Cinquante et un 突発的なダブルバトル(翔歌)
Sideコット
「ねぇコット? 」
『ん? カナ、どうかした? 』
「こうしてコットとふたりになるのって、いつ以来だっけ? 」
『うーん…』
イグリーがなかまになってくれたときよりもまえだから、みっかまえじゃないかな。
何か凄く昔なような気がするけど、まだそれだけしか経ってないんだよね…。日付が変わり、新たな一日が始まった大都会。久しぶりにふたりで歩いていると、何の前触れもなくカナが僕に話しかけてきた。昨日までとは違って距離が近くなった彼女は、ふと何かを思い立ったらしい。軽く上を見上げた僕に、こんな風にたわいのない疑問を投げかけてきた。それに僕は、頭の上に疑問符を浮かべながらも、すぐにそれに応じる。僕自身もこう伝えるまで気付かなかったけど、前にこういう状況になった時の事を思い出しながら、彼女の前に出る。イーブイだった時は出来るだけ前足を高くあげないといけなかったけど、サンダースになった今は、そこまでしなくても読み取ってもらえるようになった。体の高さの半分ぐらいまで右の前足を上げ、午前の大都市に文字を描いていった。
ちなみにあの後の事を話すと、ユウキさんは元々あのぐらいの時間に予定が入っていたらしく、二言か三言ぐらい話してから大学の建屋の方に入っていった。だけどフィフさんは残っていたから、通訳をしてもらいながら色んなことを教えてもらった。まずは、ピカチュウになれるユウキさんの事。ユウキさんが僕に雷の石をくれた時、触っても進化しなかったのは、そもそもユウキさんは人間だから。人がポケモンになれる事自体が特別だから、制限されているらしい。他にも人間だからって事で、食らっても効果が無い技があるんだとか…。それとは別に、驚いた事が一つ…。ただでさえ珍しい事だと思うのに、ユウキさん、それからフィフさんも、ユウキさん以外にポケモンになれる人に会った事があるらしい。三人…、だったかな? 他の地方は分からないらしいけど、三人ともカントーの出身なんだとか…。
…あっ、そうそう。危うく言うのを忘れそうになってたけど、センターの部屋を確保してから、ヘクトが正式に僕達の仲間になった。紹介したタイミングが急すぎたから心配だったけど、ヘクトも何とかイグリー達に打ち解けられそう。…もしかすると昨日、最後の方に一緒に戦ったから、じゃないかな? ネージュとも普通に、自分たちの事を話していた。
「あれ、まだ三日しか経ってなかったっけ? 」
『たぶん、だけ…』
話に戻ると、文字を書きあげた僕は、一度カナの方を見上げる。僕も自信は無かったけど、カナもあまり実感はないらしい。若干パッとしない表情で、こくりと首を傾げていた。
「あっカナちゃんこんなところであうなんておもわなかったよ」
「えっ、エレン君? 」
ん、この喋り方って、もしかして…。たぶんだけどね、ってカナに言おうとしたら、急に僕の後ろ、ちょうどデパートがある方向から特徴的な声が声が話しかけてきた。進化したからかもしれないけど、今日は何とか聴きとれた気がする。カナも言った通り、エレン君が、僕達にこう呼びかけてきていた。
「わたしも思わなかったよ! エレン君、エレン君もこれからジム戦? 」
『だけどカナ? ジム戦ならデパートの方から来ないと思うんだけど…』
「あっサンダースのきみはコットくんだね。コットくんもしんかしてたんだね」
「うん」
ん、も? もって事は、もしかして…。最初は僕もそうかと思ったけど、よく考えたらそうではないと思う。だから僕は、再会した喜びにひたっているカナの方を見上げ、伝わらないけどこう呟く。昨日ユウキさんと結構話したから、つい直接言ちゃったけど…。慌てて文字で伝え直そうとしたけど、右の前足を上げたところでエレン君に先を越されてしまった。
カナに今日の予定を訊かれてたけど、どうやらエレン君には聞こえてなかったらしい。興味が移るのか早いのか、僕を見るなりこう声をあげる。僕がぼくだって事にすぐ気付いてくれたらしく、こんな風に訊いてきた。
「それに、コットとイグリー以外の仲間も増えたんだよ! 」
「カナちゃんも? オイラたちもだよ。あっそうだ。カナちゃんせっかくあったんだからバトルしない? 」
「バトル? いいね!」
『いや、バトルって…、いくら何でも展開が急すぎない? おまけに今からジム戦だし…』
まさかとは思うけど、カナ、これからジム戦だってこと、忘れてないよね? エレン君の言い方からすると、多分彼にも仲間が増えているんだと思う。カナが遠まわしにネージュたちの事を言うと、彼も同じように、揚々とこう言い放つ。急にバトルする事になっちゃったけど、本音を言うとニド君にリベンジしたいっていう気もある。だけど僕にだって予定…、それからチームのリーダーとしてみんなを待たせるわけにはいかないから、建前上、こんな風に止めに入った。
「せっかくだから、ダブルバトルにする? 」
「いいよ! じゃあこんかいはふたりでたのんだよ! 」
当然といえば当然だけど、一応止めたけどそれはスルーさせてしまう。カナがこう提案すると、エレン君は殆ど間を開けずに大きく頷く。それからすぐに、エレン君は腰にセットしている四つのボールのうち、二つを手にとる。それを勢いよく投擲し、二人のメンバーを出場させていた。
――――
Sideイグリー
「イグリー、ネージュ。昨日戦った通りにいくよ! 」
『おぅ、任せて! 』
『うっ、うん。イグリー君、サポートお願いね』
『当ったり前でしょ! 』
