De Lien Troisieme 学者達の空中戦
Sideシルク
『あぁー、あの後ですぐ帰らなかったら、あんな事にはならなかったのに…』
『シルク、気持ちは分かるけど、会議があったんだから仕方な…』
『いいえ、仕方なくないわ。ギリギリまで居れば、未然に防ぐことができたはず。塔に住んでるんだから、巻き込まれていてもおかしくないわ! 』
時刻は午前九時二十分、天気は曇り…。始業前最後の休日で街が賑わい始めているけど、ここはそうではない。何故なら、今私達がいるのは、コガネシティ付近の上空二十メートル。エーフィの私は、フライゴンのフライに乗せてもらっている。…正直言って流暢に状況説明してる暇なんてないけど、正直、私は今、後悔している。新学期に向けた会議が終わった後で視たニュースで初めて知ったから、慌てて飛び出してきていた。
会議が終わってそのまま飛び出してきたから、当然今の私の身なりは、化学者としての正装…。人間っぽいって思われるかもしれないけど、白衣に身を包んでいる。私サイズに作ってもらった白衣の袖に、前足を通す。ボタンは締めてないから、吹き抜ける風に靡いている。素材も私のオリジナルで、いわゆる非売品。ケイ素を繊維に織り込んでいるから、それが半導体と似たような性質を示す。電気を通す繊維なので、将来的に何かに利用されるんじゃないか、って期待している。話を元に戻すと、白衣の襟元には、金色に輝くバッチを付けている。…そして忘れたらいけないのが、首に身に着けている水色のスカーフ。尻尾と同じく、結び目の先端が、向かい風に弄ばれていた。
私を乗せてくれているフライも、ちょっとしたアクセサリー? を身につけている。もちろんそれはただの嗜好品じゃなくて、ちゃんとした効果を発揮するモノ…。白金製のチェーンに通された、水色のリング。その輪の部分に収まる様に、氷を思い出させるような石がはめ込まれている。趣味の一環で開発したそれを、彼には身につけてもらっている。その他にも、彼は黒を基調としたバッグを提げれいる。私も自分のがあるけど、慌てて出てきたから忘れてしまっていた。
そんな事はさておき、彼の背中で、私は思わず声を荒らげてしまった。彼の言う通り、仕事だったから仕方ないけど、それでも私に何か出来たはず…。余裕をもって戻っちゃったから、絶対にそうに違いない! そういう自責の念に、私は囚われていた。
『だけどシルク? ユウキが、昨日の事件はエクワイルの誰かが収束に向かってくれた、って言ってなかった? 』
『ええ、そうは聴いてるけど…。聴いてるけど、やっと会えた叔父さんなのよ! 信用してない訳ではないけど、けど…、ちゃんと目で見て確かめたいわ! 』
研究室を飛び出す前に聴いたけど、やっぱり、自分で確かめたい。まだまだ話したい事、訊きたい事もあるから、もし保護に失敗していたら…。出来れば、考えたくもないわ! せっかく初めて会えた、身内なんだから! 思わず感情的になってしまったけど、私はこう声を荒らげる。目元からは光が何粒も溢れ出て、午前の空に解き放たれていった。
『気持ちは分かるけど、もうちょっと落ち着いたら? 着けばわかる事だから』
『そっ、そうね…。よく考えたら、そうよね』
フライ、そうよね。私が一番知ってるはずなのに、深く考えすぎてたわ。取り乱しちゃって、ごめんなさいね…。乗せてくれているフライにこう諭され、何故か私は冷静になれた気がした。乱れていた心が、彼の落ち着いた一言で、平生を取り戻していく。力がこもった何かが私を包み、優しく暖めてくれた。その後私は心の中でこう言い、彼の優しさに身を委ねる。右の前足で涙を拭い、もう一度彼の背中にしがみついた。
『エクワイルは少数精鋭、だから誰が向かってくれても大丈夫よね』
『うん。それぞれ得意な部分が違うけど、大概はね』
