Chance Des Infinitude〜ムゲンの可能性〜 - Chapitre Trois Des Light 〜出逢う者達〜
Vingt et cinq 初めて感じる…
 Sideライト



 「ちょっ、ちょっと、通れないってどういうことなんですか」
 「だから、急きょ工事が…」
 そんなこと、昨日は一言も言ってなかったよね? 人が犇めく狭い空間で、わたしは思わず声を荒らげてしまう。これほど重要な事なら、事前に知らされているはずだけど、今日の朝までにそれは無かった。もちろんこの場所にいるのはわたしだけではない。休日の十一時過ぎだからさすがにサラリーマンとかOLはいないけど、その代わりに家族連れやトレーナーの姿が目立つ…。中にはゲートの係員に掴みかかり、今にも殴り掛かりそうな人さえいた。
 ここで、この状況に至るまでの事を話すと、ジム戦が終わった直後はもちろん、戦ってくれたテトラの回復のためにセンターへ…。時間も的にも多い時間だったからニ十分ぐらいかかったけど、それでも十時半までには行動を始める事は出来た。あまり大それたことはしてないんだけど、待ち時間に連絡を取っていたジョウトのアージェントに事後報告。昨日の夜に書いていた報告書を渡して、すぐに分かれた。それからは、みんなと一緒にキキョウの観光。流石に昨日の事件のせいで塔は無理だったけど、それなりに楽しむ事はできた。キキョウはカフェとか喫茶店が有名みたいで、思った以上に店の数が多かった。
 一軒一軒巡るとキリがないから、適当に切り上げて次の目的地へ…。わたしたちはこの次にコガネシティに行くつもりだったけど、見ての通り、この有様…。この通り人でごった返しているから、ティル達はみんな、ボールの中。だから今は、わたしだけ…。コガネとエンジュに繋がる西側のゲートで、足止めを食らっていた。
 「なのでお手数ですが、公共交通機関をご利用ください」
 「だから何で急に工事が入ったのか…」
 「ですから急きょ道路の工事が…」
 「ハァー…、もう、いいです」
 あぁ、これはもうダメだ。工事工事って…、全く説明になってないし…。他のひと達と混ざって問いただしていたけど、返ってくるのは工事の一点張り…。ニ、三回ぐらい訊いたけど、それしか返って来なかった。とうとうわたしは折れ、盛大なため息を一つつく。呆れを含んだそれは人混みをかき分けていったけど、すぐに空っぽな壁に隔たれてしまった。
 「このままここに居ても時間の無駄だから…、予定を変えるしか、ないよね」
 仕方なくわたしは相手に勝利を譲り、押されながらも回れ右をする。じゃあこのあとはどうしよう…、そう考えながら、人の間を縫っていく…。体中が痛くなったけど、何とかニ、三分ぐらいで、抜け出すことが出来た。
 「西のコガネとエンジュがダメってことは、南のヒワダかな…。ヒワダならジ…」
 「すみません、少しお時間、いいですか」
 「えっ、あっ、はい」
 ヒワダならジムもあるしね…。そう独りで呟きながら、わたしは鞄の外ポケットに手をのばそうとする。そのうちの一つを手にとり、その手でもう一個取ろうとしたけど、急に話しかけられたのでそれは叶わなかった。正面から歩いてきた青年に声を掛けられ、その驚きで思わずボールを手から落としてしまう。なのでわたしの鼓動は早まってしまい、中途半端にしか返事する事ができなかった。
 「先を急いでるんで、すこしだけなら…! 」
 落とした衝撃で開いたボールを拾い上げ、彼の方に向き直る。直接目で見てないから分からないけど、背的に、多分出たのはティルだと思う。だけどわたしには、それを確認する事さえできなかった。
 「あっ…」
 『ライト、人混みは抜け…あれ? 』
 『だから言ったじゃない…、あまり急に話しかけない方がいいって』
 なっ、何なんだろう、この感じ…。ええっと、何というか…。わたしはその彼を見た瞬間、言いようの無い感覚に満たされる。何て例えたらいいのか分からないけど、衝撃が走ったというか、何というか…。今まで感じた事がない、衝動的な感情に包まれた。唯一分かったのは、顔の火照り…。さっきまで人ごみにいたけど、その時以上の熱が湧き上がっていた。
 『ライト、どうかした? この人に話しかけられてるけど…』
 「ごっ、ごめん。つい癖で…」
 何というかこの人、カッコイイ…。正直言って、わたしのタイプかもしれない…。もしかして、これが、一目惚れ、っていうモノなのかな…。だとしたら、この人が好きになった…、恋に落ちた…、ってこと?
 『ライト、聴いてる? 』
 ってことは、もしかするとそうなのかも…。たっ、確かに、何故か分からないけど、凄くドキドキしてきた…。本当にわたし、この人の事が好きになっちゃったのかな…。
 「あの…、大丈夫ですか」
 『だけど直さないと仕事にならないでしょう。現に何回も失敗してるんだから』
 『ライト! 』
 いいや、だめだ。この気持ちは、この人が好き、って事だけど、わたしがこう思ったらダメなんだ…。だってこの人は人間で、わたしはラティアス…。わたしはポケモンなんだから、人間との恋は、叶わな…。

  ライト! ボーっとしてるなんて、らしくないよ!

