Chance Des Infinitude〜ムゲンの可能性〜 - Chapitre Six De Cot 〜一難去って〜
Cinquante et sept 負けたくない
  Sideコット



 「うわぁー、噂には聞いてたけど、やっぱり広いなー」
 『平日でもこの数だから、休日だともっと混んでるかもしれないね』
 この時間だと学生さんとかサラリーマンはいないはずだから、トレーナーかな? ジム戦も無事に終わって回復してもらってから、僕達はフィフさんとライトさん達と別れてコガネの街を後にしていた。フィフさんは講義があるって言ってたけど、ライトさんはもう少し街を見ていくつもりらしい。…これだけしか僕は聞いてないけど、もしかすると、街中にある店とかを探すんじゃないかな?
 それで僕達は、エンジュシティに向けて北に進んでいた。その道中でトレーナーとか野生のひととかと戦いながらだったから、結構な時間がかかったと思う。今は自然公園にいるんだけど、太陽の高さからすると十一時ぐらい、かな? 陽の暖かさと運動した時の暖かで、少し体が火照っていた。
 『森とはちょっと違うけど、これはこれでいいかもしれないね』
 『そうだね。トレーナーさんも多いから、何回も戦えそうだしね』
 森は森で良かったけど、トレーナー就きの方が、色んな属性のひとと戦えるからね。ネージュと交代したばかりで凄く意気込んでいるイグリーは、地面に足をついたまま軽く羽ばたき、揚々と言い放つ。イグリー自身はどんなつもりだったのかは分からないけど、きっと彼は体を解しながら辺りの様子を伺っていた。それに僕は、少しだけ見上げながら頷いた。
 ちなみに今、僕以外にイグリーしかボールの外に出ていない。本当は皆一緒に外で戦いたかったんだけど、公園のルールでふたりまでしかボールから出したらいけないらしい。一応この公園は公共の場だから、トレーナーじゃない人にも配慮しているんだと思う。休日とか夕方には小さい子供とかも来るみたいだから、バトルに巻き込まれにくいようにもしている…、と思う。
 『だよね。こんだけいたら、コットがもらったソレも試せそうだな』
 『うん。公園に来るまでに地面タイプのひととは会えなかったから』
 僕も早く試してみたいよ! そのままの流れで、イグリーは僕の首元を見ながらこう言う。僕もそうしたかったから、自然と声のトーンが上がっていた。
 イグリーが言った通り、僕の首元には、紐に通された結晶がかけられている。山吹色に輝く菱形のそれは、分かれる直前にフィフさんが貰ったもの。地裂の結晶…、っていう名前だったかな? フィフさんのオリジナルで、ソクノの実の成分を結晶化させたものらしい。詳しい原理は難しくてよく分からなかったけど、ちょっとしたアレルギー反応、…みたいなものって言ってたかな? まだ完成してないみたいだけど、ほんの少しだけ地面タイプのダメージを軽減してくれるんだとか…。それ以前に、見た目も綺麗だから、アクセサリーみだいてオシャレ…。
 「あっ、ちょっとそこのきみ? ちょっといいかな? 」
 「わっ、わたしですか? 」
 「そうそう。サンダースとピジョンを連れてるきみだよ」
 ん? 何だろう? 賑やかな公園の空気を楽しみながら話していると、僕が背を向けている北東の方から急に声が聞こえてくる。イグリーは見えていたらしくてビックリしてなかったけど、余所を向いていたカナは僕と同じで素っ頓狂な声をあげてしまっていた。驚いたせいで鼓動が早鐘を打ったままそっちに振りかえると、ジャーナリスト風の女の人がカナに話しかけてきている所だった。その女の人は、戸惑うカナに対して、傍に控える僕達を目で示しながら歩み寄ってきていた。
 「きみって見た感じ、トレーナーだよね? 」
 「はい、そうですけど…」
 「よかった。あたし、フスベ観光局から来たんだけど、 取材の一環としてバトルしてもらってもいいかな? 」
 『バトルが盛んだって聞いてたけど…』
 フスベの方まで知られてるんなら、相当だよね。その女の人は、今にも跳び出しそうなテンションでカナに問いかける。観光局って言ってたから、このテンションはもしかすると、職業病なのかもしれない。あまりの勢いにカナは戸惑ってるけど、お構いなしに勝負を申し込んでくる。“目が合ったらポケモンバトル”ってよく言うけど、まさにそれを表せそうな勢いだと僕は思った。
 「わたしで良かったら、いいですよ」
 「やった! それじゃあ遠慮なく、イブキさんに鍛えられたあたし達の実力、試させてもらうよ! 」
 『あれ? 取材のためだって…』
 そう言ってたよね? 女の人のテンションに若干引き気味のカナは、半ば流されるような感じでこくりと頷く。カナの答えに女の人は、まるでおもちゃを買ってもらった子供みたいにはしゃぎながらこう言い放つ。何か本題と逸れてるような気がするけど、見た感じ彼女にとってはどうでもいい事なのかもしれない。我が道を行く彼女は唯一のボールを手にとり、メンバーを出すために振りかぶっていた。


