Trente et huit 調査中での…
Sideライト
『君達って、ここの森に住んでるんだよね』
『うん、僕らはこの森の生まれやからね』
『その代わりに、この森からは出たことないんやけどね』
ティル達と別れてから三十分ぐらい経って、わたし達達はこの森の出身だっていう兄弟に出逢った。わたしは会話に乗り遅れちゃったけど、聞いた感じではベイリーフの彼がお兄さんで、チコリータの彼女が妹らしい。喋り方に気を取られちゃってたけど、何かラフといい感じで馴染んでいるみたい。これは後で知った事だけど、ラフとは年が近いみたいだから、それなりに会話に華が咲き始めていた。
「ええっと、ちょっとだけ…」
「あっ、ライトさん! 」
「ひゃっ…。なっ、なに…?」
「ライトさんもウバメの森に来てたんですね。ラフ? しか見当たらないけど…」
びっ…、びっくりした…。ちょっとだけ訊いてもいいかな、そういう風に会話に入ろうとしたけど、わたしはそうする事ができなかった。いいかな、って言おうとした丁度その時、後ろの方から突然わたしの事を呼ぶ声が聞こえてくる。あまりにも急すぎたから、わたしは驚きのあまり、変な声を出してしまう。周りが暗いせい、っていうのもあるけど、わたしの鼓動は早鐘を打つことになってしまった。
「うっ、うん…」
『やっぱり、急に話しかけない方がよかったんじゃあ…』
『んでも気付いてもらえたからいいんじゃなの? 』
「ってことはライトさんも、はぐれたんですか」
「ううん、わたし達は別行動で調査中。…でもカナちゃん、コット君の姿が見えないんだけど…、どうかしたの? 」
ドキドキしながらそっちの方に振りかえると、そこには見知った女の子…。幽霊とかだったらどうしようかと思ったけど、それは杞憂に終わった。一昨日知り合った新人トレーナーのカナちゃんが、少し焦った様な感じで話しかけてきたところだった。その彼女の傍にいたのは、何故かそわそわしているラプラスと、その彼女とは対象的に、気にしてなさそうなピジョン…。あっ、もしかすると、昨日のラプラスはこの子かもしれない。それにカナちゃんのピジョンって事は、進化したんだね、この瞬間、私は率直にこう思った。
だけどわたしは、また別の事に気付く。それは、彼女のパートナーであるイーブイの姿が見当たらないって事。似たようなことを先に訊かれたから、とりあえずわたしはこう答えておく。その後でわたしは、いつもいるはずの彼女のパートナーの事を尋ねてみた。
「あっ、そうですよ! 森に入った時までは一緒にいたんですけど、急にいなくなっちゃったんです…」
『ウバメの森、迷いやすいって聞いてたんだけど、私達、話に夢中になってたから…』
『おれもこれだけ暗いとあまり見えないからなー…』
「そういえば、ジムリーダーも言ってたっけ。ピジョンのきみが言う通り、この暗さなら、ね」
そういえば、そんな事言ってたっけ? 森のひと達は手強い、とも言ってたような気もするけど…。たぶん忘れては無いと思うけど、彼女はまるでハッと思い出したように、短く声をあげる。彼女は気が気でないという様子で、こう迫ってくる。パートナーだから尚更心配だよね…、そう思っていると、ラプラスの彼女も不安そうにこう言う。彼女の事は、まだよくは分からないけど…。で、一方のピジョン…、確かイグリーっていう名前だったと思うけど、彼も彼なりにコット君の事が心配らしい。何か飛行タイプの自虐っぽくなってるけど、彼も気が気でない、っていう感じだった。
『えっ、イグリーがって…、もっ、もしかして、お姉さん、私達の言葉、分かるの? 』
「うん。君達の仲間のコット君も、文字が書けるんでしょ? 」
『まぁね。コットのお陰で、おれ達もカナに言いたいことを言えてるからな』
「はい。スクールに通ってた時に、ウツギ博士の勧めで教えたんです」
