Trente et un 洞窟に響く歌声
Sideコット
『噂には聴いてたが、こんなに暗かったんだなぁ』
『カナシダトンネルも結構暗かったけど、それ以上だよ』
『カナシダトンネル、ですか? 』
二トルさんのトレーナーのユウカさんと再会したぼく達は、行き先が同じっていう事もあって行動を共にする事にしていた。まだ詳しくは訊けてないんだけど、もちろんぼく達の目的は、この先にあるヒワダタウンに行くため。訊こうと思ったんだけど、その前にイグリーがダウン…。バトルで戦闘不能になった訳じゃないんだけど、洞窟に入ってすぐに離脱。暗いから伝えるのに苦労したけど、イグリーは真っ暗だと何も見えなくなるらしい。言われてみれば昨日の夜、外を散歩しよう、ってカナが言ってたんだけど、イグリーは行かない、って言ってた。ポケモンのぼく達なら多少暗くても見えるはずなのに、何で見えないんだろう…、その時はそう思ったんだけど、今考えるとやっぱり、って感じ。飛行タイプはみんな目が良いって言われてるけど、鳥目って言う言葉だってある。迷信だって思ってたけど、イグリーが言うには、本当にそうらしい。
こういう訳で、この場にはイグリーはいない。話に戻ると、イグリーの事が一段落してから、仲良くなったフィルト君がこんな風に感想を言う。その彼に続いたのが、イグリーと入れ替わる様にボールから飛び出したニトルさん。また話したいって思ってたから、出てきてくれて凄く嬉しかった。そんな彼が言った事に、ぼくはハテナを浮かべながらこう言葉を繋げる。聞いた事が無い場所の名前だから、どんなところなんだろう。行く先もそうだけど、それが気になったから疑問をぶつけてみた。
『うん。僕がユウカのメンバーに入る前に住んでたところの近くにあるんだけど、ここみたいに街と町の間にある通り道、って感じかな。ここよりは明るいんだけど、文字通りトンネルみたいなところなんだよ』
『そういやぁー二トル、元々ユウカの従兄弟の家に住んでたんだよなぁ』
『従兄弟の、ですか』
『うん。僕もコット君と同じで、野生生まれじゃないんだよ』
えっ、二トルさんも、なんですか? ホウエンのどこかだとは思うけど、ぼくはその場所に行ってみたいと思った。洞窟だからここみたいに暗いのかなー、って思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。一回行ってみたいです、って言おうとしたけど、その前にフィルト君に先を越されてしまった。更にぼくは従兄弟、っていう言葉に思わず反応してしまう。フィフさんに会ったばかりだから、当然と言えば当然だけど…。で、話を聴いた感じ二トルさんの、じゃないけど、気がついたらその言葉を繰り返していた。でも思いがけず、ぼくは二トルさんの事を少し知る事が出来た。ぼくと同じ、っていう事には流石にビックリしたけど…。でも、憧れの二トルさんと同じって分かって、嬉しくもあった。
『って事は、二トルさんも最初からトレーナー就きだったんですね』
『まぁ、そんな感じかな。…そういえばコット君、コット君って、何になるか、もう決めてたりするの? 』
『あっ、うん。ついさっきぼくの従兄弟にも訊かれたんですけど、やっぱり気になりますよね』
だってぼくの種族って、八つも進化先があるもんね。一通り話が一段落してから、二トルさんはあっ、って思い出したように声をあげる。興味津々っていう感じでぼくに訊いてきた彼に、ちょっと驚きながらも頷く。ぼく達の種族ならではの話題だから、ぼくはすぐにこう答える。イグリーならまだ立ち直れてないんだろうなぁー、そう考えながら、ぼくはこう続けた。
『うん。僕達の師匠にエーフィがいるんだけど、僕の時も訊かれてね。こんな風に思ってたんだ―、ってやっとわかった気がするよ』
『エーフィ、ですか? そのぼくの従兄弟も、エーフィなんです』
二トルさんも、エーフィに知り合いがいたんですね! 薄暗くてはっきりとは見えないけど、二トルさんは懐かしそうに上を見上げながらこう呟く。二トルさん達の師匠も気になったけど、それ以上にそのエーフィの事の方が耳に入る。まだフィフさんと別れてからそんなに経ってないから尚更だけど、そのエーフィにも会ってみたいと思った。それに、旅立ってから知りあったり仲良くなったひとはみんな、エーフィに知り合いがいる、って言ってた。そういえば、今思い出したけど、ニンフィアのテトラさんはシルクっていうエーフィに憧れている、って言ってたし、ラフさんは二トルさん達が友達だ、って言ってた。それに、シルクっていうエーフィはフィフさんの事だから…、もしかすると、二トルさんの師匠っていうエーフィも…。こういう結論に至るのに、あまり時間はかからなかった。
