Quarante et trois 月と光
Sideライト
『あっ、ライ姉。あれってもしかして…』
『うん、間違いなさそうだね』
元の姿に戻してから、何となくだけど、距離があったアーシアちゃんと仲良くなれた様な気がする。アーシアちゃん自身も緊張を解いてくれているから、たぶんそのはず…。ちょっとずつだけど、彼女は敬語を抜いてくれてきていた。
そうこうしている間に、わたし達が進む先にある物が見え始める。最初にそれに気づいたのは、わたしよりも高い位置を飛んでいたラフ。彼女は突如見え始めたその方向を、自身の嘴で指す。それに促されて、近くを飛んでいたピジョンのイグリー君も気づいたらしい。ここでわたしもやっと見つけれたけど、生い茂る木々の先に、ほんのりと明るい何かが見えた気がした。
『そのはずやで。僕はこの辺にはあんまり来た事ないんやけど、あれが外に繋がるゲートやで』
『っていう事はフルロ君、あそこから外に出られるんだねっ? 』
『まっ、そう言う事やね』
この森の出身のフルロが言うんなら、間違いなさそうだね。上からの声を聴いたフルロは、見上げながら声をあげる。そのままアゴでクイッっとその方を指し、わたし達にも教えてくれる。その彼に答えたのが、この数十分でわたし達に慣れてくれたアーシアちゃん。パッと明るい声で答え、そのまま訊き返していた。
「ええっとライトさん? 何かみんは嬉しそうですけど、何て言ってるんですか? 」
うーんと、ゲートが見えてきたから、もうすぐ外に出られるね、っていう感じかな?
シルクじゃないから上手くまとめられないけど、こんな感じ、かな。出口が見えた事もあって、フルロ君はもちろん、テトラやラフ…、大人しそうなラプラスのネージュちゃんも湧き立ち始めていた。悪タイプのアーシアさんも嬉しそうなのは意外だったけど、みんなは結構テンションが上がっているらしい。その中でも特に、ラフと活発そうなイグリー君、それからフルロ君は我先にとそのゲートの方に飛んでいった。
そんな光景を見ながら、いまいち状況が掴めていないカナちゃんがこう尋ねてくる。そんな彼女にすぐ答えたかったけど、何しろわたしは今、本来のラティアスの姿でいる。もちろん声では伝わらないから、わたしは彼女に向けて言葉を念じる。さすがにもう慣れたらしく、そうなんですね、と平然と言っていた。
うん。それじゃあ、わたし達行こっか。
「はい! 」
流石にもう目が慣れたけど、ずっと暗いのも、ね。このままだとラフ達がどんどん先に行っちゃうから、わたしは彼女に同じ方法で伝える。それに彼女は、満面の笑みを浮かべながら答えてくれる。そんな彼女を見ていると、素直だなぁー、と言いたくなってくる。それから、普段が向こうだから仕方ないけど、ラティアスのわたしに普通に接してくれている…。その事が嬉しくもあった。
―――
Sideライト
「うわっ…」
『くっ…』
まっ、眩しい…。慌てて自身のメンバーを追いかけたわたし達トレーナー…、あっ、今はわたしはラティアスだから違うか。…とにかく、追いかけてゲートを通り抜けたわたし達は、あまりに強い光に思わず目を瞑ってしまう。どれくらいいたのかは分からないけど、結構長い時間経ってたはずだから、そのせいで暗闇に目が慣れてしまっていたんだと思う。幸いゲートの中は間接照明だったから何とかなったけど、その先で、こうなってしまう。カナちゃんは多分片手で目を覆ってるけど、種族上わたしは腕が短い。だから固く目を閉じ、少し俯く事でそれをしのいだ。
『あははは…、やっぱりずっと暗い所にいると、こうなっちゃうよね』
『あっ、テトラ…』
『悪タイプだからかな…、私はあまりならなかったけど』
ニ、三秒すると収まってきたから、わたしはすぐに目を開ける。するとそこには、さっきとは全く違った光景が広がっていた。まず最初に目に入ったのが、道の右手に見えるピンク色…。四月の風に揺られて、桜並木がゆらゆらと揺れている…。少しだけ満開のタイミングがズレていたらしく、そこから左に向けて、ヒラヒラと花びらが散っている。僅かに陽の光を遮って、この季節らしい情景を見せてくれていた。左の方に目をやると、そこには先まで広がる若草や蒼…。海岸線になっているらしく、ほんの少しだけ潮の香りがわたしの鼻をくすぐる…。少し高めの位置で浮いているから見えるけど、南から少し逸れた位置から照る陽の光で、水面がキラキラと輝いていた。さらに正面には、あまり遠くない場所にそびえ立つビルの影…。これらの景色が、森を抜けてきたわたし達を歓迎してくれているようだった。
