Soixante 奥の手
Sideコット
「イグリー、ヘクト、お疲れ様」
『ふたりとも凄かったよ』
『まっ…、まぁな』
『…だけど、流石にちょっと…、キツかった、かな…』
いつもは僕が追加で指示を出してたけど、そうしなくても何とかなってたしね。今日二か所目のジム戦は、イグリーとヘクトの活躍で何とか突破する事はできた。何回かヒヤッとした所もあったけど、技の効果で何とかなってたと思う。ヘクトは不意打ちで相手の技を封じれてたし、イグリーも追討ちで交代を阻止出来ていた。
その後僕達は、ジムリーダーの代理の人からバッジをもらって、その建屋を後にする。終わったばかりだから、このままセンターで回復してもらうつもり。イグリー達はずっと出たままだけど、この間に息だけは整いかけているみたいだった。
『僕が見た感じだと、最初の燕返しは良かったと思うよ。 …だけど、オドリドリさんに剣の舞を発動された時、追い風じゃなくて鋼のつ…』
カナの指示って言うのもあるけど、僕なら鋼の翼で攻めてたかなぁ…。終始観戦していた僕は、見ていて思った事をふたりに話し始める。まず初めに僕は、空中で戦っていたイグリーを講評する。トレーナーはカナだから仕方ないけど、僕はもし自分なら…、っていう立場でアドバイスを…。
「あっカナちゃんコットくんもさっきはごめんね」
「えっ、あっ…、エレン君? 」
アドバイスしようとしたけど、早口で聞き取りにくい声に割り込まれたせいでそれは出来なかった。今回は見えてたからビックリはしなかったけど、背を向けていたイグリーとヘクトはそうじゃなかったらしい。ビクッととびあがり、小さく声をあげてしまっていた。
ジム戦を終えたばかりの僕達に話しかけてきた彼、エレン君は、カナを見つけるなりこう言ってきた。エレン君関係でさっきって言うと、コガネで朝あった事だと僕は思う。エレン君のお母さんが割り込んできてバトルが中断したって事もあるけど、多分彼はその後で急に姿を消したことを言ってるんだと思う。もう何時間も経ってるから落着けたらしく、彼はこう言いながらぺこりと小さく頭を下げていた。
『エレン君は悪くないから、気にしないで』
「ありがとう…」
『こっコット…、もしかしてコイツ…』
『そういえばヘクトは知らなかったよね? うん、思った通りだよ』
よく考えたら、今朝エレン君と戦った時、ヘクトは控えだったよね? 僕達の言葉が解るエレン君と話していると、ヘクトが急に頓狂な声をあげ始める。流石にイグリーとネージュは気づいてると思うけど、ヘクトはそうじゃない。そもそも初対面だから、無理はないとは思うけど…。その事を思い出したから、僕はヘクトにこう教えてあげ…。
「そういうことだよ。カナちゃんかあさんもおいはらえたからばとるやりなおさない? 」
「バトルを、だよね? うーん…」
『僕達、まだジム戦終わったばかりだからなぁ…』
『俺達はまだ無理だけど…、コットとネージュなら…、戦えるんじゃないかな? 』
僕達が? …うん、そうだね。ひとまずヘクトには説明できたけど、ちゃんとそれを確認する前に話が進んでしまった。エレン君は僕の説明をサラッと聞き流し、我先にとこう提案する。カナの事だからすぐにでも、うん、って言いたかったと思うけど、生憎僕達はジム戦を戦い抜いた直後…。僕とネージュは大丈夫だけど、イグリーとヘクトは万全じゃない。
「ジム戦が終わったばかりだから…」
「オイラもまだセンターにいってないけどたたかえるよ。うーんといったいいちのシングルバトルでどうかな」
『それなら大丈夫そうだよ』
シングルバトルなら、僕達だけでも戦えそうだね、イグリーの言葉を聞いてくれてたみたいだから、エレン君はベストな提案をしてくれた。エレン君達はどうなのか分からないけど、それなら戦える僕達だけでなんとかなる。そう思った僕は、提案してくれた彼の方を見上げ、大きく頷く。動作だけじゃなくて言葉でもわかってくれてるか…。
『コット…、お前とネージュじゃなくて、俺にいかせてくれねぇーかな』
『えっ、ヘクトが? 』
へっ、ヘクト、何考えてるの? 彼の案に賛成って言うことをカナにも伝えるために、僕は大きく頷いた。だけど下げた’視線を戻そうとした丁度その時、異議があるらしくヘクトがこう声をあげる。ヘクトはバトルが大好きだから、気持ちは分からなくもないけど、流石に今回は彼の事が理解できなかった。
『ヘクト…、俺達、まだ戦ったばかりだから…』
『そんなの関係ねぇーよ! …さぁ、始めよぅぜ! 』
「あっうん」
ヘクトはいいかもしれないけど、そんな状態で全力で戦えるの? 僕だけじゃなくて、その時一緒に戦っていたイグリーも同じ考えだったらしい。彼の前に飛び出て、真っ向から抗議…。だけどヘクトは全く聞く耳を持たず、ピョンピョンと左に跳んで前に出直す。正面にいるエレン君に、半ばヤケにながらこう言い放っていた。
――――
Sideヘクト
『さぁ、始めようぜ! 』
「あっうん。ニドたのんだよ」
バトルっつぅーのは、追い込まれるほどやり甲斐があるもんだろぅ? 俺が戦いたい、そう言ったけど、反対されてしまう。コットとイグリーが思うことも分からなくもないけど、俺にだって譲れないものがある。今頃フルロも鍛えている筈だから、俺も抜かれないために戦い続けなければならない…。それ以前に、あの状況でもイグリーと戦い抜けたんだから、負ける気がしない、そういう思いの方が、俺の心情を支配していた。