『そうなんだね。なんか僕とコット君って、似てるのかもしれないね』
『知りあいにエーフィがいるし、生まれた時からトレーナー就きだから、そうですね! あっ、カナじゃないんですけど、つい言うのを忘れそうになってましたよ。もう何になるのか決めてるんですけど、ぼくは進化するならサ…』
うん、一緒の事が多いから、そうですよね! 二トルさんとの共通点が多いことが分かったぼくは、嬉しさのあまり声を高らかに挙げる。洞窟の中で声が響いちゃったけど、今はそんな事、どうでもよかった。憧れている二トルさんとの距離がグッと近くなったような気がしたから、自然とぼくの口から言葉が溢れ出てくる。そのままの勢いで、ぼくは忘れかけていた問いかけの答えを解き放とうとした。だけどそれはあるじんぶつの一声に遮られる事になってしまった。
『なぁ、二トル? コットも、何か聞こえねぇーか? 』
『んぇっ、声? 』
『ボールから出た時から違和感はあるけど…、声までは…』
ぼくの声を遮ったのは、種族ならではの会話について来れていなかったフィルト君。彼はぼく達が話している間に何かに気付いていたらしく、首を傾げながらぼく達に聴いてくる。それにぼくは、話している途中ていう事もあって、変な声を出してしまった。辛うじて聞き取れた事を訊き返していると、二トルさんがうーん、って考えながら声をあげる。彼も何か気になってることがあったみたいだけど、フィルト君のとは違ったらしい。喋ってたからかもしれないけど、声までは聞こえないよ、と首を横にふっていた。
『ほら、よく聴いて見ろよ。歌みたいなのが聞こえねぇーか』
『うた…? 』
うーん、歌どころか、野生のひと達の声すら聞こえないんだけど…。フィルト君はこう言ってるけど、ぼくにはその、歌らしきものは聞こえなかった。気のせいじゃないの? って訊いてみたけど、彼には確かに聞こえたらしい。
二トルさんもぼくと同じことを言ってたけど、フィルト君は頑なに聞こえる、と言い張っている。だから、ぼく達が注意深く聞いてないだけで、本当は聞こえてるのかもしれない、そんな風に思えてきた。だからぼくは、半信半疑ながらも彼の言う通りにしてみる事にする。目を瞑り、耳に意識を集中させる。だけど、聞こえてくるのは水路を流れる水の音と、ぼく達の足音だけ…。本当に気のせいじゃないの…? そう思えてきたその時、張り巡らせたぼくの聴覚が、微かな音の変化を捉えた。
……れ…、…かいる…、…して… 『…っ! ほっ、本当だ。何て言ってるのかまでは分かんないけど、聞こえたよ! 』
『なっ、言っただろぅ? 俺にも分かんねぇーけど、確かに聞こえただろぅ? 』
フィルト君、やっと聞こえたよ! 歌、っていうよりは、何かを呼びかけてるような感じだけど。ニ、三分ぐらいかかっちゃったけど、ぼくはようやくその声を聴き取る事が出来た。水の音にかき消されそうなくらい小さな音だったけど、それだけは分かった。フィルト君、疑ってごめん、心の中で彼に謝りながらこう言うと、パッと明るい声で返してくれた。フィルト君とは体の大きさが違いすぎるから、壁が迫ってきたような圧迫感があったけど、本当にそんな感じでぼくに迫ってくる。自分以外の誰かに分かってもらえた事が嬉しかったみたいで、技のフラッシュぐらいの明るさの声をあげていた。
『コット君、聞こえ…』
『なら早速行ってみようぜ』
『あっ、ちょっ…』
「ふぃっ、フィルト? 」
ぼくには聞こえたけど、二トルさんはまだ気づけていないみたい。二トルさんはたぶん、聞こえたの? ってぼくに訊こうとしていたんだと思う。だけどそれは、興味津々、っていう感じのフィルト君の大声にかき消されてしまっていた。言うが早いかするが早いか、彼は唯一聞こえているぼくを尻尾で持ち上げ、背中に乗せる。かと思うと彼は、他のみんなの反応は構わずに大きな翼を羽ばたかせる。我先にと飛び上がり、地面スレスレの位置を滑空する。あまりに急だったから、ぼくもそうだけど、たぶん二トルさんとカナ達は、そんなフィルト君の後を慌てて追いかけ始めた…、はず。
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