Vingt et huit 強さの秘密
Sideティル
「…そうだ。ティル、折角久しぶりに会えたんだから、一戦交えない? 」
『えっ、ここで? 』
久しぶりに再会したヒイラギとの情報交換を早々に切り上げ、俺達は貯まっていた二年分の雑談に明け暮れていた。時間を気にせず話していたから予定の時間を大分過ぎてるけど、正直いってそんな事、俺はもう気にならなくなっていた。そもそも昨日ジム戦ができなかった時点で、俺達の予定は狂っている。この後も誰とも会う約束はしてないから、思う存分話し込んでいた。
そんな中、ヒイラギが徐にこう話を持ちかけてくる。それに俺は思わず、何で今? と声をあげてしまった。再会したカフェの前からは移動していたけど、それでもまだ屋外にいる。適当な喫茶店にでも入ってしようかとも考えたけど、それだと身体がどちらかというと大きい俺とフレアは話せなくなる。だから俺達は、キキョウシティの南側のゲートの傍に移動してきていた。
『武術で組み合うんなら、ここよりも街道に出て林の中でしたほうがいいとおもうんだけど』
『俺達は見慣れているが、それ以外はそうでないからな』
うん、確かにその通りだと思うよ。ヒイラギの提案に、慎重なテトラが真っ先にこう尋ねる。道端で彼と会ったとき、いつもそうしていたから、彼女はきっとその事を思い出しながら聞いたんだと思う。そうしないと、第三者から見ると、マフォクシーの俺が直接トレーナーのヒイラギに攻撃している光景が繰り広げられることになる。テトラに続いたラグナも、きっとこう考えてヒイラギに疑問を投げかけていた。
「ううん、それもいいけど、今日は普通のシングルバトルをね」
『シングルバトルをって…、それならライ姉とした方がいいんじゃないの? 』
『俺もそう思ったんだけど…、ヒイラギ、何か試したいことがあるらしいんだ』
「試したい、こと? 」
試したいことって、何なんだろう? 武術の新しい技なら、組手をしたい、って言う筈だけど…。それにヒイラギがバトルって、珍しいよね。てっきりそう思っていた俺は、彼の口から出てきた言葉に、えっ、と振り返ってしまう。予想外だったから、頓狂な声をあげてしまった。そこにメタモンのヘイスと話していたラフが割り込み、ヒイラギをこう問いただす。だけどその代わりに、同じく話していたギャロップのフレアが答えていた。その真意を知らない俺は、すぐにその彼に訊き返そうとした。だけどライに先を越され、それは叶わなかった、結果的に同じことを訊いていたけど。
「ちょっと技を試すだけだから。…だからテトラ? ライトの時みたいに、フラッシュ、頼んでもいい? 」
『いいけど…、うん。フラッシュ』
元の姿でって事は、そっちでも新しい技、使えるようになったのかな? ヒイラギが使える技、知らないけど…。彼はライトの問いかけに、すぐにこう返事する。言うが早いかするが早いか、彼はこう言いながら持っていた荷物を地面に下ろす。そのまま視線をテトラに流し、こう頼み込む。それにテトラは何かを言おうとしていたけど、それを言わなかった。テトラに訊かないと分からないけど、もしかすると俺と同じようなことを質問しようとしていたのかもしれない。だけど彼女は半信半疑のまま頷き、例の技を発動させる。すると彼女の両方の触手に白い光球が二つ、出現する。それを彼女は撃ちだすことなく、そのまま一つずつ発光させていた。
『ふぅ…、テトラ、ありがとね。ティル、始めよっか』
『あっ、うん』
カモフラージュ代わりの閃光が収まると、そこには本来の姿に戻った俺の親友…。ラティオスとしての彼が、体勢を起こした状態で、フワフワと浮遊していた。
半ば流れに身を任せていた俺は、閉じていた目を開け、彼に向き直る。ほぼ空返事に近い状態だったけど、とりあえず俺はこう頷く。それから俺は、慌てて気持ちをバトルに切り替える。きっと技の状態とかコンディションを試すだけだから、軽くで良いよね、そう考えながら、俺は彼の動きに注意を向け始めた。
『じゃあ早速、僕からいかせてもらうよ! 燕返し』
『っ! 』
