Quarante et huit 逆転
Sideコット
『コット君、これを受けとって! 』
『っ! 』
「えっ、こっ、コット…」
コツンッって、何かがぼくに当たった気がする。何かが当たったけど、何だろう、この感じ…? 上手く言葉にできないけど、体の中の方から、力が湧いてくるような気がする…。大ダメージを食らって意識が朦朧とした状態だったけど、ユウキさんが何かを言ったのを聴きとれたような気がする。霞んできた視覚で声がした方を見てみると、ユウキさんが何かを投げた様な気がする。そう思いながらボーっと見ていると、石みたいな何かがぼくに当たったような感覚があった。そう思った矢先、体の中から力が湧き上がり、同時にぼくを強い光が包み込んだ。
『…? 』
『コット? 』
急に湧き上がってきた力が、ぼくが意図する間もなく、全身に行き渡る。気絶寸前で意識が朦朧としてたけど、それでも何かが変わっているのが手に取る様に分かる。それも攻撃を食らった時とは比べものにならないような、身体のつくり…、細胞自体が造りかえられるような感じ…。凄く大きな変化だけど、何故か痛みが全くない。痛くないというより、鎮まる、って言った方が正しいかもしれない。光が治まるのと反比例するように、体がかるくなってるような錯覚を感じた。そして…。
『…かっ…、体が、軽い? それに声も…』
「コットが、進化した? でも何でピカチュウが、コットがなりたいって言ってたポケモンを知って…」
完全に光が治まってから、身を翻し、四肢に力を入れていく。まず前足で体を支え、次に腰を起こす。座った状態から後ろ足も立たせ…、ゆっくりと立ち上がった。思いがけず進化したから、声も少し低くなり、遠くまで見えるようになった気がした。
『ピカチュウさん、何で僕がなりたかった種族を知って…』
『何で知ってるのかは後で話すから! 十万ボルト! 』
『後でって…、えっ』
ぴっ、ピカチュウさん? 進化したとはいえダメージを食らった状態だから、気を抜くと倒れそうになるのは変わらなかった。そんな状態だけど、僕はどうしても気になる事が二つあったので、その本人に訊かずにはいられなくなった。一つは、プライズの幹部が襲ってくる前はいなかったはずなのに、どうして僕の名前をしっていたのか。もう一つは、ピカチュウさんもそれに該当するのに、どうして石の効果が無かったのか。その二つを訊こうとしたけど、その本人に強い口調で遮られてしまった。吐き捨てた矢先、ピカチュウさんは相手にじゃなくて、僕に、強い電撃を飛ばしてきた。
『いっ、痛く、ない? 』
『本当は君のトレーナーに回復してもらうのが一番いいんだけど、やむを得ないからコット君の特性を利用させてもらうよ』
『特性…、あっ、そっか』
だから、ユウキさんの攻撃を食らってもダメージを受けなかったんだね? いきなりの事で僕は目を瞑ってしまったけど、いつまでたっても強烈な痺れが襲ってこない。それどころか、進化した時とはまた違った力が漲る感覚が伝わってきた。一瞬訳が分からなかったけど、ピカチュウさんの一言ですぐに理解できた。目を開けたタイミングで閃いて、こう小さく声をあげた。
『そう言う事だよ。コット君、闘えそう? 』
『はい! ピカチュウさんのお蔭で、何とかいけそうです! 』
根拠は無いけど、この感じなら、いけそうだよ! 話している間も電撃を注ぎ込んでくれたから、僕のイー…、じゃなくて、サンダースとしての蓄電の特性で、ほぼ完全な状態まで回復してもらえる事が出来た。そのお陰で体も完全に軽くなって、これなら何でもできそうな気がしてきた。進化したばかりだからまだ電気タイプの技は使えないけど、僕は自信を持って大きく頷いた。
『よかった。それなら手助けを発動させてから、特殊技で援護してくれる? 』
『任せてください。手助け! 』
僕の技も知ってるみたいだから、あの時に近くにいたのかなー? やっぱり分からない事もあるけど…。僕がこんな風に声をあげたから、ピカチュウさんは安心したらしい。ピカチュウさんは技を解除してから、僕の傍まで来てくれていた。進化して僕の方が背が高くなったから、彼は僕の方を見上げ、やさしく笑いかけてくれた。
ピカチュウさんの実力は分からないけど、回復してもらった時の感じだと、少なくとも僕よりも上だと思う。そんな彼に期待してもらっているから、僕は凄く嬉しかった。だから胸を張ってこう答え、すぐに右の前足にエネルギーを集中させる。ピカチュウさんをはじめ、あの後どうなったのか分からないティルさんとか、駆けつけてくれたイグリー達の事をイメージしながら振り上げた。
『ありがとう。…じゃあ、僕の後に着いてきて! 』
『はい! 目覚めるパワー! 』
するとピカチュウさんに淡い光が纏わりつき、すぐに雲散する。この事を身をもって感じたはずの彼は一歩前に出、僕の方に振りかえる。こう僕に呼びかけてから、羽織っている白衣を靡かせながら二足で駆け出した。
