Cinquante et trois 疎通
Sideコット
『…、貴方と出逢うその日まで〜。…これで、どうかな? 』
正直言って本当にそう言えるのかは危ういところだけど、偶然再会したエレン君達と、彼のお母さんを相手にマルチバトルをしていた。今まで取り乱したことが無かったエレン君は、何故かもの凄く怒っていた。彼が感情的になってたから、その勢いで話してくれたこともあったけど…。そんな状態だったけど、エレン君は僕経由である指示を出していた。
その指示をネージュに伝えたら、戸惑いながらも何とかその通りにしてくれた。エレン君からもらった指示の内容は、ネージュの技で相手のふたりを眠らせるって事。これも何か別の有るんだとは思うけど、ここまで相手のペルシアンさんとニドクインさんは、全く攻める様子はなかった。僕自身も最後まで聴くのは今日が初めてだけど、相手のふたりもネージュの綺麗な歌声に聴き入っていた。
『うん。ネージュ、昨日の間に歌うをコントロールできるようになったんだね? 』
『うっ、うん。昨日しりあったチルタリスさんに、コツを教えてもらったんだよ』
チルタリスって事は、ラフさんかな? 確かラフさんも、歌うを使えたような気がするし。ネージュの技は成功して、相手のふたりはほぼ同じタイミングで眠りに落ちる。一緒に戦っていたゾロアの彼女、それから僕も聞いていたけど、僕達が夢の世界に誘われる事は無かった。ネージュがヒワダのジムで使ってた時とどう違うのかは分からないけど、少なくともネージュは、昨日別行動していた時に何かを得たんだと思う。そんな彼女は相変わらず、自信なさげに、だけど少し嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ネージュ、歌うが上手くいったね! 」
『だっ、だけど、時間が結構かかっちゃったから…』
「じかんがかかったからまだまだだっていってるよ」
『それでもアタイは、あんたは十分頑張ったと思うわ。それに歌うをネージュ、あんたぐらいの歳でここまで使いこなしてるひとをアタイは見た事が無いわ』
相手のふたりがボールの中に戻ったタイミングで、カナは弾ける様な笑顔でネージュに駆け寄る。カナの反応は何か今更感がするけど、彼女なりにネージュの事を褒めていた。そんなカナにやっぱりネージュは戸惑ってたけど…。だけどその声はカナには伝わらないから、代わりにエレン君が通訳していた。
「…エレン、気が済んだかしら? さぁ、帰る…」
「だからなんかいいったらわかるの? バトルでかったのはオイラたち。ペルシアンとニドクインしかメンバーがかあさんにはメンバーがいないから…」
「はいはい分かったから、大人しく…」
あぁ、この人、エレン君の話し、全然聴いてないね…。戦う前の条件にちゃんと承諾していたはずなのに、闘っていた女の人…、エレン君のお母さんはその前と全く同じことを言ってる…。それにエレン君は、やっぱり怒りの色を顕わにしながら、正論で迎え撃つ…。あのエレン君が感情的になるなんてらしくないけど、彼の気持ちも何となく分かった気がする。初めて会った時にニド君から聴いてたけど…。
「
いいかげんにしてよ! …もういいよヤライ! 」
『確かにこりゃあ埒が明かないわね。…あんたにゃ悪いけど、エレンのためだ。覚悟しな! ナイトバースト!』
「えっ、エレン君、ほん…」
「まっ、待ち…」
うっ、嘘でしょ? あのエレン君が、こんな指示を? バトルの前と後で態度を変えない女の人に、エレン君はとうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。今までにないぐらいの怒鳴り声で、その人のセリフを遮る。その後彼は急に冷めきったような表情になり、傍まで戻ってきていたヤライさんに、短く一言…。それだけで意味を察したらしく、彼女はやむを得ない、っていう感じで小さく頷く。彼女は右の前足にエネルギーを集め、振り上げることで黒い波紋を解き放った。
ヤライさんが地面を裂くように解き放った波紋は、彼女の正面に向けてまっすぐ突き進んでいく。その先にいるのは、無理やりにでもエレン君を連れて帰ろうとしている彼の母親…。彼女にもボールの中とはいえメンバーはいるけど、ふたりとも眠りに堕ちている…。そう指示したのがエレン君だったから、僕は目の前で起きた光景を信じることが出来なかった。
「エレン君! あの人って…、あれ、エレン君? 」
『えっ、嘘でしょ? 』
だけど本当に攻撃するつもりは無かったらしく、黒い波紋は四メートルぐらい進んだところで空気と化す。だけど僕がホッとしたのも束の間、何かを言おうとしていたカナ、それから蚊帳の外にいた僕も、揃って頓狂な声を出さずにはいられなくなってしまった。なぜなら…。
『きっ、消えた? うそじゃ、ない、よね』
『じゃなかったらちゃんとここに居るはずだよ! 』
僕達が黒い波紋に気を取られていた一瞬の間に、エレン君とヤライさんの姿が見えなくなってしまったから…。最初は誰かがテレポーを発動させたんだと思ったけど、よく考えたらそれはあり得ないと思う。何しろテレポートはエスパータイプの技。それに対して、ユリンは電気タイプで、きっとニドリーノに進化しているニド君は毒タイプ…。ヤライさんも悪タイプのはずだから、どう考えてもあり得なさそう。だから、僕は余計に訳が分からなくなってしまった。
「こらエレン、待ちなさい! 」
「あっ、ちょっと…。…いっちゃった…」
