Cinquante et quatre 技攻の炎舞
Sideコット
さぁ、ジムの前で立ち話をするのもアレだから、中に入りましょ。
「うん。すみません、ジム戦をお願いします! 」
コガネのジムの前でフィフさんと偶然会った僕達は、二分ぐらいその場所で話し込んでいた。僕もつい夢中になって喋ってたけど、そもそも今日はここのジムに挑戦するために来ている…。この感じだとカナも僕と一緒だったみたいだけど、フィフさんだけはそうじゃなかったらしい。話が途切れたタイミングで、視線で入り口を指しながら、その相手ふたりの頭の中に声を響かせて教えてくれた。
フィフさんの提案でようやく本来の目的? を思い出したカナは、白衣の彼女に頷いてから足を自動扉に向ける。三歩ぐらい歩いて入ってから、カナはこう高らかに声をあげていた。
「…、ここから一番近いんは、エンジュやな」
「エンジュですね? …何かあまり実感がないけど、ありがとうございました」
『あぁ、もう終わっちゃってたわね…』
『この感じなら、勝ったのかな? 』
ありがとう、って言ってるから、そうなのかな? 扉をくぐってバトルフィールドに入ると、そこにはトレーナーの二人と、そのメンバーのふたり…。一人は多分、ここのジムリーダーだと思う。独特な訛りがある彼女は、相手にしていた挑戦者を真っ直ぐ見たまま、あっけらかんにこう言う。それに対して挑戦者側…、僕達が度々お世話になってるひとのトレーナーが、若干曇った表情をしていたけどぺこりと頭を下げていた。
『あっ、コット君。コット君はこれから? 』
『はい! ちょっと知り合いとダブルバトルしてて遅くなっちゃったけど、そのつもりです』
『シルクは付き添いだね? 』
『ええ。入り口の前でたまたま会ってね、話してから入ったって感じかしら? 』
カナの声で気がついたらしく、背が高いティルさんはすぐに遠くから僕達に声をかけてくれる。昨日僕が進化した時に一緒にいたし、その前まで一緒に行動していたから、彼は何事も無く僕達の方に駆け寄ってきてくれた。若干砂埃がついていてフサフサの毛が乱れてるから、闘っていたのはティルさんだと思う。だけど僕が見た感じでは、息が乱れて無くなくて全く疲れている様子は無さそうだった。
僕がこんな風に頷きながら答えてから、彼はフィフさんにも話しかける。僕達との組み合わせで察したらしく、彼はそのまま彼女に尋ねる。彼の予想は当たっているから、フィフさんはにっこり笑顔を浮かべながら、そうよ、と大きく頷く。さっきまでの事を手短にまとめて、彼らに教えてあげていた。
『結局昨日は私達も来れなかったけど、カナさんもそのつもり、って言ってましたしね? 』
『コット君から聴いてるわ。アーシアちゃん、昨日はいきなり巻き込んじゃったけど、こっちの世界には慣れたかしら? 』
『はいです! 今はテトちゃんは控えでここにはいないけど、ライトさん達にもよくしてもらってるから、もう大分慣れました』
そういえば、昨日会ったブラッキーさんって、テトラさんと一緒に森の中で別れたんだっけ? 街でもチラッと見かけたけど、ティルさん達の仲間になってたんだね? ティルさんがらほんの少し遅れて、少し小さめのブラッキーの彼女、確かアーシアさんは、こんな感じで明るく言いながら話に参加。テトラさんとかイグリーから聴いてたのかもしれないけど、昨日の事を確かめるように訊いてきた。僕達もそのつもりだったから、もしプライズが襲ってきてなくれも、ジムで再会していたと僕は思う…。だからその事を含めて返事しようと、思ったけど、ほんの僅かな差でフィフさんに先を越されてしまった。彼女は僕の方をチラッと見、すぐにアーシアさんに視線を平行移動させる。それからフィフさんは、何か別の事を彼女に訊き始めていた。
『よかった…』
「あっ、シルク! カナちゃんも、今来たところだね? 」
「はい! ええっとライトさんは、今終わったところですか? 」
「うん」
『その様子だと、無事にアカネの課題も突破できたみたいね』