僕は首を縦に振ってから、瞬間的に後ろ足に力を入れ、走り始めた彼に続く。風を切りながら口元にエネルギーを溜め、そこで氷の属性に変換する。僕が四足でピカチュウさんが二足で走ってるけど、右に握り拳を作っている彼の方がかなり速かった。
『ティル君、そんな状態で戦わせてごめん! 』
『ゆっ、ユウキさん…、そのサン…』
『ちっ…、まだ生き…』
『気合いパンチ! 』
『ぐゎぁッ…! 』
良かった、ティルさん、まだ耐えてた。僕達がふたりで話している間に、いつの間にか敵の増援が来ていたらしい。僕の氷の球はヘルガーじゃなくて、その近くを飛び交っていたヨルノズクに命中。これまでにダメージが溜まっていたらしく、一発で倒すことができた。
僕の前を走っていたピカチュウさんはというと、握り拳を作ったまま、前の方にいるティルさんにこう呼びかける。ティルさんは足取りがかなりふらついていてかなり危ない状態だったけど、僕達の方に振りかえらずに答える。だけどピカチュウさんはティルさんの返事を待たず、その左側を通り過ぎる。その反対側から見てみると、ピカチュウさんは走る速度を緩めずに、ティルさんの前に跳び出す。稲妻を描く様な軌道で距離を詰め、ヘルガーの一メートルで斜め上に跳ぶ。空中で体勢を整えて、拳を下顎に思いっきり振り上げていた。
『スピードスター! ティルさん、僕です! イーブイのコットです! 』
『コット…、君…? 』
『そうです! 電光石火』
そっか! ピカチュウさんはずっとこの技の準備をしてたんだね? それなら僕は、この技で援護すればいいかな。彼が拳を顎にヒットさせたタイミングで、僕はティルさんの横を通り抜ける。口元にエネルギーを凝縮させながら駆け抜け、殴られた直後の相手を狙う。相手の正面を位置取ってから発射すると、五十センチぐらい飛んでから五つに弾ける。三つがのけ反るヘルガーの方へ飛んでいき、残りは別の敵に命中していた。
進化した時にピカチュウさんしかいなかったから、当然僕が誰なのか、ティルさんは知らないはず。だから僕は五つの流星を放ってから、肩で息をしているティルさんの方をチラッと見る。彼がよく知っている、元々の僕の種族名を出す。すぐに正面に向き直ったからわからないけど、たぶん首を傾げていると思う。確かめるように訊いてきたから大きく頷き、すぐに技を発動させて走り始めた。
『十万ボルト』
『くっ…。ガキが…』
『確かに僕はまだ十三ですけど、ジムを巡っているんです! まだ子供だからって、甘く見ないでください、目覚めるパワー』
『グゥッ…』
よし、効いた! 見た感じヘルガーはかなり消耗しているみたいだから、僕は躊躇なく正面から突っ込む。もし火炎放射とかで抗ってきても、電光石火を発動させているから、すぐにでも対応できる。おまけに退いたピカチュウさんが、あの電撃で援護してくれている。だから僕は、ふらつく相手に頭から体当たりした。
ダメージを与えたことで少し圧し、相手を飛ばした五十センチぐらい手前に着地する。すぐに僕は左に跳び、相手の正面から離れる。するとそこを高圧の電流が駆け抜け、怯むヘルガーを捉える。さらに僕が氷の弾を撃ちだし、至近距離で命中させる。ここで僕は反撃を警戒し、バックステップで二メートルぐらい跳び下がった。
『トドメの気合いパンチ! 』
『ッ…! 』
僕と入れ替わるように、ピカチュウさんがヘルガーとの距離を詰める。今度は斜めに跳ばずに、右側に回り込む。種族特有の小ささを生かして、脇腹にあたる部分に重い一撃を与える。かなり力をためていたらしく、ピカチュウさんはかざした拳を振り抜いていた。
『電光せ…』
『コット君、もう攻撃しなくてもいいよ』
『えっ、でも…』
『僕の方はもう大丈夫だと思うから、コット君の仲間の方に行ってあげて』
フィフさんの仲間だからかな、進化してなくても凄く強いよ! 僕は電光石火で追撃しようとしたけど、強力な一撃をヒットさせたピカチュウさんに呼び止められる。慌てて足を止めると、ちょうどピカチュウさんが僕の方に駆け寄ってきているところだった。呼び止めた彼は僕の前に出て、こんな風に説得してくる。別の方で戦っている一段の方を見、頼みこんできた。
『…はい! 』
そっか。こっちにはティルさんもいるし、ピカチュウさんもまだまだ戦えそうだもんね。僕は少しだけ考えた後、すぐに頷く。僕自身言いたいことがあったけど、彼の指示にしたがった方が良さそうな気がする。だから僕は彼に大きく頷き、それに従うことにする。別の場所で戦っている仲間の場所を目で確認してから、前足と後ろ足、両方に力を込めた。
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