だってわたし、ラティアスだもんね。わたしがピジョンの彼に答えた事に気付いたらしく、ラプラスの彼女は恐る恐る、わたしに訊いてくる。そんなに慎重にならなくてもいいような気がするけど、わたしはとりあえず、そうだよ、とにっこり笑いかけながらこう答えた。
「そうなんだ。…でもカナちゃん、ごめんね。わたし達、この森に入ってから三十分ぐらい経ってるけど、コット君は見てないなぁ…」
「そっか…。…コット、本当にどこに行っちゃったんだろう」
近くにいたんなら見てるはずだけど…、見かけてないもんね…。そもそも、イーブイがいるなら、すぐ気付くはずだし…。テトラとラフから聴いて知ってはいたけど、とりあえずわたしはこう答えておいた。確かキキョウのセンターで会った時、そう言ってたっけ…、そう思い出し、すぐに頭をその話題から元に戻す。力になれない事を申し訳なく思いつつ、わたしはこう答える。それにカナちゃんは、やっぱり残念そうに、呟く。コット君はカナちゃんににとってはパートナーだから、相当辛いはず…。わたしが予想するまでもなく、彼女はかなり落ち込んだ様子だった。
「…カナちゃん」
…こうなったら、そうするしか、ないよね? …いや、力になってあげなきゃね! もしわたしがカナちゃんなら、氷タイプの技をずっとくらい続けるぐらい辛いと思うし…。それにわたしだって、もしもティル達とかシルク達、それにヒイラギが行方不明になった、って言われたら、絶対に耐えられないし!
「わたし達の調査と兼ねる事になるけど、コット君を探すの、手伝うよ? 」
「ほっ、本当ですか? 」
「うん」
ひどく落ち込んだカナちゃんに関して、わたしはしばらくこう考える。これがわたしの事だったら耐えられないから、力になってあげたい…、すぐにこういう想いに満たされる。すぐにわたしは優しくこう提案すると、目元にうっすらと涙が浮かんでいたらしく、彼女は目元を拭いながら顔を上げる。その彼女の肩を優しく撫でてあげながら、にっこりと笑いかける。心なしか彼女の表情に、若干だけど光が戻りはじめてきたような気がした。
「ひとりでも多く一緒に探せば、すぐに見つかるかもしれないでしょ? 君達も、そう思うよね」
『えっ、あっ、うん。こっ、こんなに暗いところでひとりって、本当に寂しいから…』
『だよな。ネージュが言うんなら、尚更だよな』
「なら、決まりだね」
ラプラスのこの子に何があったのかは分からないけど、普通ならそうだもんね。急にわたしに話をふられて戸惑ってたけど、ネージュって呼ばれた彼女は、こくりと頷く。ほんの一瞬表情が暗くなったような気がしたけど、彼女はこう答えてくれた。イグリー君は、そんな彼女に賛同するかのように、同じく首を縦に振っていた。
「ありがとうございます! 」
「困った時は助けるのが普通でしょ? じゃあ、い…、あれ? 」
そうと決まれば、早速捜索開始だね。わたしの提案が相当嬉しかったらしく、雨がぱらついていた彼女の表情が一気に晴れ渡る。その輝きは、薄暗い森を明るく照らすんじゃないか、そう思わせるほどだった。まさかここまで喜んでくれるとは思ってなかったけど、直角に近いぐらいまで腰から頭を下げている彼女に、もう一度にっこりと笑いかけた。
そういう事で、止めていた足を動かそうとしたけど、わたしはある事に気付く。わたし達の話に入ってなかったラフに、お待たせ、そう言おうとしたけど…。
『…えっ? 全然効いてへんの? んなら、葉っぱカッター』
『狙いは、いい感じだね』
いつの間にか始めていたらしく、ラフとベイリーフの彼は、ちょっとした手合せをしていた。…いや、ラフが彼の技を視ている、って言った方が良いのかな? ラフは彼が飛ばした緑の刃を、かわさずに食らっていた。
『バトル…、なのかな? 』
『んだけどバトルにしては、一方的じゃないかな』
「どういう流れでこうなってるのかは分からないけど…、ラフ、お待たせ」
