Trente et un 笛が呼ぶヒカリ
Sideライト
ライトちゃん、今すぐ来て!
『っ! 』
『ん? ライト、どうかした? 』
回復技の癒しの波動を使い終わったタイミングで、わたしの頭の中に、突然声が響き渡った。心の準備が出来てなかったから、わたしは思わず言葉にならない声をあげてしまった。何とか小さい声に抑える事が出来たけど、一番近くにいたティルには聞こえちゃったらしい。わたしの方に振りかえり、不思議そうにこう尋ねてきた。
新人トレーナーを護りながらだから!
『ユウカちゃんが、“笛”を吹いたみたい』
『ふえ…? そんなおときこえ…』
『昨日渡していた、“夢幻の笛”か? 』
『うん! 』
この声の感じ、間違いないよ! ティルの問いかけに、わたしは確信と共にこう言い放つ。テレパシーとは違った感じなので、すぐにそれが誰なのか、わたしには分かった。
このわたしに対して、シキジカの姿に変えているエレン君は、こくりと首を捻る。だけど春色の彼は、言い切る間もなくラグナに遮られてしまっていた。わたしにしか聞こえていないけど、事情を知っているラグナはこう訊いてくる。渡した時にはいなかったけど、ラグナはもちろん、ティルにラフも事情は知っている。案の定彼は、これだけでわたしが言った事の意味を察してくれた
ちなみに補足説明を入れると、“夢幻の笛”には、ラティアスかラティオスを呼ぶ以外に、別の効果がある。さっきみたいに、笛の持ち主は笛を吹いている間、相手に声を伝える事が出来る。だけど、声を伝えられるのは笛を吹いている間だけ。わたし達、ラティアスとラティオスは伝える事が出来ない。その代わりに、わたし達はどこで笛が吹かれたのか、察知する事が出来る。
『って事は、ユウカさんに何かあったんじゃないかな』
『新人トレーナーを護りながら、って言ってたから、たぶんどっちかと戦ってる最中だと思う。この感じだと…、えっ、繋がりの洞窟? 』
『あのクズ達と? それに繋がりの洞窟って、すぐ近くだよね? 』
うん! その洞窟までの距離は正確には分からないけど、キキョウシティから歩いてきた時間を考えると、そのはずだよ! テトラも分かってくれたらしく、予想を交えながらこう訊いてきた。それにわたしは、伝わってきた情報を基に、こう答える。今日の空みたいにモヤモヤとしている部分もあるけど、たぶん間違いじゃないと思う。なので声が聞こえた時の感覚を思い出し、わたしは正確な位置をもう一度探った。だけどその場所は予想以上に近かったので、わたしは思わず声をあげてしまった。そのせいでヤライちゃんとニド君、それからルギアの彼を驚かせちゃったけど…。
『うん。だからラフ、呼ばれてるから行ってくるよ! 』
『行ってくるって…、ライトひとりだけで? 』
『もちろんそのつもりだよ。洞窟とはそんなに離れてないから…』
『だがライト、お前が行くとお前が…』
『それは分かってるよ! 』
『ならライト、俺達はここに残って、エレン君達に就いていればいいね』
ティル、その通りだよ。本当は皆にも来てもらいたいところだけど、今のわたしは、ラティアスとして呼ばれている。だからラグナの言う通り、わたしが行くとわたしが狙われる。だけどそんな事、最初から分かっている…。だからわたしは、反対するラグナの主張に重ねるようにこう声を荒らげた。続けてみんなに指示を出そうとしたけど、それよりも先にティルが」口を開く。エスパータイプらしく、彼は鋭い勘でわたしの指示を言い当てる。その通りだよ、そう思いながら聴いていると、彼はだよね、と目で聴いてきた。
『うん。わたしだけ先に行くから…、ティル、ヒワダのセンターで合流しよう』
もしもの時のために、ユウカちゃんにも話を通しておくから。
うん。ラグナ達は俺が説得しておくから、行ってきて。…無理だけはしないように。
それと、エレン君達への事情説明もね。議論の味方に就いてくれたのは今のところティルだけだから、わたしはとりあえず、彼にこう指示を出しておいた。今日の最終目的地はそこだから、言わなくても良かった気がするけど…。だけど、相手が誰なのか、どの組織なのか分からない以上、どうなるか分からない。慎重なテトラじゃないけど、わたしは念のため、彼だけにこう伝えておく。すると彼も同じ方法で、声を伝えてきた。最後に念を押すような声が、わたしの中に響き渡った。
『行く…? ライト、相手が分からない…』
『じゃあティル、あとは頼んだよ』
『うん、任せて』
『らっ、ライト、待て…! 』
相変わらずラグナは納得してないけど、わたしは構わずに頷く。エレン君達への説明も含めて、わたしはこの場を頼れるパートナーに任せる事にした。ラグナはまだ何か言いたそうだけど、わたしだってのんびりしていられない。ユウカちゃんを待たせているから、ティルが頷くのを確認してから、わたしは目を閉じる。すぐに光を纏い、“ステルス”を発動させる。その状態で、わたしは呼び出した親友が待つ洞窟に向け、一気に加速し始めた。
―――
Sideライト
「…ほう、四年前よりは腕が立つようだなぁ」
「あの時はまだ新人だった…。四年も経ってるんですから、当然じゃないですか! ツバキは跳んでかわして、クロムは地震で牽制して! 」
