Vingt et trois 特殊ルールの概要
Sideライト
日付は変わり、今日は始業前最後の休日。わたし達はあの後、長時間戦ってくれたラグナ達を回復してもらうために、センターへと向かった。保護した新人トレーナー、カナちゃんも一緒だったから、待ち時間にわたしたちの事を話すついでに、ちょっとした雑談…。イーブイのコット君は大のボール嫌いっていう事には驚いたけど、それなりに有意義な時間を過ごすことができた。その後でお詫びも兼ねてコット君達のバトルを見てあげようかと思ったけど、それは出来なかった。何故なら、センターに戻った時点で、既に空は茜色に色づいていた。なので、それは夕食代を
奢る事に変え、再び雑談。その時にジョウトの今現在の状況も詳しく聞くことができた。わたしが思っていた以上に状況が悪かったけど、全部が密猟者関係ではなかったので、内心ほっとした部分もあった。
八時ぐらいに話を切り上げ、わたし達はそれぞれの部屋に戻った。今回の事件の報告書を仕上げてからラグナにこっぴどく叱られたけど、それ以外は快適に過ごすことができた。部屋の設備はホウエンやカントーと同じような感じで、広さもそこそこ。メンバーの中で一番大きいティルでも、十分にくつろぐことが出来ていた。一日で起きた事が多すぎて忘れそうになってたけど、わたし達はこの日にジョウトに着いたばかり…。船旅での疲れもあったので、十時半には眠りについた。わたしはすぐに寝たから後で聴いた話だけど、テトラは中々眠れなかったらしく、ラフに頼んで歌うを発動してもらってたらしい。
夜が明けて、わたし達は八時には動き始めていた。それまでには支度を全部済ませ、三十分にはチェックアウト…。カナちゃん達はまだ出てきてなかったけど、予定が詰まってるので、先に出発する事にした。
「すみません」
という訳で、わたしは今、ある建物の前に来ている。そこの自動扉をくぐってから、こう声をあげる。今からする事があるので、わたしの傍には、誰もいない。公式な事なので、ティル達にはボールの中で待機してもらっている。三年ぶりに感じる高揚感に満たされながら、その人が出てくるのを待つ。流石に早すぎたかなぁ…、って思ったけど、それはすぐにどこかへと消えていく。建物の奥からコツコツ…、と足音が聞こえてきたので、抜いていた息を慌てて持ち直した。
「ん、こんなに早い時間に、どうかしましたか」
「ええっと、本当は昨日来るつもりだったんですけど…」
奥から出てきたのは、二人の男の人。一人はこの施設ならではって言う感じの服装で、わたしを見るなり深く一礼する。着ているスーツには一切しわが無く、髪型もピシッ、と整っていた。そしてもう一人は、さっきの人とは対照的に、私服といった感じ…。背はやや低めだけど、どこか賢そうな雰囲気をわたしに与えている。軽く伸びをしながら、こう訊ねてきた。
「ジム戦って、今日はやってますか」
「はい。大丈夫ですよ」
そう訊かれたわたしは、続けてこう答える。三年ぶりに言うセリフを、懐かしさと共に解き放つ。今回の旅の目的の一つなので、わたしは言うと同時に気を引き締めた。これに二人目の彼は、うん、と首を縦に振ってくれた。九時前という早い時間にもかかわらず、快く引き受けてくれた。
「トレーナーカードの掲示をお願いします」
「はい。一つ星トレーナーのライトです。ジョウトでは最初のジム戦ですけど、よろしくお願いします」
一つ星だから特別ルールが採用されるけど、いつもしてることだから、問題ないかな…。わたしはこんな事を考えながら、左側のポケットに入れているカードケースを取り出す。中から身分証を出し、審判と思われる彼に手渡した。
「本人で、間違いなさそうですね」
「ん? そのバッチはもしかすると…、エクワイルのものでしょうか」
「はっ、はい。そうですけど」
えっ、もっ、もしかして、知ってたの…。…あっ、でもよく考えたら、知ってるのが普通、だよね。審判の人が証明証の写真とわたしの顔を目線で行き来している間に、もう一人の彼が、何かに気付く。わたしの襟元に身につけている、小文字のEとQを模ったブロンズ製のバッチを見るなり、こう訊ねてきた。
