Cinquante 支部長からの追加課題
Sideライト
「…それとアーシアちゃん」
『はい、なんです? 』
「昨日来たばかりだって言ってたけど、こっちの世界には慣れた? 」
『うーん、向こうには人間はいなかったからまだ不思議な感じがするのですけど、それ以外は慣れました』
そっか、それならよかった。センターから出て今日最初の目的地へと歩みを進めていたわたし達は、行き交う人々を避けながら雑談に華を咲かせていた。出勤とか通学の時間っていう事もあって、街のメインストリートは混み合い、都会特有の賑わいを見せている。その中でわたしは、一緒に歩いているアーシアちゃんにこう尋ねる。彼女は少しだけ何かを考えてから、わたしの方を見上げながらパッと明るい声で答えてくれた。
ちなみに昨日、あの後であった事を話すと、別行動をしていたティルとラグナと合流してからは、コガネの街…、正確にはコガネ大学、かな? そこの状況把握をするために学内を駆けまわっていた。本来ならシルクとユウキ君がする事だと思うけど、運悪くふたりとも、それぞれ別々の会議が入っていて出来なかったらしい。それも一日中だったから、チラッと顔を合わせただけでほとんど話せていないよ…。代わりにフライとなら話せたけど、彼とも事後整理があって話せたのが日が暮れた後。センターの部屋で報告書を書いている時に、オルトと一緒に会いに来てくれた時だった。その時にはみんなの顔合わせも済んでいたから、アーシアちゃんとフルロが加わった時にはいなかったティルとラグナとも、それなりに話せるようにはなっていた。
『それと昨日はそれどころじゃなかったから分からなかったけど、都会はどの世界でも似たような感じで安心しましたよ』
「わたしも五千年後の世界には行った事があるけど、アーシアちゃんが居た諸島はそんなにも技術が進んでいたんだね。…あっ、着いたよ」
わたしが三年前に連れてってもらったのは草の大陸のトレジャータウンだったけど、島が違うだけでそんなにも変わるんだね? アーシアちゃんはキョロキョロと辺りを見渡してから、こう続ける。わたしが連れてってもらった場所とは違うみたいだけど、彼女は昨日までいた五千年後の世界の事を思い出しているらしかった。
そんな感じでふたりで話していると、進む先に目的の建物が見えてきた。地方にもよるけど、それがその施設だとすぐに分かる外観だから、どちらかというと探すのは簡単だと思う。三年前の旅で、ヤマブキでラグナに叱られたっていうのもあるけど、わたしはその施設の場所を予め調べていた。とあるビルの一階にあるその入り口を見つけたから、話の途中だけどわたしはそれを目で示した。
『このビルに、ジムがあるのですねっ』
「調べただけだから何とも言えないけど、そのはずだよ。…うん、やっぱりそうだよ。すみません、エクワイルのライトで…」
調べたのはヒワダを出る前で、プライズとの戦闘もあったからうろ覚えになってたけど…。わたしの視線だけで分かってくれたアーシアちゃんは、そのビルを右の前足で指し、確認するようにわたしに訊いてきた。有耶無耶な感じで言ったから心配だったけど、アーシアちゃんにちゃんと伝わったから、わたしは密かに肩を撫で下ろす。わたし自身も半信半疑だった、って言ったら、またラグナに叱られそうな気がするけど…。
そんな感じで話している間に、わたし達は無事に目的の施設に辿りつく。ここでようやく安堵することができたわたしは、入り口前の看板に目を向けながら独りこう呟く。そのまま自動扉の方に足を向け、一歩踏み出す。上の方にあるセンサーが反応して扉が開いたところで、もうお決まりとなりつつあるセリフを声に出し…。
「ライト、待ってたよ」
「…す…、えっ? 」
「この子が、昨日言っとった子やね」
なっ、何でいるの? 扉をくぐったその先には、わたしが思いもしなかった組み合わせの二人…。予想外の事に、わたしは思わず頓狂な声をあげてしまった。アーシアちゃんはどうかしたのですか、っていう感じで首を傾げて訊いてきたけど、驚きが大きすぎて答えることが出来なかった。
わたしの視線の先にいたのは、一人はたぶん、この街のジムリーダーだと思う。予めわたしの事を聴いていたらしく、隣の彼にこう確かめていた。そしてもう一人は、わたしにとっては友人であり師匠とも言える、白衣を羽織った彼…。
「なっ、何でユウキ君がコガネのジムにいるの? 」
「アカネとはスクールの同期でね、その関係かな」
『ユウキさんって確か…、シルクさんのトレーナーだって聞いたような…』
同期だからって、それだけだと答えになってないよ! 右頬に火傷の痕がある彼は、わたしとは対照的に平然とした様子で言葉を連ねる。同級生だっていうジムリーダーをチラチラ見ながら、こう語っていた。
「うちらは学生時代はあんま話さんかったんやけど、そういうことやね」
「…だね。だけど同級生っていうより、リーグとエクワイルの繋がりって言った方が正しいね。…世間話はこのぐらいにして、そろそろ本題に入ろっか」
「あっ、うん」
…よく考えたら、そうだよね。ジムリーダーとユウキ君の関係は分からないけど、わたしは危うく、ユウキ君の今の立場を忘れてしまう所だった。ユウキ君とわたしは結構深い関係にあるけど、他人からすると師弟関係であり、上司と部下という間柄。わたしは一般階級のキュリーブで、ユウキ君は管理階級のオーリック。支部は違うけど…。
話に戻ると、ジムリーダのアカネさんのセリフに、ユウキ君が修正を加える。そのままの流れで、彼は話題を元に…? いや、まだ始まってないから、変えた、だね。左腕に身につけている腕時計に視線を落としてから、こうわたし達に呼びかけてきた。
「そうやね。紹介が遅れてまったけど、うちがコガネシティジムリーダーのアカネや。ライトさん、ウチでの試験の内容を説明するで! 」
「はっ、はい」
さっきから思ってたけど、何か話し方がフルロと似てるなぁ…。ユウキ君に諭された? 彼女は、頷いてから一度咳払いをする。シャキッ、と効果音が鳴りそうな表情をしてから、テンプレートっぽいセリフを語り始める。名乗ってくれた彼女は少し話足りなそうな感じがしているみたいだけど、それを無理やり隠して? 勢いに身を任せてこう言い放った。
「うちの試験では、護衛に関する課題を出させてらうで。うちがポケモンを二匹出すで、そのどっちかを守ってもらおう…、と、言いたいところやけど」
『…だけど…? 』
「ユウキ! 」
「うん。ここからは僕が説明するよ」
ユウキ君が?
