Vingt et cinq まさかの出逢い
Sideコット
「イグリー、お疲れ様」
『でもまさか、あのタイミングで進化するなんて思わなかったよ』
『確かにね。おれも予想外だったけど、もしかすると昨日のバトルのお陰かもしれないね』
うん、ぼくもそう思うよ。それからイグリー、進化おめでとう! イグリーの活躍で、カナにとって初めてのジム戦は勝利で終わった。ぼくは観ているだけだったけど、それでもやっぱり楽しかった。あれからもう何十分も経つけど、まだ興奮が冷めてない。スクールにいた頃は殆どした事なかったけど、バトルは観るのもするのも楽しい。今更だけど、やっぱりぼくもポケモンなんだなぁー、って改めて実感することになった。
ハヤト先せ…、いや、ジムリーダーからバッチをもらってからは、すぐにセンターに行った。イグリーはピジョンになって、身軽に飛んでたけど、バトルした直後だったからね、すぐに回復してもらいに行った。ジムを出た時はエレン君達も一緒だったんだけど、気付いたらいつの間にかいなかった。待ってる間にニド君と話したかったけど、それは叶わなかった。センターの方は、思った以上に空いていて、ほとんど待たなかった。中途半端な時間だったからかもしれないけど、たったの五分ぐらいで終わっていた。
それで、センターから出発して、イグリーを出してもらってから、今に至るって感じかな。ピジョンになって大きくなったイグリーは、ボールから出るとカナに頭を撫でてもらっていた。下から見上げた感じでは、彼は気持ちよさそうに目を閉じ、彼女に身を委ねていた。ちょっと複雑な気分になったけど、イグリーならいっか、ってぼくは思った。だから、こんな感じで労いの言葉をかけてあげた。
『きっとそうだね。ぼくも電光石火を使えるようになったし、ラフさん達とも仲良くなれた気がするし』
『その時おれは気を失ってたけど、コットがそう思うんなら、そうなんじゃないかな』
本当の事を言うと、電光石火の使い方を教えてくれたのはティルさんで、仲良くなれたのは偶々なんだけど…、まぁ、いいよね。ぼくは背が高くなったイグリーを見上げ、大きく頷く。あの時はどうなるかと思ったけど、本当にその通りだと思う。だからぼくは昨日の事を思い出しながらこう続けた。それにイグリーは、ちょっと言葉を濁しながらもこう答える。だけどすぐに表情が昨日の空みたいになり、朗らかにぼくを見下ろす。信頼してくれてるみたいで、ねっ、って笑いかけてくれた。
『…かもしれないね』
笑いかけてくれたから、ぼくからも自然と笑みがこぼれる。これはたぶん、昨日仲間になったばかりのイグリーが、ぼくを信用してくれている…。その嬉しさからだと思う。それを表すかのように、ぼく達の間に暖かい春風が吹き抜け、フサフサの毛と羽を靡かせていった。
『…あれ? 』
『ん? イグリー、どうかした』
何かに気付いたらしく、イグリーは突然不思議そうに首を傾げる。頭の上にハテナを浮かべながら、ぼくから目を離し、少し遠くを見上げていた。急な事だったからちょっとビックリしたけど、ぼくは彼にこう尋ねる。何かあるのかなぁー、って思いながらそっちを見たけど、特に変わった様子は無い。背の高さの問題かもしれないけど、ぼくにはその何かを見つける事は出来なかった。
『ほら、向こうの方に人だかりができてない? ちょうどカフェの前ぐらいに』
『カフェの…、前? …あっ、本当だ』
カフェの方に? …うーん、ぼくからだとちょっと見にくいけど言われてみればそんな気がする。彼は嘴でその方向を指しながら、例の場所を教えてくれた。言われた通りそこを見てみたけど、正直よく分からなかった。だから目を凝らして良く見てみると、やっとそれらしい集まりを見つける事ができた。飛行タイプは目が良いって聞いた事があるけど、今までは本当だとは思っていなかった。結局昨日はその事を訊けなかったから、この時にようやくそれを実感する事ができた。