まさか自分の職業を当てられるとは思ってなかったので、わたしは思わず頓狂な声をあげてしまった。驚かすにも似た衝撃を受けながらも、わたしは辛うじて言葉を紡ぐ。鼓動が早鐘を打っていたけど、何とか頷く事は出来た。
「でしたら、ライトさん? ジム戦は特別ルールを採用させてもらいますね」
「特別ルールって事は、有星者ルールですか」
「いいえ、昇格試験を兼ねた、特殊ルールになります」
「えっ、違うんですか」
とっ、特殊ルール? エクワイルの階級は、リーグを突破した数と関係があるって言うのは知ってるけど、どういう事なんだろう。てっきりわたしはそう思っていたので、戸惑う事なくそう訊き返す。だけどそれは的外れだったらしく、彼はわたしの思ってもいなかったことを口にした。なのでわたしは、再び声を荒らげてしまう。矢継ぎ早に返事し、それが何なのか疑問をぶつけた。
「はい。エクワイルとリーグ協会は、協定を結んでいる事は知ってますよね」
「あっ、はい。加入した時にそう聴きましたけど…」
審判の人からトレーナーカードを返してもらったタイミングで、彼は奥の方へ歩き出す。わたしの方を見ながら頷き、彼はこう続ける。それにわたしは中途半端にだけど、こんな風に返答…。慌てて彼を追いかけ、入り口から続く通路を進み始めた。時間が早いせいかもしれないけど、この通路はわたしの心情を表すかのように薄暗い。初耳だったので、もしかして霧が発生しているんじゃないか…、そう錯覚してしまうほど、薄暗く感じてしまった。
「規定では、予備試験を地方各地のジム、八か所で行い、本試験をリーグで行う事になっているんです。基本はジム巡りと同じですが、それぞれのジムで異なった課題を課すことになっています。その課題が、特殊ルール。ただ勝ち抜くだけでなくて、その条件を満たしてようやく、合格としています」
っていう事は、いつものジム戦が、任務みたいな感じになるのかな? 条件を満たさないといけないなら、きっとそういう事だよね。彼の説明で、何となく心のモヤモヤが晴れたような気がした。わたしが勝手に解釈した部分もあるけど、とりあえず特殊ルールというモノを把握する事は出来た。
「っていう事は、八つのジムバッチが、証明になるんですね」
「要はそういう事です」
なら、結局いつも通り任務をこなす感覚で戦えば、いいって事だね。多少違う所もあったかもしれないけど、大体は合っていたらしい。彼は一度上を見上げ、腕を組んで考えていたけど、すぐに頷いてくれた。内心ホッとしているわたしに、こう返していた。
そうこうしている間に、わたし達はジムの通路を抜ける。抜けると視界が一気に広がり、圧迫感から解放される。一段高い所に観客席が設置されたそこ…、バトルフィールドに、わたしは案内される事になった。照明の眩しさに目が眩んだけど、わたしはすぐに所定の場所へと歩き始める。一体どんな課題が課せられるんだろう…。こんな事を考えながら、わたしは彼が着くのを待つ。すぐに向き直り、わたしは気持ちをバトルへと切り替えた。
「申し遅れましたが、
私はキキョウシティのジムリーダーのハヤトといいます。このジムで使用するポケモンは飛行タイプ。バトルの基本は通常のジム戦通りとさせて頂きます」
「メンバーの交代は挑戦者のみ、ですね」
何となくそうかなぁー、って思ってたけど、やっぱりそうだったんだね。白線で囲われた場所に立つと、彼は律儀に一礼し、こう名乗る。終始丁寧な言い回しで、彼はこう言い放った。
「その通りです。それに加えて、ここではこの条件で戦って頂きます。…必ずしも、戦闘は平たん場場所で起こるとは限りません。もしかすると、まともに歩けない場所でせざるを得ない場合もあるかもしれません。そこで今回は、限られた足場のみで戦ってもらいます。不利な状況で勝ち抜けば、キキョウでの予備試験を合格とします」
