例えるなら、巨大な鐘の中に閉じ込められて、外側から思いっきり叩かれた時の様な、そんな感じ。耳の鼓膜が破れそうな大きさだったから、私は思わず後ろ足だけで屈みこみ、空いた両手で耳を強く塞ぐ。それでも全然軽減出来てないから、頭が痛くなってきそう…。五秒ぐらいすると治まったから、塞いでいた耳を恐る恐る解放する。俯いていた視線を上に上げると、そこには…。
「エンテイ、この私に刃向かうコイツ等に私の恐ろしさを思い知らせてやりなさい! 」
『えっ、エンテ…』
『ガァァッ! 』
『まっ守る! っく…! 』
「アーシアちゃん! 」
つっ…、強い…! そこにいたのは、伝説って言われているエンテイ。だけど私が見た感じだと、意思が無いような、目が虚ろというか…。様子が変なエンテイさんが高らかに咆哮をあげていた。急な事に私はもちろん、ライトさんも狼狽えてしまう。今まで感じたことが無いような重い空気が圧し掛かってきたっていう事もあって、すぐに動くことが出来ない…。その関係でエンテイさんが急に放ってきた光線への反応が若干遅れてしまった。咄嗟に緑色のシールドを張ったけど、エネルギーの量が足りず、一瞬でヒビが広がってしまう。呆気なくバリアが破られ、その衝撃で私は派手に弾き飛ばされてしまった。
『…大丈夫、です。だけどエンテイさん…』
『グルルルゥ…』
「アーシアちゃん、やっぱり、そう思うよね? 」
ライトさんも? 弾かれたけどダメージだけは防ぐ事だ出来たから、私はすぐに立ち上がる。だけど私は、エンテイさんが放ってきた技、多分ソーラービームだと思うけど、それに違和感を感じた。上手く言葉にできないけど、何というか…、力任せに発動させたような…。
『はいです。私、エンテイさんみたいになってしまっている人、前に会った事があるんですけど…』
「だよね。ダンジョンにいたひと…」
うーんと、そうじゃなくて、そっちよりは…。…そうだ、そうだよ。こっちの世界に来る前に戦った、闇に飲まれし者…? ということはエンテイさん、誰かを…。だけど、エンテイさん、伝説の種族、ですよね。だから、そんな筈は…。
『ガァッ! 』
「やっぱりそうだよ! 」
『…ミストボール! 』
『でっ電光石火! 』
とっ兎に角、今はこの場をしのがないと! 私は自分なりにこう考えていたけど、その途中でエンテイさんが動き始める。やっぱり虚ろだけどもの凄い表情で、私に向かってくる。このままだと私は体格差もあって大ダメージ…、最悪の場合命を落とす事になるから、咄嗟に電光石火で右に跳び退いた。
丁度同じタイミングで、私の後ろでライトさんも行動し始めていた。直接見ていないから分からないけれど、ラティアスに変身して技の準備をする。視界の端で見えただけだけれど、斜め上から白っぽい弾を、四発ぐらいエンテイさんの顔とか首筋に命中させていた。
『グオォッ! 』
『嘘でしょ? 全然効いてないの? 』
『ライトさん! シャドーボールっ! 』
だっ、だけどこの感じ、やっぱりそうですよね? 走ってエンテイさんとの距離を保ちながら考えたけど、どうしてもあの時の事が過ってしまう。その時の特徴と今のエンテイさんの状態、私には重なって見える…。だけど違うと言えば、違うような気もする。見間違いかもしれないけれど、首に赤い鎖みたいなものが巻かれているような気がする。だとしたら、三年前に見た、アレ…? という事は、エンテイさん、体を…。
「ラティアス、お前がどう足掻こうと、この私には敵わないのよ! 」
『グアッ! 』
だったら、ここは私が頑張らないと! まさか五千年も前の時代にもあるとは思わなかったけど、エンテイさんも、苦しんでいるはず。もしそうなら、エンテイさんの意識が残ったまま、体が勝手に…。…あまり思い出したくないけど、エンテイさんを助けてあげないと! そうでないと、この世界に残った意味が無いよね? そもそも、あの状態から解放する方法を知っているのは、多分私だけ…。私もあの時は助けてもらったんだから、今度は、
私が助けないと! 今度はライトさんに向けてソーラービームが撃たれたから、私はそこを狙ってシャドーボールを放った。結果的に私の方が威力で負けたけど、ライトさんもスレスレで回避していたから何とかなっていた。だけど操られて? いるエンテイさんは、立て続けに炎の塊を色んな方向に弾けさせる。広範囲に放たれた技だから、私は右、左、右にと、テンポよく回避…。攻めに転じるために、剣の舞を発動させながら、何とか炎の雨をかわす。更に私は、三年前にあった事を思い出し、その事を自分に言い聞かせる事で自分を奮い立たせる。心を囚われているエンテイさんに通用するかは分からないけど、攻撃に転じるために、私は自分を強化していった。
『ライトさん、首元の鎖を狙ってください! 』
『首元を…? うん! 竜の波動! 』
ならアーシアちゃん、わたしも試したい事があるから、いい?
『はいです! 電光石火! 』
試したい事? ライトさんも、何か思い当たる事があるのかな…? 確証は無いけど、私はこれまで考えていたことを、大声でライトさんに伝える。向こうの時代だと作戦がバレちゃうけど、今はそうじゃない。ブラッキーである私の声は、…あまり実感はないけれど、トレーナーさんには言葉には聞こえていないはず。だから私の声には、空で対峙してくれているライトさんだけが応えてくれる。その後すぐにライトさんは濃い青のブレスを放ち始めたから、続きはテレパシーで私に伝えてくる。それに私は大きく頷き、両足にありったけの力を込めて走り始めた。
Continue……