Quarante et six 予感
Sideコット
『あっ、そういえばユウキ? 』
「ん? シルク、どうかした」
『ユウキのあの石って、まだあるかしら? 』
あれからぼく達は、外で話すのもアレだからって事で、ユウキさんの部屋に入れてもらった。外から見た通り棚とかが壁際に寄せられてたから、体が大きいフライさんが入っても結構な広さがあった。広さ的にはセンターの部屋ぐらいで、七〜八畳ぐらいだと思う。思った以上に広かったからフィフさんに聴いたんだけど、コガネ大学の他の教授さんの部屋もこのぐらいらしい。流石にここまで整理されている部屋は珍しいらしいけど…。それから、今はぼくたちがいるから、部屋の真ん中には折りたたみ式でサイズが違う机が二つ置かれている。普段は部屋の邪魔にならない場所に片づけてあるみたいだけど、結構使い込んでいるみたいで所々にシミとか傷が見られた。机自体の高さは、一つはぼくの目線ぐらいの高さで、もう一つはティルさんの腰ぐらい。腰を下ろすとサイズが合わなかったけど、前足を机についた状態で立ち上がると丁度いい高さだった。
そんな即席の客間で話していると、フィフさんが思い出したようにユウキさんに話しかける。卓上の木の実越しに、ぼくの方をチラッと見てから質問していた。
「結局使わなかったから、あるけど? 」
『石…? ユウキさんのって事は、シルクが作ったのではなさそうな気がするけど…』
『これまで色んなものを創ってきたけど、流石に進化の石まではできないわ。ティル君は聴いてないと思うけど、コット君が進化したいって言ってた種族と合うモノを、偶々ユウキが持ってたのよ』
『ってことは、コット君はあの種族になりたいんだね? 』
『はい! 』
だってあの種族になるためには、あの石を使わないといけないもんね! フィフさんが作ったモノっていうのも気になったけど、とりあえずぼくはオレンの実をかじりながらこう頷く。これは訊かないと分からないけど、ユウキさんが持ってるって事は、元々フィフさんが使う予定だったのかもしれない。確かにフィフさんは、関わってる伝説の能力のお陰とはいえ、その属性の技を使う事が出来る。あくまで予想でしかないけど、間違いじゃないかもしれない、ぼくはこう思った。
『進化の石っつぅー事は、コットがなりたい種族はブースターかサンダース、シャワーズのどれかって事だよな? 』
『そうだよ! …じゃあフィフさん、森を出てから返すの忘れちゃってたから、今返しますね』
だってもう薄暗い森を出たから、突然進化する事もないからね。今日は眩しいっていうぐらい天気が良いとも言えないし…。ぼくたちのこの話を聴いていたヘクト君は、好物らしいクラボの実を食べながら口を開く。机との高さが合ってなくて食べづらそうだったけど、彼は予想を交えてぼくに訊いてきた。だからぼくは、そうだよって感じで彼の問いに頷く。そこでぼくは別のとを思い出したから、持っている変わらずの石を机の上に出し、こう付け加えた。
『そうだったわね。つぶらな瞳を使えたら話は別だけど、コット君には関係ないわね』
『そういえばテトラはそれが使えたから、ニンフィアになったんだよね。テトラが進化した時は俺もまだフォッコだったから、今思うと懐かしいよ』
「ティル君達と初めてあったのも、そのぐらいだったっけ。確かニビシティだったよね」
二ビシティって確か…、カントーにある町だったっけ? 何か話が逸れていった気がするから、ぼくはそれに何となく耳を傾ける。ぼくとヘクト君以外のみんなが懐かしそうに話しているから、相当昔の事なんだと思う。話に出てきた町の事はよく分からないけど、ちょっと前にテレビで聴いた事がある町。うろ覚えだったけど…。
『そうそう。二ヶ所目のジム戦で負けた直後だったから…、ん? 』
あんなに強いティルさんでも、負けた事があったんだ…。いつの間にか話の中心になっていたティルさんは、訊いてきていたユウキさんにこう答える。その時の事を鮮明に覚えているみたいで、内容が内容だったけど明るく話を続けていた。だけどティルさんは、話の途中で何かに気付いたらしい。大きな耳がピクッと動いたかと思うと、ハテナを浮かべながら窓の外の方に目を向けていた。
『ティルさん、どうかした? 』
『部屋に着いた時、外ってこんなに騒がしかったっけ、って思って…』
「外が…? 」
ここって大学の中だから、気のせいだと思うけど…。何か今日って入学式だったみたいだし。そんなティルさんに一番早く気付いたのは、テーブルは違うけど一番近くにいるヘクト君。ヘクト君は不思議そうに見上げ、すぐにティルさんに尋ねる。それにティルさんは、気のせいかもしれないけど、って呟いてからこう言っていた。
『うん。今は新入生に向けたサークルの勧誘をやってるって聴いてるけど、ここまで賑やかになるのかなー、って思ったんだよ』
『うーん…、言われてみればそんな気もするわね。運動部は街の反対側で、演劇部と音楽部とかは中央のサークル棟…。この辺りでの勧誘は終わってるはずだから…』
「何かあった、って考えるのが自然だね…」
『そう、だよね。もういるはずだけど、スーナもまだ帰ってきてないし』
そういう、ものなの? ティルさんとは同じタイミングで聴いたけど、言われてみればそんな気もしてきた。フィフさんはティルさんの一言で何かを考え、絞り出すように呟く。運動部とか中央とかって言ってたから、フィフさんは多分大学の全体を思い浮かべていたんだと思う。今日の予定みたいなものと照らし合わせながら、自分の考えを言っていた。
