Soixante et un 誘い
Sideコット
『…火炎放射! 』
『くっ…。…そう来ないと、ね! 地…ならし! 』
ヘクト、ここまで来たら絶対に勝ってよね! 僕達の制止も聴かずに名乗りを上げたヘクトは、進化していたニドを相手にかなり苦戦していた。当然と言えば当然だけど、ヘクトは万全な状態じゃなかったので、やられる寸前まで追い込まれてしまっている。だけどそんな最中、ヘクトが狙っていたのかどうかは分からないけど、絶妙なタイミングでヘルガーに進化…。それがきっかけで形勢が傾きはじめ、何とか五分の状況まで持ち込んでいると思う。火炎放射も使えるようになったらしく、口から燃え盛る炎を放出して反撃を始めていた。
一方のニドも、万全な状態ではなかったらしい。体力的なものを考えるとヘクトよりはマシだったと思うけど、僕が見た感じでは火傷状態になってたと思う。途中でヘクトが毒状態になったみたいだけど、進化したことで彼の炎で圧され始めていた。
だけどニドも負けじと対策を講じる。炎の熱さに圧されてはいるけど、何とか耐え、右の前足を軽くあげ、溜めた力で思いっきり踏み鳴らしていた。
『負けて…、たまるかぁっ! 』
「ヘクト、そのまま圧しきって! 」
『うぅっ…。でも…、これで…! 』
「ニドたえて」
限界が近いながらも何とか相手の行動に気付いたらしく、ヘクトは放つ炎を更に強める。どちらかというと、温度を上げたというよりは、はく量を多くしたような…、そんな感じ。ヘクトから離れた炎の軌道が、さっきより三割増しぐらいになってたような気がした。
それに対してニドは、ダメージを受けながらも何とか技を発動し終える。地面に前足がついた直後から、地面が唸りをあげ始める。こうなるともうニドにとっては、結果を見守ることしか出来ないと思う…。案の定ニドは、つけたそのままの状態で、重心を低くして踏ん張っていた。
『っく…! 』
『…っ! 』
『ヘクト! ニド! 』
どっ、どうなったの? ニドが地ならしを発動させてからほんの一秒、遂にヘクトにも揺れが襲いはじめる。僕にとってもそうだけど、ヘクトにはかなり辛いこの揺れ…、これまでのダメージもあって、ピタリと炎が止まってしまった。
この瞬間僕は、複雑な想いに満たされ始める。ヘクトには勝ってほしいけど、ニドにも負けて欲しくない。だから思わず、ふたりの名前を叫んでしまった。
『…流石、だね…』
『お前も…、な…』
「ヘクト! 」
「ニド! 」
ええっと…、これって…。揺れが治まった直後も、ふたりは何とか踏ん張って立っていた。この後はどうなるの、そう思いはじめたのも束の間、よく聞こえなかったけど、ふたりは一言ずつ、何かを口にする。だけどその直後、ほぼ同時にふたりとも崩れ落ちてしまった。
『これって…、引き分け? 』
「そうかもね。ひきわけかぁ」
「うん…。ヘクト、お疲れ様」
「ニドもありがとね」
引き分けかぁ…。ヘクトとニド、両方が意識を手放しちゃったから、そうなるよね? カナとエレン君は、闘ってくれたそれぞれに一言、労いの言葉をかける。結果が分かるのに少し時間がかかっちゃったけど、僕がこう呟いたら、エレン君も気づいたらしい。腰のボールに手をかけながら、ニドを控えに戻す。ここでようやくカナも、エレン君と同じようにヘクトをボールに戻していた。
「ふぅ。カナちゃんこれつかって」
「えっ、いいの? 」
「うん。きょうはこれだけしかないけど」
『でっ、でも、これだけで十分だよ』
エレン君、今日も、いいの? 完全な状態じゃなかったけど、ずっと指示を出していたエレン君は、緊張を解いて一息つく。そのまま彼は、両肩で背負っているリュックサックを前の方にまわし、ファスナーを開ける。そこから黄色い結晶、元気の欠片を二つ取り出すと、そのうちの一つをカナに手渡す。これだけでも十分な気もするけど、エレン君は申し訳なさそうにしていた。
「ううん、元気の欠片だけでも十分だよ。ありが…」
「あっそうだ。カナちゃんコットくんもせっかくエンジュにきたんだからすずのとうにいかない? 」
『えっ、今? 』
「すっ、鈴の塔に? 」
エレン君、何で今? カナはありがとう、って言おうとしてたけど、その相手のエレン君に遮られてしまっていた。会うときはいつも驚かされるけど、やっぱり今回もそう…。何を思ったのかは全く想像がつかないけど、彼は急に気が変わったらしい。その塔がある東の方を見ながら、大声で提案提案してくる。あまりに急すぎる提案だったから、カナはもちろん、僕も揃って変な声をあげてしまった。
「うん。すずのとうにぼくのしりあいがいるんだけどカナちゃんとコットくんにもあってほしいっておもってね」
『エレン君の、知り合い…? 』
「うん。そのひとはめったにひとにはあわないんだけどぼくにはあってくれるんだよ。エンジュにきたついでだしいっしょにどうかなっておもって」
鈴の塔に? 街のどこかじゃなくて? それにエレン君って、確かカントーの出身だったと思うんだけど…。エレン君の話し方には慣れたつもりだったけど、今回はあまり聴きとることが出来なかった。最初の方しか聴こえなかったけど、多分エレン君は、鈴の塔に行きたい、そう言ったんだと思う。
「鈴の塔に? うん! わたし達も、丁度ジム戦が終わってから行こうと思ってたんだよ」
元々カナが行きたいって言ってた所だから、流石に覚えてたね…。
「ほんとに? じゃあいまからいこうよ」
「うん! 」
『まっ、待って! その前にセンターに…』
ちょっ、ちょっとカナ! エレン君も、バトルした後なんだから、先に回復してもらった方が良いと思うんだけど。…確かにカナの言う通り、ジム戦の後で僕達は鈴の塔に行くつもりだった。僕も行きたいんだけど、それ以前に順序というものがあると思う。この様子だと多分、カナ達は重要な事を忘れてると思う。
『はぁ…。エレン君まで…』
二人の気持ちも分からなくもないけど、ここは先にセンターに行くべきだと僕は思う。エレン君には僕の言葉は伝わってるはずだけど、二人は揃って先に行ってしまう。取り残された僕は、もどかしい気持ちと共に、盛大なため息を一つつく事しか出来なかった。
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