Cinquante et huit 母と子
Sideコット
「ねぇコット? 」
『ん? 』
「回復してもらった後で、何からする? 」
『うーん』
すずのとうにのぼってみたいけど、まずはジムじゃないかな。
だって鈴の塔って、入るにはここのジムバッチが必要だもんね。公園でイグリーが進化してからも、僕達は何回もバトルを続けていた。本当はもっと戦いたかったんだけど、カナが回復用のどうぐを買い忘れてたから、仕方なく一巡したところで中断。そこでその時に出てたネージュと相談して、折角だから先に進むことにした。
そういう訳で今、僕達はエンジュシティに足を踏み入れている。今は春だからそうでもないけど、秋になると楓とかイチョウが色づいてすごく綺麗になる。大分昔に来た事があるんだけど、その時に見た鈴の塔の紅葉は今でも忘れられない。
…話が逸れかけたから元に戻すと、これからすぐにセンターに行くから、今外にいるのは僕だけ。だからカナは、十何メートルぐらい先にセンターが見えてきたタイミングで、徐に僕に尋ねてきた。街に着いたばかりだから何となくそんな気はしてたけど、空だったから思わず変な声を出してしまった。カナは僕が見上げるのを待ってたのか…、どっちかは分からなけど、その後でこう続けた。だから僕は、右の前足だけを地面から離し、それで文字を描いていった。
「ジムに? だけどコット、折角久しぶりにエンジュに来たんだから、先に鈴の塔を見に行った方がいいんじゃない? 」
はぁ…、やっぱり忘れてるよ…。
あのときはカナのおかあさんがいたからはいれたけど、ジムでかたないとはいれないってこと、わすれたの?
「そうだっけ? 」
公園を出た後でみんなと相談してこう決めた訳だから、僕はこうしたいんだけど…。僕が提案したことに、カナはあまり乗り気じゃなかったらしい。エンジュで他の事と言ったら、焼けた塔とか演芸場とかがパッと浮かぶけど、この感じだとカナは鈴の塔しか頭にないらしい。カナの事だからそうだろうと思ったけど、案の定一番大切な事を忘れている…。だから僕は、半ば呆れながらその事を空中に書き記していった。
『うん』
それにフィフさんもいってたと…
「あらカナ、もうエンジュまで来てたのね」
フィフさんも言ってたはずだけど、僕は頷いてから、カナに文字でこう伝えようとした。だけどそれは、急に話しかけてきた声に遮られてしまう。僕も油断してたから、驚きで思わず右の前足を止めってしまった。聞きなれたけど久しぶりのその声、その主が誰なのか確信しながら振り返ると、そこには…。
「あっ、お母さん。今着いたところだよ。エンジュにいるって事は、お母さんは仕事だね? 」
「ええ」
『コットは無事進化できたようね』
『うん。色んなことがあり過ぎて長くなるんだけど、昨日進化出来たんだよ』
本当は進化させてもらったんだけど、結果的にはそうなるよね? 振り返ったそこには、僕の予想通りのじんぶつ…。カナの母さんと、僕の母さんのグレイシア。偶然だと思うけど、カナの母さんは驚いた素振りを見せずにカナに話しかけていた。僕の母さんの方は、旅立つ前とは種族が違うけど、それでもちゃんと僕がぼくだって気付いてくれた。久しぶりに会えたのとちゃんと分かってくれた事の嬉しさが合わさって、僕の声のトーンは自然とそびえ立つ塔みたいに高くなっていた。
『そうなのね。コット、コットは聴いてるかしら、従兄弟の事』
『うん。フィフさんの事でしょ? もちろん知ってるよ! 初めて会ったのはキキョウだけど、今日も会ったばかりなんだよ。フィフさん、エーフィなのに大学で勉強を教えてるんだって! フィフさんも凄いんだけど、フィフさんのトレーナーも凄いんだよ! 今は大学の教授みたいだけど、昔は母さん達みたいにジム巡りしてたんだって。それもジョウトだけじゃなくと、四ヶ所も制覇してるんだよ。その人にとって、フィフさんがパートナーだって言ってたよ』
それにフィフさん自身も化学者だし、ユウキさんも凄く強いもんね!
『それと母さん、僕達にも仲間ができたんだよ! 』
今思うと、ワカバを出てから色んなことがあったなぁー。久しぶりに話すって事もあって、僕は自分でもビックリするぐらい饒舌になっていた。上手く言葉にできないけど、話したい事が多すぎて、どんどん言葉が出てくるような…、そんな感じ。イグリーがポッポだった時、凄くおしゃべりで何度もヒヤヒヤさせられたけど、今この状況での僕はもしかするとそれに近いかもしれない。だけど母さんは、嫌な顔一つせず、うんうん、って頷きながら聴いてくれていた。
『僕以外に三にんいて、さっき進化したばかりのピジョットと、ジョウトでは珍しいラプラスの女の子、それからバトル好きで森育ちのデルビル…』
『あら、デルビルが…、懐かしわ』
『あれ、デルビルに知り合いがいるの? 』
デルビルが? そんな事聞いた事無いけど、何かあるのかな? そのままの流れで、僕は仲間になってくれたみんなの事を話し始める。名前まではまだ言えてないけど、僕は出逢った時の事を思い出しながら話を進めていく。そういえばイグリーだけしか、バトルで仲間になってないんだよね、そう思いながらヘクトの事を話題に出すと、これまでずっと聞いてくれていた母さんが初めて僕の言葉を遮った。何かを思い出すように呟く母さんは、たぶんそのひとの事を思い出しているらしかった。
『ユナの友達のメンバーに、ヘルガーがいるのよ。彼のトレーナーはヨシノの出身だけど、当時はそのヘルガーから森に残してきたっていう奥さんの事を聴いてたのよ。コットが生まれる前だったから…、そうね、もう十何年も会ってないかしら? 』
『へぇー…』
そういえば、ヘクトってお父さんがトレーナー就きだって言ってたっけ? 流石にそのヘルガーさんがヘクトのお父さんって事は無いと思うけど…。母さんが話すヘルガーの事が気になったけど、流石にそれはあり得ないと思った。何しろデルビルは、ウバメの森だけじゃなくて他の場所にも住んでいるような種族…。ヘクトと重なる部分があるけど、同じ人だってことは確率が物凄く低くなると思う。それにぼくもそうだけど、親の片方がトレーナー就きで、もう片方が野生ってことはあまり珍しくない。流石に両方とも野生っていうケースよりは少ないけど、僕が思った事はほぼあり得ないから、何となく聞き流すことにした。
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