少数精鋭なのは、間違いないわね。仮にその事を考えるとしたら、前線での戦闘、それから情報伝達かしら? 落ち着きを取り戻せた私は、こんな事を考えながらこう答える。組の中での役割分担は無いけど、強いて言うならこれだと思う。彼からは見えないけど、私はそれに、そうね、と頷いた。
『それに、カントーとホウエンから応援を呼んでるみたいだから…』
「おぅ、こんな所でフライゴン…、ん? 背にエーフィ? …まぁいいか」
『見慣れない組み合わせだから、トレーナー就きなんじゃねぇーの』
「ジョウトに来て一発目のバトル。相手に不足はなさそうだ。ムクホーク、ケンホロウ、頼んだ」
それが誰かはまだ分からないけど、私はそう聴いてるわ。五日ぐらい前に聴いた事だけど、彼はそう続ける。私が彼に伝えた事なので、間違いはないはず。きっと応援を呼んでるみたいだから、その中の誰かかもね、そう言うとしていたと思う。だけどそれは、後ろから聞こえてきた声によって遮られてしまう。曇っているせいで風を読めなかったから、私は驚きでとびあがってしまう。落ちそうになったけど、フライが速度を緩めてくれたから、事なきを得た。技を使えば、自力で戻る事は出来るけど…。
そのまま彼が声がした方に向きを変えたので、私も彼の背中から顔を覗かせる。するとそこには、同じく背中に乗せてもらっている一つの影。トレーナーと思われる彼はメンバーのオンバーンにしがみつき、こう声をあげている。左手で二つのボールを手にとり、中のメンバーを出場させていた。
『空中でのダブルバトルか。久しくやってなかったな』
『そーだな。オンバーン、悪いが俺達がいかせてもらうぜ』
『頼んだぞ』
あの様子だと、簡単に通してはくれなさそうね…。
『フライ』
『うん。…じゃあ、始めようか』
出場する前に通り抜けてもらおうかと思ったけど、それは叶わなかった。私達の進路を塞ぐように、彼らは立ちはだかる。やる気十分といった様子で、声をあげていた。
できれば避けたかったけど、私はそれを請ける事にする。バトルを挑まれたら、それに応えるのが礼儀。あまり気は乗らなかったけど、私はそれに頷く。右の前足で背中を軽くたたき、彼に合図を送る。すぐに横目で答えてくれると、フライはこう言い放った。
『やっぱそう来ないとな。張り合いがないってもんだ。エアスラッシュ』
『メス一匹乗せながらじゃあ、お前には不利になるな。だから特別に手加減してやるよ。燕返し』
『相当自信があるみたいだね。だけど手を抜かないといけないのはボク達の方…。だけどそのつもりなら、遠慮なくいかせてもらうよ』
『そうね。正直言って、荷物扱いされるのは納得がいかないわ。絆の名に賭けて、いくわよ! サイコキネシス』
『うん! ドラゴンクロー』
活発そうなケンホロウはこう高らかに言うと、羽ばたかせている翼にエネルギーを溜め始める。それを具現化させ、空気の刃として撃ちだしてきた。仲間のムクホークも威勢よく言い放つと、彼は翼に力を蓄える。すぐに行動を開始し、私達に迫ってきた。
当然私達も、戦闘に向けて準備を始める。ムクホークが動き出したのとほぼ同時に、彼も翼に力を入れて滑空する。手元には暗青色のオーラを纏わせ、それを交差させていた。もちろん私も、次の行動に備える。両方の前足で背中にしがみついたまま、超能力を発動させる。私が狙うのは、相手が一発目に放った空気の刃。それに軽く意識を向け、後の展開を強くイメージする。
『なっ、止められた? 』
『メスだからと言って、甘く見ないほうがいいわよ』
この程度の特殊技を止めることぐらい、朝飯前よ! それはフライとケンホロウのちょうど中間点…、私から見て五メートルのところでピタリと止まる。かと思うと、意思を持ったように私の背後へとまわり込む。刃の核に強く干渉させ、エネルギー塊へと還元させた。
