Soixante et trois 七色の炎と囚われの炎(襲火)
Sideコット
「…さぁエンテイ、この私の邪魔をしたことを、このクソガキ共に後悔させてやりなさい! 」
『ガルルゥッ…』
「うっうそでしょ…ユリン…」
「ねっ、ネージュ! 何とか戦って! 」
えっ、なっ、何で…? 女の人が赤い鎖を引っ張ると、どこからか大きな種族が姿を現した。何かただならない重圧を感じ、恐る恐る塞いでいた耳を放す。目も硬く閉じていたから開けると、そこにはホウオウと同じく伝説と言われているエンテイ…。だけどそのエンテイには、どこか違和感があるような気がする…。気のせいかもしれないけど、目が虚ろなような、…、僕にはそう見えた。
『ガァッ! 』
『うん…』
『おっ、大きい…。だっ、だけど、負けないんだから! 』
『ネージュ、来るよ! 水の波動で迎え撃って! 』
「でんじはでうごきをふうじて! 」
小さく吠えたエンテイは、すぐに僕達の方に駆けてくる。何を仕掛けてくるのか、どんな技を使えるのか、分からないけどこの状況では戦うしかない。ふたりともあまりの気迫に狼狽えていたけど、辛うじて気持ちを持ち直したらしい。だからエレン君と僕は、それぞれに指示を出した。
『みっ、見た感じ炎タイプみたいだけど…、水の波動! 』
『大きいけど、ニアロに比べたらどうって事無さそうだね。電磁波』
伝説の種族だけど、相性的にはネージュの方が有利なはず…。だから、ネージュを中心に戦ってもらえば…! ネージュはこれだけ呟くと、口元にエネルギーを蓄え始める。青色の物体が二十センチぐらいになったところで、リング状にして撃ちだす。このにユリンも準備が出来ていたらしく、前に走りながらパチパチと音をたてる…。距離が四メートルぐらいになったところで右に跳び退き、同時に微弱な電気を発生させていた。
『グァァッ! 』
『えっ、効いてない? くぅっ…! 』
『もしかしてハズれた? 』
『フラム、いい加減目を覚ませ! 原始の力! 』
「ネージュ! 」
嘘でしょ? 体力と守り、相性でも有利なネージュが、たった一発で? ネージュの水輪、ユリンの電気、その両方をものともせず、エンテイは走りながら技を発動させる。口元にエネルギーを溜めながら上を向き、即行で上に発射…。すると赤いエネルギー塊が弾け、色んな方向に降り注ぐ…。噴火っていう技だと思うけど、容赦なくさんにんに襲いかかっていた。
瓦の上を駆けるユリン、大空を羽ばたくホウオウさんはかわせたけど、地上での移動が苦手なネージュにはそれが出来なかった。炎の塊の一つが、彼女の首の裏側に命中する。伝説の種族だからある程度の威力は想定していたけど、その規模は僕の予想を遙かに超えていた。カナの傍に控える僕とネージュの間には三メートルぐらいの距離があるけど、それでも炎の熱が伝わってくる…。規格外な威力に、ネージュの身体は大きく揺らいでしまっていた。
空の上のホウオウさんも、かわしてから反撃に移る。どこからか大岩を出現させ、エンテイの真上に落としていた。
「…やっぱりあのエンテイなんかへんだよ」
「変…? 確かにそんな気はするけ…」
「みんなのはわかるのにあのエンテイのことばだけわからないんだよ! 」
「えっ、エレン君でも? 」
「うん」
やっぱりエレン君も、そう思うよね? 彼の言う通り、サンダースの僕にもエンテイが話していることが全く分からない…。ええっと話すっていうより、唸ったり吠えたりする、って言った方が正しいかもしれない。
「いちいちうるさいわね…。エンテイ、やってしまいなさい! 」
「もう一回水の波動で…」
『グルァァッ! 』
『しまっ…、ネージュ! 』
『えっ…、水…』
そうだよ! こんな事を考えてないで、もっとネージュ達に指示を出してあげないと! 相手の異変について考えている間に、その本人に距離を詰められてしまっていた。カナと僕は慌てて指示を出そうとするけど、正直言って間に合うかどうかは分からない。ネージュも本能的に危ないって感じたらしく、反射的に水の波動の準備をする。その時には既に、牙に炎を纏わせた猛炎が目の前に…。
『っく…。強…、過ぎるよ…』
「嘘でしょ? 水タイプなのに、たった一発で…。…ネージュ、ごめん…」
『まっ、まさか…』
『何っ? 熱風! 』
ネージュは中途半端でもいいから発動させようとしていたけど、それさえも間に合わなかった。さっきくらった噴火のダメージが相当大きかったらしく、炎を纏った一噛みだけで崩れ落ちてしまっていた。僕はもちろん、カナもここまであっさりネージュがやられるなんて夢にも思ってなかったから、思わず言葉を失ってしまう…。ホウオウさんが発動させた、熱い突風でようやく我に返ったぐらいに…。