よかったわ、多分フィフさんは、ブラッキーのアーシアさんにこんな風に言おうとしていたんだと思う。だけどホッとしたように呟いている最中に、ジムリーダーと話していたトレーナー、ライトさんがこう遮る。どうやら一通り話し終えたタイミングだったらしく、フィフさんとカナに明るく話しかけてきた。こんな感じでライトさんが訊いてきていたから、カナは大きく頷いていた。僕は入った時にすぐわかったけど、カナは今、このタイミングで確かめていた。
「ユウキくんが講義がある、って言ってたから、大分短かったけどね」
『そういえば、今日は二年生の講義があったわね』
とにかく、無事に突破出来て安心したわ。…さぁ、今度はカナちゃん達の番ね。
『ん、うん』
「うん! ええっとコガネのジムって、ノーマルタイプなんですよね」
あれ? この流れ、絶対に会話が成り立ってるよね? ユウキさんとエレン君と話してきたせいで気づくのが遅くなっちゃったけど、普通に声で話しかけるフィフさんに、ライトさんはごく普通の流れで返事していた。ライトさんが親友だ、って言ってたから、フィフさんは当然の様に、たぶんユウキさんの予定の事を思い出しながら答えていた。
そのままフィフさんは、話す方法をテレパシーに変えて、話を続ける。途中でカナの方を見上げながら、話の中心を僕達に移していた。一応それに答えはしたけど、僕はそのタイミングで丁度他事…、というよりライトさんのことで少し考え事をしていたから、中途半端になってしまった。だけどその代わり、なのかな? カナにはそんなつもりは無いと思うけど、大きく首を縦に一回降りながらライトさんに訊き返していた。
「そうやで! ウチはノーマルタイプの使い手、きみには二対二のシングルバトルで戦ってもらうで! 」
「って事は、普通のバトルなんですね」
『そういえば、スクールで先生が言ってたもんね』
卒業する少し前に、ハヤト先生が言ってたよね。カナの問いかけにライトさんが応えようとしてたけど、ほんの少しの差でもう一人に先を越されてしまっていた。結果的に本来のセリフを言うことになった彼女は、今までの話しだと、多分コガネシティのジムリーダーだと思う。エレン君とはまた違う部類で独特な喋り方の彼女は、待ってましたと言わんばかりに声をあげていた。
「ジムでのルールはもう知っとると思うで、早速始めるで!」
「あっ、はい! よろしくお願いします」
えっ、もう始めるの? 僕達がずっと喋ってたって事もあるかもしれないけど、ジムリーダーの彼女、たぶんアカネさんは恒例の説明を大分端折ってこう宣言する。初めてだったら流石に待って! って言うかもしれないけど、カナにとってはこれが三回目のジム戦…。僕はいきなりでビックリしちゃったけど、分かりきってるから、カナは戸惑いながらも大きな声で応じていた。
――――
Sideヘクト
「ヘクト、いくよ! 」
「キテルグマ、頼んだで! 」
『おぅ、任せろ! 』
『はいよ! まぁいっちょやりますか!』
『でっ、でけぇ…』
でっ、デカすぎるだろぅ? 昨日の夜の打ち合わせ通りに先陣を切った俺は、これから始まるバトルに胸を躍らせながらフィールドに躍り出る。俺のトレーナーになったカナの指示で戦うのは初めてだけど、俺の実力なら絶対に勝てる。そう思っていたけど、向かい合うように出場した相手に、俺は思わず狼狽えてしまった。何て言う種族かは知らねぇーけど、俺から見た感じだと二メートルはありそうな気がする。だから俺は、思わずこう呟いてしまった。
「ヘクト、まずは噛みつくで先制攻撃! 」
「お手並み拝見や! 」
まっ、先制攻撃だけで決着がつくこともあるしな! カナは相手に先を越される前に、高らかにこう指示を出す。元々そのつもりだったから、ほんの少し早く、俺は四肢に力を込めて走りだしていた。相手との距離が五メートルぐらいになったところで、ようやく相手のトレーナーは声をあげていた。
『悪いけど、俺からいかせてもらうぜ! 噛みつく! 』
