Trente et cinq 第二の課題
Sideライト
「…そうなんだ。なら、仕方ないね」
『そうね。私達も仕事だから、また日を改めましょう』
『そうだな。ライトさん、また会おうな』
うん。わたしもこれから予備試験だし、その時になるよね。ほんの短い時間だったけど、わたしは少しだけ、彼の事が分かったような気がした。わたしがウィルさんに一目惚れしたっていうのもあるけど、彼と少しだけ距離が近くなった。あの後で聴いた話だけど、彼はわたしよりも一つ年下で、妹がいるらしい。知っている同族はみんな年上で、ヒイラギは同い年だから、年下だって分かって嬉しくもあった。それに彼の話によると、彼はフスベシティで育ったらしい。フスベと言ったら竜の里っていうイメージが強いけど、もしかしたらそれと関係があるかもしれない。町の全員が知っているわけではないけど、ジムリーダとその親族、それから新聞社の一部の人間だけが、彼らの正体を知っているのだとか。時間が無くてこれだけしか訊けてないけど、ジムがあるならその時に尋ねてみよう、わたしは率直にそう思った。
「うん。…じゃあ、またその時に」
『楽しみにしてるわ。ウィル、頼んだわ』
いつになるかは分からないけど、その時にね! わたしは途中で姿を変えたけど、ウィルさんはそのままだった。普段移動する時は、元の姿で飛んでいるらしい。ウィルさんはパートナーで雌のニャオニクス、カソードちゃんが背中に乗ってから、右手を差し出す。元の姿だと低い位置になるけど、わたしは何の違和感も無く彼の手を取る。わたし達の種族上指が短いから、わたしが握る事で硬く握手を交わす。またの再会を誓い、わたし達は次なる目的地へと歩みを進め始めた。わたしは予備試験のためにジムへ、ウィルさんは取材結果を報告するため、フスベシティへ…。
―――
Sideラグナ
「ラグナ、予定とは違うけど、お願い! 」
『ん? という事は、ティルでは都合が悪かった、という事だな』
それも想定内だったが、予備試験では重要な事だからな。想定よりも出場に時間がかかっていたことが気になったが、俺はその考えを無理やり、頭の片隅に追い込む。おそらくこの事は、試験が終わり次第ライトが話してくれるだろう。そう思う事で、俺は頭の中を切り替える。俺が出るという事は、そう言う事なのだろう、今朝の打ち合わせ通りならそうなるので、俺は何となくこの状況を理解する事が出来た。だがそれでも情報は不十分…。相手の数からしてシングルバトルではなさそうだが、俺はその確認を含めて、今回のルールを訊ねてみる事にした。
うん。
『ならライト、今回の課題の内容を教えてくれるか? 』
「悪タイプですか。…ですが、さっそくいきますよ! 銀色の風と虫のさざめきで一斉攻撃」
なっ…! 尋ねようとしたが、この様子だとあまりその時間は無さそうだ。相手の数は五。種族と生息地域もバラバラ…。主にカントーやジョウトにいるバタフリーをはじめ、俺とライトにとっては懐かしいアゲハントとドクケイル。他にはシンオウにいるらしいガーメイルと、カロスで見かけるらしいビビヨン。地方を代表するような虫タイプとの、群れバトルといったところだろう。
本編に戻るが、ライトにこう尋ねる最中、相手…、つまりジムリーダーが一歩早く動き出す。相手の群れのうち、バタフリー、アゲハント、ガーメイルがほぼ同時に、背中の羽にエネルギーを集中させる。その状態で思いっきり羽ばたかせることで、薄黒く霞んだ突風を発生させる。一匹分ではそうでもないが、三匹同時なのでかなりのもの…。そこへ残りの音波が加わったので、乱気流となって俺に襲いかかってきた。
『いきなりか! 悪の波動』
