Soixante et cinq Voix
Sideコット
『…コット、しっかり掴まってて! 』
言われなくても、もう捕まってるよ! 何者かの攻撃でヤライさんのイリュージョンが解かれてしまい、僕達は鋼鉄の地面へと真っ逆さま…。おまけに衝撃と重心のバランスの違いで、カナだけが別の方向に飛ばされてしまった。高さも高さだから、そのままだと当然僕達の命の燈は消えてしまう。…だけど、高所からの落下っていう事に慣れてる僕が打開策を思いつき、すぐに実行する。それは全てを諦めていたらしいヤライさんを説得し、彼女にイリュージョンでイグリーに化けてもらうっていう事…。彼女の肩に掴まった状態で説得し、何とか了承してくれた。声に覇気が戻った彼女は大きく頷き、すぐに自身の姿を歪ませる。地面まで十五メートルぐらいまで迫ったタイミングで、彼女はピジョットに化ける事に成功した。
「うん! 翼を身体の後ろの方に伸ばして、カナの肩を足で掴んで! 」
『空気抵抗を少なくするのね? 』
ひとまず飛ぶ手段は確保できたから…、次はカナを助ける番だ! 立て続けに僕は、化けたばかりのヤライさんにこう声をあげる。サンダースの僕自身は当然飛べないけど、翼の使い方ぐらいなら、イグリーがしてるのを見て知ってるつもり…。だけどこの状況ではそうも言ってられないから、後ろ足を伸ばした状態で彼女に密着、ヤライさんの言う通りのつもりで…。
「できそう? 」
『当然よ! 化ける事に関しちゃあ最強のアタイに、不可能な事なんてない…、
やってみせるわ! 』
任せっきりになっちゃうけど、頼んだよ!
「ありがとう! …カナっ! 」
地面まで十メートル。僕達は手短に言葉を交わし合う。ヤライさんの事はあまりよく知らないけど、これだけで彼女の事が少しだけ分かったような気がする…。何が彼女をそう思わせているのかは分からないけど、自信に満ちたそのセリフが、凄く頼もしく聴こえる…。危機的な状況っていうこともあって、彼女にすべてを託したい、そう思わせてくれた。
「……」
「僕が合図を出したら、翼を大きく広げて背中を反らせて! 」
『ええ! …コット、あんたのトレーナーを失わせはしないわ! 』
「っ? 」
カナ! もう大丈夫だから! 翼を得たヤライさんは、為す術がないカナに向けて一気に加速していく。その甲斐あって、何とか追いつくことができた。ヤライさんはほんの少しだけカナを追い抜き、僕が頼んだとおりにカナの肩を掴む。そして…。
「今だよ、翼を広げて! 」
僕のかけ声と同時に、大きな翼を地面と平行に傾ける。すると彼女の進む軌道が弧を描き、すぐに急浮上する。体にかかる力がもの凄かったけど、これで何とかなったと思う。軌跡の極小値は多分、地面から二メートルぐらい。
「…えっ…? わたし…」
『…何とか間に合った、わね』
「うん。…ヤライさん、本当に、
本っ当に、ありがとう! 」
「えっ、だっ誰…? 」
浮上し始めてからほんの数秒後、イグリーに化けているヤライさんは、すぐに元の体勢に戻す。徐々に羽ばたく速度を早くしていき、慣れないながらも平行に…。ここでようやく緊張の糸が解れ、深く息をはくように呟く。僕も彼女の一言でやっと、カナも僕もヤライさんも助かった、こう実感する事ができた。…カナはヤライさんに掴まれた状態で、声を荒らげてるけど…。
『それはアタイも同じよ。あんたが喝を入れてくれなけりゃあ今頃…。…兎に角、あんたがいなけりゃあアタイらは、今頃天に召されてたかもしれないわね』
「…かもしれないね」
「ええっと…、ヤライって事は…、もしかして…、コット? 今喋ってるのって、コットなの? 」
「えっ…」
カナ、今は僕とヤライさんしかいないでしょ? …って…。
「ええっ? かっ、カナ? もしかしてカナ、僕達の言葉、解るの? 」
『うっ、嘘よね? エレンだけかと思ってたのに、まさかあんた…』
「ううん、エレン君のヤライの声は鳴き声にしか聞こえないよ」
ちょっ、ちょっと待って! 僕がヤライの名前を言ったのを知ってるって事は、カナも、エレン君みたいに…。取り乱しているカナは、そのままの状態で僕達に迫ってくる。ヤライさんに掴まれてるから表情までは分からないけど、この感じだと多分、かなり驚いてると思う。まさかとは思うけど、ひょっとするとカナには僕達の言葉が解ってるのかもしれない。途中で僕が言った事を、断片的にだけどそのまま繰り返していた。その事が気になったから訊いてみたけど、返ってきたのは僕が思ったのと違う答え…。ということは…。
「ヤライさんのはそのまま…。…っていう事は…、もしかして僕、人の言葉、喋ってる? 」
こういう事になるよね?
