Cinquante et neuf 牽制の有用性
Sideコット
「すみません、ジム戦をお願いします! 」
今日だけでも二か所目になるけど、多分大丈夫だよね? 母さんと別れた後、僕達はすぐに回復してもらいに行った。…行ったのはいいんだけど、偶々昼時だったから結構な時間がかかってしまった。僕はジム戦が終わった後でしてもらうつもりだったけど、それでも三十分ぐらい待たされることになった。
それで若干速足でセンターを出てから、どこにも寄らずにエンジュシティのジムに直行。僕としてはこれ以上予定を狂わせたくなかったから、自然と歩くペースが速くなってしまっていた。そのせいでカナを走らせることになっちゃったけど、そのお陰か、幸いジムの前にはあまり人の姿は無かった。だからカナは、若干息を弾ませながらこう声をあげていた。
『…誰もいないのかな? 』
「あれ…? キキョウの時みたいに、休みだったか…」
だけど、建物の奥から聞こえてきたのは、少し遅れて跳ね返ってきたカナの声だけ…。中も薄暗くて、人の気配も殆どなかった。カナの言うとおり、今日が休みなら、普通ならジムの扉を締めきっておくはず…。だけど自動扉がひとりでに開いたから、そんな筈はない…。流石に鍵の締め忘れって事はカナじゃないから無いと思うけど、僕には…。
「おおっと、ごめんよ」
「ひゃっ」
「昼休みをとってたからね、待たせてしまったかな? 」
「えっ、あっ…、大丈夫、です…」
びっ…、びっくりした…。休みだったのかな、カナは多分、そう呟こうとしていたんだと思う。だけどそれは、急に話しかけてきた声のせいで、言い切る事が出来なかった。驚きのあまり、カナは変な声を出しちゃってたけど、僕は辛うじてハッと振り返るって程度で済んだ。ビックリした事には変わりないけど、振り返ったそこには、一人の男の人がのほほんとした様子で立っていた。いつの間に近づいていたのかは知らないけど、その人は取り乱すカナを気にすることなくこう話しかける。我が道を行く、そんなような感じで、カナに問いかけていた。
「そう、それは良かった。…ところで君は、見たところトレーナーみたいだね? 」
「はっ、はい。ジム戦をお願いしたいんです…」
「なら丁度良かった。ちょうど腹ごなしに一戦交えたいと思ってたとろなんだよ」
『…うーん、何というか…』
ジム戦が出来なさそう、この感じ…。ゴーイングマイウェイな感じの彼は、デニムのポケットに手を突っ込んだまま、カナをまじまじと見る。お世辞にも良いとは言えない第一印象の彼は、またカナの事なんか一切気にせず話を進めていく。これじゃあまた予定が狂いそうだな、僕はこんな事を思いながら、仕方なく彼の独壇場の終焉を待つしかなかった。
「でもわたし、ジム戦に…」
「大丈夫、問題ないさ。生憎マツバさんは留守だけど、その間は僕が代役を務めるよう頼まれてるんでね。今はこの僕、ダイがジムリーダーって訳さ」
『だっ、代役って…』
代役にジムを任せるなんて…、そんなんで大丈夫なの? 本当に気にも留めてないのか、それとも元々人の話を最後まで聴かない性格なのか、どっちかは分からないけど、相変わらず彼はペラペラと話を進めていく…。ダイって名乗った彼は話の途中で、我が物顔で建物の中に僕達を誘導する。第一印象は最悪だけど、見た目だけで判断するのはあまり良くない…。だから僕は、極力彼の事を考えないようにしながら、カナの後についていった。
「ルールは簡単、ゴーストタイプ使いの僕に、ダブルバトルで勝てばいい…。それ以外は他のジムと同じ、これだけさ。…さぁ、ペラペラと話すのも何だし、早速始めようか」
あぁ…、本当に他人の事を気にしてないね、この人…。ペラペラ喋ってるのはきみだけど、僕は思わずこう言いたくなったけど、どのみち伝わらないから、ぐっと堪える。代わりにカナの時以上のため息で、無理やり気持ちを紛らわす。今回戦うのが僕じゃないけど、もし違ったらかなりバトルに影響したかもしれない。内心ホッとしながら、僕はカナの後を追ってバトルの立ち位置に走っていった。
