Soixante 潜入先で…
Sideヒイラギ
「…おい、聴いたか? ゼータ様が日中に目標を捕獲したんだってな」
「おっ、おぅ」
目標って…、今度は一体何をするつもりなんだろう…。ライト達と別れてから、自分は変装し、プライズのアジトとなっている大型船舶の中に潜入している。これで潜入するのは三回目だけど、今いる通路は特に暗くて狭い。広さは大人二人が横に並んで通るのがやっとなぐらい…。その中を自分は、戦闘員を装って突き進んでいる。隣を歩く本物の団員は自分に対し、こう話題を提起する。スルーする訳にはいかないので、自分は自然な受け答えになる様に、あまり間合いを開けずにこう答えた。
「その目標って言うのは…」
「聞いて驚くなよ。ソイツがいるのは、これから俺達が見張りの担当をする、第三監獄だ。他の連中より長く、ゼータ様の尋問を見れるってワケだ」
尋問…、非道な手段を使わなければいけど…。
「へぇ、それは見ものだなぁ」
「だろぅ? ソイツが口を割らなければ、俺達も手を出せる…。これは出世街道に乗れたも同然だな。…ゼータ様、只今参りました」
嫌な予感はしてたけど…、やっぱりか…。自分に話しかけている団員は、待ちきれないと言った様子で喋り倒す。自分の事を完全に信用しきっているらしく、ペラペラと情報を喋ってくれる。予想外の事につい表情が緩みそうになったけど、ここで自分が潜入している探偵とバレては元も子もない。だから無理やり感情を押し殺し、素っ気ない態度で対応する。
その最中、この団員の担当場所に着いたらしく、喋りながらドアのノブを手にとる。その団員の話しの通り、ドアの横には“第三監獄”と掠れた文字で書かれている。この団員に続き、自分もこの部屋の中に足を踏み入れる。するとそこには…。
「あぁーっ、イライラするわね! いい加減ブツの在り処を吐きなさい! 」
「くっ…。…どこで知ったのかは…、知らないけど…、あんた達なんかに…」
「お黙り! 」
「っ…! 」
入口の対面に、横幅と同じ長さの鉄格子。牢獄になっているらしく、冷え切り張りつめた空気がこの場を支配している。拷問中なのだとは思うけど、荒々しい声が一つ、室内に反響している。ここからだとどうなってるのかはさっぱり分からないけど、されているのは、一人の女の人、だと思う。黙秘を貫いているらしく、その度に痛々しい音が幾多にも響き渡って…。
「ポケモンならポケモンらしく、アタイらの言うことを大人しく聞いていればいいのよ! さぁ、持っている“心の雫”を渡しなさい! 」
「だから…、あたしは知らな…」
『黙ったってムダよ? 早く出さないと、私の冷凍パンチで…』
こっ、“心の雫”? まっ、まさかライト…! ライトに限って捕まるはずは…。だっ、だけど、この声は、ライトじゃない! だとしたら…。
「ゼ―タ様、只今参りました! 」
「ん? あぁ、お前らか。…五分前、上出来ね。お前らには褒美として、捕えた“ラティアス”の尋問を五分間、特別にさせてやるわ」
らっ、ラティアス? って事は、このひとは、ウィルさんの…。
「ありがとうござ…」
「ゼータ様、緊急事態です! プロテージの軍勢が、こちらに迫っています! 」
「何ですって? はぁ…。そこの二人、アタイが戻るまで、ソイツに刃向かった事を後悔させてやりなさい! 」
今度はプロテージまで? この牢獄に監禁されていたのは、まさかの人物。確証は無いけど、話の流れからすると、ほぼ確実だと思う。そのじんぶつ、檻の中で鎖に繋がれていたのは、多分、ライトの紹介で今日初めて会った、自分と同族のウィルさんの妹の、アイラさんだと思う。相当酷い目に遭っていたらしく、所々衣服が凍りつき、痣や生傷も目立っている…。
彼女の惨状に、自分は思わず言葉を失ってしまった。自分には潜入捜査があるけど、その前に彼女を、ラティオスとしても何とか助け出したい。こういう想いの方が、自分の中では強くなってきた。だけど幹部がいる今、どうやってアイラさんを助け出そうか、表情に出さないように思考を巡り始めた最中、部屋の外から切羽詰まった様子の声がこの部屋に滑り込んできた。その声は用件だけ伝えると、すぐに部屋を跳び出す。呼ばれた幹部の方も、メンバーのサーナイトを連れ、変装している自分を含めた二人の団員を残し、部屋を後にした。
「…プロテージか。厄介な奴らが来たものだな」
「確かにな」
「まぁとりあえず、俺達はコイツを痛めつけるとするか。…オドシシ」
…何か訳が分からない間に事が進んだけど、今がチャンス、かな…。静まり返った牢獄に、静かな声が響く…。自分が密着している団員は、こう呟きながらボールからおオドシシを出場させる。当然自分にはそんなつもりは全く無いけど、思いがけずやってきたチャンス…。この機会を、逃す訳にはいかない。アジト内も、慌ただしくなっているはずだから、尚更。だから自分も、ヘイスが控えるボールを手にとった。
『襲撃となっちゃあ、幹部サマも行かない訳にはいかないよなー。…おおっと、まさかの俺と同じオドシシかよ』
『まぁ、こういう偶然もあるさ』
この団員のメンバーがオドシシって事は、あの技を覚えているはず…。なら…。
「……」
ヘイス、催眠術でこの団員とオドシシを眠らせれる?