昨日はあれだけ戦ったんだ、おれ達よりも強い相手にも勝てるはず! だからネージュも、頼んだよ! まさかこんなに早く出ることになるなんて思わなかったけど、おれとネージュはほぼ同じタイミングで跳び出す。おれはニ、三回ぐらい軽く羽ばたいて勢いを弱め、両脚同時につく。体が大きいネージュはヒレとか腹の全体で着地して、出来る限り衝撃を少なくする。それでも種族上重い種族だから、ほんの少しだけ地面が揺れた気がした。
『イグリー、キキョウで戦った時は味方だったけど、今日は敵。絶対に負けないから! 』
『イグリー? この子と、知り合い? 』
『そうだよ。キキョウのジムで一緒に戦った仲なんだよ。ニドも、あの時以来だね』
『うっ、うん。そう、だねー』
うーん、相性的におれ達の方が不利だなぁ…。おれ達よりも少し早く出ていたのは、おれもよく知っているふたりだった。ひとりは、マルチバトルで一緒に戦った、パチリスのユリン。あれから二日ぐらい経ってるから、彼女も強くなってると思う。それからもうひとりは、ユリンのトレーナーにとってはパートナーにあたる彼…。しばらく会わない間に進化したらしく、ニドリーノになったニド。彼はかなり戸惑っていたけど、何とかおれの言葉に頷いてくれた。
「エレン君、今日はわたし達からいくよ! イグリーは追い風、ネージュは水の波動をお願い! 」
『ニド君を狙った方が良いと思うよ』
『じゃあ早速! 』
『あっ、相性的にも、そうした方が良いよね? 水の波動! 』
今回は特に、素早さが大切になりそうだからね。世間話をほどほどに切り上げ、カナはおれ達にこう指示を出す。おれは補助技だったから良かったけど、カナは誰に対して技を使うのか言い忘れていた。それにすぐ気付いたらしく、コットがそれとなく付け加えていた。
定石通りだから元々そのつもりだったけど、おれは一応カナの指示を受けとってから技をイメージする。後ろから吹き付ける風をイメージしながらエネルギーを解放すると、その通りになる。その技の効果を受けて、立て続けにネージュが攻勢に移る。ユリン達よりも早く、口からリング状の水塊を撃ちだしていた。
「おいかぜはやっかいだね。でんげきはでうちけしてかげぶんしんでかいひして」
『確かにね。イグリーって前も速かったから…。でもわたしだって、あれから鍛えたんだから! 電撃波! 』
『影分身』
あれ、ニドって影分身使えたっけ? 即行で動き出したおれ達に対し、ユリン達もそれ相応の対処をしてきた。素早さ自慢のユリンは体中の電気を集め、それを塊状にして放出。ネージュの技を打ち消すつもりらしく、音波の乗ったリングを狙っていた。
一方のニドは、あまり喋らずに技を発動させる。もうひとりの自分を作りだし、揃っておれ達の方に駆けだしてきた。
『きみは初めて会うけど、中々やるね』
『きっ、きみだって、コット君ぐらい速くて、ビックリしたよ』
『キキョウの時でも、おれのスピードについて来れたぐらいだからね』
『さすがあんたらは、エレンが認めただけあるわね』
ん? ニドって、こんな喋り方だったっけ? ネージュの水とユリンの電気は、ちょうどふたりの中間、ニドが走っている上ぐらいの位置でぶつかる。相性的にはネージュの方が不利だけど、威力で圧して何とか相殺することが出来ていた。
「でんげきはでいっきにせめて」
「それなら凍える風で防いで! イグリーは燕返しで返り討ちにして」
『ネージュとタイミングを合わせて! 隙が出来るはずだから、ニド君じゃなくてユリンを狙って! 』
そうだよね、ニドの特性は毒の棘。確実じゃないけど、さわると毒状態になるかもしれないからね。
『エレンならそういうと思ったよ! 電撃波! 』
『防げるか分からないけど…、凍える風! 』
トレーナーの指示を受けて、ユリンは再び電気を溜め始める。今度の技は全体技だから、すぐにでもかわさないとおれ達は大ダメージを食らってしまう。だけどおれ達にだって、ちゃんと策はある。これは昨日のプライズとの戦いで分かった事だけど、ネージュは広範囲に攻撃する技との相性が良いらしい。それをカナも知っているから、対抗できる全体技を指示してくれる。タイミング的には向こうの方が先だったけど、発動したのは逆。ほんのわずかの差で、ネージュの白い冷風の方が早く吹き始めた。
『うそ…、わたしが遅れ…』
『くっ…』
『燕返し! 』
『きゃぁっ! 』
その差が決め手になって、ネージュの氷の粒がユリンの黄色い壁を弾き返す。それでもネージュの風は勢いが余り、そのままユリンと走るニドに襲いかかる。その時にはニドは飛び越していたから分からないけど、この感じだと多分命中していると思う。だからおれは、眼下の相手、ユリンめがけて急降下…。地面スレスレを滑空し、すれ違い様に翼の一撃を命中させた。
『もう一発、水の…、えっ? 』
『まさかこんなにも早く、アタイのイリュージョンが破られるとは思わなかったわね。あんたにゃ悪いけど、ここで倒れてもらうわね。ナイトバースト! 』
『なっ、しまっ…』
いっ、いつの間に? おれが急上昇したタイミングで、後ろの方から声が聴こえてきた。旋回し終わってからそっちに目を向けてみると、そこにはさっきまではいなかった誰か…。今のコットよりも一まわりぐらい小さくて黒い誰かが、こんな風に声をあげていた。その彼女は何の前触れもなく、おれの方を見上げる。密かに技を準備していたらしく、彼女の視線の先…、おれに向けて弧状の黒刃を山なりに飛ばしてきた。
Continue……