『そうこないと、ぼくとしてもやりがいがないよ』
動く気が無いんなら、遠慮なくいかせてもらうぜ。三メートルまで迫っても、何故か相手は微動だにしない。何か作戦があるのあろうけど、俺は構わず跳びかかる。前足で軽く地面を押し、後ろ足で強く踏み込む。バネの様に跳躍しながら相手の右腕に狙いを定めた。
『くっ』
『去り際にスモッグを発動させた方が良いんじゃないかな? 』
『コット、俺もそうしようと思ってたところだ! スモッグ』
流石、俺が認めたコットだな。カナが気づいてない事までお見通しだな! 俺が相手の腕に牙を立てた絶妙なタイミングで、後ろの方からコットの声が聞こえてくる。昨日のバトルで知ったのかもしれないけど、コットは俺のいつもの戦法を的確に言い当てる。そんな彼に感心しながら、俺はすぐに腕を放す。着地するまでの間に、あらかじめ喉元にエネルギーを蓄積させておく。前足、後ろ足の順番に地に付いてから、即行で後ろに跳び下がる。両脚が地面から離れてから、咳をするように紫色のミストを放出した。
『よま…』
「溜めたダメージを解放するんや! 」
「ヘクト、かわして! 」
『なっ…』
『だけど、これがぼくのたたかいかただ! 』
まっ、まさか、俺のカモフラージュが効いてない? 紫の霧をカモフラージュ代わりに使ったはずなのに、体格差のせいか、相手には全く通用しなかったらしい。何事も無かったかのように、俺を追いかけてきた。
まさかこんな理由で効かないとは思ってもいなかった俺は、思わず頓狂な声をあげてしまう。そんな俺の事なんかお構いなしに、相手は大きな拳を高く掲げ…。
『ぐぁっ…。ただ殴っただけなのに、こんなに威力が、あるのかよ…』
俺の頭を狙って振り下ろす。結果、意表を突かれた俺に命中し、それなりのダメージを与えることになった。
「チャンスやで! とっしんで一気に攻めるんや! 」
「そうはさせません! 袋叩きで迎え撃って! 」
『うん! ヘクト、僕達が時間を稼ぐから、今のうちに体勢を立て直して! 』
『コット、すまん』
コット、カナも、助かった! この一撃で形勢が傾き、遂に相手のトレーナーが動き出す。フィールド全体に届きそうなくらい大きな声で、高らかに大技を指示していた。
結果的に追い込まれそうになってしまったけど、俺達だって負けてはいない。カナが打開策とも言えそうな技を指示したので、それに応じてコットが俺にこう呼びかけてくれた。二人の声を何とか聴きとれた俺は、彼らの気遣いに感謝しながら、仲間全員の事を強く意識する。その状態でほんの少しだけ、持っているエネルギーを解放した。すると…。
『ネージュ、まずはお願い! 』
『うっ、うん』
『えっ…』
俺の技の効果で、俺と迫る相手との間に、ひとりでにネージュが飛び出す。トレーナー就きになって初めて発動させたから、少し驚いた。ネージュもそんな様子だったけど、それでも彼女は悪タイプを帯びた頭突きで応戦してくれた。
『うぅっ…』
『ヘクト君、がっ、頑張ってね』
『おぅ』
『次はおれだ! 』
迫ってきた相手とネージュの頭がぶつかり合い、辺りに鈍い音が響く…。結果的にネージュは壁代わりになってしまったけど、見た感じでは何ともなさそう。少しオドオドしながらも俺に声をかけ、すぐに控えに戻っていった。
その彼女と入れ替わる様に、今度はイグリーが滑空してくる。彼は左回りに旋回し、俺と相手の間を滑空…。すれ違い様に、左の翼を相手に叩きつけていった。
『ヘクト、こんな所でやられないでよ』
『イグリー、俺がやられる訳ねぇーだろぅ? 』
『くっ…、さすがにこれはこたえるね…』
ん? もしかすると、相手って、言うほど守りが硬くないんじゃねぇの? 去り際にイグリーと軽く言葉を交わしながら、俺はこんな事を考える。正直俺も驚いているけど、この様子なら、あの巨体にもそれなりのダメージが通っているらしい。
『この次は僕だ! ヘクト、最後は任せたよ』
『っ…! 』
「やられっ放しにはさせへんで! 腕をぶんまわして弾き飛ばすんや! 」
