Cinquante et cinq 一触即発
Sideテトラ
「…こう行けば、アジトを見つけられるはずだよ」
へぇ…。だけどヒイラギさん、この情報を得るのに、凄く苦労したんじゃないかな。昨日ラグナから聞いてはいたけど、彼とライトのチカラで詳しい場所を教えてもらった。キキョウで会った時にシミュレーションみたいなことを一応したけど、慣れないからやっぱりまだドキドキしてる…。シアちゃんは初めてだったから仕方ないと思うけど、ライトもあまり慣れていないらしい。ライトのお兄ちゃんがラティアスがいなくても発動できるから、たぶんそのせいかもしれない。
『…と言う事は、怒りの湖を岸に沿って歩けば、あるのですよね? 』
『地面がぬかるんでるせいで歩きにくかったが、その通りだ』
『…だけど、そこに行く前に人が沢山いるなら、逆に目立たない? 』
だってそうだよね? ただでさえ組織のアジトがあるなら、その道中でも人がいない方が都合がいいはずだよね? …どうせ考えもなしにそうしてるんだろうけど、私なら別の場所にするし…。見た感じ初めての事で気分が高鳴ってるみたいだけど、シアちゃんはさっき見せてもらった事を思い出しながら、フレア君達に聞き返す。見せてもらってる間、シアちゃんはずっと後ろ足だけで立ってたみたいだけど、私が見た限りでは全然ふらついていなかった。立った姿のシアちゃんを見ると、本当に人間だったんだなぁー、って思えてくる。私もシアちゃんとは進化元が同じだから、尚更そう感じられていた。
話を元に戻すと、シアちゃんに訊かれたフレア君は、その時の事を思い出したのか、若干顔を浮かべながら返事する。よく考えたら、彼は純粋な炎タイプだから、歩き辛いって思うのも無理ないかもしれない。ぬかるんでると言えば、ホウエンのヒマワキシティを思い出すけど…。…とにかく、彼の一言で何となくその場所の状態が分かったような気がした。
「うーん、自分が変装したのはただの戦闘員だったから、それに関する事までは探れなかったけど…」
「下手に地佐とかに変装してバレたら、後で大変な…」
潜入するなら、目立った行動は極力避けた方が良いもんね。そもそも、それなりに高い地位に変装すると、万が一その地位の人とかしか知らない事、権限に関する事を突かれたら、正体がバレるリスクが高くなるし…。私が率直に感じたことを質問したら、ヒイラギさんは腕を組み、少しだけ視線を泳がせる。何を考えてたのかは知らないけど、答えが見つからなかったのか、すぐに私の方に視線を落とす。彼が何に変装したのかまでは訊いて無いけど、彼は申し訳なさそうにこう答えてくれる。そんな彼にライトは、フォ…。
「おっ、ライトさん! こんな所で…、おい、お前は誰だよ! 」
フォローしようとしていたけど、また割り込んできた声によって遮られてしまっていた。正直言って、また? って言いたくなったけど、私がそういう暇も無く声の主は喋り倒す…。ライトとヒイラギさん程ではないけど、私も少し驚きながら振り返ると、そこには何故か感情的になっている男の人が一人…。ライトの古い知り合いなのかもしれないけど、その彼はすごい剣幕で近寄ってくる…。
「うっ、ウィルさん? 」
『はぁ…。ウィル、初対面の人に…』
「えっ、いや…」
「さてはオレからライトさんを…」
『ウィル! ただ話してただけかもしれないじゃない! それにライトさんはラティアスなんだから、そんなわ…』
なっ、何、この人? その人の怒りの矛先は、何故かはさっぱり分からないけどヒイラギさんに向いているらしい。後ろから彼のメンバーらしいニャオニクスがついてきてるけど、その彼女の声さえ届いていないらしい。見るからに頭に血が昇っている彼は、ありもしない虚言を並べながら戸惑うヒイラギさんに迫る…。言う事を聴かないトレーナに対し、ニャオニクスの彼女も苛立った様子で彼を止めようと…。
「カソードは黙ってて! …」
『…思念の頭突き! 』
『えっ、ええっ? 』
ちょっ、ちょっと待って! 急に色んなことが起こり過ぎて訳が分からないんだけど! 私達が突然の事にあたふたしている間に、怒れる彼は感情に身をまかせ、相方らしい彼女の静止をあっさりと跳ね除ける。声を荒らげて彼に殴りかかる、唖然とする私はてっきりそうなるかと思ったけど、そうはならなかった。