―――


  Sideイグリー


 「アノード、頼んだよ! 」
 「イグリー、勝つよ! 」
 『はいはい。…またアイラが無理やり頼んだかもしれないけど、お手柔らかに頼むよ』
 『鍛えられたとか何とかって言ってたけど、それはおれも同じだからね。手加減無しでいくよ』
 順番的にはおれだしね、思う存分いかせてもらうよ! カナから指名されたおれは、気合十分に前に飛び出す。元々ボールからは出てたから大した勢いは出なかったから、とりあえず二、三回羽ばたきながら着地。その間に相手…、たぶんニャオニクスっていう種族だと思うけど、何か言ってた彼に相応の返しをする。相応といっても本心だから、全力でいく、そのつもりでこう言い放った。
 「イグリー、いつも通り追い風からいくよ」
 『当然だよ。これがおれの定石だからね』
 補助技で有利な状況に持っていくのは、定番の戦略だしね。カナから指示をもらったおれは、すぐに羽ばたき、地面から脚を離す。ふわりと一メートルぐらい飛び上がってから、発動のためのエネルギーを翼に送り始める。その状…。
 『追いか…』
 『先手は僕がもらうよ。ネコだまし! 』
 『…ぜぇっ? 』
 はっ、速い! 翼にエネルギーを送り込み、後ろから風を吹かそうとしたけど、おれは発動を失敗させてしまった。エネルギーを解放しようとしたちょうどその瞬間、目にも留まらぬ速さで相手が迫ってくる…。技の効果だとは思うけど、大きくジャンプし、おれの目の前に飛び出す。まばたきをするかしないかの短い時間で、俺の目の前で両手をパンッ、って叩く。俺はそれにビックリしてしまい、飛んだ高さの半分まで落ちてしまった。
 「燕返しで立て直して! 」
 『…っと、燕返し! 』
 ついビックリしたけど、ここから盛り返せばまだ間に合う! 驚きでほんの少し体勢を崩したけど、おれはすぐに空中姿勢を正す。落ちた勢いも利用し、翼を広げて地面と平行に滑空する。この間に相手は、様子を見るために跳び下がっていたから、おれが加速を始めた時点での距離は四メートルぐらい…。利き翼の右に力を溜めながら狙いを定め…。
 『…そうくると思ったよ。リフレクター。くっ…』
 『壁っ? 』
 当たったはずなのに、防がれた? 低空飛行で相手との距離を詰め、すれ違い際に翼の一撃をお見舞い…。する事はできたけど、おれが思った以上の手ごたえは無かった。
 おれの攻撃がヒットするほんの数秒前に、相手は念を込めて何かの技を発動させたらしい。一瞬透明な障壁みたいなものが見えた気がしたから、たぶんそれを出現させたんだと思う。
 中途半端な結果に終わったけど、いままでの経験上、去り際が一番無防備になる…。それで何回も負けてきたから、おれは即行で力強く空気を叩き、急浮上した。
 『イグリー、今の間に追い風を発動し直して! 』
 『うん。追い風』
 そうだよな、すぐに気持ちを切り替えないと、やられるよね。左右の翼をまっすぐ伸ばし、重心を右に傾ける事で旋回する。その最中に下の方から、コットの声が響いてきた。正直言っておれは技の手応えがあまり無い事に動揺してたけど、何とかそのお陰で平生を取り戻すことが出来た。横目で相手の位置と様子を探りながらエネルギーを解放し、俺の後を追うように吹く風を発生させた。