えっ、まっ、まさか、いきなり接近戦? 彼はこう宣言するや否や、即行で技を発動させる。素早い動きで体勢を低くし、一気に距離を詰めてくる。技の効果で、四メートルはあった距離を一瞬のうちに滑空し、正面から突っ込んできた。
定石通り、俺はてっきり特殊技を発動させてくると思っていた。なので俺は、サイコキネシスで対応しようかと思っていた。だけどその予想ははずれたので、慌てて懐のステッキに手をのばす。咄嗟にそれを引き抜き、居合いの要領でそれに対抗する。空気との摩擦で紅い軌跡が描かれ、ある一点でそれは途絶える。微調整していたために彼の左翼を捉え、僅かに彼の軌道を上に逸らす事になった。
『流石ティルだね。必中技のはずだけど、これが防がれるなんて思わなかったよ』
『ヒイラギこそ』
そのまま彼は、俺の上で宙返りをし始める。半分ほど回った辺りで、俺にこう話しかけてきた。それに俺は、警戒を緩めずにこう答える。最初に燕返しを発動させたのなら、ヒイラギはきっとスピードを生かした接近戦タイプ…。武術が得意ななヒイラギなら、このタイプかな…、俺はこう予想しながら、次の攻撃に備えた。
『なら、これならどう? 鋼の翼』
やっぱり、接近戦タイプだったね。彼はさらに九十度回転したタイミングで、技を発動させる。たぶんエネルギーを翼に送り込むことで、そこを硬質化させる。すれ違い際に当てるつもりらしく、俺の腰ぐらいの位置を滑空してきた。
『物理技…、ヒイラギらしくて安心したよ』
『くっ…』
それに対し、俺も物理的な攻勢に移る。ヒイラギとの距離が三メートルになったタイミングで、俺は勢いよく左足を振り上げる。そうすることで七センチぐらい真上に跳び、足の高さを彼の位置に合わせる。一メートル縮まったところで、俺は右足を地面と平行に屈ませ、そのまま左に振り抜く。その勢いで左回りに回転し、回る勢いも足に乗せる。丁度最高速度になったところで、彼の鋼鉄の左翼を捉える。更に回転のついでに、足に続いて尻尾でも一撃を与えた。
『物理技は、違うかぁ…』
『何を試してるのか知らないけど、退かせないよ。火炎放射』
通常攻撃とはいえ僅かにダメージを食らった彼は、連撃を避けるべく後ろに飛び下がる。何を考えてるのかは訊いてみないと分からないけど、こんな風に呟きながら距離をとっていた。それに対し、俺は当然追撃を仕掛ける。正面に向き直るように着地しながら、口の中に炎を蓄える。喉に力を入れ、長く息をはくイメージで、それを放出した。
『さっ、サイコキネシス』
『なっ…』
うっ、嘘でしょ? 咄嗟だとは思うけど、彼は慌てて超能力を発動させる。俺もほとんど溜めてなかったけど、それでも圧しきれると思っていた。だけど俺の予想は、また外れてしまった。彼に向けて一直線に進む紅い軌跡は、彼の三十センチぐらい手前で進路を変えられる。弾かれたように進む先が変化し、それは虚空を捉える事になった。
『聴いてはいたけど、こんなにも…。ラスターパージ』
当の本人も予想外だったらしく、えっ、と驚きを顕わにしていた。だけどすぐにそれを頭の片隅に追いやり、すぐにエネルギーを蓄える。それを激しい光と衝撃波に変換し、すぐに解き放ってきた。
『サイコキネシ…、くっ…』
ラスターパージ、専用技だから強いのかなぁー、って思ってたけど、ここまでとは思わなかったよ…。咄嗟に見えない力で光の波を止めようとしたけど、ギリギリ間に合わなかった。発動の途中だったけど、間に合わないと気付き、慌てて中断する。時間が無かったから、中途半端に重心を落とした状態で技を受けとめる。五十センチぐらい圧されたけど、それでもとりあえず耐え抜くことはできた。
『ヒイラギ、武術だけじゃなくて、バトルの方でもここまで強かったんだね』
『ううん、バトルするのは久しぶりだし、いつもはこんなに強い威力は出せないよ』
追撃を警戒して後ろに跳び下がったけど、彼からの次なる一撃は来なかった。代わりにヒイラギはふぅ、と一つだけ息をはく。かと思うと彼はバトルの緊張を解き、短い手を組んで解すように伸びをしていた。そこで俺も体の力を抜き、リラックスする。落としていた重心と、右手に持っているステッキを元に戻す。それから俺は、彼にこう話しかけた。けど彼は、体勢を起こした状態で首を横にふっていた。