ティル達と別れて飛ぶこと、大体三分。わたしはユウカちゃんがいるらしい、繋がりの洞窟に突入していた。明かりが無いと暗くて見えないけど、それは人間だったらの話し…。ラティアスのわたしは、ハッキリとまではいかないけど、一応見る事はできる。道幅は洞窟らしく、細くて入り組んでいる。ヒワダへは入り口から真っ直ぐ進むと抜けられる、って聞いていたから、たぶんわたしは本道からそれた道を進んでいるんだと思う。洞窟だからズバットとかイシツブテがいるはずだけど、そういうひと達の姿を全く見かけなかった…。そんな違和感を感じながら飛び続けると、入ってから五分ぐらいで開けた場所に抜ける事が出来た。湖…、だと思うけど、壁面の亀裂から差し込む光に、幻想的に照らされている。何もなければゆっくり見ていきたいところだけど、今はそれはできない。わたしを呼んだユウカちゃんは、何者かとの戦闘に入っているみたいだから…。
ユウカちゃん、お待たせ。
あぁ、だからわたしを呼んだんだね。姿を消したままのわたしは、壁際の陸地の近くで、辺りをキョロキョロ見渡す。パッと見た感じユウカちゃんは、トレーナー三人を相手にボスゴドラのクロムと、わたしの親友のツバキで応戦しているらしい。丁度わたしが見た時には、クロムが地面を力いっぱい踏み鳴らし、ツバキは三角跳びで跳躍したところだった。
そこでわたしは、彼女達のトレーナーであるユウカちゃんにこう呼びかける。“ステルス”している状態だから声は出せないけど、その代わりに直接頭の中に語りかけた。
「あっ、うん。案外早かったね。…ツバキ、クロム、一端退いて」
『ドラゴンクロー』
『くぅっ』
『って事は、ライトが着いたんだね! 』
『まぁ、それしかないよね』
もちろん彼女はすぐに気づき、応戦しているメンバーに指示を飛ばす。その間にツバキは、壁を蹴った勢いを利用し、空中で羽ばたくゴルバットに一撃を与えていた。着地したタイミングで振り返り、ユウカちゃんに向けてこう声をあげる。そこにクロム君も加わり、揃ってバックステップで相手との距離をとっていた。
ツバキ、ユウカちゃん、今はどんな状況?
『見ての通り、戦闘中だよ! 簡単に説明すると、一緒にいた新人トレーナーと野生のひとが逃げる時間を稼いでいるところ』
時間稼ぎ、って事かな?
「ツバキから聴いたね? うん、そういうこと。相手は…、四年前に戦ったグリース、覚えてる? 今は見ての通り、相手はプロテージだけど、その中の一人が幹部。その人が、元グリースのデルタなんだよ」
グリース…、解散したって聞いてたけど、まだ活動は続いてるってこと? わたしが言葉を念じてこう訊くと、すぐにツバキがこう返してくれた。着地した場所が悪くて足が濡れてたけど、彼女は手短にこう説明してくれた。ユウカちゃんにはツバキの言葉は聞こえてないけど、彼女も追加で話し始める。きっと彼女はわたし達が出逢った頃の事を思い出しながら、相手の事を説明してくれた。
グリースのデルタかー…。…ユウカちゃん、ツバキにクロムも、手を貸すよ?
後の二人は普通の戦闘員みたいだけど、相手が幹部だと、厄介だもんね…。だからわたしを呼んだんだと思うし。
「さっきから何を独りでブツブツと…」
「じゃあ、お願い! ツバキ、クロム、ここから攻勢に移るよ! 」
『ライトとの共闘って、いつ以来だっけ』
ミナモでの任務が最後だったから…
『三ヵ月ぐらいだね』
「なっ…、ラティアス? 」
ツバキ達なら苦戦するはずはない、って思ってたから、やっぱりそういう事だったんだね。ツバキとクロム君を一度下がらせたユウカちゃんは、大きく頷いてから、こう声を張り上げる。それを合図にしたかのように、クロム君はこう呟きながら身構える。体勢を低くしながら、身構えていた。ツバキの状態から何となく想像はできたけど、やっぱり彼女達は本気で戦っていなかったらしい。その証拠に、さっきツバキが一撃を与えていたゴルバットは、若干ふらつきながらも再び羽ばたいていた。
そこでわたしは、意識を集中させ、羽毛で光を屈折させるのを止める。その瞬間に差し込む光のベールよりも強い閃光が、わたしから放たれる。数秒も経たないうちに雲散すると、わたしは目で見て認識されるようになる。その証拠に、わたしの種族を知っている密猟組織の幹部は、驚きで声を荒らげていた。
「ツバキ、今のうちに、あれ、いくよ! 」
『幹部相手なんだから、当然でしょ! ユウカ、頼んだよ! 』
あれって事は、ユウカちゃん、これから本気で戦うみたいだね。相手が驚き慄いている間に、ユウカちゃんはこう声を張り上げる。彼女はこう言いながら、左の手首に身につけている青いブレスレットをいじり始める。さり気ない行動だったから、多分相手のトレーナーは気づいていないと思う。それにツバキは振りかえり、活発な声で大きく首を縦にふる。信頼した眼差しで彼女に訴えかけると、ツバキは相手の方に向き直る。これからする事のために、目を閉じて精神を統一し始めた。
「グリ―ス…、いや、プロテージのデルタ、ここからが本番です」
「そうだとは思ったが、幹部の俺相手に、ナメた口をききやがって…」
「エクワイルのアージェント、ユウカが、全力で相手します! 」
そこでユウカちゃんは、目と言葉に力を込める…。相手の幹部は何かを言っていたけど、そんな事は気にせずに彼女は言い続ける。最後は力強く言い放ち、相手に宣戦布告する。そのタイミングで彼女は、いじっていた右手を放し、白い石がはめ込まれた青いブレスレット…、“キーストーン”を高らかに掲げる。するとそこからは、まるで本当の戦闘の幕開けを知らせるかのように、強い光を放って輝き始めた。
Continue……