――――
Sideヘクト
「イグリー、ヘクト、今日二回目のジム戦だけど、任せたよ! 」
「ゲンガー、オドリドリ、次期ジムリーダーとしても絶対に勝つよ! 」
『おぅ! イグリー、相性では俺達が有利なんだ、だから楽勝だな! 』
『うん! 俺も進化して早く本気を出したかったんだ。ヘクトも、最初から全力でいこう! 』
『おぅよ! 』
イグリー、相手はゴーストタイプだからな、負ける訳にはいかないよな! だから、サポートを頼んだぜ! 打ち合わせ通りフィールドに跳び出した俺は、相方のイグリーにこう声をかける。俺は今日だけで二回もジムで戦うことになるけど、むしろ願ったり叶ったり。コットが言うには、フルロが就いたトレーナーは一つ星みたいだから、尚更負けてられない。今頃フルロも戦って強くなってるはずだから、何もしなければ当然抜かれる事になる。偶々有利な属性が相手だから、新技の披露も兼ねてイグリーと戦い抜く。おそらくイグリーもそのつもりだろうから、互いに声をかけあう事で士気を高めあった。
『ふーん、デルビルとピジョットが相手かぁ。代理として不足の無い相手だね』
『勝てる気がしねえーけど、いっちょやってやりますか』
『コット、向こうの青いやつ、ゴーストタイプじゃねぇんじゃなねぇーの? 』
何というか、絶対に飛行タイプだよな、あの見た目は。イグリーと言葉を交わし合った俺は、すぐに対戦相手に目を向ける。流石にゲンガーには何度もあった事があるから、すぐにその属性を思い出すことが出来た。だけど分かったのはそっちだけで、もうひとりはさっぱり…。ずっと森で過ごしていて世間知らずだからかもしれないから、チームで一番分析する事に長けているコットにこう尋ねてみた。
『うーん…、旅に出る前に研究所でチラッと読んだだけだからうろ覚えだけど、オドリドリっていう種族は四種類の属性と姿があるみたいなんだよ』
『よっ、四種類? 』
『四種類って事は、前のコットのイーブイみたいに、環境によって進化する種族が変わるってこと? 』
おいおい…、姿が四つもあるって、聞いた事ねぇーよ。コットはこう言ってるけど、森の中とフィフさん達からの知識だけの俺にとっては、十分すぎるぐらいの情報を言ってくれた。あまりの事につい声をあげてしまったけど、それはイグリーも同じだったらしい。姿が違うって事は、もしかするとイグリーの言う通りなのかもしれない。もし違ってもバトルには関係ないけれど、何か作戦のヒントになるかもしれないから、ひとまず聞いておくことにした。
『ううん。僕もよく覚えてないけど、確か進化とかそういうのじゃなくて、フォルムチェンジみたいな感じだったと思うよ。その中の一つに、ゴーストタイプがあるんじゃないかな? 』
『そうじゃないと、ゴーストタイプのジムにいるはずがないしね』
なるほどな。要はポワルンと似たような感じって事か。コットはうろ覚えらしいけど、本当はハッキリ覚えてるかもしれない。知らない事をすぐに語ってくれるコットに対し、俺は率直にこう感じ始める。コット以外の全員が野生出身だから仕方ないけど、チームで人が使う文字を読めるのも、コットだけ…。そのお陰でトレーナーのカナとも話せるけれど、それでもやっぱりコットは凄いと思う。
『なるほどな』
『話してるところを悪いけど、そろそろ始めさせてもらうよ? 』
『あぁ、ごめんごめん』
ん? あっ、そうだったな。コットのお蔭で敵の情報を知れた俺は、少し満足しながら頷く。森の外には、俺の知らないことがまだまだ沢山あるんだな、今更ながらこう感じていると、痺れを切らせたらしい相手、オドリドリっていう種族の彼が声をかけてきた。彼に言われるまですっかり忘れてしまっていたから、俺はすぐにそれなりの返しをしようとする。だけどそれは、平謝りするイグリーに先を越されてしまった。
『逆にその方が、有利に戦えたんじゃねーの? シャ…』
ん? 先手を突くつもりか? それなら俺にも考えがある!
