Cinquante et une 炎雷の演舞
Sideティル
『それじゃあ、早速いくよ』
『はい! 』
何かいつもと違って変な感じがするけど、まぁいっか。ノーマルタイプのジムなのにユウキさんも戦うことになってるけど、とりあえずって事でバトルの幕が開ける。正直言ってバトルが成立するのかさえ疑わしいラインだけど、これはこれで試験となってる。合格条件は詳しく聞いてないけど、それはたぶん、ユウキさんの気まぐれになるかもしれない。大学で化学を教えてるって言ってたから、あまり長引かないような気がする。
『たまにはこういうバトルもいいかもしれないなー、電光石火』
『目覚めるパワー』
『いっ、いきなり? サイコキネシス! 』
『きゃっ』
こっ、この距離で使われたら、いきなり失格になるよね? 試験開始早々、俺はいきなり不合格のピンチに晒されてしまった。試験が始まった直後の位置関係は、俺から見て四メートル左斜め前にオオタチがいて、正面四メートル半ぐらいの場所にユウキさん。そして右斜め前方三メートル半ぐらいの場所にチラチーノがいる。
俺が保護対象から一番離れている位置にいる状態で、真っ先に先制技を発動させたのはオオタチの彼。彼は後ろ足に力を込め、チラチーノに向けて一気に駆け出す。目の前の障害物を飛び越したタイミングで、彼を追うように二つの赤球が空気をかき分ける。当然ユウキさんも、狙いはチラチーノ。駆け抜けるオオタチ同様、真っすぐ標的に飛んでいった。
もちろんこのままだと二つの技が命中、つまり失格が確定してしまうから、俺は慌てて技を発動させる。最初は走ってチラチーノの前に立って盾になろうかとも考えたけど、この距離だとオオタチの方が先についてしまう。だから俺は、見えない力でチラチーノを軽く拘束し、思いっきり引っ張る光景をイメージする。すると技の効果が発揮され、間一髪のところで移動させることに成功した。
『流石、ユウキさんの友達だね』
『ふぅ…。急に引っ張ってビックリしたかもしれないけど、これが最善策だったんで勘弁してください。火炎…』
『だけど、これならどうかな? 先取り…、火炎放射! 』
ひとまずはピンチを乗り切れたと思うけど、俺にはホッと一息つく時間は無さそう…。正面に向けて走りながらチラチーノさんを引き寄せて、二メートル進んだ地点で急ブレーキ。超能力も解除して、すぐに喉元に炎のエネルギーを蓄積させる。チラチーノさんの前に跳び出てから、俺は燃えさかる炎をブレスとして放出…。しようとしたけど、またしても相手の方が一足早かった。
技の効果で俺の技をコピーし、間髪を入れずにはく。この感じだと温度は俺の方が上だけど、それでもあと数十センチのところで、俺がダメージを食らいそうなタイミングだった。
『試験である以上、僕もそれなりに本気でいかせてもらうよ! 気合いパンチ』
『っ! 』
『くっ…』
警戒はしてたけど、まさかそうくるとはね…。相手の炎を押し返した三秒ぐらいの間に、今度は別の脅威が俺に襲いかかる。俺がオオタチの炎の対処をしている間に、ユウキさんは迂回するように接近していたらしい。右に握り拳をつくった状態で、チラチーノの彼女に狙いを定める、俺が気づいたのは、ちょうどそのタイミングだった。
火炎放射を発動させたまま左を向いて、オオタチとユウキさんもろとも薙ぎ払おうかと思ったけど、それだとその後に繋がらなくなってしまう。おまけにその軌跡上に保護対象がいるから、尚更俺が不利になる。なので俺は、横目でユウキさんの位置をチラッと確認しながら、左手で隠し持っているステッキを掴み、その方へ飛ばす。赤い軌道を描いて引き抜かれたそれは、運よく跳躍したユウキさんの左腰に命中した。
『サイコキネシス…。これで、とりあえずは…』
その頃には相手の先取りの効果が切れていたから、俺もブレスを放つのを止める。すぐにサイコキネシスに切り替えて、投げたばかりのステッキを捕える。左斜め後ろに跳び下がって、ユウキさんとチラチーノさんの間に入る。同時に超能力でステッキを振りかざし、白衣の裾を靡かせる彼に連続で攻撃を仕掛けた。
いつもならこれで流れは掴めるはずだけど、何しろ相手うちのひとりはユウキさん。彼はエクワイルのオーリックである以前に、四ヶ所のリーグを制覇したベテランのトレーナー…。彼は即座に体を捻り、尻尾で俺のステッキに対抗する。結果俺のステッキが弾かれ、二メートルのところまで迫っていたオオタチとの間に落下した。
『ユウキさんのお弟子さんのトレーナーのメンバーって言うのは、本当らしいね』
『組んで戦うのは初めてだけど、ここまで防がれるとは思わなかったよ。叩きつける』
『ティル君には直接教えた訳じゃないけど、結果的にはそうなるのかもしれなね。電磁浮遊』