「うん! 何でかは分からないけど、ちゃんと聞こえてるよ! 」
ほっ、本当に、僕って…。まさかとは思ったけど、どうやらカナには僕の言葉しか聞こえていないらしい。だけど僕にはいまいち実感が無かったから、何度も何度も彼女に訊きなおす…。僕達を乗せて飛んでくれているヤライさんも尋ねてたけど、本当に僕の言葉しか直接答えてなかった。
『アタイらにはいつもと同じにしか聴こえてないけど、どうやらそのようね』
「そうみたいだね。いまいち実感ないけ…」
「ちっ、まだ生きていやがったか…。…ヨルノズク! 」
『しぶといガキだ…。エアスラッシュ! 』
いまいち実感ないけど、僕は耐えず飛んでくれているヤライさんにこう言おうとした。だけどそれは、ほんの少し斜め上後ろの方から聞こえてきた声のせいで言い切ることが出来なかった。僕の身に起きた事でつい忘れかけていたけど、今もまだプライズと交戦している真っ最中…。僕達を狙う組員がこう声をあげ、さっきとは別のメンバーに指示を出す。それを請けたヨルノズクは、僕達の都合はお構いなしに空気の刃を二つ飛ばしてきた。
『あんた、いつまでアタイらに付き纏う気? ナイトバースト! 』
「目覚めるパワー! 」
とにかく、まずはこの状況をどうにかしないとどうにもならないよね? 東に向けて飛び続けてくれているヤライさんは、僕達が落ちないように注意しながら向きを変え、翼に悪タイプのエネルギーを蓄える。両翼で強く打ちつける様に振りかざし、黒い波紋を斜め上に飛ばす。この軌道から予想するとヤライさんは多分、夕方の空を切る二刃を狙っていると思う。だから僕は、彼女が方向転換している間に溜めていた氷弾を、ヨルノズクに向けて撃ちだした。
「まっ、まだいたの…? 」
『所詮紛い物が…、本物の飛行タイプをナメるな! 』
「あの感じ…、ヤライさん! ゴッドバードが来ます! 」
『ゴッドバード…、…いいわ、受けたとうじゃない! 影分身! 』
上級技でかかってくるって事は、この一撃で仕留めるつもりだね、きっと。ヤライさんの波紋と相手の刃は、僕達側に三分の二ほど進んだ位置でぶつかり、相殺した。その後に紛れて、僕の氷弾は狙い通りの軌道で切り抜けてくれた。…だけど相手は、当然タダでは食らってはくれない。僕達から見て時計回りにきりもみ回転し、それをかわす。更に相手は、エネルギーを活性化させて光を吸収し始める。この予備動作で相手の糸が分かったから、すぐにヤライさんに警告。それなら、っていう感じで、彼女はもうひとりの自分を即行で作りだしていた。
『空の藻屑になるがいい! …ゴッドバート! 』
「急降下してかわしてください! 」
『見切りね? 』
この角度、あのスピードなら、これで回避できる! 光の塊と化した相手は、凄い速さで僕達を狙う。一気に加速し、獲物を狙う相手は大ダメージを与えんと迫ってくる…。だけど僕は、予め見切りを発動させていたからすぐに対応する事ができた。相手が加速し始めると同時に声をあげ、彼女もピタリと飛翔を止める。
『ちっ、分し…』
「本物はこっちです! チャージビーム! 」
『なっ…っく…』
本物のヤライさんだけが自由落下をはじめた事で、相手は偽物だけに突っ込む。触れた瞬間空気と化し、大技を失敗させることに成功した。
この隙に僕は、ヨルノズクが頭の上を通過したタイミングで、口元にエネルギーを集中させる。電気の属性を纏わせ、ブレスとして放出。殆ど距離が離れてないから、僕の光線は正確に相手の背中を捉える。威力は目覚めるパワーよりは劣るけど、それでも弱点属性だからそれなりのダメージを与える事はできた。
「…あっ、ヤライ、コットも、一端あそこの湖に降りて! 」
『湖…、あの森にあるあそこね』
「何ていう湖かは分からないけど…、体勢を立て直すんだね? チャージビーム」
『くっ…』
カナ、どこの事を言ってるのか分かったよ! 僕とヤライさんが対抗している間に、カナは隠れ場所を探してくれていたらしい。ヤライさんが降下するのを止め、高度を維持し始めてから、僕達にこう声をかけてきた。僕の位置からではカナの姿は見えないけど、多分その方向を指さしていると思う。それだけで何となくカナの考えを察する事ができたから、僕はその通りの事を口にする。そのままの流れで、ふらつきながらも向かってきたヨルノズクを迎撃した。
「ヤライさん、いけそう? 」
『少し腕…、翼が痛くなってきたけど、どうって事無いわ! 』
「じゃあ、僕が牽制するから、お願い! 目覚めるパワー! 」
地上に降りれば接近戦に持ち込めるし、何よりヤライさんも戦えるしね! 彼女がこう言ってるから少し心配になってきたけど、大丈夫なら、何とかなるかもしれない。…というより、イグリーに化けたヤライさんしか飛べるひとがいない今は、彼女に頑張ってもらわないとどうにもならない。だから僕は自らの役目を考え、すぐにそれを彼女達に伝える。言い終えてから即行で、発動させ慣れた氷弾を生成する。チャージビームの追加効果で威力が上がっている弾丸を、新手を出場させようとしている相手のメンバーに向けて撃ちだす。ヤライさんはヤライさんで、すぐに目的地を見据えて翼を羽ばたかせてくれた。
Continue……