 「アノード、ここから攻めるよ! チャージビームをお願い! 」
 「かわしながら近づいて、鋼の翼で迎え撃って! 」
 『作戦変更だね。チャージビーム! 』
 『狙いが甘いよ! 』
 ジムが何とかって言ってた気がするけど、そうでもないような気がするね。弧を描きながら降下を始めたタイミングで、相手のトレーナーが次の指示を出す。それを請けた相手は、おれが地面と平行に体勢を保つまでにエネルギーを蓄える。地面から四十センチぐらいの高さを滑空し、距離が八メートルになったところで、相手は両手を横に構える。解放しながら突き出す事で、パチパチと音をあげる電波を放射状に発射してきた。
 相手が使ってきた技が電気タイプだったから驚いたけど、おれは無理やりその思いを頭の端に追いやる。このままだとおれが黄色い光線に突っ込むことになるから、重心を左に傾けて地面から三十度ぐらい角度をつける。羽ばたく翼に力と一緒に、鋼の属性に変換したエネルギーを蓄える。間隔が三メートルになったところで背後を光線が通り過ぎ、同時に翼を硬質化させた。そして…。
 『渾身の、鋼の翼! っ? 』
 下にきている左の翼を振り上げ、隙だらけの相手に打ちつけた。
 だけどおれが思っていたものとは違い、一瞬ふわっとした何かに阻まれたような気がした。そのせいかもしれないけど、見た感じあまりダメージが入っていないように感じられた。
 『ぜっ、全力だったのに、何で…』
 ありったけの力を溜めて攻撃したはずなのに…。
 『攻撃が通らないんだ…』
 昨日あれあけ戦って、十分鍛えられたはずなのに…。
 折角コットに、強くなったことをアピールできるチャンスなのに…。
 『おれの流れで戦えてるのに…』
 このままじゃあ、良い所を見せられないままになる! マダツボミの時だってそうだ。あの時は狭い場所で密猟者に襲われたのに、おれは早い段階でやられて足手まといになった…。おまけにあの時、おれがいれば、コットがあんな目に遭わなくて済んだのに!
 『このままじゃあ、勝てるものも、勝てなくなる! それにおれは…、これ以上負ける訳には…、負けたく、ないんだ!
 自問自答を、おれは繰り返す…。
 『イグリー…、これって…』
 『えっ、なっ…、今…? 』
 あの時の事を自分に言い聞かせ、自分を鼓舞する。この状態でありったけのエネルギーを翼に蓄え、勢いを弱めないまま相手を正面に捉える。この一発だけでエネルギーが尽きる気がしなくもないけど、ダメージが通らない今は、そうも言ってられない。地面スレスレを滑空しながら、何故か戸惑っている相手に狙いを定める。
 『これで勝てなければ、おれは…、俺は…、燕返し! 』
 『うそ…、このタイミングで進化? うわぁっ…! 』
 滑空するスピードと、俺の全てを翼に乗せて相手にぶつけた。
 「進化するなんて、聞いてないよ! 」
 するとさっきまでの障壁が最初から無かったかのように、俺の翼撃は相手のニャオニクスを吹っ飛ばす。俺が思った以上に効いたらしく、俺にフッ飛ばされた後、相手は立ち上がる事が出来ていなかった。


  Chapitre Six 〜一難去って〜 Finit

Lien ( 2016/12/24(土) 23:35 )