雄大な景色に目を奪われているわたしの下で、テトラが可笑しそうに声をあげていた。そんな彼女に対して、アーシアちゃんはそうかなー、って感じで首を傾げている。自己解決しているらしく、それほど悩んでいる様子は無さそうだった。
『そういえばラグナもそんな事、言ってたっけ』
『ラグナ…、さん? テトちゃん、そのラグナっていう人は…』
『あっ、ごめん。まだ言ってなかったね。今はここにはいないんだけど、わたし達の仲間のグラエナ。私達の中では最年長で、色んな事を知ってるんだよ』
結構わたしともめるけど、それでも頼りになる存在かな? わたしでも気づかない事を気がついてくれるし…。まだ会ってないから仕方ないけど、アーシアちゃんは初めて聞く名前に首を傾げる。この様子だとテトラから聴いていなかったらしく、その本人は慌てて彼女に説明してあげていた。
『あともうひとりが、マフォクシーのティル。そこにアーシアちゃんとテトラ、フルロとラフが、わたし達のチームだよ』
『ていう事は、ライトさんも合わせて七人なんですねっ』
『わたしはトレーナーっていう事になってるからあまり戦わないんだけど…、そうだね』
『それでもライトには勝てないから、凄いと思うよ』
わたしには勝てないって言ってくれてるけど、正直言ってテトラにも追いつかれそうだけど…。テトラがどこまで話してくれているのかは分からないけど、とりあえずわたしはこう続ける。ティルはこの場にいないから無理だったけど、海岸の方に駆けていってるフルロ、それからラフの事は、左手で指しながら言う。そこにはいつの間にかカナちゃん達もいたから、多分向こうは大丈夫だと思う。話を元に戻すけど、上げていった名前を数えていたらしく、アーシアちゃんはわたしの方を見上げ、わたしを含めた人数を言う。正直言ってわたしも入るのか微妙だけど、とりあえず頷いておいた。謙遜のつもりで言ったんだけど、テトラがこう褒めてくれたから、嬉しくもあり恥ずかしくもあって…、複雑な気分になった。
『いっ、いや…、でも…、凄いだなんて…。そっ、そんな事はないよ。ちょっと悔しいけど、わたしだって、ティルには勝てないから…』
ティルはパートナーだから、そうなのは頼もしいけど、やっぱり、ね…。
『あっ、そうだ! すっかり忘れてたけど、アーシアちゃん』
『はっ、はいっ』
フルロに気を取られてて忘れてたけど、アーシアちゃんにはこの事を言わないといけないよね。褒められたことが恥ずかしくて最初は変な声が出ちゃったけど、わたしは何とか喋りきる事が出来た。体の前で手を小刻みに左右に振ったから、そうじゃないって事が多分伝わったはず…。だけどその最中にわたしはそれ以上に大切な事を思い出した。一緒に旅をする上では大切な事だから、…途中で話題を変える事になっちゃったけど、慌ててアーシアちゃんに話をふった。
『本当はもっと早く言うべきだったんだけど…、ボールに登録する事になるんだけど、いいかな? 』
『ぼっ、ボールって…』
『いきなりこう訊かれると困っちゃうよね。でもシアちゃん、安心して私達、ほと…』
『その事なんですけど…』
やっぱり、急すぎたかな? いきなりこんな事を訊くことになったから、アーシアちゃんはいまいちピンと来ていないらしい。そういえばアーシアちゃんは未来の世界から来てる、って言ってたから、今更ながら無理はないかもしれない。何かを考えているらしく少し難しい顔になっちゃってたけど、そこを何とかテトラがフォローしてくれた。
『うーん…、やっぱり、いつかは言わないといけないよね。…うん、ええっと、私からも、まだ話せていない事があるんですけど…』
『話せて、いないこと…? 』
うーん、まだまだアーシアちゃんには訊きたいことが沢山あるけど、何なんだろう。最後の方の言葉を濁したアーシアちゃんは、相変わらず苦い表情をしたまま、何かを考え込む。独り言みたいだからそこには触れないでおくとして、この様子だと彼女にとって結構重要な事らしい。変な事を訊いちゃったかな、そう思い始めた頃、彼女は下げていた視線をスッと上げる。何か結論が…、と言うより、決めた事を自分に言い聞かせるようにしながら、一歩前に出てわたし達にこう話しかけてきた。
『はい。本当はみんなが揃ってから話そうと思ってたんですけど、その前にテトちゃんとライトさんには知っててほしい、って思ったんですっ』
『私達、に…? 』
未来から来たっていうのは聴いたけど、他に何かあるのかな…? 真っ直ぐな視線を送ってくれる彼女は、さっきとはまるで別人の様にハキハキと話す。それはまるで、迷いが吹っ切れて、心の整理ができたような…、そんな感じ。意を決したように話す彼女の赤い眼には迷いが一切ない。直接は言ってなかったけど、もしかすると何か重要な事を話してくれるのかもしれない、そんな気がした。