『そんなに離れてないから、行ってみない? 』
『いいね』
『じゃあ、カナに伝えてくれる』
『うん、任せて! 』
ここからだと多分二百メートルぐらいだから、すぐだね。ちょうど街道に出る途中にあるし。ぼくが見つけれたことにホッとしたらしく、イグリーは嬉しそうにこう答える。興味津々っていう感じで、ぼくにこう訊いてきた。この後はすぐに街を出る予定だったから、ぼくはもちろん、って大きく頷いた。彼に頼まれる前に、カナのズボンの裾を引っ張る。もうお馴染みになってるけど、そうする事でぼくに意識を向けてもらう。カナがそれに気付き、しゃがんでくれてから、ぼくは空中に文字を描いていった。
――
Sideコット
「うわぁ…、凄い人」
カナに人混みの事を伝えてから、ぼく達はすぐにそこに向かった。こういうのを野次馬って聞いた事があるけど、今はそれを気にしないとして…、その中にカナは入っていった。ぼくもカナについて行こうと思ったけど、そうはしなかった。そうした方が手っ取り早かったんだけど、何しろこの人の数…。昨日ヨシノで観たニトルさんのバトルの時とは比べ物にならないぐらいの見物人が、集まっていた。
『この人だかりって、バトルのだったんだね』
ただでさえぼくは小さいから、そのままでは観る事ができない。だからイグリーの提案で、少し高い所から見る事にした。ピジョンになって大きくなったから、ぼくはイグリーの背中に乗せてもらった。横から覗き見るような感じ…、しかもかなりいい感じで、この集まりの中心を見る事ができた。
この中で行われていたのは、一対五の群れバトル。五のほうは色んな種族が混ざってるから、たぶんトレーナーのメンバーだと思う。二匹ぐらいがぼくの知らない種族だったから、きっと即席のチームかもしれない。それぞれが思うように交戦していた。
『みたいだね。群れバトルみたいだけど、一匹の方は野生なのかな? 近くにトレーナーはいないみたいだし』
その相手をしていたのは、ただ一匹のポケモン…。トレーナー就きかなー、って思ったけど、それらしい人は近くにいない。何か違和感があったけど、余裕って感じで攻撃をかわしていた。
『でもイグリー? 何か着てるから、野生ではないんじゃないかな。他にも何か身につけてるし』
ぼくも最初はそう思ったけど、すぐにそれは間違いだと気付いた。何しろ、一匹で戦っているそのポケモンは、首に水色のスカーフを身につけている。動きもほとんど無駄が無く、野生では考えられない程だった。
『かもしれないね』
『うん。白い服…たぶん白衣、かな。エーフィだと思うけど、野生のひとは滅多に何かを持たないもんね』
始めは何て言う種族か分からなかったけど、その特徴的な尻尾ですぐに分かった。白衣のせいで気づかなかったけど、戦っていたのは、ぼくの進化先の一つ、エスパータイプに派生した種族の、エーフィ。声的に雌だと思うけど、彼女はしなやかに後ろに跳び、相手の攻撃をかわしていた。
『ほぅ、中々やるじゃねぇーか』
『だけど、たった一匹で挑んだのが間違いじゃないかな』
『見た感じ、反撃する余裕もない、って感じだし』
相手は一斉に攻撃を仕掛けていたから、たぶんエーフィさんの実力を測りながらだったと思う。最初に仕掛けていた一匹が、吟味するようにこう話しかけていた。確かに二匹目のあのひとが言うように、エーフィさんはギリギリのところでかわしていた。どういう流れでこうの流れになったのかは分からないけど、二匹目の言う通りだと思った。
『そう思うなら、試してみる? 』
『当然だろぅ? 姉ちゃんが仕掛けた…』
だけどそのエーフィは、全然追い込まれた、っていう感じじゃない。むしろ、純粋に純粋にバトルを楽しんでいるような…。そんな風に、ぼくには見えた。