今度は、ふたり同時に接近戦を仕掛けてくるパターンですね? 俺が守っているチラチーノさんが何か言ったような気がするけど、当然俺にはそれに応える暇なんて無い…。右の方からオオタチが距離を詰めてきていたので、俺はそれに対して即行で迎え撃つ。サイコキネシスを発動させたまま、重心を低くして相手に狙いを定める。オオタチが大きく跳躍し、俺に跳びかかってきたタイミングで、俺は左足を軸に右足を横から振り上げる。高さを合わせて振り抜き、攻撃しようとしていた彼を思いっきり蹴り飛ばす。そのせいである程度のダメージは食らったけど、とりあえずは重撃を防ぐことに成功した。
『っく…』
『師弟関係なのは、ユウキさんとライトの方だからね』
ユウキさんはユウキさんで、別の技で俺に迫ってきていた。直接見てないから分からないけど、この感じだと多分、弱い電気を発生させながら地面を蹴る。磁場の反発を利用して大きく跳び、俺に凄い速さで迫ってくる。例えるなら、先制技で急接近する電光石火…、いや、もしかするとそれよりも少し早いかもしれない…。右足を命中させた位置を尻尾が通り過ぎる頃には、既に俺の四十センチ手前ぐらいまで距離を詰めていた。
『気合いパンチ! 』
『同じ手は通用しませんよ! ぐっ…』
体格差があるから、ユウキさん相手なら武術よりも剣術の方がいいかもしれないね。特性も静電気だし…。反発で勢いを得たユウキさんは、接近する間にまた力を溜めていたらしい。スピードに乗った拳を、俺の方に思いっきり突き出してくる。この距離ではステッキを手繰り寄せても間に合わないけど、俺は念のためそれを手元に引き寄せておく。だけどこのままだとまともに攻撃を受けることになるから、重心を低くし、ダメージに備える。左手でステッキを掴んだのと、ユウキさんの拳がヒットしたのはほぼ同時だった。
『ダメ押しのスピードスター! 』
『なっ…、間に合って…っ!』
ちょっと、そのタイミング、絶妙すぎるんだけど? 効果がいまひとつって事もあって、俺はユウキさんの強烈な一撃を何とか耐えしのぐ。しかしそれでも、俺は一メートルぐらい押されてしまう。そのままユウキさんに更なる一撃を食らわされそうな気がしたから、左手で持っていたステッキを力任せに振り抜く。タイミング的にはヒットしてもおかしくなかったけど、俺が捉えたのは空気のみ…。俺の戦法を知っているユウキさんは、まだ残っている電場を操って自身を真上に弾く。俺のステッキが通過するスレスレで、難なく回避していた。
そこへ更に、七メートルぐらい離れた場所から別の声が聴こえてくる。ハッとそっちに目を向けると、もうひとりの相手、オオタチが六つの星を出現させているところだった。スピードスターといえば、全体技であり必中技でもある。ただでさえ三メートルの距離があるのにそうきたから、正直言って、マズいかもしれない…。そう悟った俺は、ほぼ反射的に持っていたステッキを再び投げ、維持し続けているサイコキネシスで更に加速させる。そのせいで頭上から来たユウキさんの尻尾の一撃を食らったけど、辛うじて集中力を持続させる事はできた。その甲斐あって、操るステッキで流星を切り、保護対象に向かっていた三つを打ち消した。
『くっ…』
ユウキさんって、もしかするとこれでも全力で戦ってないんだろうなぁ…。今度は押し倒される事は無かったけど、それなりの威力があった。通常攻撃でもこの威力だし、さっきの気合いパンチも結構堪えた…。だけどこれまでに、ユウキさんは一番使い慣れているはずの十万ボルトを一回も発動させていない。俺もユウキさんには通常攻撃しかしてないっていうのもあるけど、彼は全く息切れしていなさそうだった。
『ふぅ…。ひとまず、ここまでかな』
俺に尻尾の一撃を与えたユウキさんは、その反動を利用して宙返り。一回転する事で勢いを発散させ、華麗に着地する。その後彼は、小さく一息つき、ニ、三歩分ぐらい軽く跳び下がる。その位置で俺の方を見上げ、一度オオタチの方をチラッと見てからこう声をあげた。
『本当はもう少し実力を視たいところだけど…』
「この後で講義があるからなぁ…」
「あっ、もう終わりなん? 」
「僕もまだ不完全燃焼だけど、そうだね」
彼は物足りなそうに呟きながら、目を閉じる。殆ど時間をかけずに姿を戻し、たぶん指示を出していたジムリーダーにこう答えていた。
「急に終わらせることになって申し訳ないんだけど、今回の予備試験は合格。何回か危なっかしい場面があったけど、そうさせてもらうよ」
何か本当に急だね…。ユウキさんは俺達にこう謝りながら、置いていた荷物の場所へ慌てて戻る。バトルの時とは正反対で、かなり切羽詰まった様子でそれをひっ掴む。腕時計と俺達との間を何度も視線で行き来しながら、ユウキさんは慌てて駆けだしていった。
Continue……