僕達が取り乱している間に、エレン君のお母さんも、何かを吐き捨てながらどこかに走っていってしまった。残された僕達は、ただ茫然と成り行きを眺めることしか出来なかった。
――――
Sideコット
『…あっ、コット君! カナさんも、これからジム戦かしら? 』
『はい! ちょっと予定が狂っちゃったけど、そのつもりです』
エレン君達に置いてかれてから、僕達は気を取り直してジムに向けて歩きはじめていた。本当はセンターに戻った方が良かったとは思うけど、寄らずにそのまま向かっていた。一応ネージュとボールに戻っていたイグリーには訊いたんだけど、ふたりとも大丈夫って言ってた。だけどそれだと流石に申し訳なかったから、カナに頼んで傷薬とかで回復してもらう事にした。
それからの僕達は、一応何事も無く目的地、コガネのジムの前に辿りついていた。ビルの一階にあるジムの入り口に入ろうとした丁度その時、いきなり後ろから話しかけられた。だけど僕は昨日聞いていたから、今回はビックリする事は無かった。すぐにその方に振りかえり、こう答えた。
「あっ、きみは、コットの従兄弟のシルクだね? 」
そうよ。
『っていう事は、フィフさんも誰かのジム戦を観に来たんですね? 』
本当は僕達は昨日挑戦するつもりだったけど、今日はどうなのか分からないもんね。ここでカナもようやく気付いたらしく、化学者らしく白衣を着こなしているエーフィ、フィフさんにこう話しかける。カナには声では伝わらないから、フィフさんは僕達の頭の中にも直接語りかけてくれた。
ええ。カナさんはもしかすると聞いてるかもしれないけど、親友のジム戦を観にね。ジョウトに来てるのは知ってたけど、昨日三年ぶりに会えたのよ!
フィフさん、本当に嬉しかったんだね。彼女は一度カナの方を見上げてから、すぐに僕を見る。サンダースに進化して背が高くなったから、フィフさんとは同じぐらいの高さで視線が重なった。
『コット君には、ティル君達のジム戦って言ったら分かるかしら? 』
『ティルさんのですか? 確かに昨日、テトラさんとも仲が良さそうだった…』
『もちろんティル君とテトラちゃんもそうだけど、中でもライトが一番ね』
あれ? ライトさんって確か、ティルさんのトレーナーだよね? フィフさんとティルさん達が深い関係だって事は知ってたけど、まさかライトさんの名前が出てくるとは思わなかった。フィフさんはテレパシーが使えて、トレーナーのユウキさん経由でも話せるけど、流石にそれだけでは親友までにはならないと思う。何年も一緒に過ごしてたら、話は別だと思うけど…。
『ライトさんが、ですか? 』
『ええ。ライトがトレーナーになる前からの付き合いでね、ホウエンでは私達と旅していたこともあるのよ。テレパシーの方法を教わったのもそのぐらいの時期だから、尚更ね』
ホウエンかぁ。海とか山が綺麗だって聞くし、一回いってみたいなぁー…。僕はこんな事を思いながら、フィフさんの話を聴いていた。森で会った時、フィフさんは四年前にホエンを旅してた、って言ってたから、もしかするとそのぐらいの時期かもしれない。彼女はこの感じだと、懐かしそうに回想しながら話してくれた。
『今思うと懐かしいわね。あの頃はまだ、“チカラ”は発現してなかった…』
『あっ、そうだ。フィフさん』
『ん? 』
そういえば、ユウキさんって…。フィフさんが話してる最中だったけど、僕はふとある事を思い出す。一応話し終わるのを待とうかとも思ったけど、僕は待ちきれずに遮ってしまった。だけど彼女は、ちょっとだけビックリはしていたけどあまり嫌そうな顔はしていなかった。
『ユウキさんって、いつからピカチュウになれるようになったんですか? 』
『ユウキ? …そうね、まだどこのリーグも制覇して無かった頃だから、五年前の冬だったわね。その時は私は十八だったから、ユウキは十九よ』
『そっか。それなら…』
ユウキさんが十九歳で、エレン君は今、僕と同い年だから…。うーん…、って事は、もしかすると…。僕は思う事があって、フィフさんにこう尋ねてみた。彼女は何で急に? とでも言いたそうに、一度首を傾げる。二拍か三拍空けてから、思い出しながら語り始める。五年っていうと結構長い時間で、そもそもユウキさんは“選ばれ”たんだから、どうなのかは分からないけど…。とにかく、それでも何となく知りたいことは分かった気がするから、僕は思い切って口を開いた。
『僕、思ったんだけど、僕達の言葉が解る人間がいるなら、人間の言葉を話せるポケモンがいてもいいと思うんです』
『私達が…? 私はテレパシーを使えるけど、考えつきもしなかったわ…。そういうパターンは聞いた事が無いけど、確かにいてもおかしくないかもしれないわね』
だって、そうだよね? ユウキさんも、大昔はそういうことが普通だったかもしれない、って言ってたしね。僕は今まで誰にも言った事がない事を、従兄弟のエーフィに伝えてみた。これまでは夢でしかなかったけど、つい昨日から僕は、もしかするとあり得るかもしれない、そう思いはじめてきていた。そう考えるようになったきっかけは、昨日初めて会ったユウキさんと、ついさっき秘密を知ることになったエレン君の存在…。彼らの存在が、僕の夢を後押ししてくれた。
正直言ってどんな反応が返ってくるのか心配だったけど、それはいい意味で外れてくれた。意外そうに呟いてたけど、直後の反応はそれだけ…。それから少し考え、結論が出たらしくこう続けていた。
Continue……