フィフさんは語尾を濁していたから、ユウキさんがその部分をハッキリ呟く。そこにフライさんがこくりと頷き、部屋の時計をチラッと見る。途中で出てきたスーナっていう名前が気になったけど、このひともたぶんフィフさんの仲間だと思う。そうよね、ってフィフさんが心配そうに呟いてたから、間違いなさそうだった。
『エンジュからなら三十分もあれば飛んで帰ってこれるはずだから、その可能性が高いわね…』
『だね…。ユウキ、大丈夫だとは思うけど、ちょっと見てくるよ』
「ありがとう。本当は僕が直接確認するのが一番いいんだけど、一時間後に会議があるからなぁ…。だからシルクも、代わりに行ってきてくれる? 」
『浜の方よね? わかったわ』
飛んでくるってことは、飛行タイプなのかな? フィフさんも時計の方を見上げ、こんな風に呟く。そのままフィフさんは視線をユウキさんの方に変え、推測混じりにこう言う。一方のフライさんは一度頷き、言うより先に動き始める。大きいテーブルから迂回するように離れると、戸の前で一度こっちに振り返る。そのままトレーナーのユウキさんに提案し、すぐに外に出る。そのフライさんにユウキさんは、窓越しにこう答える。この時は背中しか見えなかったから分からないけど、たぶん苦い表情をしていたんだと思う。それから彼はふと振り返り、フィフさんにこう尋ねる。それにフィフさんはすぐ頷き、身軽な動きで戸の方に駆けていった。
「頼んだよ」
揃って外に出たふたりは、渡り廊下の真ん中ぐらいまで移動する。出たすぐのところでも行けそうな気がするけど、フライさんの中では何かがあるのかもしれない。ユウキさんがこう言ったぐらいのタイミングで、フィフさんはフライさんの背中に跳び乗る。ほぼ同時に頷くとこっちをチラッと見、フライさんはターンッ、と地面を蹴る。大きな翼を思い切り羽ばたかせ、ビルの谷間を滑空していった。
『ユウキさん、俺も行った方がいいですか? 』
「ううん、ティル君は僕とここに居て。多分僕一人でも何とかなると思うけど、ブランクがあるからなぁ…」
『ユウキさんが、って…。他にも誰かいるんですか? 』
『いるんなら、この部屋に来てるはずだよな』
他にも仲間がいるって言ってたから、そのひと達の事かな…? フィフさん達に続いて部屋の外に出た、ぼく達は、飛び去るふたりの背中を見送った。そのふたりを見ていると、ティルさんが突然こう話し始める。ティルさんはたぶん、何かあった時のために人手は多い方が良い、そう思っているんだと思う。だけどそれにユウキさんは、すぐに首を横にふる。実質足元にいるぼく達をチラッと見、すぐにこう続ける。その中に気になる言葉、って言ったらいいのかな? ユウキさんは変な言い方をしていたから、ぼくは上を見上げてこう尋ねる。今気づいた事だけど、襟元にフィフさんとお揃いの金のバッチを付けていた。そういえばフィフさんが治安組織の一員だ、って言ってたから、たぶんそれの証だと思う。しかも金色だから、結構偉い人なのかもしれない、ぼくは率直にこう思った。
「まぁね。一応学内の図書館に行ってるメンバーがいるけど、気付かないかもしれないね。…そうだ、念のため君達が使える技、教えてくれる? 」
『えっ、ぼく達のですか? 』
「うん」
『ええっと、手助けと電光石火、スピードスターと氷タイプの目覚めるパワーです。ヘクト君はスモッグと火の粉、噛みつくと袋叩きだよね? 』
『おぅ。ティルさんも入れると三にんだから、結構な威力が出るかもしれねぇーな』
図書館って静かだから、逆に気づきそうだけど…。それに図書館に行ってるってことは、そのひとも文字が読めるのかもしれないね。曖昧な返事がちょっと気になったけど、ぼくのその感想はすぐに払しょくされる。ユウキさんは図書館があると思われる北の方に目を向けながら、そのひとの事を考えているらしい。普段からそうみたいで、うっすらと笑いを浮かべながら話を続けていた。
そうかと思ったら、ユウキさんは急に話題を変えた。ぼくとヘクト君の方を見下ろし、こう訊いてきた。あまりに急な事に変な声を出しちゃったけど、流れに身を任せるような感じで使える技を言う。ぼく自身のを言ったついでだから、そのままヘクト君のも伝えておいた。
「ありがとう。ティル君は、三年前と変わってる技はある? 」
『基本は戦法も変わってないんですけど、三年前ならマジカルフレイムを瞑想に換えて…』
『うわっ…! 』
『くっ…』
ぼく達に聴いた後、ユウキさんはティルさんにも同じことを質問していた。だからティルさんは、たぶんその当時の事を思い出しながら答える。三年前といえばぼくがまだ十歳の時だから、相当昔の事だと思う。そのままテイルさんは、換えています、そう言おうとしていたと思うけど、それは叶わなかった。何故なら、突然どこからか強い風が吹いてきたから…。最初はビル風かなー、って思ったけど、この感じは自然のものではなさそう。それにビル風なら下から吹いてくるはずだけど、何故か今は斜め上…、街の中心の方から吹いてきた。だからぼく達はもちろん、ティルさんと人間のユウキさんも狼狽えてしまう。ふたりは何ともなさそうだけど、小さいぼくとヘクト君にとっては、気を抜くと飛ばされてしまいそうな強さだった。
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