ライト、一体何を考えているんだ? 正直言って俺は、彼女の意図が全く分からなかった。咄嗟にエネルギーを全身に分散させ、辺りに放射状に解き放ったが、何しろ属性相性は最悪…。これが物理技なら俺の威嚇でどうにかなったかもしれないが、銀色の風は特殊技。おそらくあっさりと俺の壁はかき消されるだろう。という事は、今回の課題は圧倒的に不利な状況を切り抜ける、こういう事なのだろう…。
『影分し…、くっ…、ん…? 』
くっ…、やはり、完全に防ぎきる事はできなかったか。俺は立て続けに分身を創りだし、それを縦にしようとした。が、それは僅差で間に合わなかった。俺の黒の障壁をぶつけた事で多少は減退させられたが、それ止まり…。黒の波紋を跳ね除け、俺の体毛をかき乱していく。案の定俺はかわし切れず、乱気流に吹き飛ばされてしまった。
ラグナ、遅くなっちゃったけど、今回の条件は一対五での…
『ぼーっとしてると、あっという間にやられますわよ? 念力』
『虫喰い』
『まともに相談する時間も与えられないという事か。影分身』
『エレキネット』
『雷の牙』
ある程度は予想していたが、ここまで暇がないとはな。気流によって四メートルほど飛ばされた俺は、それでも普通に着地する。前足と後ろ足、両方を僅かに屈める事で、衝撃を地面に逃がす。間髪を開けずに、発動し損ねた分身を三体ほど創りだした。
だがその間にも、相手の攻撃の嵐は止まない。雌と思われるバタフフリーは俺の三メートルほど上に移動すると、何故か目に見えない念を飛ばしてくる。それを合図にしたかのように、他のメンバーも動き始める。ガーメイルは燕返しのような動きで滑空し、俺に迫ってくる。左斜め前からは、ビビヨンが、毛が逆立ちそうな網を解き放ってきた。
なので俺は、創りだした分身と共に、四方に散る。本体の俺は後ろに跳び下がり、接近してきたガーメイルに狙いを定める。牙にエネルギーを蓄え、それを雷の属性に変換する。他の分身はそれぞれに相手を正面に捉えながら、出方を伺わせた。
『くっ…。流石、昇格試験を請けるだけの事はありますね。でもこのルールでは、そうはいきませんよ』
『背中がガラ空きだぜ? まさか悪タイプのお前とはな、トレーナーの凡ミスだなぁ! サイケ光線』
『お前こそ、サイケ光線では俺に…、ぐぅっ…、嘘だろぅ? 』
なっ、何故だ? 何故エスパータイプの技が、俺に当たるんだ? 真っ直ぐ向かってきた相手に対し、本体の俺は躊躇なく噛み砕く。するとヒットしたことを表すように、俺の口から雷光が駆け抜ける。だが、その牙に普段通りの手応え? いや、牙応えが無かった。訳が分からないまま相手を放し、二歩分ほど跳び下がる。こう言ってきたので、そうとは限らないだろう、そう言い返そうとした。だがそれは、背後から接近してきたドクケイルのために叶わなかった。さっきのアゲハントもそうだが、俺に対してサイケ光線を撃ちだしてきた。そう思っていたので、俺は気に留めなかった。が、それが間違いだった。効果が無いので何事も無く透過するはずが、何故か俺の背を捉える。致命傷というほどではなかったが、半分は削られたかもしれない。
『…そうか、俺にエスパータイプが当たるという事は“逆さバトル”…、か』
『やっと気づいたんだね。でも、もう手遅れだよ? 虫のさざめき』
なるほど、だから雷の牙でもあまり通らず、エスパー技を食らったという訳か。若干ふらつきはしたが、俺はすぐに立ち上がる事はできた。だがこのままでは、あっけなくやられるのがオチだろう。そうではあるが、このお蔭でこのバトルでのルール、それからライトの意図も分かったような気がした。…それなら、俺が得意としている作戦が使えるじゃないか、こう悟るのに、あまり時間はかからなかった。
『さあな。ここまではお前らにハンデをやった、という事にしておこうか。影分身』