『はいです。…、実は私、元々人間だったんです。詳しくはみんなが揃ってから話すつもりなんですけど、それだけじゃなくて、この時代の、ポケモンがいない世界の出身なんです』
『ポケモンが…、いない? 』
『そうなんです。一応知ってはいたんですけど、お伽噺とか、そういう存在だったので…。…あれ? テトちゃん、ライトさんも、驚かないんですか? 』
『ええっと、その…、何というか…』
うん、確かにビックリはしたけど…、何でだろう…? アーシアちゃんはすぐに、自分の事を話してくれた。その内容に驚きはしたけど、声を荒らげる…、って言うほどではなかった。これはたぶん、心のどこかで、何となくそんなような気がしていたから、だと思う。よく考えてみると、アーシアちゃんは人間っぽい動きで戦っていた場面があった。…たぶん、これ以外にも別の理由があると思うけど…。
それはそうと、この様子だとテトラも似たような感じだと思う。アーシアさんが言った世界の事も気になりはしたけど…。とにかく、わたし達の薄い反応に、アーシアちゃんが逆に驚いてしまったらしい。何で? っていう感じで首を傾げながら、微妙なリアクションのわたし達にこう尋ねてきた。
『私達、何かこういう事に慣れちゃっててね。…こういうのを類は友を呼ぶ、って言うのかな…? ライトはちょっと違うけど、友達にポケモンと身体が入れ替わった男の子がいるし、伝説関係だけど、ポケモンになれる人間を二人知ってるから。そのうちの一人が私のお姉ちゃんのトレーナーで、もう一人はシルクのトレーナー。他にもいるかもしれないけど、私が知ってるのはこの二人だけかな』
『ユウキ君とカレンさんの事だね? 』
わたしも、この二人しか知らないかな…? それに今気づいたけど、わたしが知ってる、ポケモンに姿を変えれる人が二人とも化学関係、だよね? 気のせい、じゃ、ないよね?
『そっ、そんなにもいるの? 』
『うん。それに私達も、結構変わってるしね。ティルは普通なんだけど、ラフは飛行タイプなのに方向音痴で、ラグナは元々ライトとシルク達の敵だったみたい…。それに私自身も、色違いだしね! だからシアちゃん、シアちゃんは私達に話してくれる時悩んでたみたいだけど…、そこまで深く考え込む事は無いと思うよ? だってそうでしょ? シアちゃんはシアちゃんで、私は私。それ以外の何でもないんだから。…私も昔は色違いって事を悩んでた時期もあったけど…、今はもう気にしてないよ。だからシアちゃんも、それが個性、って考えればいいんじゃないかな』
『はっ、はぃ…』
何かこの考え方、テトラらしいなぁー…。表情からすると何かを言いたそうにしていたけど、アーシアちゃんは驚きながらもテトラの話しに耳を傾けていた。途中でわたしが補足しようかとも思ったけど、結局そうする前にテトラは語りきったらしい。ふぅ、と一息つき、満足そうにしていた。
『色んな人が、いるんですね。それに個性、か…。…うん、テトちゃん、そうだよねっ! …あっ、そうだ。ライトさん』
『んっ? 』
『やっぱり…、しばらくはこのままでもいいですか? 』
びっ、びっくりした…。アーシアちゃんはずっとテトラと話していたから、わたしはかなり油断していた。予想外のタイミングて話しかけられたから、思わず頓狂な声を出してしまった。テトラの話しを聴いてパッと明るい表情になったアーシアちゃんは、そのままわたしにこう頼んでくる。一瞬何のことか分からなかったけど、たぶんアーシアちゃんが言いたいのは、ボール云々の事だと思う。
『うん。なら、わたしと同じような感じだね』
『ですね! 』
この感じからすると、わたしが勝手に思っていたことはあたりだったみたい。にっこりと笑顔を浮かべて、大きく頷いてくれた。
『よっと…。今更だけど、ライトさん、テトちゃんも、改めてよろしくお願いしますねっ』
『わたしの方こそ、よろしくね』
大きく頷いたアーシアちゃんは、何を思ったのか、前足で思いっきり地面を押し、その勢いで起き上がろうとしていた。わたしはそんな彼女の行動の訳わからなかったけど、すぐに気付くことができた。二足で立ちあがったアーシアちゃんは、その状態で右の前足を差し出す。それに応える形で、わたしも体勢を起こしてから右手を重ねる。その彼女の姿は、元人間ということに相応しいぐらい、全くふらついてない綺麗な立ち姿だった。
Continue……