Vingt et neuf 雨の決着
Sideライト
「うーん…、わたしもそんなに変わらないと思うんだけどなぁ……」
『だがライト、潜入するのと比べれば、ライトの方が安全だと俺は思うな」
『確かにそうだよね。ライトの方が接触する回数は少ないし』
『でもテトラ? ヒイラギの変装ならバレにくいから、俺はライトよりもヒイラギが適任だと思うよ。技の威力も上がるみたいだし、万が一バレた時に、自分の身を守りやすくなるから』
『私はどっちが持ってても変わらないと思うんだけど…。クズと会うのは変わらないし』
ヒイラギと情報交換してから、わたし達はそれぞれの目的のために一度分かれた。別れたんだけど、わたし達の中では意見が二つに割れていた。意見が対立した原因は、もちろんヒイラギから託された“心の雫”。ここまでの何十分かで二回ぐらいバトルを挟んでいるけど、その議題が途絶える事は無かった。ラグナの意見も一理あるけど、やっぱりわたしはヒイラギが持っていた方が良いと思う。理由はティルと似たような感じだけど、もしかすると納得しないままソレを押し付けられた、っていうのが原因かもしれない。それに対して、テトラとラグナはわたしが持っていた方が良いと思っているみたい。こんな風に呟くと、ラグナはすぐに反駁する。そこにテトラが追撃を仕掛けてきたけど、ティルが反撃をしてくれる。…相変わらずラフは中立的な立場だけど、こんな感じで議論は平行線をたどり、全く進んでいなかった。
「ヘイスの実力は分からないけど、ひとりで就いてるて言ってるから、それなりにあるはずだし」
『だけど、もしヘイスがやられたらどうするの? フレアは傍にいないから、自力でどうにかしないといけないよ』
『ティルも実際に組み合ってみて分かっただろぅ。武術ではどうにかなるだろうが、バトルではどうだ? ヒイラギの正体が奴らにバレることも考えられる。ライトもそこは十分に分かっているよな』
たっ、確かにそうだけど……。わたしはメタモンの彼? を話題に出し、こう主張する。確実性に欠けるけど、それなりに良い証拠になるはずだと思う。だけどそれは、すぐに慎重なテトラによって覆されてしまう。ただでさえ彼女の一言で揺らぎ始めたのに、そこへラグナが追撃ちをかけてくる。心理戦を得意としている彼は、ここぞとばかりにこう主張してくる。問いかけるように放ってきた口撃は、グラグラと揺れるわたしの重心を正確に捉える。そのせいで、わたしの主張は音を立てて崩れ始めてしまった。
「うん…。それはわたしも分かってるよ。万が一、ってことも考えられる、よね。それがタダの玉なら大丈夫だけど、“心の雫”は一族の家宝だ…」
わたし達の種族に昔から伝わるものだから、尚更だよね…。一度崩れ始めたわたしの持論は、加速度的に崩壊していく。もし“心の雫”が奪われたら、大変なことになる。彼の巧みな話術によって、気がつくと種族にとって譲れない事を引き出されていた。やっぱり、議論ではラグナには敵わないよね…、そこを頼りにしているけど、今回は彼に白旗を振る。一族の家宝だからね、そう言おうとした、けど…。
「うわっ」
『きゃぁっ』
『ラフ! サイコキネシス』
ヒュュゥ…、と強烈な強風が駆け抜けた事によって、それは遮れらてしまった。何の前触れもなく吹いてきたから、わたしは何十センチか風に
煽られてしまった。空中で羽ばたくラフに至っては、突然の強風に対処できず、飛ばされてしまっていた。何とか彼女を掴もうとしたけど、わたしの手は虚しくも空気を捉える。だけどその代わりに、ティルが見えざる力で彼女を縛り、その場に留めてくれていた。
『みっ、みんな、大丈夫? 』
「うん、何とか」
『ティル兄、ありがとう』
『どういたしまして。とりあえずは、みんな無事みたいだね』
四肢で踏ん張り、何とか耐え抜いたテトラは、硬く閉じていた目を開けながらこう尋ねてくる。飛ばされてきた木の葉が何枚か付いていたけど、とりあえず彼女は無事だったらしい。その彼女にわたしは、鼓動が早鐘を打ちながらも何とか頷く。その間に拘束されているラフはこう言い、ティルは安心したように答える。風が止んでからすぐに解除したらしく、ラフはニ、三度翼を羽ばたかせ、地面に降りてきていた。
