Cinquante 今に伝わるモノ
Sideコット
『…ふぅ、これで終わった、のかな』
『そうみたいだね』
戦ってた人以外はいなくなってるみたいだから、そうかもしれないね。あの後も僕達は、沢山いたプライズとの戦闘を繰り広げていた。ひとりで戦っていた時も戦えはしたけど、やっぱり相性の関係で思い通りにはいかなっかった。特に僕は進化して属性が変わったから、尚更…。ついイーブイの時の癖で、ゴーストタイプの事を考えずに戦ってしまっていた。だけどイグリーとネージュ、それからヘクトと合流してからは、お互いの弱点をカバーしながら戦った。相手が炎タイプの技を使ってきたらヘクトが前に立ち、水タイプの攻撃が来たらネージュが体力を回復する…。僕も電気タイプの技を無効化できるしね。
そんな感じで戦っていたら、いつの間にかプライズの団員の数が少なくなっていた。いつの間にか、幹部の人の姿も見えなくなっていた。そのせいなのかもしれないけど、向こう側の士気が急に落ちてきていたような気がする。今倒したひとのトレーナーもそうらしく、負けだと分かるとすぐにボールに戻し、逃げるように駆けだしていった。
『もう一人も残ってねぇーみたいだしな』
「イグリー、ネージュ、それからコットとデルビルも、お疲れ様」
ネージュと僕が一息つき、辺りの様子を確かめていると、先に緊張を解いていたヘクトがこう呟く。カナは僕達が闘っている間、イグリーとネージュに指示を出しながら周りを気にしていたから、敵の人数を既に把握していたらしい。うん、って小さく頷いてから、メンバーの僕達に話しかけてくれる。多分カナも言いたいことが沢山あると思うけど、まずは僕の頭を撫でてくれた。
カナたちも、すごくたすかったよ。ぼくとはちがうばしょで、プライズとたたかってたんだよね。
「うん。だけどわたしは、コットが進化して凄くびっくりしたよ。知らない間に友達も増えてるみたいだしね」
イグリーが、そう言ってたからね。労ってくれたカナを見上げ、僕は一度にっこりと笑顔を浮かべる。ついそのまま声でこう言いそうになったけど、慌てて口を噤んでから右の前足をあげる。僕自身も話したいことが沢山あるけど、とりあえずはこんな風に文字を描く。戦ってる最中にイグリーから聴いた事を、カナにも訊ねてみた。
僕の問いかけに、カナはすぐに頷いてくれた。だけどカナは、その事よりも僕の方が優先度が高いらしい。イグリー達と話し始めたヘクトの方をチラチラ見ながら、揚々と続けた。
カナたちとはぐれてから、なかよくなったんだよ。ヘクト、っていうなまえなんだけど…
コット君! みんなも、無事みたいね。
仲間になる、って言ってくれたんだよ! 腰を下ろして空中にこう描こうとしたけど、それは叶わなかった。何故なら、何の前触れもなく僕の頭の中に声が響き渡り、それに驚いてしまったから…。テレパシーだと思うけど、僕だけではなくて、この感じだとカナとイグリー…、みんなにも聞こえているみたいだった。
『とりあえず、コガネの方は一安心だね』
『あっ、フィフさん、ピカチュウさんも。こっちは何とかなりました』
やっぱり、フィフさんだったね。響く声の後で別の声がしたから、僕はふっとそっちを見る。するとそこには、予想通りの二つの影。白衣に水色のスカーフを身につけたエーフィと、同じく白衣に青い帯を右腕に結んだピカチュウ。ちょうど僕達を見つけ、道の奥から走ってきているところだった。
カナさん、ライトから話しは聴いているわ。プライズと戦ってくれたそうね。
「あっ、うん」
コット君も、なりたいって言ってたサンダースに進化できてよかったわね。
『はい! 急だったからビックリしちゃったけど、本当に嬉しかったです』
あの時はやられる寸前だったから、もしかするとピカチュウさんから雷の石をもらえなかったら、違う結果になってたかもしれないね…。僕はイグリーから聴いていたけど、フィフさんはどこかでライトさんと会っていたらしい。僕も知っていることを、声に出さずにカナに尋ねる。それにカナは少しビックリしてたけど、何とか小さく頷いていた。続けてフィフさんは、にっこりと笑顔を浮かべながら、僕の事を話し始める。カナはもう気付いているけど、多分フィフさんは、僕がぼくって事を教えてくれるつもりだったのかもしれない。だから僕は、そんな彼女とカナに、心からの想いをこう伝えた。
『嬉しかったんですけど、ピカチュウさん? 』
『ん? 』
嬉しかったけど、それだと、おかしい事があるよね…。確かにそう思ってもいたけど、僕はあの時から一つ、気になっていたことがあった。それは…。
『ピカチュウさんも、進化するためには雷の石が必要ですよね? 触っただけで進化するはずなのに、何でしなかったんですか? 』
変わらずの石を持ってたら話は別だけど、普通は進化しちゃうよね…? そもそも、僕が借りてた変わらずの石はフィフさんのだし、そうじゃなくてもユウキさんが持ってるはずだよね? 僕はあの時の事を思い出しながら、右頬の痣が目立つピカチュウさんに声をかける。その瞬間、何故かフィフさんがえっ、って短く声をあげてたけど、構わずに疑問を投げかけた。
『あれ、声と身なりでバレるかと思ったけど、気付かなかったんだね? 』
『きっ、気付かなかったって、何が…』
『コット君が知らないって事は、まだ話してなかったのね? 』
はっ、話してないって、何が? 僕はてっきり、ピカチュウさんも変わらずの石を持っているのかと思っていた。だからピカチュウさんから返ってきた答えは、予想外だった。思わず僕は短く頓狂な声を出しちゃったけど、フィフさんも別の意味で驚いたらしい。ピカチュウさんの方にハッと振り返り、こう問いただしていた。
『話さなかったというか、言うタイミングが無かったからかな。既にバレてる、って思ってたのが本音だけど。…シルク、カナさんにも伝えてくれる? 』
『そうね。ライトの事も知っているカナさんなら、きっと大丈夫ね。丁度人通りもないし』
ライトさん…? ライトさんって、ティルさんとラフさんのトレーナーだよね? でもライトさんと、何の関係があるんだろう…。ふたりの間だけで通っている話があるらしく、ピカチュウさんはフィフさんを見上げながらこう頼む。それにフィフさんは、ほんの一瞬だけ間があったけど、すぐに頷く。何でライトさんの名前が出てきたのかさっぱり分からないけど、彼女は辺りをキョロキョロ見渡していた。
カナさん? 唐突で申し訳ないけど、あなたは伝説とか伝承を信じているかしら?