まさか止められるとは思ってなかったらしく、相手は信じられない、と言った様子で声を荒らげる。それに私はこう言い放ちながら、次の行動に移った。
『さぁ、お手並み拝見といこうじゃねーか』
『そのセリフ、そっくりそのまま君に返すよ』
この時、フライとムクホークの距離は三メートル。ここで私は拘束している飛行属性のエネルギー塊を、フライの長い尻尾にコーティングする。三枚の羽みたいな部分には特に重点的に付加し、この後で来る衝撃に備えた。
二メートルのところまで迫ると、相手は大きな翼を広げて滑空し始める。軌道を少し横に逸らさなかったことからすると、彼は両方の翼で攻撃するつもりらしい。何の迷いも無く、正面から突っ込んできていた。それに対しフライはクロスさせていた手を元に戻す。かと思うと、彼は右手を上に掲げ、真っ向から抗った。
『何っ、俺の攻撃を片手で受け止めただと』
『これくらいなら、どうって事ないよ。もう一発』
『くっ』
彼は上げた右手を振りかざし、相手の両翼を切り裂く。それはちょうど相手の双翼と重なり、衝撃音が辺りに反響する。だけど彼の右手のオーラの濃さからすると、おそらく彼は七割ぐらいしか出してないかもしれない。それでも彼は、余裕っていう感じで翼を押さえている。かと思うと、彼はその手を放し、少し後ろに下がる。その場で頭から宙返り…。後から続く尻尾…、私の技で飛行属性が付与された鞭で打ちつけていた。
一瞬の事に、相手のムクホークは全く反応出来ていなかった。フライの尻尾が腹のド真ん中に命中し、上方向に飛ばされる。飛び下がろうとしていたため、私から見て前斜めに逸れていた。
『俺の事を忘れてないか? ギガインパクト』
『あなたこそ。この間に準備をしていたのはいいと思うけど、そこが甘かったわね。シャドーボール、目覚めるパワー』
もちろんこの隙に、ケンホロウは攻撃を仕掛けてくる。彼はフライが半周回った所で、一気に迫ってくる。力を蓄えていたらしく、そこへ更にスピードを乗せる…。十メートルはあった感覚が、三分の二にまで減っていた。だから私は、更に九十度回った所で、口元にエネルギーを集中させる。通常なら一属性になるところを、私は二つに分けて変換する。具現化し始めたところで、それらを渦を巻くように混ぜ合わせる。核と核を融合させ、一センチほどのそれを地面と平行になってから解き放った。
それは一メートル進んだところでパンッ、と弾け、三つに分かれる。さっきから維持しているサイコキネシスで拘束し、相手を挟み込む様に進ませた。
『なっ、何だあのわ…ぐぁっ…』
『おまけでもう一発』
私達から一.五メートルのところで、群青色の三発は同時にぶつかり合う。ちょうどその地点に、相手は運悪く突っ込んでくる。本当は私が操作してタイミングをあわせたんだけど、彼は思いがけずかなりのダメージを被る。そのせいで技は解除され、速度もゼロになる。そこへさらにフライが接近し、追撃する。ムクホークに当てずに留めていた、左の龍爪で、相手を切り裂いた。
『ぐぅっ…。まさか、俺達がここまであっさり…』
『種明かしをすると、気付いてるかもしれないけど、ボク達はトレーナー就き』
『自分で言うのはちょっと恥ずかしいけど、私達は四つ星トレーナーのメンバーなのよ』
『だっ…、だからか…』
サークルでの息抜きもいいけど、たまには普通にバトルするのもいいわね。スカイバトルもだけど、やっぱりバトルは楽しいわね! フライが爪を振り下ろしたため、相手は下に飛ばされる。体勢を立て直そうとしていたけど、技自体を堪えきれず、気を失ってしまっていた。先に攻撃したムクホークも、多分戦闘不能になってたと思う。十分攻撃する隙はあったけど、追撃はされなかった。
…大分楽なバトルだったけど、気晴らしにはなったわ。
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