『だけどいりょ…、あっ、ライト、終わったね? 』
やっぱり、そうだったんだね? ラプラスの彼女は、見ただけですぐわかると思うけど、自信なさげにこう言う。わたしが見る限りでは、分かってはいるけど、確信できていないような…、そんな感じ。そんな彼女にイグリー君が、こんな風に後押しする。軌道修正、みたいな感じで、彼女の考えを後押し? していた。
一方のわたしは、この状況に首を傾げつつ、改めてラフに話しかける。技を視ている最中だから、もう少し待った方が良かったかな…、そう思ったけど、どうやらそうでもなかったらしい。むしろ待たせていたのはわたしの方だったらしく、ラフはすぐに気づいてくれた。何か予め決めていたことがあったらしく、視てもらっていたベイリーフの彼も、すぐに技を中断していた。
「うん。ごめん、待たせちゃったかな」
『ううん、私も技の調整ができたし、フッ君の実力とかも視れたから、丁度良かったよ』
「ふっ…、君…?」
『フルロっていう名前なんだけど、ベイリーフの彼の事だよ』
へぇー、ベイリーフのこの子、フルロっていう名前なんだー。…何かいつの間にか、凄く仲良くなってるけど。この感じだとそう言う事だと思ったから、待ってくれていた彼女に、わたしはこう謝る。だけど彼女は、気にしないで、と言いたそうに顔を左右にふる。例の彼とわたしの間で視線を行き来させながら、彼女は砕けた笑いを見せてくれた。あまりに急な事にわたしは状況が呑み込めなかったけど、すぐに説明してくれた。
『お姉さんのこと、きいとるよ? わたし達の言葉わかるんやんね? 』
『ラフちゃんから聴いたで。ホウエンの出身なんやんね』
「えっ、うん…」
「ライトさん、この子達、何て言ってたんですか? 」
「わたしの事、ラフから聴いた、って」
えっ、らっ、ラフ? いきなりすぎてまともな返事が出来なかったけど、チコリータの彼女はそうでしょ? ってわたしに尋ねてくる。立て続けにフルロっていう彼も、同じようにわたしに問いかける。訛りかきついけど、いきなりだったって事もあって、わたしは空返事しか出来なかった。そんなわたしに、今度はカナちゃんが質問する。頭が状況に追いつけていないけど、とりあえず、こう答えておいた。
「ライトさんの事を? でも、どうして? 」
『…お兄ちゃん』
『うん』
ラフの事なら分からないでもないけど、何でわたしの事を? カナちゃんもわたしと同じような事を思ったらしく、言葉は分からないけど、その彼に直接こう問いかける。すぐに応えてくれるのかと思ったけど、彼らはわたしの予想とは全く別の反応をする。彼らは自身の兄妹と視線を合わせる。意味ありげに互いに頷くと、ベイリーフの彼は、何かを決心したかのように、こう話し始めた。
『…ライトさん、僕を旅のメンバーに入れてくれんかな? 』
「…はい? 」
ん? 今、何て言った?
『僕この森から一回も出た事ないで、いつか出てみたいって思っっとったんよ。そんでラフちゃんともっと話したいし、もっと強くなりたい! やから、ええかな』
『フッ君、森のひと達以外とも戦って、親友に勝ちたいみたいなんだよ』
「親友に、かぁー…」
何か似てるなぁ…、昔のわたしに…。あの時はほぼ五分五分だったけど、ちょっとだけフライの方が上だったもんなぁー…。彼は真剣に、だけどかなり訛った喋り方で、こう語る。そんな彼の姿が、何故か昔の自分に重なって見えたような気がした。思い出と共に考えた結果、わたしは、ほぼ即決で、ある決断をする…。それは…。
「わかったよ。これから色んなことがあると思うけど、よろしくね」
彼をメンバーに迎え入れる事。彼の頼みを快く承諾し、わたしはその契約書とも言える赤と白の球体を荷物から取り出す。そして弧を描いてわたしに投げられたそれは、コツッ、と薄暗い森に軽い音を響かせることとなった。
Continue……