Trente et quatre 新聞記者の…
Sideライト
「そういえば、キキョウで戦ってから、まだ一日しか経ってないんだよね」
色々あったから凄く前みたいに感じるけど…。日付は変わり、今日は平日。あの後のわたし達は、別行動していたらしい二トル君とフィルト君と合流する為、洞窟の出口に向かっていた。…向かってはいたんだけど、その途中で、何故かテトラとラグナとばったり出くわした。丁度その時はユウカちゃんを背中に乗せて飛んでたから、危うく落としそうになっちゃったけど…。クロム君はボールに戻ってたけど、ツバキは外。メガ進化は解いたから、その時にはもう声は響いてなかった。…話が逸れ始めたから元に戻すと、テトラとラグナは、エレン君達の事をティル達に任せて来ていたらしかった。説得も何もなしで飛び出してきたから、ラグナに説教されるかと思ったけど、今回は無かった。だけど今回は、おとがめなし、っていった感じだった。笛で呼ばれた、っていうのも理由の一つだけど、ユウカちゃんとツバキが弁護しれくれたから、何とかなった。それにテトラも納得してくれたから、逆にラグナを説得出来たって感じかな。
とりあえずラグナを説き伏せてからは、わたし達側とユウカちゃん側の、情報交換。洞窟の中だからユウカちゃんは不便だったかもしれないけど、その代わりにメモはツバキが執ってくれていた。ユウカちゃんからは、戦っている最中でチラッと耳にした、プロテージの事。ツバキとユウカちゃんが言うには、プロテージはこの二週間ぐらいで勢力を減退させたらしい。わたし達がジョウトに着く少し前に、地元のエクワイルが解散寸前まで追い込んだのだとか…。頭領を失脚させたみたいだから、たぶん解散まであまり時間はかからないと思う。かからないとは言っても、油断は出来ないと思う。昨日戦った幹部が、ラグナの前のトレーナーが所属していた組織の一員だった…。どこかで見たことがある気がしていたから、やっぱり、って率直に思った。…で、わたしの方からは、一昨日マダツボミの塔であった事について。幹部の情報はまだないから、地佐の情報を話しておいた。それから、プロテージの事と関係して、念のためエレン君の事を伝えておいた。ツバキによると、プロテージの最終目的はルギアの捕獲だったらしい。さっきも言った通り、壊滅寸前とはいえ、また活動が活発にならないとは限らない…。エレン君に就いているけど、それでもプライズみたいに、強奪しようとする事だって考えられる。ルギアは伝説の種族だから、プライズにも狙われるかもしれない…。一応ユウカちゃん達とエレン君は面識があるから、テトラの提案で、万が一の時のために、ね。
そしてそれからは、わたしもテトラとラグナと合流できたから、ユウカちゃん達とはここで別れた。その後でユウカちゃん達は、二トル君達と合流してから、もう一度湖の方に戻るつもりでいたらしい。詳しくは訊かなかったけど、報告書を書いてから、行っていると思う。一方のわたし達は、洞窟を出てすぐにヒワダのセンターに向かった。時間も時間だったから、ティル達が来るのを待つついでに部屋の確保。もちろん、町に入る前に姿を変えてだけど。…で、ティル達と合流してからは、次の日、つまり今日のジムでの予備試験に備えて、技の調整。キキョウの時みたいにここでも特殊ルールが採用されるはずだから、それの予想も含めて…。昨日はテトラだったから、今日はテトラ以外のさんにんの誰かに戦ってもらうつもり。
そういう訳で、言うのが遅くなったけど、今日は今からジム戦に挑む、って感じだね。まだジム自体には着いてないんだけど、あと五分も歩けば着くかな。…あっ、そうそう。これは昨日の夜初めて知った事だけど、わたしが洞窟に向かったすぐ後で、ティルとラフはシルクとオルトに会ったみたい。ラグナとテトラは会ってないみたいだから、たぶんその時わたしは、戦ってる真っ最中だと思う。わたしも会いたかったけど、ティルが言うには、シルクもヒワダに来ているらしい。オルトは、キキョウに行ったみたい。同じ町にいるんだから、きっとすぐに会えるよね?
