Cinquante et six 従兄弟の古傷
Sideコット
『はぁ…、はぁ…、これで…』
『コット、やったな! 』
やっぱりジム戦は、いつものバトルとは一味違うね…。溜まったダメージの影響で肩で息をしている僕は、切れ切れにこう呟く。対戦相手のミルタンクさんが控えに戻った事で気が抜けた僕は、崩れ落ちるように腰を下ろす。…よく考えたら、僕自身がジム戦に挑むのは今回が初めてだから、余計に疲れたのかもしれない。だけどその反面、レベルの高いバトルが出来て、かなりの満足感で満たされている僕がいるのも事実。バトルに勝利したという事もあって未だに胸の高鳴りが治まらない僕は、控えていたヘクトに呼ばれ、すぐに振り返った。
『うん…』
『んだけどコット、あの時によくかわせたよな』
『見切りっていう…、技のお陰だよ…。試した事無かったから…、ほぼ賭けだった…けど…』
もし発動できなかったら、負けてたかもしれないなぁ…。カナの元から駆け寄ってきてくれたヘクトは、この時には既にバトルの疲れは気にならなくなっていたらしい。弾けた声で、僕にこう問いただしてきた。それに対して僕は、落ち着いた事でようやく定まってきた視界で、先発した彼を何とかとらえる。呼吸の方はまだ整わないけど、そんな彼にありのままの事を絞り出すように話した。
『コット君、ヘクト君も、お疲れ様。いいバトルだったわ』
「カナちゃん、おめでとう」
「あっ、ありがとうございます」
僕がこう言い切ったタイミングで、観客席の方から別の声が聞こえてくる。話している途中だったからチラッとしか見てないけど、白衣を羽織ったフィフさんがこう言ってくれる。僕はもちろん、ありがとうございます、そう言ったんだけど、親友だっていうライトさんの溌剌とした声と重なって聞こえていないかもしれない。ライトさんにこう言ってもらったカナは嬉しそうに…、そしてちょっと照れながらぺこりと頭を下げる。パートナーの僕としても嬉しい限りだけど、僕に言ってくれたフィフさんを無視する訳にもいかないから、かき消されたことをもう一回言い直した。
『どういたしまして。目覚めるパワーも使いこなせているみたいだし、このままいけば次のジム戦も難なく勝ち抜けるかもしれないわね』
『おぅ、マジ? 』
『ええ! イグリー君とネージュちゃんはどこまで強くなってるのかは、ライト伝いにしか聞いてないけど、よっぽどのことが無ければ大丈夫だと思うわ』
「巻き込んじゃってるから何とも言えないけど、カナちゃん達は多分、同じぐらいの歳の子よりも色んな経験積んで…、るから、その影響かもしれないね」
言われてみれば、密猟組織を相手に戦うのって、そう滅多にある事じゃないもんね。…僕達、昨日で合わせて三回も戦ってるけど…。気にしないで、フィフさんは目でこう返してから、僕にとびっきりの笑顔で答えてくれる。目覚めるパワーに関しては過大評価な気もするけど…。次のジムは多分、位置関係的にもエンジュだと思うから、フィフさんは何となく僕達が次に行く街を察していたのかもしれない。何の属性、形式かは分からないけど、フィフさんは経験? を基にこう考えを言っていた。
そのままの流れで、今度は僕だけでなくてチーム全体の評価を始める。昨日のイグリー達のバトルをフィフさんは見てないはずだけど、この感じだとライトさんから聴いていたのかもしれない。一瞬ライトさんは言葉を詰まらせ、何かを考えていたけど、何事も無かったようにカナに向き直って話を続けていた。
『一概にそうとは言い切れないけど、その可能性も無い事はないわね。…あっ、そうだ。ライト、コット君もいるから一つ訊いてもいいかしら? 』
『ん、僕も? 』
「コット…、カナちゃんのパートナーっていう、サンダースのこの子の事? 」
『そうよ』
会うのは三年ぶりだって言ってたけど、何で僕も関係あるんだろう…? 一通り持論を言い終わったフィフさんは、ふと何かを思い出したらしい。小さく声をあげ、何故かはわからないけど彼女は一瞬、僕の方をチラッと見る。フィフさんの言葉を理解できているらしいライトさんも僕と似たような感じみたいで、僕との間を視線で行き来しながら首を傾げる。揃って同じ感情に満たされている僕達に対し、フィフさんは大きく頷いて短く言い切った。
『コット君は私の従兄弟なんだけど…』
「えっ、しっ。シルクの? シルクに…」
『私達、ポケモンの言葉が解る人間がいるみたいに、人の言葉を話せるひとも…、存在するのかしら? 』
「わたし達、が…? 」
あぁ、だから僕が関係してたんだね?フィフさんは右の前足で僕を指さしながら、昨日僕から聞いた事をそのまま提起する。何かライトさんは全く関係ない事にビックリしたみたいだけど、話している途中だったからフィフさんは気づかなかったらしい。驚くライトさんをスルーするようなかたちで、フィフさんは僕の代わりに彼女に尋ねてくれる。ライトさんは見た感じそれどころじゃなさそうだけど、一応聞き取れたらしく不思議そうに訊き返していた。
『ええ』
「うーん…、わたし達の場合は先天性? なのかな? ちょっと違う気もするけど、お兄ちゃんが言うには、もの凄く少ないけど、後天的に話せるようになったひともいるらしいよ。どういうきっかけで話せるようになったのかまでは、知らないみたいだけど…」
そうなんだ! って事は、もしかすると僕も、カナと声で話せるようになるかもしれないんだね?
「それとシルク、わたしも訊きたいんだけど…」
『コット君の事ね? 』
「それもなんだけど、昨日の夜にフライから聞いたんだけど、喉は大丈夫なの? 」
『喉? フィフさんの喉がどうかしたんですか? 』
そういえば昨日、プライズとのバトルが一段落した後で、フィフさんがそんな事言ってたっけ? 僕でも人の声で話せるかもしれないと分かって、もの凄く嬉しくなったタイミングで、ライトさんが突然話を切り替える。ティルさんとテトラさんから聴いててもおかしくないような気もするけど、この様子だと聴いてなかったのかもしれない。僕とフィフさんの関係を聴きたそうにしていたけど、多分ライトさんは、情報を知った順番にフィフさんに尋ねようと思ったんだと思う。色んな感情が混ざり合っているらしく、複雑な表情をしながらフィフさんを問いただしていた。
『…正直言って、あまり良いとは言えないわね…。コット君のためにちょっと補足するけど、四年ぐらい前に喉に大火傷を負ってね、一時期声が出せなくなったのよ…。その後遺症で今も大声が出せないんだけど、処置が早かったから何とかなったわ。…話に戻ると、半年ぐらい前までは何ともなかったんだけど…、その少し前に無理をし過ぎたせいかしら、発作だとは思うけど、たまに何もしなくても声が出しにくくなる事があるわ。炎症を抑える強力な薬を調合して飲んでるから、辛うじて日常とバトルには支障は出てないけど…』
フィフさん、そんなに重い病気、抱えてたんだ…。ライトさんに訊かれたフィフさんは、その瞬間俯き、黙ってしまう。すぐに視線を上げていたけど、話す声、それから表情もかなり暗かった。こんなフィフさんは見た事が無かったからビックリしちゃったけど、それ以上にそんな重大な事を表に出さなかった彼女にもっと驚いてしまった。淡々と語る彼女に、僕はもちろん、親友だって言うライトさんも、あまりの事に何も言う事が出来なくなってしまった。
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