「それならヒイラギ? ヒイラギの知らないうちに鍛えられてたんじゃないの? 」
『それなら物理技の威力も上がってるはずだよ』
ライトが言うんなら、そうなんじゃないの? 元々の彼の実力は武術しか知らないけど、俺は率直にこう思った。だけど彼は、またも首を縦には振らなかった。彼はこの手合せで何かを感じ取ったらしく、ライトの問いかけに即答していた。
『見た感じでは、燕返しの威力はいつも通りだったな』
『んでも、アレの効果は分かったんじゃねぇーの? 』
『うん。ソウルさんから聴いてたけど、ここまでとは思わなかったね』
「ソウルさんから? 」
ソウルさんって確か、ハートさんの双子のお兄さんだったよね? 結局一回しか、会えてないけど…。彼のパートナーのフレアは、彼なりにヒイラギの戦いを分析してたらしい。フワフワと浮いている彼の方を見、こう言っていた。それに続くように、メタモンの彼も見上げ、こう続ける。彼らの中だけで通っている事があるらしく、その事について話していた。だけどそこに、知り合いの名前を聞いたライトが割り込み、更に疑問を投げかけていた。
『うん。ジョウトに来る前に事務所の方にソウルさんが来てね…』
「その時にコレを託されたんだよ」
「えっ、それって…」
ヒイラギはこう言いながら意識を集中させ、激しい光を纏う。テトラにもう一回フラッシュを発動してもらった方がいいんじゃないの、そう思ったけど、間に合わなかった。そのまま彼は人間の姿に変え、こう続ける。そう言いながら近くに置いていた荷物の中を探り、あるモノを取り出す。それが何なのかライトはすぐに分かったらしく、嘘でしょ、っていう感じで声を荒らげていた。
「“心の雫”だよね? 」
『これがそうなの? 』
ひっ、ヒイラギ? 凄く大切な物って聴いてるけど、持ちだしてよかったの? そのモノの名前を言ったライトだけでなく、俺、それからラフも、思わず声を荒らげてしまった。ヒイラギが取り出したそれは、淡い水色に輝き、中に水泡のようなものが浮き沈みしている…。彼の手の中で、神秘的な雰囲気を俺達に与えていた。
『組織にいた頃に一度だけ写真で見た事があるが…、そうらしいな』
『俺は一回だけハートさんから見せてもらった事があるけど…、この感じは絶対に双だよ』
『何か凄く綺麗…』
この感じ、間違いないね。宝石にも似た輝きを放つそれに、俺達三者三様に感想をもらす。ラグナは思う出すように呟き、俺は確信をもってこう言い放つ。テトラは俺達とは違い、秘宝とも言えるその輝きにうっとりしていた。
「そう。ライトは姉さんから、僕達の同族の事は聴いてるよね。その時に僕はソウルさんに、これを見せればすぐに分かってもらえる、って言われたんだよ。その時に“心の雫”の効果も聴いてね、僕の種族のラティオスと、ライトのラティアスだけに効果があるみたいなんだよ。効果はさっき見た通り、僕達の特殊技の威力を上げてくれるみたいだね」
「わたし達の? …うーん、言われてみれば、わたし達だけっていうのも分かる気がする。“心の雫”って、何代か前のラティアスかラティオスの魂が結晶化したもの、って聴いた事があるし…」
『そういえばそんな事言ってたよな』
「うん。だけど僕よりもライトに持ってもらった方が良いかな」
「えっ、わっ、わたしが? 」
俺達がそれぞれのリアクションをしている中、ライト達は別で話を進めていた。ほとんど聴いてなかったから分からないけど、どうやら凄く重要な事を話していたらしい。ライトが驚かすを食らった時以上にビックリしていたから、たぶんそう。彼女にしては珍しく、声がかなり上づっていた。
「そう僕がもっててもいいんだけど、これから潜入するつもりだからね…。それに僕よりも強いライトが持ってる方が、安全でしょ? 」
「でっ、でもわたしだって…」
「ライトは特殊技が中心だから、尚更だよ」
彼はライトを説得するように、こう話を続ける。当の本人は何とか断ろうとしていたけど、彼は半ば無理やりそれを彼女に手渡す。傍から見ると無理やり、って感じで、そのままライトの鞄の中に押し込んでいた。
Continue……