「ラグナに戦ってもらうつもりだったけど、虫タイプなら、ティルかな…」
ラグナでもいけなくはないけど、課題内容のことを考えると、少しでも確実な方にした方が良いもんね。話に戻ると、昨日から泊まっていたセンターから出たわたしは、昨日もらった情報を基に、こう呟く。これからジム戦だから、傍には誰もいない。時間もちょうど九時半ぐらいだから、通る人影はそこそこ…。その中でわたしは、晴れた空の下、ひとりジムへの道筋を突き進もうとしていた。
「バトル方式は分からないけど…」
「…今日は朝早くからありがとうございました」
…ん? この声、どこかで聴いたような…。ジムまであと半分ぐらいのところに差し掛かったところで、わたしはふとこんな話し声が耳に入った。その方を見てみると、何かの工房らしい建物から、一人の青年が出てきているところだった。彼は工房の中にいるらしい話し相手に、こう感謝の言葉を言っていた。その相手の声はわたしには聞こえなかったけど、彼は中にいる人物にぺこりと頭を下げていた。
『優しい人だったから良かったけど、私はもう少し遅い時間でも良かったと思うんだけど…』
「あっ、あの人って…! 」
うん、連れている種族も一緒だし、絶対にそうだよね! 雌のニャオニクスの彼女は、若干ため息を一つつきながらも、こう呟いていた。確かに彼女の言う通り、今はまだ一日の仕事が始まったばかりの時間…。少し呆れた様子で、彼にこう言っていた。
だけどわたしは、そんな彼女の呟きをほとんど聴いていなかった。…いや、聴けなかった、って言った方が正しいかもしれない。その人物が誰か分かり、急に胸が高鳴っていたから…。
「ふぅ。とりあえず取材も終わったし…」
「えっ、ええっと…、ウィルさん、です、よね…」
あぁ…、やっぱり、だめだ…。緊張して、上手く言葉が出ないよ…。折角見かけたんだし、話しかけてみよう、そう思ったけど、わたしの口から放たれたのは、カタコトな言の葉だけ…。ただ話しかけるだけなのに、何故か鼓動が早鐘を打ち始めてきた。おまけに辛うじて言い終わった後で、気温が一気に上がったような錯覚を感じた。前にもこんな感じがあった気がするけど、たぶんわたしの顔は、翼の色みたいに赤くなりはじめていた。
「あっ、はい。そうですけど…、君は? 」
「ごっ、ごめんなさい。昨日キキョウで取材、されたんですけど、やっ、やっぱり、覚えてないですよね。そっ、その時わたし、マフォクシー、連れてた、んですけど」
なっ、何でだろう。やっぱりウィルさんの前だと、こうなっちゃう…。何か凄くドキドキしていきたし、暑くもなってきたし…。
『マフォクシー…、あっ、思い出した。ウィル、この人、訊いた時にぼーっとしてた人よ! 』
「…あっ、はい。覚えてますよ。でも、オレに何か用ですか」
たぶん彼のパートナーの彼女は、うーん、っていう感じで腕を組み、軽く上を見ながら何かを考える。すぐに思い出したらしく、ぱっ、と明るい表情になった。まるでかかっていた雲が晴れたかのように、彼の方に話しかけていた。彼女はまるで、こう話さずにはいられない、何とか思い出して、って言っているかのようだった。その彼女の思いが通じたらしく、記者のウィルさんも、小さく声をあげる。電流にも似た何かが駆け抜けたらしく、快くこう言ってくれた。その後彼は、若干首を傾げながらこう訊いてくる。あっ、そっ、そういえば、まだわたしの事、何も言ってなかったよね。この瞬間、ようやくわたしは、この事を思い出した。
「ええっと、わたし、ライトって言うんですけど…」
うーん、どうしよう…? やっぱり、言う? でも、絶対断られるよね? わたしはアオイさんから聴いているから知ってるけど、ウィルさんはわたしの事、何も知らないはずだし。強いて言うなら、メンバーにティルがいるっていう事、ぐらいかな…。…でも、こうして話しかけちゃったし…、いっそのこと…。…うん、よし、言ってみよう!
