Quarante et cinq 種族を超えた絆
Sideコット
『フライ、このまま部屋の方まで飛んでもらっても、いいかしら? 』
『そうだと思ったよ。任せて! 』
フィフさんのサイコキネシスで浮かされて、足が地面から離れたタイミングで横を見ると、ちょうどティルさんもふわっと浮き始めたところだった。その間にフィフさんは、乗せてもらっているフライさんに、こう頼んでいた。フライさんはまるで、こう訊かれる事を分かっていたかのように、ほぼ即答で頷いていた。
『じゃあ、いくよ』
『おぅ』
見えない力で引き寄せられた時、ぼくは急に引っ張られてそれでころじゃなかったけど、フライさんはこんな風に声をあげる。一メートルぐらい持ち上げられた位置から見ると、フライさんは勢いよく地面を蹴る。同時に背中の翼を羽ばたかせることで、軽い動きで飛び上がっていた。
『すっ、凄い。サイコキネシスって、こんな事も出来るんですね』
『そういえばコット君って、こうして飛ぶのは初めてだったよね』
『でもこれは一般的な使い方だから、そうでもないわ』
いやでも、それでも凄いと思うよ! フィフさんの技で浮かされているぼくとティルさんは、羽ばたいて高度を上げているフライさんを追うように移動させられる。ビルで言うと四階ぐらいの高さになると、フライさんは地面と平行になるように軌道を変える。どういう原理なのかは分からないけど、浮かされているぼく達も同じように風を切る。そこそこのスピードで飛んでいるらしく、道を行く人たちがあっという間に後ろに流れていた。
『さぁ、着いたよ』
『えっ、ここ? 』
フライさんの背中でフィフさんが謙遜? してると、フライさんは急に飛ぶ速度を落とし始める。滑空するように高度も落としたかと思うと、そのままフライさんはある場所に降り立つ。ぼくはてっきりビルの入り口か、屋上のどちらかに降りると思っていた。それはフィフさんと同じく背中に乗せてもらっている、ヘクト君も同じことを思っていたらしく、頓狂な声をあげてしまっていた。
その場所というのは、ビルに挟まれた道路の上を横断する連絡通路。一階部分は完全に空洞になっていて、そのまま通り抜けられるようになっている。実際に行き来するのは二階らしく、完全に室内になっている。で、フライさんが着陸したのが、その更に上。正面からの潮風が気持ちいい、いわゆる吹きさらしの部分だった。
『そうよ。偶々連絡通路の入り口の上の部屋をもらえてね、折角だから有効活用させてもらってるのよ』
『たまに大きい荷物とかを運んだりもするからね、凄く助かってるんだよ』
そうなんだー…。遅れてぼく達もそこに降り、見えない力からも解放される。完全に技の効果が無くなったタイミングで、フィフさんは背中から跳び下りながら頷く。そのままぼくから見て右の方を向き、目でその場所を示す。すぐにぼく達の方に向き直り、パッと明るい声でこう言った。そこにヘクト君を降ろし終えたフライさんが加わり、補足説明みたいなことをしてくれた。
『そっか。ユウキさんも化学者だ、って言ってたから、機材とかを運び入れるためだね? 』
『そんなとこかしら。…ユウキ、今戻ったわ』
よく分からないけど、学者も大変なんだね。そんな感想を抱きながら、ぼく達は連絡通路の上を渡っていく。三階に位置する高さだから、それなりに眺めはいいと思う。右側はさっきぼく達が通ってきた、ビルに挟まれた道路。今気づいたけど、サラリーマンとかよりも学生さんの方が多い気がする。その中にちらほらとスーツを着て何かを持っている人もいるから、ひょっとすると今日は式典か何かがあったのかもしれない。反対側に目を向けると、一般的な窓五、六枚分ぐらい先まで同じような道が続く。そこを抜けると一気に視界が開け、ちょっとした海岸が姿を現す。ビルで遮られて見にくいけど、たぶん広めの砂浜が広がっていると思う。ビル風で聞こえにくいけど、微かに波が聞こえる様な気がした。
そんな趣のある景色を見ながら六メートルぐらい歩くと、連絡通路の上だから当たり前だけど、すぐに壁に突き当たる。その部分にも窓…、いや、引き戸って言ったらいいのかな? たぶん清掃用の通用口に、フィフさんは右の前足をかける。その状態で扉を開けながら、部屋の中にいるらしい誰かに声をかけていた。
『仕事中、だったかな? 』
うーん、どうなんだろう…。フライさんは引き戸のとなりの窓からだけど、ぼくはフィフさんが開けた戸の方から中を覗いて見た。その中は、一言で言うなら書斎、っていう感じ、かな。入り口を隠すように本棚が設置してあって、壁側に書類棚がズラッと並んでいる。部屋の真ん中には何も置いてなくて、窓際にはオフィスにあるような机と椅子が一セット。椅子を窓側にしているから、そこからだと部屋の中を見渡せそう。仕事中だったらしい若い男の人が、丁度フィフさん達の呼びかけに気付いて立ち上がろうとしているところだった。
「おかえり。新入生のオリエンテーションが終わったところだったから、ちょっと一服してたところだよ」
ん? 今、フライさんの声に答えた、よね? 立ち上がったその人は、こう言いながら振り返る。座ってる時は見えなかった白衣を風に靡かせる彼は、確かに、こう返した。最初はフィフさんかティルのテレパシーかと思ったけど、この人はたぶん、フライさんに答えたんだと思う。テレパシーなら頭の中に声が響くはずだけど、さっきはそれが無かった。この人が言った事からしても、間違いなさそうだった。
「それにティル君も、久しぶりだね」