「伝説? 」
伝説といえば、フィフさんが持っている能力の事がパッと浮かぶけど、それと何か関係があるのかな? フィフさんの言う通り、彼女は徐にテレパシーで話を始める。急すぎる展開に、やっぱりカナはこくりと首を傾げていた。僕は信じているけど、今まで僕も訊いた事が無いから、カナはどう思っているのか分からない。僕も似たような感じだから、揃って大きな疑問符が浮かび上がった。
「どちらかと言えば、信じてるけど…」
それなら、大丈夫そうね。…シンオウ地方に、こういう伝承があるわ。“ひととけっこんしたぽけもんがいた。ぽけもんとけっこんしたぽけもんがいた。むかしはひともぽけもんもおなじだった”…。コット君、カナさん、これを聞いてどう思う?
『うーん…。タダの迷信で、本当にあった事じゃないと思うけど…』
「お伽噺、だと思うけど」
信じてはいるけど、流石にそれは無いんじゃないかな? テレパシーでフィフさんは、例の伝承を語ってくれる。それは僕も訊いた事があるけど、度が過ぎていると思う。だから僕は、語尾を濁しながら、語ってくれたフィフさんにこう答える。言い方は違うけど、カナも僕と似たような感じだった。
ありがとう。カナちゃんとコット君の答えが、世間一般での認識になるわね。だけど“火のない場所に煙は立たない”、こう言う言葉も確かに存在するわ。その証拠に…。
『うん』
僕達の答えは、想定していた事だったらしい。フィフさんは僕達にこう伝えてから、続きを語る。その最後に、フィフさんは白衣を羽織っているピカチュウさんに視線を降ろす。そこからは語らず、彼に目で合図を送っていた。
そのフィフさんに、ピカチュウさんは大きく頷く。それから彼は、何故か目を閉じる。何の意味があるのか、さっぱり分からないけど…。分からなかったけど、それはすぐに、嫌でも理解せざるを得なくなってしまった。それは…。
「えっ…」
『ぴっ、ピカチュウさん? 』
それを信じずにはいられなくなるような変化が、ピカチュウさんの身に起き始めたから…。目を閉じていたピカチュウさんの姿が、突然焦点がズレたように歪み始める。それだけでも十分すぎるぐらい驚いたけど、それでもまだ足りなかった。何故なら…。
「本当の僕は、ピカチュウじゃないからね」
歪みが治まったピカチュウさんがいた場所に、別の人物、それも僕が知っている人物だったから…。
『ゆっ、ユウキさん? 嘘でしょ? 』
「ぴっ、ピカチュウじゃなかったの? 」
「そういうこと」
ユウキの“チカラ”は後天性だけど、もの凄く少ないけど確かに存在するのよ。
「ゆっ、ユウキって、あのユウキさん? 」
そこにいたのは、フィフさんのトレーナーで、僕達ポケモンの言葉が解るユウキさん…。彼は驚きに押しつぶされている僕達とは対照的に、平然とこう答えていた。
『ユウキさんって、何者なんですか? 』
「そうだよ。コット君も気になってるみたいだから言うと、僕はここ、コガネ大学助教授のユウキ。そしてもう一つの顔が、イッシュ地方の英雄伝説、十九代目、絆の賢者。人間だよ」
英雄伝説って事は、フィフさんと同じだよね? って事はユウキさんは、ピカチュウになる事が、能力の一つなのかな? ピカ…、いや、ユウキさんの解説で、僕は何となく、その理由が分かったような気がする。言われてみれば、人間のユウキさんもピカチュウのユウキさんも、白衣を羽織って青いを腕に結んでいる…。それに今気づいた事だけど、今のユウキさんも右頬に痣みたいな痕がある…。伝説の事はフィフさんから聴いていたから、僕の中で何かが繋がった気がした。
『そっか。だからユウキさんは、僕達の言葉が解るんですね? 』
『そう言う事よ』
「それも“チカラ”一つだからね。その代わりに、バトルの時も気を抜くと、すぐ怪我するぐらい脆い体になったけど…」
そのうちの一つが、その火傷の痕ね。ユウキじゃなくてもそうなり得るけど、あの時は伝説の種族が相手だったわね。…そうなると、私の喉の古傷も、似たようなものかもしれないわね。
なるほどね。ユウキさんも、そういう事だったんだね。伝説っていうと昔話の世界だと思っていたけど、従兄弟のフィフさん、それからユウキさんの存在で、僕の考え方が変わった。フィフさん達が関わっている伝説は遠く離れたイッシュ地方だけど、ジョウト地方の伝説も、もしかしたら本当にあった事なのかもしれない。そう思うのに、殆ど時間はかからなかった。
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