Vingt et sept 探偵の合言葉
Sideティル
「…潜入調査? 」
「そう。カントーの警察本部からの依頼でね」
二年ぶりにヒイラギ達と再会した俺達は、久しぶりという事もあって会話に華を咲かせていた。ラグナだけはほんの数カ月前に会っていたけど、俺達はそれまでにあった事について話し合っていた。俺達の方からは、主にエクワイル関係。ヒイラギはエクワイルの一員じゃないけど、探偵として活動している。聴いたところによると、彼も俺達と同じように調査しているらしい。詳しい内容は今から聴くところだけど、俺の予想では、俺達と追っている組織が同じ…。俺達から話した時、スムーズに話が通っていたから、きっとそうだろうと俺は思っている。
この事以外にも、俺達はライト達の同族についても情報を交換した。忘れているといけないから一応確認するけど、ヒイラギも、一言でいうならライトと同じ。人間の姿をしているけど、姿を変えているだけで、彼の正体はラティオス。少なくとも、俺が知ってる三年前から、ギャロップのフレアと探偵として活動している。変装とか他人のマネをするのが得意で、それを生かして内偵調査とかをよくしているのだとか。それ以外にも、彼は武術を得意としている。カントーにいた頃、俺達は頻繁に会って、組手とかでちょっとした武術の練習をしていた。会うのは二年ぶりだけど、彼は親友であってライバルだと俺は思っている。
『まだ潜入はしてないけど、最近よく聞くプライズの情報を仕入れるよう頼まれているわけだ』
『って事は、変装が得意なヒイラギに白羽の矢が立った、って感じ? 』
「…まぁ、そんなとこかな」
なるほどね。潜入調査は結構危ないけど、武術を極めてるヒイラギなら何とかなるかもしれないね。ヒイラギがこう言った後、フレアが手短に付け加える。彼はいつも通りすれば、きっと大丈夫だろう、とヒイラギの方をチラチラ見ながら言っていた。そこにテトラが首を傾げながらこう訊ね、彼らにその真意を伺う。ニ、三秒ぐらい曇り空を見上げ、彼は少しだけ何かを考える。すぐに視線を元に戻し、そうだよ、と答えてくれいた。
「僕らも一昨日に着いたばかりだけど、明日には潜入するつもりだよ」
『今のところ俺とヒイラギだけで潜入して、フレアは一匹だけで情報収集にあたる事になってるから』
『それで、時々合流して、情報を交換するんだね』
ヒイラギのメンバーならではだね。ヒイラギは、左腕に身につけている腕時計に視線を落としながらこう言う。これは俺の勘だけど、きっと彼は陸路でここまで来たんだと思う。その証拠に、彼のメンバーのヘイス…、メタモンは、どちらかというと機動力に優れていると言われているウィンディに変身していた。空を飛んできたなら、彼は飛行タイプかドラゴンタイプの種族に姿を変えてるはず、今は元の姿だけど…。
ちょっと話が逸れたから元に戻すけど、その彼に、ヘイスは俺達の方を見上げながら補足を加える。そこへ俺が予想を交えながら、ヒイラギの方を見、こう続けた。
「ティルは何でもお見通しだね」
「ならヒイラギ? その時はどうするの? わたしなら見分けられるけど、他の人が見破った、って聞いた事ないし」
お見通しと言うか…、ただ勘が当たっただけだけど。俺と同じエスパータイプだけど、彼は流石だね、と俺に言ってくれた。当てようと思って言った訳じゃないけど、嬉しくもあって、ちょっとだけ気恥ずかしさもあった。そんな俺はさておき、こう言ったヒイラギに、ライトがこう訊ねる。俺も後で聴こうと思っていたけど、彼女に先を越されてしまった。
「あぁ、その事なら、簡単だよ。僕達の中で合言葉を決めてるから」
『合言葉を? …あっ、そっか。合言葉を決めておけば、社会のクズとも見分けがつくもんね』
ラフ、社会のクズって、その顔で言う事じゃないと思うけど…。ライトに訊かれたヒイラギは、あっ、と何かを思い出したように小さく声をあげる。すると彼は、当たり前の事の様に、サラッと流すように言い切る。それなら、俺達でも何とかなりそうだね、そう思っていると、ラフがパッと弾けた声でこういう。ラフらしいと言えばラフらしいけど、彼女は途中で出てきた単語とは正反対の表情で言の葉を繋いでいた。
『まっ、そういう訳だな。…あっ、そうだ。ヒイラギ、折角潜入前に会えたんだ、ライト達にも合言葉、教えておいたらどうだ』