『悪いけど、そうはさせねぇーよ。不意打ち! 』
公園で習得したこの技の前では、先制攻撃は通用しねぇーよ! 平謝りしたイグリーに対して、相手のゲンガーは何かを言っていた。最初は何を仕掛けてくるのか、そう思いながら様子を探っていると、案の定その彼が技を発動させ始める。両手を重ねてエネルギーを溜め始めたところを見ると、あれはきっと攻撃技…。そう言う事で俺は、即行でエネルギーを活性化させ、体全体に行き渡らせる。思いっきり地面を蹴って駆けだし、一瞬のうちにゲンガーとの距離を詰めた。
『なっ…、不意う…っく…』
『ゲンガー! 燕返し! 』
『ヘクトには当てさせないよ! 俺も燕返し』
イグリー、すまん! まばたきをするかしないかの短い間に懐に潜り込んだ俺は、そのままの勢いで相手のゲンガーに突っ込む。この技は予測が外れた時のリスクが大きいけど、その分かなりのダメージを与える事が出来る。おまけに今回は、相手がゴーストタイプに対し、俺は悪タイプで技自体も悪タイプ。実戦で初めて使うけど、相手の攻撃技への牽制にも使えるはず…。
俺が相手に突っ込んだちょうどその瞬間、もう一人の相手も行動を開始する。背を向けているから分からないけど、発動させた本人にとっては警戒されていない相手を攻撃するのが得策…。だから恐らく、オドリドリっていう相手は俺を狙って滑空を開始。だけどこのバトルには、俺以外にももうひとりいる。様子を伺っていたイグリーは一瞬のうちに舞い上がり、相手と同じ技を発動させる。まだ追い風を発動させていないので分からないけど、種族的に考えてもスピードでは勝っているはず…。
『っ! やっぱりこの状態じゃあ勝てないか…』
『イグリーの種族は元々それなりに素早いからなぁ! 火の粉』
『素早さ? 熱っ…、そんなの関係ねぇーよ! しっぺ返し! 』
『なっ…』
相手を押し切った俺は、着地と同時にすぐ跳び下がる。喉元に炎の属性に変換したエネルギーを集中させ、一気に放出する。イグリーと相討ちになったオドリドリには当たらなかったけど、前四十度ぐらいの範囲に放ったから、ゲンガーには命中させることが出来た。
だけど俺の行動は相手に読まれていたらしく、その相手はカウンター攻撃を仕掛けてきた。さっきの俺を見せられているかのように、相手は俺に迫ってくる。すぐにでも対応したかったけど、生憎俺は技を発動させた直後で、すぐには動くことが出来ない。頭では分かっていたけど、俺はその反撃をかわす事が出来なかった。
『牽制技を使えるのは、お前だけじゃねぇーんだぜ? 』
『だろうな。まぁ俺は…ん? そんな事、分かりきってたけどなぁ! 』
この感じ…、イグリー、発動させたな? 相手はしてやったとでも言いたそうに、去り際にこうはき捨てる。正直言ってイラッとしたが、それを虚言として相手をぶつける。その途中、俺はふと後ろから風が吹いてきたのを感じ取る。それですぐに、イグリーが追い風を発動させたと察する事が出来た。
『…さぁ、勝負はこれからだ! イグリー、あれいくぞ! 』
『オッケー! 』
イグリーも追い風を発動させた訳だし、そろそろ攻め始めるか! 四、五歩ぐらいバックステップで距離をとりながら、俺は横目で相方をチラッと見る。ちょどその時、イグリーは空中で翼を硬質化させ、小さい相手を叩き落としている所だった。なので俺は声を張り上げ、予め決めておいたサインを彼に送った。すぐにそれに気づき、多分イグリーは小さく頷いてくれた。
『やっぱそう来ないと張り合いがないってもんだよなぁ! シャドーパンチ! 』
『かかったな! 袋叩き! ネージュ! 』
『うっ、うん! 』
『まっ、マジか…』