『そうだよな。これだけ大きな…』
『催眠術! 』
「なっ、お前一体何…」
「任務のため、だね」
よかった、予想通り、ちゃんと覚えてたね。ボールから飛び出したヘイスは、特性の効果で、すぐにオドシシに姿を変える。普通ならほんの少しラグがあるけど、ヘイスは潜入の為に特訓を積んでいるので、それが殆どない。正確にはメタモンには性別は存在しないけど、彼は一言だけ、本物と言葉を交わす。その間に自分は、密かにテレパシーで指示を出す。すると向き合った状態で、ヘイスはすぐに相手の技を発動させる。心地いい念波を本物のオドシシと団員に送り込み、感づかれる前に夢の世界へと誘った。
『一丁あがりっと。…んだけどヒイラギ、わざわざ眠らせなくても調査はできたんじゃあ…』
「えっ、なっ、何が…」
「訳はすぐに分かるよ。…大丈夫ですか? 」
「あっ、あんた、何で仲間を眠らせて…」
ひとまず、第一段階はクリア、だね。本物が崩れ落ちたのを確認すると、一仕事終えたヘイスは、ふぅ、と一息つく。理由を話さないまま指示したから、当然彼は自分の行動に疑問を抱いている。それはもちろん、捕えられているアイラさんも同じなはず。すぐに説明しようかとも思ったけど、今はそうも言ってられなさそう。だから自分は、ヘイスに一言だけこう言うと、今度はボロボロのアイラさんに話しかける。疑問に満たされている彼女は、不審そうに自分に訊き返してきた。
「静かに…。…アイラさん、きみを逃がすためですよ」
「っ! なっ、何であたしの名前を、密猟者のあんたが…」
自分はプライズなんかじゃないですよ。アイラさんのお兄さんの同族、と言えば分かりますか?
どっ、同族…、まさか…、ラティオス? でも何でこんな所に…
「すぐにでも話したいところですけど、今は時間がありません。フレア、鎖を熔かして」
テレパシーを使えるみたいだから、確実だね。自分の事を信じてもらうために、まずは直接、彼女の頭の中に語りかける。この瞬間驚きで声をあげてしまっていたけど、これだけで何とか察してくれたらしい。彼女も同じ方法で、疑問を投げかけてくれた。本音を言うと、自分が知っていることを伝えたい…、だけど今、自分たちがいるのは、敵の本拠地。直ちにここを去らないと、いつ何が起きてもおかしくない。…最悪の場合、逃げ遅れて自分も囚われてしまう事だって考えられる。それだけは避けるために、自分は手短に話すと、もう一つのボールを手にとり、出場させた。
『という事は、予定変更だな? 火炎放射』
「ヘイスも、頼んだよ」
『…事情は大体分かった。…変身、火炎放射』
飛び出したフレアは、すぐに炎を溜め、一気に放出する。アイラさんの手首からあまり離れてない部分の一点を狙い、鉄製の鎖を焼き切っていく。少し遅れて、オドシシに変身していたヘイスは、一度元に戻り、すぐにギャロップに化ける。反対側の鎖にブレスを当て、同じように熔かしてくれた。
「訳は脱出しながら話すから」
「訳…」
『よし、ヒイラギ! 』
『こっちもオッケーだ』
「ありがとう。アイラさん、ヘイ…、ギャロップの彼に乗ってください」
「乗る…、乗るって…」
「外には自分の仲間も来ています。状況的には何とも言えないけど、この混乱に乗じて逃げましょう! 」
「…、はい! 」
今頃プライズはプロテージが戦っていてそれどころじゃないはずだから、今を逃すともう後は無さそうだね。若干強めに説得していると、鎖を焼いてくれていたふたりがこう声をけてくれる。その瞬間、二つの金属音が牢獄の中に響き渡る。大きな音だったから、これが誰かに訊かれたんじゃないか、一瞬こんな考えが頭の中を過ぎる。だけどそれをすぐに頭の中から追い出し、アイラさんに対してこう言い放つ。一瞬言葉を詰まらせ、何かを考えていたけど、すぐに大きく頷いてくれた。
「フレア、ヘイス、いくよ! 」
『任せろ! 』
『おぅ! 』
そして自分達を乗せてくれているふたりは、四肢に力を込め、一気に駆け出した。
Continue……