『そうだな。ライトに教えておけば、ヒイラギのチカラで正確に伝えられるよな』
ヒイラギの…、チカラ? …あっ、そっか。ヒイラギの種族なら、何とかできそうだね。弾ける彼女に訊かれたフレアは、少しだけ考えた後、うん、と頷く。彼の様子からすると、もしかするとラフが言った事について考えていたのかもしれない。そうかと思ったら、彼は突然、何かを思い出したようにこう声をあげる。それにメタモンのヘイスが、名案だ、と言う感じで彼に続く。この中で一番小さい彼…? 彼って言っていいのか分からないけど、ヘイスはそうだよな、と見上げながらヒイラギに尋ねていた。
「うん。スカイさんみたいに誰にでも…、っていう訳にはいかないけど、ライトがいてくれるなら」
「お兄ちゃん、得意だからやった事ないけど、ハートさんから聴いてるから、たぶん大丈夫だと思う」
確かにライトのお兄さん、そのチカラを使うの、上手いもんね。彼はたぶん、ライトのお兄さんの事を思い浮かべる。そのままヒイラギは、ライトの方に目を向け、こう呟く。ライトとヒイラギは兄弟同士じゃないけど、同い年で幼なじみ。ヒイラギとは近い関係だけど、ライトは自信なさげにこう呟いていた。
『ライトならきっとできるよ』
『俺達が保証するから! 』
「ライトは昔からそうだもんね」
じゃあ、言うよ。
ライト、ライトならきっと出来るよ! だってライト、三年前にステルスを始めて教えてもらってた時、一発で出来てたでしょ? 自信なさそうにしているを、俺は何とかして励まそうとした。三年前、すぐに出来たんだから上手くいくよ、そう言おうとしたけど、テトラに先を越されてしまった。彼女はにっこり笑いかけ、ねっ、と優しく声をかける。その後に俺がこう続き、最後にヒイラギが締めくくる。心なしか俺達が声をかけてから、ライトの表情に一種の光のようなものが戻ったような気がした。俺達と同じエスパータイプらしく、彼は多分、彼女の心境の変化を感じ取ったのかもしれない。ヒイラギはライトの様子に気づくと、こう言の葉を念じる。俺達の頭の中に彼の声が響きはじめ、さらに文を連ねていった。
僕がテレパシーで“夢”って伝えるから、ライトは“現実”って返して。
“現実”、だね。
うん。返してくれたら、チカラを使うから。
でもヒイラギ? それならわざわざ合言葉を伝えなくても、直接使った方が早いんじゃないの?
合言葉、っていうぐらいだから、俺はてっきり長めの文章かと思っていた。だけど彼から伝わってきたのは、たったの一単語…。思った以上に短かったから、俺は思わず、それだけ、と声に出して呟いてしまった。テトラ達はどう思ったのかは分からないけど、少なくともライトは、何の疑いも無く聞き入れたらしい。それに対して俺は、この事とは別の事に関しても疑問が浮かんでくる。それを彼らと同じ方法で、全員に聞こえるように訊ねた。
確かにそうだけど、ライトにも僕がどこにいるのか、分かってもらわないと発動できないからね…。チカラの原理から話さないといけないんだけど、イメージを伝えるには、ラティオスとラティアス…、両方が互いに強く意識しないといけないんだよ。
『ライ姉も? 』
うん。一言でいうなら、テレパシーと似たような感じかな。テレパシーが声に対して、このチカラは映像を伝える事になるから。その後でラティアスを通して、近くにいるひとに、初めて伝えられるんだよ。
『そのイメージを伝えられるのも、ラティアスの近く、三メートル以内…。そうだよな』
そう。僕とライトなら…、たぶんラグナが言ったぐらいの範囲かな。ライトから僕の方に伝えるのは無理なんだけど、こんな感じかな。
っていう事は、合言葉は…、ただヒイラギの居場所を探すための手がかり。それだけってこと?
『まぁ、そんなとこだな』
『一応俺達は変装してる時に本人確認に使ってるけどな』
なるほどね。ライトのお兄さんのなら体験したことがあるけど、本当はそんな風にしないといけないんだね。彼の解説で、俺は何となくだけどその意味が解る事が出来た。声なき会話で知れた情報によって、俺の中のモヤモヤに光が差し込む。実際の空は曇ってるけど、少なくとも俺の中だけは、それが取り払われたような気がした。
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