Trente et sept 森での危険性
Sideコット
『…ぅん…』
あれ? ぼくって、何で意識失ってたんだっけ。ジム戦の最中、ぼくは気付くと記憶が途切れていた。…いや、眠っていた、って言った方が良いのかな。とにかく、ぼくはカナに抱かれた状態のままで、目を覚ました。ぼく達にとって二回目のジム戦は、たぶんぼく達の勝ち、かな? 戦っていたはずのフィールドには、ぼくを抱えたカナ、ジムリーダーのツクシさん、それから何故かあたふたしているネージュだけ。言葉が伝わらないから仕方ないけど、話から取り残されたって感じで、気まずそうにそわそわしていた。
「…はい、ありがとうございます! 」
『あっ、コット君、起きたんだね』
『うん。…この感じだと勝ったみたいだけど、流石に歌うはやりすぎかな…』
だって、バトルには参加してないぼくまで眠っちゃうぐらいだったしね…。そのお陰で勝てたのも事実なんだけど。カナの腕の中でぼくが目覚めたのに気付いたらしく、そわそわしていたネージュの表情が一瞬でパッと明るくなる。前鰭で器用に地面を押しながらぼく達の方に来てくれる。そんな彼女に、ぼくはお疲れ様、っていう感じでこう声をかけてあげる。初めての実践だったみたいだから仕方ないけど、ちょっとだけ彼女にこう助言した。
「あっ、カナさん、ウバメの森を超えるなら、道具を一式揃えてから入った方が良いですよ」
『ごっ、ごめん…。ついやりすぎちゃって…』
『ぼくが言える事じゃないけど、もうちょっと加減しても良かったんじゃないかな。だから、気にしないで』
「えっ、何でですか」
スクールで習った事だけど、制御しないとトレーナーまで眠っちゃうみたいだもんね。こうアドバイスしたつもりだったけど、その事をネージュは気にしていたみたい…。だからぼくは、すぐにこうフォローする。にっこり笑いかけて、こう声をかけてみた。
『本当に…? うん、じゃあ今度から、そうしてみるよ。でっ、でも…、どうすればいいの? 』
「ウバメの森は薄暗くて、迷いやすいんです。おまけにここ一、二年ぐらいで、野生のポケモンも好戦的になっているんで、注意した方が良いですよ」
『うーん…、補助技、あまり得意じゃないからよく分からないんだけど、イメージを少し抑えたらいいんじゃないかな? 』
「最近、なんですね。…はい、気をつけます」
攻撃するような技ならそうすればいいけど、どうなんだろう? こうアドバイズしたら、ネージュは急に不安そうな顔をする…。どうしたんだろう、そう思っていると、すぐに彼女にこう訊き返された。自信なさげに首を傾げていたから、何とか解決してあげたい。そう思ったんだけど、その方法が思いつかなかった。だけどぼくは、自分が分かる範囲で、こう教えてあげる事にした。
『イメージ…、うん、そうしてみるよ』
「…じゃあコット、ネージュ、そろそろ行こっか」
『えっ、あっ、うん』
かっ、カナ? もう行くの? ぼくはネージュと喋っていたから、カナ達の話を全く聴いていなかった。そのせいで、ぼくは思わず変な声をあげてしまった。それはネージュも同じだったらしく、彼女も少しビックリしたような顔をしていた。そんな彼女の様子に気付いてか気付かずか、ぼくを右腕で抱えたまま、ネージュをボールに戻していた。これはぼくの予想でしかないけど、この後ぼく達は、戦ってくれたネージュを回復してあげるために、センターに向かうんだと思う。これとカナ達が話していたことは後で聴くとして、とりあえずぼく達はジムを後にした。
―――
Sideコット
「うわぁ…、本当に、暗い森なんだ…」
『イグリー、大丈夫? 』
『うん。見にくいけど、洞窟よりはマシかな』
『私は…、普通に見える、かな』
噂には聴いてたけど、本当に夜みたいな森だったんだね。ジムから出た後の予定は、ぼくの予想通りだった。センターに寄ってネージュを回復してもらってからは、傷薬とかを揃えるためにショップへ…。買ってからは、すぐにヒワダタウンを後にした。
町から森に出るゲートを抜けると、そこには薄暗い森が広がっていた。一応陽の光は差し込んでいるんだけど、枝とか葉っぱが沢山茂っていて、あまり届いていないらしい。そのためかもしれないけど、何故か木漏れ日が綺麗に輝いて見える気がする。例えるなら、黒い画用紙に白い絵の具で線を引いたような…、そんな感じ。ぼくは飛行タイプじゃないから分からないけど、イグリーにとってはハッキリと前が見えないぐらいらしい…。フィフさんが言ってた、ブラッキーに進化しやすい場所っていうのも、何となくその通りだと思った。
『そっか。ネージュって長い間洞窟の中にいたもんな』
『うん』
『だよな。…そういえばコット? コットってここで進化するつもりなの? 』