彼は握り拳を作らず、何故か両目を硬く閉じる。神経を研ぎ澄ましていたのか、急に激しい光に包まれ始める…。それはまるで…、いや、まさに、ライトが姿を変える時に纏う光、そのもの…。光が治まった彼は、ヒイラギさんと同じラティオスに姿を変え、凄い速さで突進し始めていた。あまりに急な事に、私達は全く…。
『
ま、待ってください! 守るっ! 』
『なっ…』
『くっ…。…ラティオスさん、はぁ…、落ち着いて…、はぁ…、ください』
しっ、シアちゃん? 私達のなかでただひとりだけ、すぐに動くことが出来た。それは、結構戦闘経験がある、ブラッキーのシアちゃん…。彼女自身も訳が分からない状態のはずだけど、それでも咄嗟に滑空するラティオスと、驚きのあまり立ち尽くすヒイラギさんの間に跳び出す。ほぼ反射的に二足で立って、空いた前足にありったけのエネルギーを送り込む。それを盾状に具現化することで、蒼い弾丸を受け止める。ミシミシと音をたててヒビが広がったけど、重心を落として踏ん張っていたから辛うじて持ち堪える。だけどかなりの衝撃があったらしく、解除した後の彼女はかなり息が上がっていた。
『ま、まずは、落ち着いて話しません? 』
『そっ、そうね…、ブラッキーさんの言うとおりね』
「うっ、うん…」
二足で立ったままのシアちゃんは、若干バランスを崩しながらもこう提案する。セリフの途中でニャオニクスの彼女、ラティオス、それから私達の順に視線を送る。私もだけど、ここでようやく我に返ったらしく、ニャオンクスの彼女はかなり取り乱しながらも何とかシアちゃんに答えていた。
『確かにそうだな。まずはラ…』
「ラティアスって事は、きみがウィルさん、ですね」
『なっ、何でオレの名前を…? 』
『あれ、言ってなかった? 』
危うく聴き逃しそうになったけど、確かにライトとニャオニクスさんが言ってたよね? シアちゃんのお蔭で何とか場の空気が落ち着いたから、それを見計らってまずはフレア君が話し始める。だけど、同じことを訊こうとしてたのかもしれないけど、ヒイラギさんが割り込んで浮遊する彼に問いかける。その彼はもの凄く驚いてたけど、それはたぶん、頭に血が昇っていたから聞こえていなかったからだと思う。だから私は、目で言ったふたりを示しながら、初対面の彼にこう話しかけた。
「うん、言ったよ。…ええっと、ビックリして遅くなっちゃったけど、彼が探していたウィルさんと、ニャオニクスの彼女がカソードちゃん。それからギャロップの彼がフレアで、今は人間の姿だけど、こっちの彼がウィルさんと同族で、わたしの幼馴染みのヒイラギ」
『どっ、同族…? アイラのラティアスだけじゃなくて、オレの種族までいたのかよ』
『ライト達だけじゃなくて、カントーにラティアスがひとりと、ホウエンにはラティオスがふたりとラテイアスがひとり…。だから、あと二組いるんですよ』
ライトのお兄ちゃんがホウエンで、ヒイラギさんのお姉さんも同じだったね。それとティルの師匠がカントーで、その双子のお兄さんがホウエンだったかな? 本当は私が紹介するつもりだったけど、よく考えたら、私もウィルさんとは初対面。ライトと言い出しが重なったから、慌てて口を噤んで彼女に譲ることにした。
この感じだと多分気付いてないと思うけど、ライトは私から引き継いでみんなの紹介をし始める。正面にいたウィルさんから順番に、左回りに種族と名前を言ってあげていた。当然かもしれないけど、ウィルさんはヒイラギさんの時になるともの凄い表情で驚いていた。更に追撃ちをかける事になっちゃったけど、ライト達の同族だから、ほかのひとたちの居場所もさり気なく教えてあげた。
――――
Side ? ? ?
「ふぅ…、やっぱトレーナー戦は一味違うなぁー。まさかあのタイミングで進化するとは思ってなかったけど、戦略を試せたから…」
「はぁ、やっと見つけたわ。高貴なアタイの手を煩わすなんて、いい度胸してるじゃない」
「ええっと…、どちらさんですか? 」
「フッ…、愚民の分際に、このアタイが名乗るとお思いで、“ラティアス”? 」
「えっ、なっ…なん…」
「サーナイト、やってしまいなさい」
『…黒い眼差し』
「えっ…、くぅっ…」
『組織に目を付けられたのが運の尽きね…。貴女には悪いけど…、催眠術! 』
「なっ…、なん…、で…」
Continue…