『なら遠慮なく、そうさせてもらうわ。目覚めるパワー、サイコキネシス』
『なっ』
『うわっ』
『くっ…』
『えっ』
えっ、いっ、今、何があったの? 彼女は何かを承諾したように言うと、すぐに技を発動させる。その証拠に、濃い青色の球体が、彼女の口身とに出来始めていた。二メートルのところまで詰められてるから、この後はどうするんだろう、ぼくはこんな風に思いながら、彼女が溜め終わるのを待つ。だけど、気付いた時にはもう決着がついていたらしい。戦っていた六匹のうち、エーフィ以外の全員がほぼ同時に崩れ落ちていた。
『こっ、コット、今の、見えた』
『ううん、速すぎて見えなかったよ』
まばたきをする間って、この事なんじゃないか…、そう感じてしまうほど、一瞬だった。それに思わず、空中で観戦していたぼく…、イグリーも、思わず声をあげてしまう。驚きで凄い顔になってたけど、イグリーは声を荒らげながらぼくの方に振りかえる。もちろんぼくも、何でかは分からないから首を大きく横にふる。ティルさんも凄かったけど、もしかしたらそれ以上かもしれない…、そう思わせるほどだった。
『だよね。しかも、五匹同時に、だよ。ほとんどエネルギーも溜めてなかったし…』
「あっ、コット達は上から見てたんだね。さっきのバトル、凄くなかった? 』
『うん! ええっと、何て言うか…、本当に凄かったよ』
カナ、やっぱりそうだよね? バトルが終わり、人が疎らになり始めたから、イグリーは空いたスペースに着陸する。背中からぴょんと降りると、ちょうどそのタイミングでカナが駆け寄ってきた。カナもバトルに興奮していたみたいで、凄く声が弾んでいる。空の雲をどかして、太陽を引っ張り出しそうなほどだった。
『だって一発で五匹…』
うん。ぼくが分かったところまでだけど、エーフィさんは一つの技しか発動させてなかった。なのに、あんな一瞬で五匹を同時に倒した。一度に二匹とか三匹なら何回か聞いた事があるけど、流石にそんなにたくさんの数は知らな…。いや、でも待って、確か昨日テトラさんが、一度に二十匹を相手にしたひとがいる、って言ってたよね。確かそのひとの種族も、エーフィだった気がする。それに、さっき戦っていたひとも」エーフィ…。さっき目が合ったような気がするけど、そんな偶然、あるはずないよね。カントーだった、って言ってたし。
イグリーが驚きながらも何かを言っていたけど、ぼくはそれをほとんど聴いていなかった。このバトルで、ぼくは昨日テトラさんから聞いた事を思い出していた。確かに彼女が言っていたひとの種族は、同じくエーフィだった。何かとエーフィが出てくるなぁーって、このときぼくは感じた。
『…そうだよね』
『えっ、あっ、うん』
ごっ、ごめん。イグリー、ほとんど聴いてなかったよ。いきなりこう訊かれたから、ぼくは咄嗟にこう答えてしまった。ごめん、訊いてなかった、そう答えようとしたけど、もう遅かった。うん、って声を出した直後に、そう思っ…
『あら、もしかしてあなた、コットっていう名前じゃないかしら』
『うっ、うん。そうだけど、何でぼくの名前を知ってるの』
たから…。ごめん、って謝ろうとしたけど、その前に別の誰かに話しかけられた。
その声の主は自身が無かったみたいで、恐る恐る聴いてきた。何だろう、って思いながら振り返ったけど、その間に聞こえてきた言葉に、ぼくは思わず言葉にならない声をあげてしまう。初めて会ったひとに名前を当てられたのもそうだけど、それ以上に話しかけてきた彼女自身の方が、驚きが勝っていた。
『コット、さっき戦ってたエーフィ、知り合いだったの』
『ううん、知らないよ』
『よかった。ひと違いだったらどうしようかと思ったけど、安心したわ』
話しかけてきたのは、ついさっき、五匹を相手に一瞬で決着を着けた彼女…、白衣を着てスカーフを身につけたエーフィだったから…。イグリーはまた凄い顔になってたけど、その状態でぼくに尋ねてきた。もちろんぼくは彼女の事を知らないから、すぐに否定する。むしろ何で知ってるのか聴きたいぐらいだったから、左右に大きく振った。