限られた足場って事は、崖とか尾根を想定した試験かもしれない…。それなら、案外楽に突破できるかもしれない。
「ただし、一度でも踏み外せば、失格とします。よろしいですね」
「はい、もちろんです! 」
ただの偶然かもしれないけど、一回目の試験に相応しいかもしれないね。彼は丁寧にその内容を読み上げ、わたしに同意を求めてくる。それだけ長い分を覚えていることに驚いたけど、それは表に出さずに頷く。突破する自信があったから、力強く言い放った。そしてわたしは、自信と共にメンバーが控えるボールに手をかけた。
―――
Sideテトラ
「テトラ、訳は後で話すから、いつも通りお願い」
「バルジーナ、気を引き締めていってください」
『うん、みんなが…、えっ? 』
『もちろんだ。…ん? このフィールドは…、そういうことかぁ』
センターを出た時から中で待機していた私は、打ち合わせ通りバトルに出場する。色違いのわたしは、ボールから飛び出すと同時に淡い光に包まれる。パンッと弾けるとそれは光り輝き、すぐに雲散する。ちょっとした優越感に浸りながら、フィールドに着地した。みんなが揃ってから、話してくれるんだよね。ライトにそう言おうとしたけど、そうする事は出来なかった。三年ぶりのジム戦っていうのもあるかもしれないけど、見慣れない光景に、思わず声をあげてしまった。
私が降り立ったフィールドは、今まで見たことが無いほど、起伏に富んでいる。地面から二メートルぐらいの高さに、色んな大きさの足場がせり上がっている。…いや、足場を基準に、床が下がっているって言った方が良いかもしれない。くり抜かれたような跡が、下がった床の至る所に残っている。その跡の真上に、例の足場が鉄骨で支えられるような構造になっていた。
『ライト、ジム戦にしては足場が極端すぎない? 』
確かにそうだけど、手短に説明すると、このジム戦はエクワイルの予備試験を兼ねてるみたい…。下に落ちたら失格って言ってたけど、それ以外は普通のバトル…。だから、いつも通り戦って!
これだとまともに戦えないんだけど! 大きさが不ぞろいの足場を目撃した私は、こうライトに抗議せずにはいられなくなった。彼女の方に振りかえり、すぐに問いただした。だけどこの私の反応は予想通りだったらしく、すぐに彼女の声が響き渡る。その声はちょっとだけ慌てていたけど、それでも何とか状況を説明してくれた。
っていう事は、飛べない私は跳び移りながら戦えばいいのかもしれない。こんな状況は初めてだけど、リーグ戦の時よりはマシかもしれない。あの時は水の上に浮かんだ氷の足場だったから、たぶん大丈夫のはず。着地する地点さえ気を付ければ、大丈夫!
『うん、何となく分かったよ。…ごめん、待たせたね』
『まぁ、慣れないフィールドだろうから、仕方ないよな。そんな事、慣れてるから、俺は構わないよ』
嘗ての激戦を思い出した私は、それと比べる事で何とか自分を落ち着かせる。それが功を制し、このフィールドがマシな状態だと言い聞かせる事ができた。そこで私は大きく頷き、正面に向き直る。私から見て反対側の足場で待っていた彼に、こう話しかけた。
私の反応を見慣れているらしく、彼はサラッと私のセリフを受け流す。飛行タイプらしく明るく言い、気にしないで、と付け加えていた。
『なら良かった。…じゃあ、そろそろ始めよっか』
『そう来ないとな! さぁ、楽しいひと時を過ごそうじゃないか』
本当は昨日、ここのジムではラグナが戦う予定だったけど、休みだったからね。任務をこなすことにもなったけど、結局私は、蹴散らしただけでまともに戦ってない。みんなが頑張った分、ここで活躍しないとね! こう言い聞かせながら、私は大声で言い放つ。それに彼も、待ちきれない、っていう様子で応えてくれた。私もそうだったから、うん、と大きく頷いた。これがきっかけで、ジョウト地方最初のジム戦…、いや、昇格試験への一次試験が開始された。
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