 「ひゃっ」

  ごっ、ごめん。

 自問自答を繰り返していたせいで、わたしはティルが話しかけてくれていたことに全く気付くことが出来なかった。そんなわたしに痺れを切らし、彼は力強く言葉を念じる。そうすることで、わたしの中に強制的に声が響く。彼のテレパシーが、結果的にわたしを元の世界に連れ戻す事になった。
 なのでわたしは思わず頓狂な声をあげ、同時にとびあがってしまう。その後で言葉を念じ、その彼に慌てて謝った。
 「あの…、大丈夫ですか」
 「あっ、はい。何とか…」
 わたしの不自然な様子に、話しかけてきた彼はこう言葉をもらす。心配そうに、恐る恐るわたしに話しかけてきていた。それにわたしは、何とか頷く。今度は別の意味で早鐘を打っていたけど、それでも何とかこう答える事はできた。
 「よかった…。ええっと、オレはフスベ新聞に勤めているウィルっていうんですが、いくつか話を伺ってもいいですか」
 「はい。少しだけなら…」
 わたしの答えに安心したらしく、彼はホッとかたを撫で下ろす。かと思うと徐に胸ポケットに手をのばし、何かを取り出す。何かのケースらしく、そこから自身の名刺を取り出す。こんな感じでわたしに訊きながら、それを手渡してきた。
 それに対し、わたしは半ば流される感じで頷く。言われるままにそれを受け取り、何となくそれに目を通す。フスベって確か、ここからは結構離れた所にある町だったような…。うろ覚えの地理情報と照らし合わせながら、わたしはこんな風に考えていた。
 『だからウィル、敬語を使わないとって、いつも言ってるのに…』
 『いいよ、気にしなくても。慣れないみたいだし』
 そんな彼の傍らで、パートナーと思われる彼女…、主にカロスにいるって言われている雌のニャオニクスが、こう呟いている。わたしが見た感じでは、それを言わないと気が済まない…。というよりは、呆れたような感じで、ため息をついていた。その彼女にティルは、ううん、って気さくに話しかけていた。勘だと思うけど、短い間にこの記者の事を探っていたらしい。手を前で小さく左右に振り、こう言っていた。
 「なら、昨日、マダツボミの塔でボヤ騒ぎがあったのを知っていますか」
 「あっ、はい。近くにいたので…」
 近くにいたというか、わたし、その関係者なんだけど、一応…。わたしが落ち着いた事を確認し、彼はこう質問する。朝のニュースで見たからかもしれないけど、彼は昨日の事を知ってたらしい。知ってか知らずかは分からないけど、その事を、一応当事者のわたしに尋ねてきた。それにわたしは、こんな感じで言葉を濁す。初めはわたしが収束に向かった、って話そうかと思ったけど、すぐにやめた。ただでさえ予定が狂っているから、早く別のプランを相談しないといけない。そういう訳で、わたしはあえて話さないでおくことにした。
 「でしたら、その直後に怪しい集団見た、という情報があるんですが、見かけましたか」
 「は…、いいえ。何だろう、って思ったんですけど、別の予定があってすぐに移動したから、それは知らないです」
 怪しい集団って、絶対にプライズだよね…。それに、まだニュースでその事はやってなかったのに、どこで知ったんだろう…。記者の彼はこう話を続け、次なる質問をぶつけてくる。報道されていない内容だったので、流石新聞記者だね、わたしはそう感じながらも、とりあえずこう答える。ウソをついた事に、ちょっとだけ後ろめたくなった。だけどそれを、必死に押し留め、何とか顔に出ないようにした。

  集団って、プライズで間違いなさそうだよね。

  ティルも、そう思うよね。状況的にも、間違いなさそうだし。

 彼も同じ事を思っていたらしく、テレパシーでこう語りかけてくる。テレパシーを使ったのはたぶん、わたしがうっかり声で返さないようにするためだと思う。何しろ、目の前には普通の人間の彼がいる。彼からは、マフォクシーの鳴き声に返事してるようにしか聞こえない。だから、ティルはそうしてくれたんだと思った。だからわたしは、パートナーの彼と同じ方法で語りかける。実際にその集団と戦っていたんだから、知らない方がおかしいよね…、そう思いながら、彼に言葉を伝えた。
 「そうですか…。ご協力、ありがとうございました」
 どうやら聴きたい事は全部訊けたらしく、彼はこう話を切り上げる。終始走らせていたメモ帳のペンを止め、それをパタンと閉じる。見損ねたから分からないけど、彼はそれをどこかにしまい、不器用に一礼する。その動作に胸がキュンとなったのは、ここだけの話しだけど…。
 慣れない様子でぺこりとお辞儀した彼は、それだけを言うと徐に歩き出す。それにニャオニクスの彼女も続く…。ゲートの方に歩いていったから、今日は通れませんよ、そう言おうとした。だけど、わたしはそう言わず、喉の奥に押し留める。人が多い方が、取材はしやすいよね。それに、叶わない恋だけど、また話したいなぁ…。そう思いながら、彼の背中を見守る事にした。
 『…あれ、ライト? もしかして…、さっきの人に惚れちゃった? 』
 「んぇ? そそそっ、そんな、こと、なっ、ないよ」
 だけど、この事を彼には見抜かれてしまった。


 Continue……

■筆者メッセージ
ラグナ『“絆のささやき”第五十六回目は、グラエナの俺、ラグナがお送りしよう。シルクは本編に出演しているからな、この放送に出れないので代理、という訳だ。

さて今回は、内容の補足をしようと思う。

おそらく、何の他愛のない会話シーンだと感じただろう。だが実は、そうではないらしい。@から聴いた事なのだが、今回と、その次の内容は、ストーリー上重要らしい。俺はそれだけしか聴いてないのだが、確かにそうかもしれないな。何しろ、俺の勘だから何とも言えないが、ライト、完全に恋に落ちているな。俺はその恋を応援しようと思ったのだが…、残念、だな。実らない恋…、言うまでも無く、辛いだろうな…。

この後、どうなるのか、展開に期待、だな。なので、今回はここまでとしよう。またな。
Lien ( 2016/04/16(土) 16:16 )