『そのようだな。この感じは、おそらく飛行タイプの技の類だろう。辺りを見る限りでは、暴風、といったところか』
わたし達の中では風上にいたラグナは、体毛に絡みついた砂埃をふるい落としながら、こう口を開く。何かを考えていたらしく、辺りをキョロキョロ見渡しながら呟いていた。ラフが飛ばされるぐらいだから、絶対そうだよね。少なくとも自然のそれじゃないと思っていたわたしは、彼の分析で予想が確信に変わった。風のせいで髪とか服は乱れたけど、それだけは綺麗に纏まった気がした。
「風にエネルギーを感じたから、そうかもしれないね」
『うん。ライ姉、ティル兄に助けてもらってる間に見つけたんだけど、あそこでしてるバトルの流れ弾、なんじゃないかな』
『バトル…、あぁ、あそこの、だね』
近くにわたし達以外、あそこにしかいないから、きっとそうだね。確信と共にこう言うと、ラフがあっ、と小さく声をあげる。彼女は綿みたいな左の翼で、その発生元と思われる方向を指す。あんな急な事だったのに、よく気付いたね、そう思いながら指された方を見てみると、確かに百メートルぐらい先に、いくつかの影を捉える事が出来た。首の動きがシンクロしたわたし達のうち、テトラが始めに気付いたらしい。ほんの少し彼女の方が早く、あっ、と声をあげていた。
『野生にしては技が強力すぎる気がするけど、見に行ってみない? 』
『いいね。私も同じ飛行タイプとして気になるし』
『なら、決まりだな』
「うん」
そうだね、わたしも気になってたし。暴風、っていう上級技という事もあって、わたしはその使用者の事が気になり始めていた。野生だと習得するのにかなり苦労するはずだから、そのことがわたしにそう思わせたのかもしれない。それはティルも同じだったらしく、テトラやラグナ…、わたし達にこう提案する。真っ先にラフがこう声をあげ、残りのメンバーもうん、って頷いていた。そこでラグナがこうまとめると、わたし達はそこに向けて歩き始めた。
『それにしても、ラフが吹き飛ばされるなんて、中々ないよね』
「暴風なんて飛行タイプの中でも上位の技だから、もしかするとトレーナー就きかもしれないよね」
『それにしては、近くに人の姿が見えないが…』
それもそうだけど、わたし達みたいに、別行動してる、っていうパターンもあり得るんじゃないかな。風の発生元まで半分ぐらい来たところで、ティルは徐にこう口を開く。ラフはまだ十三歳とはいえ、それでも結構経験を積んでる方だとわたしは思っている。そんな彼女を吹き飛ばしたほどだから、その風の主も相当の実力者だと思う。そう思ってわたしはこう言ったけど、ラグナの言う通り、トレーナーらしき人の姿は見られなかった。
『でもラグ兄、種族的にも野生じゃないんじゃないかな』
『どこかで見たことがある気がするけど、ブイゼルとゾロアはジョウトにはいないはずだもんね』
『はぁ、はぁ…、あんた、そんな大技を、隠し持っていたなんて…』
『でもオイラには…いっぱつうつのが…はぁ…げんかい…かな』
ラフの言う通り、この組み合わせならそうだとわたしは思った。風の発生元には、三つの影。わたし達に背を向けるように戦っていたのは、主にイッシュとかカロスにいるらしい、黒い種族…。ゾロアの彼女は、切れ切れながらもこう声を絞り出す。対して対戦相手…、ブイゼルの彼は、肩で息をし、膝をついた状態でこう言う。独特な口調の彼、対戦相手の彼女の様子からすると、バトルは終盤に差し掛かっているのかもしれない。両方ともふらついていて、立っているのがやっとっていう状態だった。
残りの影、ニドラン♂の彼は、そんな彼らのバトルを固唾を呑んで見守っていた。彼の傍には誰かのものらしい、エナメル質のバッグが一つ…。彼らの種族、その持ち物、それからブイゼルの喋り方…。色んなものが一つに繋がった事で、わたしの脳裏に電流にも似た何かが駆け抜ける。テトラも気づいたみたいだけど、それよりも先に、わたしは確信をもってその彼に声をかけた。