「もっもうネージュが…」
「つっ、強すぎるよ…! イグリー、勝たなくていいから…、耐えて! 」
『うん…、えっ? 伝説の種族? 』
『話すと長くなるけど…。イグリー、無理して戦おうとしないで! 』
とにかく、怪我だけはしないで…、それだけだよ! 何とか我に返ったカナは、取り乱しながらも何とか次のメンバーを出場させる。本当は僕が先に行こうかとも考えてたけど、カナはカナで別の事を思っていたらしい。僕でもイグリーでも勝機は、見えない…。だけどこの状況では、そうも言ってられない。カナがどう考えてるのかは分からないけど、ちょっとでも正気じゃないエンテイの弱点を分析する時間をくれた、僕はそう思う事にした。だから僕は、勝つ気満々のイグリーにこう言い放った。
『イグリー! …進化してたなんて…、頼もしいよ』
『ユリン! …俺の背中に乗って! 』
『…うん! 』
そっか、イグリーは少しでも機動力を上げて翻弄する作戦なんだね? 同じ空だから、物理技は受けにくいし、ホウオウさんと連携もできるしね。
「イグリーしんかしてたんだね。それならおいかぜをたのんでいい? 」
『おぅ…。ユリンも、頼んだよ。…追い風! 』
『当たり前…、でしょ! …』
ユリンがイグリーの背中にしがみついたのを見ると、エレン君が彼に指示を出してくれる。カナも多分同じ技を指示するつもりだったと思うけど…。イグリー達にとってはどっちでもいいと思うけど、キキョウで会った時から仲が良いふたりは互いに言葉を交わし合っていた。風を起こすのと同時に飛び上がると、背中の彼女も別の技を準備…。あの感じだと、充電でエネルギーを蓄え、高威力の技で攻めるつもりなんだと僕は思った。
「小物がちょこまかと…、目障りなのよ! 」
『ガアァッ! 』
『大文字! …? これは汝の技か』
『はい! …あの伝説のホウオウと組んで戦えるなんて…、夢みたいだ! 燕返し』
『イグリー、ユリン、ホウオウさん! 噴火が来ます! 』
こっち側が空に移ったから、狙いを変えてきたね…。ほんの少し話している間に、
獣と化してるエンテイは空中に狙いを定める。三次元的に七メートルぐらい離れてるイグリーとホウオウさんに対して、広範囲技で殲滅するつもりらしい。虚ろな目で、巨大な炎塊を撃ちあげていた。
それにいち早く気付いたのは、ユリンを背中に乗せているイグリー。彼は放たれる炎に気付くと、それに向かうように身を翻す。力強く空を叩き、急降下。体を捻る事で炎塊をかわし、屋根上のエンテイに狙いを定めた。
『分かってる! ユリン! 』
『うん…! 十万…、ボルト! 』
三メートルぐらい降下したタイミングで、ユリンがイグリーの背中から跳び出す。丁度エンテイの真上を位置取り、全身からエネルギーを解放する。高圧の電気を相手に向けながら、イグリー同様に落下…。この感じだと多分、イグリーの翼…。
『あの構え…、まっ、待て! 今すぐ放れ…』
『グヲオォォッ』
『えっ…』
『しまっ…』
『イグリーッ! 』
えっ、なっ、何、あの技? タイミングは完璧、だったけど相手は気にも留めずに技を発動。炎を纏ったかと思うと、いきなり真上に放出。それだけでなくて、僕が見た感じでは、周り二メートルぐらいにもその範囲が及んでいると思う。文字通りの火柱が空高くそびえ立った。
『きゃぁッ! 』
『うわっ…! 』
「ユリン! 」
「イグリー! 」
ユリンは自由が利かない空中、イグリーは相手まで一メートル半で迫ってたから、ふたりとも対応出来ずにまともに食らってしまった。本当に何て言う技なのか分からないけど、少なくとも、弾ける炎とか焼き尽くす、火炎放射よりもかなり上のレベルだと思う。最初の噴火とも比べ物にならないぐらいの熱が、闘っていない僕の方まで伝わってきた。
「そうよ、これよ…。この技よ! この技こそ、この私に相応しいわ! 」
「あっあのわざが…アークさんもつかえる…せいなるほのお…? 」
「イグリー…、まで…」
伝説の種族…、ここまで、強いの…? ふたりがあっけなく倒されてしまって、僕、カナ、エレン君も茫然としてしまう…。一応カナには僕、エレン君にはヤライさんとあとひとりいるけど、このままだと僕達も二の舞になる。かといって、ここまで時間は貰えたけど、いい策が全く思いつかない。…強いて言うならエネルギーを使い果たさせて、悪あがきで自滅を狙う事もできるけど、それまで僕の体力がもつ自信がない…。万事休す、だけど…。
『こうなったら、僕が! 技で勝てないなら、長期戦に…』
「…コットくんまって! 」
『えっ、エレン君? 待ってたら…』