『うん。ええっと君は始めましてだね? それにコット君も、進化してたんだね』
『そうだよ。朝はゾロアさん伝いでしか知れなかったけど、やっぱりニド君もなんだね』
ん? もしかしてコット、コイツと知り合い? ボールから飛び出した相手、ジョウトではあまり見かけないニドリーノは、出るなり僕に一言だけこう言う。その後彼は、カナの側に控えているコットを見るなり、親しげに話しかけていた。進化した云々言ってたから、もしかすると俺がメンバー入りする前からの仲なのかもしれない。
『そうだよ』
『どんな関係なのかは知らねぇーけど、俺からいかせてもらうぜ! 』
とにかく、そっちから攻めないんなら、先手はもらうぜ! このまま待っていると戦えるものも戦えなくなるから、俺はすぐに駆け出す。後ろで何か言ってるのが聞こえた気がしたけど、気にせず相手に狙いを定める。
『きみ、そんな状態で大丈夫なの…? 毒び…』
『不意討…』
よし、こうすれば攻撃技を誘発できるんだな? 相手に対して、俺は真正面から距離を詰める。あからさまに相手へ攻める動きをしたから、それ相応の対処をしてくる。早速技を発動させてきたから、俺も予め準備していたエネルギーを開放。その状態で相手の…。
『毒びし』
『なっ…』
うっ、嘘だろぅ? 俺の予想が、外れた? 俺はてっきり、相手は毒タイプの攻撃技を発動させるものだと思っていた。正面から攻めてきた相手に対し、攻撃技で対応するのが定石だから、俺はそれを狙っていた。だけど相手が発動させたのは、攻撃技でなくて補助技…。溜めたエネルギーを具現化し、それを細かく分解して地面に散りばめていた。
『コットの仲間っていうだけはあるね。…だけど、生半可な作戦じゃあ僕は倒せないよ? 毒突き! 』
『くっ…』
予想が外れたせいで、俺の頭突きは空気を捉える。相手がすぐに跳び下がったから、発動を失敗してしまった。このチャンスにニドリーノは、右の前足に体と同じ色のオーラを纏わせる。四肢が地面から離れている俺を狙い、その前足を突き上げてきた。
技が失敗した俺は、当然なす術なくまともに食らってしまう。勢いがついていたってこともあって、俺は反対方向に吹っ飛ばされてしまった。
『痛っ…。…』
『やっぱり、火傷状態じゃあ、あまり高い威力は出せないかぁ…』
ん? もしかして、相手も手負い? 返り討ちにあった俺に、更にダメージが蓄積する。一メートルぐらい飛ばされた先の着地点には、運悪く紫色の異物が散りばめられている。当然対処することができず、俺にその棘が突き刺さる。まんまと相手のトラップにかかってしまい、毒状態になってしまった。
『…だけど、これなら効くでしょ? 地ならし! 』
『うっ、嘘だ…ぐぁっ…』
てっ、手負いじゃなかったのかよ? 万全な状態じゃなかったせいで、凄い早さで俺に毒が回り始める。そのせいで急に、なんとも言えない吐き気が俺を襲い始める。更に悪いことは重なり、相手はその場で右前足を上げ、思いっきり踏み鳴らす。五メートル位離れてはいたけど、俺は吐き気で集中が削がれたせいでかわすことができなかった。
『何かきみも、戦った直後だったみたいだね?』
…ジム戦で買ったとはいえ、流石に今の状態じゃあ、ダメだったか…。それに俺は、ジム戦で成功した不意討ちに、頼りすぎていたのか…?
『僕も同じだけど、そろそろ…』
…いや、回復もしてないのに、無理して挑んだ俺がバカだったのか…? 正直言って、ヤベェな…。…んだけど、俺はコットとイグリー、カナにも無理を言って戦ってるんだ…。ここで負けたら、示しがつかねぇよな…。
『…決着をつけさせてもらうよ! 』
…となると、ここで奥の手を、使うしかねぇな…。
弱点の攻撃を食らったけど、俺は気合いだけでなんとか持ちこたえる。俺はここでやられる訳にはいかないから、ふらつきながらも何とか立ち上がる。毒とダメージで霞む視界で相手を捉えながら、俺は自身にこう言い聞かせる。それから俺は目を閉じ、コットと出逢った直後ぐらいからずっと抑えている力に意識を向ける。
『そうは…
させねぇよ! 』
力の増強を促し、それに身を委ねる…。
「えっこれってまさか」
『こっ、このタイミングで?』
ある程度高まったところで開放し、コットにも隠していた奥の手、進化の光に俺は包み込まれる。
『一度きりの奥の手で…、お前を倒してみせるからなぁ! 』
光が治まり、高くなった視界で、俺はこう言い放った。
『火の…、火炎放射! 』
ヘルガーに進化したからか? それか追い込まれているからかなのか? …まぁいい。発動できるのなら、それを使うか。相手が驚いている隙に、俺は喉元に炎属性のエネルギーを蓄える。最初は火の粉を発動させるつもりだったが、その時、ふと別の技のイメージが俺を満たし始める。なので俺は、細かいことは気にせずにその通りに技を発動させる。喉に力を込めて技に変換し、ふらつく足で駆けながらブレスとして放出した。
『くっ…。…そう来ないと…、ね!地…ならし!』
よし、効いてるな! このまま圧しきれば…勝てる!隙だらけのところに技をぶちこんだから、相手には相当なダメージが入ったらしい。効果はいまひとつだと思うが、彼は歯を食いしばって炎に耐える。だけど相手も負けじと、さっきの技を発動させる。このままだと俺にも大ダメージが入るが、その前に倒せそうだったので、更に放つ火力を強めることにした。
Continue……