そうと分かれば、ここからが本番だな。こう悟った俺は、中空で群れる相手にこうはき捨てる。創りだした分身が交戦してはいたが、ほんの少し前に攻撃を食らい、消滅していた。なので俺はこう呟きながら、新たに分身を出現させる。さっきは三だったが、今回は四。本体の俺を含めて、五。もう一体創りだせるが、俺はあえてこの数に留めておいた。
『全く手を出せなかったくせに、よく言うわね』
『まっ、相手がお前らだからな、特別に加減してやったという訳だ。…頭数も揃ったことだし、来いよ? この俺がお前らに、俺はここから動かずに相手してやるよ』
『…挑発を発動させるつもりみたいですけど、ムダですよ。秘密の力』
よぅし、まずは一匹。俺が仕掛けた罠に、バタフリーが見事に引っかかる。そこそこイライラした様子で、こうはき捨てる。そこで俺は、更に言葉の地雷を辺りにばらまく。もちろん俺だけでなく、四体の分身達も同時に…。違う技だと思い込ませるために、俺はあえて別の言い回しで相手に口撃する。癪に障る言い方で、本体の俺は目の前のガーメイルにこう言い放つ。これが有効だったらしく、相手は真正面から突っ込んできた。
『そうだ、お前はその挑発に乗せられたんだ。これでお前らの状態技は使えなくなったという訳だ』
『くっ…』
俺が仕掛けた罠…、威張るによって、相手は平生を失われはじめた。本体の俺自身が直接相手している訳ではないので分からないが、おそらく分身達も同じ戦法を講じているだろう。ほんの少し意識を周りにずらし、話し声を聴いたところ、何か所からか怒号が聞こえたよな気がした。こうなれば、もう俺の独壇場と言っても過言ではないだろう。分身では威力が落ち、ミスは許されないが、相手は混乱状態になっているはず。冷静な思考さえ奪ってしまえば、こちらがかわすのも容易くなる…。本体の俺としても送るエネルギーが少なくて済むので、時間稼ぎにも使えると言う訳だ。
話を元に戻すと、闇雲に突っ込んできた相手に対し、俺は更に口撃の手を加える。それでも相手は突っ込んできたので、俺は冷静に対処する。おそらく相手は技の効果で怪力を発動させるつもりなのだろう。なので俺は助走をつけ、斜め前に跳び上がる。後ろ足が地面から離れた瞬間に前足の爪を立て、タイミングを測る。真下にきたところで左右同時に振り下ろし、相手の脳天を切り裂いた。
『どうだ? 初級技の引っ掻くにやられる感想は』
『これは、夢ですよね? 秘密のちか…』
『さぁ、どうかな。もう一発』
『ぅぅっ…』
俺が口撃を仕掛けるほど、相手の攻撃は大振りになる。その代わりに相手の一発が重くなるが、狙いが甘くなってくる。懲りずにまた突っ込んできたので、今度は尻尾で一撃を与えた。
『狙いが甘いぞ。雷の牙 』
相手がこの状態なら、ここであれを試してみようか。原始的な攻撃であしらう俺は、ふとこの事を思い出す。それを実行するために、俺は自身の牙に電気を纏わせる。それも普段通りでなく、何倍もの電圧にまで高めて…。一歩間違えれば俺まで感電してしまうので、細心の注意を払いながら…。
『これで終わりだ! 』
その状態で俺は、大口を開ける。相手との距離が一メートルに迫ったタイミングで、思いっきり空気を噛み砕く。
『グァッ…』
すると俺を中心とした前方百度ぐらいの範囲に、雷光が駆け抜ける。範囲は七十センチぐらいと短かったが、それでも迫る相手に命中した。
『…っ、何故…』
『塵も積もれば山となる、とは、こういう事だな』
俺が弱いながらも原始的な攻撃をしていたという事もあり、俺の電撃で相手は崩れ落ちる。空気を噛んだ衝撃で放電させただけだったが、それなりのダメージを与えられたようだ。思いがけない収穫に満足しながら辺りを見渡してみると、他の相手も、もう倒れる寸前といったところだろう…。そのうちの何匹かは冷静さを取り戻していたが、もう後の祭りといった感じだった。
Continue……