まっ、待ってって…、こんな状況では待ってられないよ! 僕はカナに言われる前に、自ら前に出る。今は空で戦ってるホウオウさんに注意が向いているけど、僕は目の前にいる強敵への警戒レベルを最大まで高める。注意が逸れているうちに一発当てよう、そう思いながら走りだそうとしたけど、その前にエレン君に止められてしまう…。それに反ろ…。
「コットくんカナちゃんここはオイラたちがじかんをかせぐからいまのうちににげて! 」
「えっ、エレン君? 」
『エレン君、こんな状況で本気で言ってるの? 』
「ほんきだしいまだからこそだよ! よくかんがえてみて。カナちゃんにはもうコットくんしかいないけどオイラにはまだふたりいる…。にげてるとゆうでもなにがあるかわからないからせめてコットくんだけでものこっていたほうがたいおうできる…。…だからコットくん…オイラたちにちゅういをむけさせる。それなら…かくじつににげられる…。オイラには…これしかおもいつかないよ! だからコットくん…さんじゅうななだいめとして…
ぜったいにてだしはさせないから! ヤライニアロ! 」
エレン君…。呼び止められて振り返る僕に、エレン君は声を大にして言い放つ。相変わらず早口だけど、今回はハッキリと聴きとることが出来る…。それだけじゃなくて、今までに見た事が無いぐらいの、本気な表情で僕に訴えてくる。あまりの気迫に、僕は何も言い返すことが出来なかった。
この流れだと僕がどう答えても変わらないと思うけど、エレン君は言い切るとすぐに、残りの二つのボールを右手にとる。決意と共に振りかぶり、中に控えるヤライさんと、僕が知らないもうひとりを出場させる…。
『…大体状況は分かったわ。これはアタイ達の出番ね』
『そうだね。自分としても、アークさんとエレン達のピンチなら、助けない訳にはいかないですからね』
「えっ、うそ…」
『きっ、きみって…』
まっ、まさか、このひとって…、あの時の…! エレン君がボールから出場させたのは、まさかのじんぶつ…。そのひとの種族は分からないけど、見上げるほどに大きいそのひとの事を、僕は一度だけ見た事がある…。両方とも同じ種族だけど、片方はもう一人に化けているヤライさんだと思う。
「きっ、貴様! どこでルギアを捕まえ…」
「つかまえたんじゃない…えらばれたんだ! むりやりとらえてしたがわせてるきみといっしょにしないでください! ニアロ! ヤライ! たのんだよ! 」
『エレン、もしアタイが人間なら、あんたに惚れてたわ…。…ニアロに化けるのは初めてだけど、ここで折れてはエレンに示しがつかないわ…。…上等じゃない! 野生時代、密猟者を出し抜いたアタイの実力、見せてやるわ! 』
そっか…、ワカバを出る時に見たあのひと、ニド達の仲間だったんだ…。エレン君が大きいふたりを出場させたことで、プライズの頭領っていう女の人がようやく気がつく。何かを荒々しく言ってたけど、決心したエレン君に遮られる。彼は落ち着きながらも感情を顕わにし、高圧的な彼女にこう言い返す。最後にヤライさん達に合図を送ると、どっちかがそれに答えていた。
『うわっ! 』
「きゃっ! 」
その直後、隣同士になっているふたりのうち、左の方が軽く飛び下がる。大きな翼を羽ばたかせたかと思うと、長い尻尾で僕達を抱え込む。ふわっと持ち上げて解放し、下がった勢いを利用して背中に乗せる…。
「貴様…、ガキの分際で伝説を使役して…。あの学者の小僧といい…、伝説をしもべにするのはこの私だけで十分なのよ! エンテイ! 」
『影分身! ニアロ! 』
『うん。エアロブラスト! 』
『ナイトバースト! 』
僕達を乗せた方のルギアさん…、それとも、ヤライさん…? どっちかは分からないけど、技を発動させて二体の分身を作りだす。そのまま揃って後ろに飛び下がりながら、それぞれ技を準備する…。
「逃がさない…くっ…! 」
両翼にエネルギーを集中させ、前に振りかざす事で技を発動させる。分身を合わせたさんにんは黒い波紋でエンテイを狙い、もうひとりは高く舞い上がって強風を発生させる。上のひとりはこの強風に、無数の刃を乗せて解き放っていた。
『確かコットとか言ったわね。振り落とされんように、アタイの背中に掴まってな! 』
『えっ、ちょっと、まっ…』
まっ、待って! 僕達を乗せてくれているルギアさんは、波紋を放ってすぐにこう声をあげる。これに僕はすぐに答えようとしたけど、このひとは待ってはくれなかった。僕が言ってる途中で大きく羽ばたき、一気に後ろ向きに飛ぶ。分身の二体も同じタイミングで続き、三方向、別々に飛び立った。
エレン君…、どうか、無事でいてよね!
Chapitre Sept De Cot 〜延寿を祀りし郷〜 Finit……