『ぼくの知りあいにエーフィはいないし、今日初めて会ったぐらいだから』
『あなたが知らないのも、無理ないかもしれないわ。私も昨日知ったばかりだし…。でも、まさかこんなに早く会えるなんて思ってなかったわ! 』
あまりに驚きが大きすぎて取り乱しているぼくに対して、エーフィの彼女は凄く嬉しそう。今は雲で隠れて見えないけど、空で輝く太陽と競っても負けないくらいだった。
『でっ、でも何で、ぼくの名前を知ってるんですか。初めて会うはずですけど…』
とうとうぼくは我慢できず、エーフィの彼女にこう尋ねる。何であんなに強かったこのひとがぼくを知ってるのか…、名前を教えたひとはあまりいないはずなのに…。訳が分からない事が多すぎて、ぼくは疑問に押しつぶされそうになっていた。
『あっ、ごめんなさい。私はシルクっていう名前なんだけど、マダツボミの塔に住んでいる叔父から聴いたって言えば、分かってもらえるかしら』
『えっ、いっ、今、何て…』
『昨日初めて会った叔父さんから、あなたの事を聴いたのよ』
なっ、何? ちょっ、ちょっと、情報が多すぎてよく分からないんだけど! 一気に情報が入ってきたから、ぼくは何が何だか分からなくなってしまった。たぶん今のぼくを例えるなら、稼働させすぎてオーバーヒートした機会…。きっとぼくの頭からは、処理しきれずに白い煙が上がっていた。
ええっと、このひとが言った事を整理すると、エーフィさんはぼくの事を、マダツボミの塔に住んでいる叔父さんから聴いた、って言ってた。マダツボミの塔に住んでると言えば、ぼくのお父さんもそう。このひともそうだって言ってるけど、ぼくが知らないだけで他にもぼくの種族のイーブイの進化系のひとがいるのかな…。でもそれなら、ぼくが知らないはずないよね。何か忘れてるような気がするけど…。
冷静になって考えてみると、やっと彼女が言った事が分かった気がした。持っていた熱も引いていき、いつものぼくに戻る…。何とか状況が掴めてきた。だから、また一つ、訊きたくなったことが浮かび上がってきた。
『叔父さんに、ですか? ええっと、ぼくのお父さんもマダツボミの塔に住んでるんですけど、種族、教えてもらってもいいですか』
塔に住んでるひとはみんな知ってるつもりだったけど、念のためね…。たぶんそんな筈はないと思うけど、ぼくは恐る恐る声をかける。ここで一つの仮説が浮かんできたけど、そんな偶然はあり得ないから、その確認を込めて尋ねてみた。
『ええ、いいわよ。私の叔父さんは、フェ―ルっていう名前のリーフィア…。あなたのお父さんと同じひとじゃないかしら』
『えっ、うっ、嘘でしょ…。っていうことはもしかして…』
だけどその彼女の口から出た答えは、ぼくの思ってもいない…、一番可能性が低い事だった。彼女の一言で、ぼくはお父さんから昨日聴いた事を事を思い出した。だけどそれはぼくの中で鍵になり、何かが連鎖的にはまっていったような気がした。それでこの仮説が確信に変わり、ぼくにあることを教えてくれる。それをぼくは、恐る恐る声に出す、本当なのか、確かめるために…。
『エーフィさん、きみって、ぼくの…、いとこ、なの? 』
『信じられないかもしれないけど、そうなのよ。もしかすると私の事は、フィフ、っていう名前で聴いているんじゃないかしら』
『ふぃっ、フィフって、本当に…』
『そうよ。仲が言いひとにはシルクって名乗ってるけど、野生のひとにはそれ…、野生の時の名前を使ってるわ』
確かに信じられなかったけど、本当なんだ、ってぼくは思った。ぼくにはいないってずっと思っていたけど、つい昨日いるって分かった、ぼくの従兄弟…。その従兄弟が、彼女なんだって…。
Continue……