「昨日事があるから、予備試験は免除って言いたいところだけど…。ライト、まずはティル君を出してくれる? 」
「ティルを? うん」
ユウキ君の方から指名するなんて、昨日何かあったのかな? ティルは昨日、ユウキ君達と一緒にいたみたいだけど…。アカネさんに言われたユウキ君は、そのまま試験内容の説明…。かと思ったけど、彼はこんな風に戦うメンバーを逆指名してきた。どんな理由があるのかは分からないけど、とりあえずわたしは頷く。元々ここではティルにいってもらうつもりだったから、その彼が控えるボールを手に取る。それを投擲し、すぐに彼を出場させてあげた。
――――
Sideティル
「ティル、何かあるみたいだけど、予定通り頼んだよ」
『うん。…でもライト、何でユウキさんがジムにいるの? 』
『私もよく分からないけど、試験の事と関係があるみたいですっ』
ユウキさんが、試験に? 予定通り、試験場に出場したけど、真っ先に目に入った人物の存在に、俺は思わず声をあげてしまった。その事について何か知っているはずのライトの方に振りかえって訊いてみたけど、彼女もまだ何も知らされてないらしい。アーシアさんもそんな感じだったけど、彼女なりにこう説明してくれた。
「ティル君、昨日の結果に納得が出来てないと思うから、代わりに僕から別の課題を課す事にするよ」
『別の課題、ですか? 』
確かに昨日は不甲斐ない結果だったけど…。何故かジムリーダーの隣に並んでいるユウキさんは、ライトじゃなくて俺を見ながらこう語り始める。昨日の事は誰にも言ってないけど、もしかするとユウキさんは、昨日の俺の様子から何かを察していたのかもしれない。あまり思い出したくないけど、多分彼は、昨日のヘルガーとの戦闘の事を言ってるんだと俺は思った。
「うん。アカネ! 」
「そういう話になっとるでね。オオタチ、チラチーノ、頼んだで! 」
『任せて! 』
『フィフのトレーナーからの頼みだからね、僕としても断る訳にはいかないよ』
ふたりが出場したって事は、一対二の不利な状況で戦うのが試験内容なのかな? ジムリーダーらしい彼女が投げたボールから飛び出したふたりは、自身満々に声をあげる。中でもオオタチの彼は、何か事情があるらしく意気込んでいる…。シルクの野生時代の名前も知ってるみたいだから、彼女とは何か関係があるのかもしれない、俺は率直にこう思った。
「メンバーも揃ったから、今度こそ試験内容を説明するよ。ティル君には、チラチーノの彼女を守ってもらうよ。これだけだと普通の試験と変わりないから、イダチ君…、オオタチの彼と僕が同時に攻める。今回は護衛と共に、時間稼ぎの技能も見させてもらうよ。だから合格条件は、相手を倒すのじゃなくて、如何に守れるか…。護衛対象に一度でも攻撃が命中したら、その時点で失格。こんな感じだね」
「ユウキ君も、って…」
「心配せんでええで! うちもユウキの能力は知っとるから」
えっ、この人もユウキさんの“チカラ”を知ってるの? ユウキさんの話はよく分かったけど、それだと彼は、姿を変えて戦うことになる。ただでさえ重大な秘密なのに、そんなに簡単に変えてもいいのかとも思ったけど、どうやらその心配は無さそう…。ジムリーダーがどこまで知ってるのかは分からないけど、この感じだと最低限の事は知ってるんだと思う。俺の心配を余所に、ジムリーダーの彼女はあっけらかんにこう言い放っていた。
「だから、ね。…それじゃあライト、ティル君…」
『始めようか』
『あっ、はい』
『えっ、うそ…。でも…、えっ…? 』
知っているんなら、問題なさそうだね。これだけど言うと、ユウキさんは持っていた物を全部足元に置き、目を閉じる。すると彼の姿が歪み、一瞬にしてその姿を別のものに変える。右頬に痣があって白衣を羽織ったピカチュウとなった彼は、目を開けるなりこう呼びかける。後ろでアーシアさんが狼狽えている気がするけど、その一言がきっかけになって、ライトにとって三か所目の予備試験が幕を開けた。
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