『ううん、ここならブラッキーになれるけど、そのつもりは無いよ』
確かにここはそうだけど、ぼくはこれじゃないんだよね…。まともに見えてるのかどうかは分からないけど、ボールに戻ってないって事は、一応見えているのかもしれない。だからかもしれないけど、イグリーは空を飛ばずに、地面を跳ねるように歩いている。そんな彼は、ぼくから伝え聞いた事を基に、こう答える。ネージュが大きく頷くのを見ると、納得したようにこう答えていた。その直後に彼は、思い出したかのようにぼくに尋ねてくる。先頭を歩くぼくは、横目で後ろをチラチラ見ながら、小さく首を横にふった。
『いっ、イーブイって、八種類も進化先があるもんね。ラプラスは進化しない種族だから、羨ましいよ。…でもイグリー君? コット君の種族って、石とか特別な場所とかじゃないと、進化出来ないんじゃ…、ないの? 』
『何かそうみたいだね。知りあいのひとから聴いた事なんだけど…』
ぼくもフィフさんに教えてもらうまで、知らなかったぐらいだしね。確かシャワーズなら渦巻島で、ブ―スターならカントーとかホウエンにある火山。サンダースはイッシュにある洞窟で、リーフィアがマダツボミの塔。グレイシアが氷の抜け道で、エーフィが自然公園。ニンフィアにはそういう場所はないけど、ブラッキーがここ、だったね、確か。だけど、ぼくがなりたい種族になれる場所はジョウトには無いから、条件を満たさないといけないんだよね。…もう何になりたいかは、カナには言ってあるけど…。
ネージュがこう訊いてきたから、ぼくは自分の事だから直ぐに応えようとした。だけどイグリーに先を越されちゃったから、それは叶わなかった。だからぼくはこの間に、昨日フィフさんから聴いた事を思い出してみる事にした。生憎、ぼくのなりたい種族のはこの地方には無いけど…。
『だけど、ぼくがなりたい種族…、あれ? 』
…ん? 頃合いを見て、ぼくは自分がなりたい種族の事をネージュに言おうとした。だけど…。
『えっ、うそ…。イグリー? カナ? ネージュ…? …うっ、嘘でしょ…? 』
ぼくの背後にあるはずの、三つの足音がピタリと止んでいた。慌てて振り返ってみても、そこには誰もいない…。あるのは、生い茂った木々と、暗い林道…。それから、申し訳程度に差し込む程度…。もしかして、ぼくって…。そう気づいた瞬間、ぼくの背筋を冷たい何かが駆け抜けた。それと一緒に、焦りとか…、色んなものが滲み出てきたような気がした。
『まさか、はぐれるなんて…』
すぐ後ろにいたはずなのに、何で…? 辺りが薄暗いせいもあって、ぼくは急に不安になってきた…。頭の中を過ぎるのは、このままひとりぼっちにになったらどうしよう、このまま忘れられちゃったらどうしよう…、そんな考えだけ。ボールの中に一日中放置されたのを除いて、独りになるのは初めてだから、一種の恐怖さえ感じ始めていた。
『あれ、この森にイーブイなんて珍しいな』
『えっ、ぼっ、ぼくのこと? 』
『だってお前しかいねぇーだろ? 』
なっ、何? 独りきりで不安になっていると、急に後ろの方から話しかけられた。そのせいでぼくは驚きでとびあがっちゃったけど、辛うじてその方に振りかえる事だけはできた。鼓動が尋常じゃないくらい早く脈打っている状態で目を向けると、そこには一匹のデルビル…。もの珍しげに、ぼくの方に近寄ってきているところだった。
『昔はいたらしいけど、イーブイはこの森にはいないから…、お前は他の場所から流れ着いたんだな』
『なっ、流れ着いたというか、仲間とはぐれたというか…』
『なら丁度良かった。森の同年代の奴とは戦い尽くして飽きてたところなんだ。俺と一戦交えてくれねぇーか? 』
『うーん…、えっ? 』
えっ、ちょっ、ちょっと…、いきなり過ぎて訳が分からないんだけど? ぼくに話しかけてきたデルビルは何かを喋っていたけど、ぼくはそのほとんどを聴いてはいなかった。半ばうわの空で聞き、返事をしていると、彼は何を思ったのか、急にこう提案してきた。
『んじゃあ早速いかせてもらうぜ! 火の粉』
『まっ、待って! まだ準備が…、スピードスター』
まだ心の準備が出来てないんだけど! その彼は、ぼくの反応なんか構わずに、いきなり攻撃を仕掛けてきた。口元にエネルギーを溜め、それを炎の属性に変換する。そのまま喉に力を込め、ぼくを狙って撃ちだしてきた。いきなりだったから、ぼくは三歩分反応が遅れてしまった。慌てて口元にエネルギーを溜め、すぐに実体化させる。半ば脊髄反射にも近い感じて、エネルギー体を発射する。五十センチぐらい進んだところで、それは四つの星として弾ける。だけどその瞬間、彼の火片によって打ち消されてしまった。
Continue……