「うぃっ、ウィルさん、昨日会った時、ウィルさんに一目惚れしました! いきなりでビックリするかもしれないけど…、わっ、わたしと、
つきあってください!」
『えっ、今、何て…? 』
あぁ、結局言っちゃった…。色々と思う事もあったけど、わたしは思い切ってこう声をあげる。恥ずかしさ、戸惑い…、何ともいえない感情でぐちゃぐちゃになってるけど、何とか…。その代わりに、ティルの熱波みたいなものが襲いかかってきたけど…。
『でもウィル? ここではしない方が…えっ? 嘘でしょ? 』
あっ、これ、絶対にアレで話してるね。間違ってたらどうしようかと思ったけど、これなら確実だね。わたしの告白を聴いていたニャオニクスの彼女は、やっぱり取り乱していた。もし立場が逆なら、ティルも同じ反応をしていたかもしれない。だけどそのお陰で、わたしは彼が探していた人物だという事の、確信が持てた。この感じだと多分、ウィルさんはテレパシーを使って話しているはず。わたしも普段からしている事だから、彼らが持っている前提を、手に取る様に分かった気がした。
「…そういってもらえると嬉しいですけど、ごめんなさい。あまり言いたくないんですけど、オレは…、ええっと…」
「ライトです」
「ライトさん? とは出来ないんです…」
ウィルさん、知ってますよ? 彼はわたしの告白に、神妙な様子で話し始める。
「オレ、告白されるのは初めてだから、どう言ったらいいか分からないけど…、オレとライトさんでは、したくても出来ないんですよ…」
そう言うと思ってたよ。
「ライトさんは人間で、オレは…」
絞り出すように語っていたウィルさんは、こう言うと突然、目を瞑る。何も知らなければ訳が分からないけど、わたしにはこの後、彼が何をするつもりなのか、すぐに気づくことが出来た。それをわたしがする時に当てはめると、ウィルさんは多分、集中力を最大まで高めているはず。同時に、別の…、いや、元の姿を強くイメージする。そうする事で、自分の体が強い光に包まれるはず。…案の定、意識を高めているウィルさんから、目を覆うほどの閃光が放たれ始める。それが弾け、雲散すると、そこにはわたしの予想通りの彼…。
オレはラティオスっていうポケモン…。人間のライトさんとオレとでは、無理ですから。
本来の姿の彼…。ラティオスとしての彼が、体勢を起こした状態で、申し訳なさそうにフワフワと浮いていた。わたしの事を普通の人間だと思い込んでいるウィルさんは、声では理解してもらえないと思ったらしく、テレパシーでこう語りかけてくる。確かにこの方法は間違いじゃないけど、わたしに対してはその必要はない…。彼のパートナーは頭を押さえて、あぁー…、言っちゃった…、って感じで佇んでいたけど…。
「…知ってましたよ、ウィルさんがラティオスだってこと。それにウィルさんがラティオスで、安心しました」
『えっ…』
今、何て…?
やっぱり、こういう反応、するよね。わたしでも、わたしがラティアスだって事を知っている、って言われたらビックリするし。
「ウィルさんがラティオスだったから、ホッとしました」
おっ、オレの事を知っていた? あの人以外には言ってないはずな…
「ラティアスが自分達の事を知ってたら、ダメですか? 今は人間の姿だけど、わたしもポケモンですから」
やっぱり言うより、実際に元に戻したほうが早いよね? これだけ言うと、わたしはふと、こう思った。ユウカちゃん、それからカナちゃんに明かした時もそうだったから、その方がいいかもしれない。そもそもウィルさんはラティオスなんだから、何のためらいも無く明かすことが出来る。こういう結論に至ったから、わたしも彼と同じように、姿を元に戻すことにした。
『わたしもウィルさんと同じで、人間じゃなくてラティアスですから』
『うそ…、アイラ以外にも、ラティアスが…? 』
やっぱり、急に言われたら、こうなるよね? わたしだって、アオイさんから教えてもらうまで、知らなかったぐらいだし…。わたしの事を知らないはずだから無理はないけど、ラティアスの彼、それから相棒の彼女もきょとんとしていた。ウィルさんは彼ともうひとりしかいないと思っていたらしく、わたしが性別違いの同類だと知り、唖然とした様子…。わたしが見た限りでは、開いた口が塞がっていなかった。
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