今戦ってるのは俺なんだ、言われなくれもそのつもりだ! イグリーが左に対して、コットは右回りで駆けていく。技のフィニッシュを決めるために俺が走り始めたタイミングで、コットは捨て身で相手の腰に突っ込んでいた。
『たしかにね。ぶんまわす! 』
『っつ…、この技、格闘タイプじゃねぇーな』
まっ、マズい…。コットが視界の端に消えていくのを見ながら、俺は相手との距離を一気に詰める。ダメージを食らった直後で気が逸れてるはずだから、そのお陰で三メートルぐらいまで難なく接近する事が出来た。リズムよく跳躍し、最後の一歩で頭から跳びかかる…。だけど相手は、キメの一撃をすんなりと命中させてはくれなかった。
巨体の相手はいつの間にか力を溜めていたらしく、タイミングを合わせて両腕を振り上げる。俺が跳びかかった瞬間、その腕を勢いよく振り回す。その結果、相手は返り討ちに成功。技の使用者にとっての相手…、つまり俺は、あっさりと八メートルぐらい弾け飛んだ。
袋叩きの効果でどうしようもなかったけど、予想外の大ダメージを食らうことになった俺は、思わずこの一撃で戦闘不能になる事を覚悟した。だけど思ったよりも威力は無かったらしく、若干ふらつく程度で済んだ。
『ヘクト、大丈夫? 』
『おぅ…、何か格闘タイプじゃなかったみたいで、問題なさそうだ』
「火の粉で反撃して! 」
知らねぇ技だけど、この感じなら、悪タイプってところだろうな。カナの傍に戻っていたコットが、弾かれた俺に真っ先に声をかけてくれた。本音を言うと大丈夫じゃねぇーけど、控えてるコットにムダな心配もかけたくもない。だから俺は、無理やり声をあげて誤魔化した。
「ここから一気に決めるで! 隙を見て突進や! 」
『ヘクト、来るよ! かわしてから発動…』
『当然だ! …さぁ、来い! 』
『おいこまれてるはずなのに、ずいぶんとよゆうだね? とっしん』
コット、技をかわしてから反撃するのは定石だろぅ? 俺の様子を見た相手トレーナーは、攻め時と感じたらしく、さっきの重撃を指示する。それをいち早く察知したのは、頼んでもないのに補足の指示を出してくれているコット…。コット自身もそのつもりなのかもしれないけど、分かりきった事を俺に伝えてくる。それを軽く聞き流し、トドメを刺そうと狙ってきている相手の攻撃に備えた。
『お前には使うつもりはねぇーけど、とっておきの秘策を隠しているからなぁ! 』
『それなら、そのひさくっていうのを、つかえるように…』
この奥の手は一度しか使えねぇ―からな。そのつもりは無いとは思うけど、言葉の罠を仕掛けてきた相手に、俺はあえてそれに乗る事にする。秘策があるのは嘘ではないけど、このバトルで使うつもりが無いのも事実…。
ああだこうだ言いながら相手が迫り、俺との距離が四メートルにまで迫る…。ここで俺は、喉元に持ち合わせているエネルギーの一部を蓄え始める。
『…してあげるよ! 』
『さぁ、それはどうかな? 』
二メートル。目の前まで迫ってきた相手は、捨て身で俺を弾き飛ばそうとさらに加速する。対して俺は、距離とタイミングを測りながら重心を低くし、回避する準備…。
『これで…』
一メートル。俺は溜めたエネルギーを炎の属性に変換し、同時に跳び退く。
『…、えっ? 』
四肢が地面に就くまでの間に、体を捻って向きを変える。そして…。
『真正面から突っ込んでくるお前なんかには、使うまでもねぇーよ。火の粉』
喉に力を込めて、それを小さな炎の粒として、捨て台詞と共に解き放った。
『うわぁっ…! まさか、ぼくのじゃくてんをしってて…』
『うっ、嘘だろ? 』
まっ、まさかこれだけでやられた訳じゃねぇーよな? 俺の作戦は成功し、相手は俺の赤粒の餌食になる。このチャンスにさらに技を仕掛けようと、引き続きエネルギーに炎を帯びさせる…。そのつもりだったけど、俺の予想に反し、相手にかなりのダメージが入ったらしい。おまけにそれが弱点だったらしく、放出を止めた時には、相手の足取りがおぼつかなくなっていた。
Continue……