ネージュ、毎回すまんな…。俺が大げさに退いたから、おそらく相手は攻めるチャンスだと思ったのかもしれない。手元に黒いオーラを纏わせ、地面スレスレを滑るように迫ってきた。だけどこれは、俺の想定内。むしろ作戦通りに動いてくれたから、躊躇することなくお決まりの技を発動させた。
俺から見て五メートルぐらいの位置に、技の効果でボールからネージュが飛び出す。彼女は首を下げ、勢いの付いた相手に狙いを定める。
『っ! 』
『コット君! 』
『任せて! 』
『くっ…』
タイミングを合わせて悪タイプを帯びた頭突きを当て、相手の進む軌道を無理やりネジ曲げる。その先にコットが駆け込み、低い位置から頭を振り上げる。結果的に相手を真上に飛ばし、イグリーにバトンを繋げることになった。
『コット、流石だね! 』
『ぐゎぁッ…』
『ヘクト、フィニッシュは頼んだよ! …燕返し! くっ…』
『当ったり前だろぅ? 俺の技だからなぁ! 』
イグリー、ナイス! 俺の技での連携に一番慣れてるって事もあって、コットは丁度イグリーの目の前に相手を飛ばす事が出来ていた。イグリーもそれに合わせて移動していたので、既に力は溜め終えていたらしい。左の翼だけで羽ばたいた状態で、右側を大きく広げる。向きを合わせて大きく、そして素早く振り下ろし、俺を狙って振り下ろしてくれていた。
だけどここまでの間に、もうひとりの相手に隙を与えてしまっていた。多分振り下ろした時に目に入ったらしく、ゲンガーに触れた瞬間に技を発動させる。翼を振りきったそのままの勢いで、入れ違いで飛んできた相手に対抗する。だけど完全には発動させられていなかったらしく、イグリーがかなり上方に押し流されてしまっていた。
『これでトドメだぁっ! 』
『…っ! 』
『ゲンガー…! 燕返し!』
『しまっ…』
まっ、マズい! イグリー、コット、ネージュとの連携プレーが見事に決まり、俺はゲンガーの落下地点に頭から突っ込むことが出来た。これでゲンガーは倒せたはず…、そう思いはじめたものの、俺にそんな時間を与えてはもらえなかった。何しろ技を成功させて気が緩んでいる俺を狙い、真上からすごい勢いでもうひとりが急降下してきていた。
『イグリー! 物理技の威力が…、上がってるから…、気をつけて…!追い風』
『ぐぅッ…』
『鋼の…、翼! 』
『たっ…、倒せてなかっ…っぐ…』
つっ、燕返しって、ここまで威力高かったっけか? 敵の後を追ってイグリーが呼びかけてくれたけど、その時にはすでに手遅れ…。俺は為す術無く、スピードの乗った相手の翼撃をまともに食らってしまう。イグリーの燕返しは昨日受けた事があるけど、ここまでじゃなかったはず…。何のタネがあるのかは全く想像できないけど、ブレイブバードぐらいの衝撃があったような気がした。
『負けるようじゃあ…、折角進化したのに…、意味が無くなるでしょ…? 』
『それなら…、バトン…』
『逃がさない…、追い…、撃ち! 』
大ダメージのせいで視界がぼやけてきたけど、俺が見た限りでは、イグリーとオドリドリも限界が近いらしい。話す言葉が、ふたりとも切れ切れになっていた。イグリーが何とか旋回し、向き直ったところで、相手は何かの技を発動させる。よく見えなかったけど、相手は技を使って誰かと交代するつもりらしい。だけどそれに気付いたらしく、イグリーはそれよりも早く別の技を発動…。限界にもかかわらず、凄い速さで相手に迫る。そして…。
『タぁっ? 』
ボールに戻ろうとしているオドリドリを跳ね飛ばした。
『まさか…、追撃ちを…、使えたなんて…』
『切り札は…、最後まで…、とっておくものでしょ…? 』
跳ね飛ばされたことで、相手は技の発動に失敗…。地面に叩き付けられ、意識を手放してしまっていた。
Continue……