「ニド君、今って、どんな状況か教えてくれる? 」
『えっ、うん、いいよぉー。もう一時間ぐらいバトルが続いてる、っていう感じだねぇー』
『えっ、一時間も? エレン君、そんなに長い間戦ってるの? 』
『うん』
昨日知り合った彼は、のんびりとした様子でこう言う。シルク達と知りあいらしい彼は、急にわたしに話しかけられたこともあって驚いていたけど、何とか応じてくれていた。そんな彼は、パートナーの方をチラッと見ながらこう言う。終盤っていうのは分かってたけど、一時間も戦っていたなんて…。予想が当たった嬉しさよりも、その時間の長さに対する驚きの方が勝っていた。
『エレンという事は、ライトとテトラが会ったという、あの少年か? 』
『確かユウキさんと一緒で、ポケモンに姿を変えられるんだっけ? 』
『私も初めて知った時はビックリしたけど、そうみたいだよ』
話だけで聴いていたラグナ、それからティルは、昨日の事を思い出しながらこう尋ねてくる。面識のない彼らに対し、テトラはそうだよ、って明るく頷く。わたしは覚えてないけど、ニドランの彼と一度戦った事のあるテトラは、そうだよね、と例の彼に問いかけていた。
『そうだよぉー』
『わるいけど…これできめさせて…もらうよ…。アクア…ジェット』
『それはアタイも…、同じさ。引っ掻く』
『このバトル、これで決着がつきそうだね』
わたし達がこんなやりとりをしている間にも、彼らのバトルは展開を終わりに近づけていたらしい。足取りがおぼつかないブイゼルは、前に倒れそうになりながらも、何とか水を纏う。半ば技の勢いに身を任せて、相手のゾロアへと突っ込んでいった。その彼に対し、相手の彼女は前足に力を込める。爪を立てて様子を伺い、向かってきた彼に狙いを定める。だけどそれ止まりで、彼女が駆けだす事は無かった。
『くっ…』
『うぅっ…』
結果、相討ち。ゾロアの爪は相手の頭頂を、ブイゼルの水は敵の黒い体毛を濡らしていた。両者は重なる様に崩れ落ち、彼らを静かな風が包み込む…。意識は両方ともあるみたいだけど、とても立てる様な状態じゃなさそうだった。
『これって、引き分け? 』
『そのようだな』
しばらくの沈黙…。だけどその静けさを、ラフが確かめるように破る。バトルで引き分けは珍しいから、わたしもそう実感するのにかなり時間がかかってしまった。彼女の一言でようやく、ラグナがこう呟いていた。
『あんた…、エレンって、言ったわね。人間の割には…、くっ…、中々やるじゃない』
『ヤライも…ね…。いちどつかまっても…だっしゅつできただけのことは…あるね』
『ここまで楽しいバトル…、久しぶり、だったわ』
『オイラも…だよ』
意識だけは保っていたから、ふたりが起き上がるのにあまり時間はかからなかった。上に覆いかぶさっていたゾロアが最初に立ち上がり、こう彼に話しかける。傷が痛むらしく、顔を歪めていたけど、相手の検討を称えていた。エレン君も何とか言葉を繋ぎ、彼女の言葉にこう返す。両者とも腰を下ろしたままだったけど、互いに握手を交わし合う。引き分けだったとはいえ、ふたりの顔には清々しい笑顔が浮かび上がってきていた。
『ヤライ…もしよかったら…オイラたちと…こない? 』
『そうね…。アタイは今まで、ずっと一匹だったけど…、いいかもしれないわね…。今回は…、引き分けになったから、その決着もつけたい…。ユリンの事も…、放っては、おけない。だからアタイは…、その話、請けるこのにするわ』
バトル中に何かを話していたらしく、ブイゼルのエレン君はこう提案する。それに彼女は、何とか声を絞り出す。少し考えてからだったけど、彼女は彼の提案を受け入れる事にしたらしい。親友の言葉を借りるなら、「絆の架け橋が架かった」…。彼らの右手と右前足が、ふたりを繋ぐ堅い綱に見えたような気がした。
Continue……