『うん、お久しぶりです。シルクから聴きましたよ、ユウキさんって、大学の教授になったんですよね』
「まだ助教だけど、似たようなものかな」
『学内での権限が違うだけだから、そうかもしれないわね』
やっぱりティルさんも、フィフさんのトレナーの事を知ってたんだね? 白衣のボタンを全部締めている彼は、ティルさんにも同じように話しかける。ティルさんが丁寧語を使ってるのにはちょっと違和感があるけど、それでも親し気に応じていた。ぼくもフィフさんからそうだって聴いてたけど、もしかするとティルさんもそうだったのかもしれない。その人の方を見、すぐに訊き返していた。
「そうなるね。ええっと、君達ははじめまして、かな」
『おっ、おぅ』
フィフさんが補足をした後、その人はこくりと頷く。かと思うと、彼はぼく達の方に視線を落とす。その時に初めて気づいたけど、彼の右の二の腕には青い布みたいなものが結ばれていた。視線を落とす彼は小さいぼく達を見るなり、こう話しかけてきた。大学の教授に話しかけられたっていうのもそうだけど、それ以前に普通に話しかけられたことに驚いてしまった。
『あっ、はい。ええっと、もしかして…、ぼく達の言葉、分かるんですか? 』
何となくそんな気はしてたけど、そう言う事だよね? ぼくも思わず変な声を出しちゃったけど、スルーする訳にもいかないから、とりあえず頷いておいた。それ以上に気になる事があったから、ぼくは割り込まれる前に口を開いた。確信は無いけど、わざわざぼく達に訊いてくるのなら、間違いではないと思う。ぼくの中ではほぼ確定しているけど、確信はしてないから尋ねてみた。
「公には公表してないんだけど、確かに分かるよ」
『はぁっ? 嘘だろぅ? 人間に…』
『でもヘクト君、よく考えてみて。さっきこの人が言った事、ぼくの声が聴こえてないと答えられないでしょ? …フィフさんかティルさんが、テレパシーで伝えてたら話は別だけど』
やっぱり、そうだと思ったよ! 確かユウキっていう名前の人は、予想通りの事を言ってくれた。これまでは少し霧がかかったような感じだったけど、そのお陰で一気にモヤモヤが晴れた様な気がした。
ぼくはこれで確信できたけど、ヘクト君はまだ信じれてないらしい。あり得ない、って言いたそうに声を荒らげ、一番近くにいるフライさんを問いただそうとしていた。だけどその前に、ぼくがその彼を遮る。これで信じてくれるかは分からないけど、根拠になる事を基に、こう説明してあげた。
『それとフィフさんのトレーナーって事は、ユウキさんって、伝説に関わってるんですよね』
「シルクから聴いたんだね。そうだよ。ええっと…」
『前に話した、従兄弟のコット君よ』
だってフィフさん、森で言ってたしね、トレーナーが伝説に関わってる、って。それ以外にも思い出した事があったから、ユウキさんの事を言ったついでに訊いてみた。これは直接フィフさんから聴いた事だから、確実。だから当然、ぼく達の言葉がわかる彼は大きく頷いてくれた。その彼はぼくに話しかけようとしてたけど、そこで詰まってしまう。すぐに自己紹介しようとしたけど、それは彼の一番近くにいたフィフさんに先を越されてしまった。
「あぁ、君がコット君なんだね? 妹から聴いてるよ、君達もジョウトを旅してるんだよね? 」
『はい! 森ではぐれちゃったんですけど、キキョウとヒワダのジムは突破しました。…でも妹って、どういう事ですか? 』
知ってるって事は、フィフさんから聴いたのかな? どうやらぼくの名前だけは知っていたらしく、フィフさんの紹介で、ユウキさんの中で何かが繋がったらしい。一瞬かかっていた表情の霧が、一瞬で払拭されていた。そのままユウキさんは、チラッとフィフさんを見、すぐにぼくに視線を戻す。それにぼくは大きく頷き、そのままの勢いで進捗状況を話した。言い切ったけど別の事が気になったから、続けてこう尋ねてみた。
『震災で独りになった私を彼が拾ってくれた、ってことは分かるわね? 』
『はい。お父さんが知らなかったから、そうなのかなーって』
『なら話しが早いわね。拾ってくれたユウキとそのご両親は、独りになった私を看てくれたのよ。そのうちに、ユウキに兄弟がいなかったって事もあって、いつも一緒に過ごしたわ。言葉は伝わらなかったけど…、そうね…、例えるなら、本当の妹のように、っていう感じかしら? 当時私が四歳でユウキも六歳だったから、一緒に育ったって言っても過言ではないわ』
『一緒、に…? 』
一緒って事は、フィフさんも…。だから、色んな事を知ってるのかも。正直言って言ってくれるかは分からなかったけど、ぼくの予想に反してフィフさんはすぐに答えてくれた。フィフさんは時々ユウキさんの方を見上げながら、自分の事を淡々と語ってくれる。途中で明後日の方向に目線だけを向けてたけど、すぐにぼくの方に戻す。短くまとめたり例えを考えていたらしく、少しトーンを上げて話しきっていた。
「そう。厳密にはポケモンと人だから違うけど、血の繋がりなんて関係ない。大切なのはそのひととどう過ごし、どう思いあっているか。絆は互いの種族を選ばないからね」
うーん、ちょっと話が難しいけど、何となく分かるような気がする。っていう事は、ぼくとカナも、きょうだい、って言ってもいいのかな…? きっかけは違えど過ごしてきた環境が似ているフィフさんに、ぼくは更に親近感を感じた。何か哲学っぽくなったけど、ユウキさんの話はすぐに納得する事が出来た。そうなると考えるのは、やっぱりカナの事。ぼくもカナとはいつも一緒だったから、そうなるんだとぼくは思った。
Continue……