手をひかれた夕食会
わたしが今いるのは、いつも散歩でくる草原。毎日来たいとは思っていたけど、今日ばかりはそう思わない。
「また会ったね」
言葉の後ろに音符マークがつきそうなくらい明るく言ってきたのは、 前にこの場所で会って……友達、になったテールナーだった。
あの日、結局わたしは夕食の時間までずっと眠っていた。エルトが起こしにきて、ようやく起きれた。それでもまだ頭は痛くて、体がだるかった。
せっかく魔法が使えるようになったのに。そう思わざるを得なかった。あれから今まで、まだ
師匠の姿は見ていない。ずっと部屋に籠りっぱなしなのだろうか。もしかしたらわたしのせいかもと、どんどんと不安になっていく。エルトも何か言いたそうにしていたし。どうしたかと気にはなったけど、聞けるような雰囲気ではなかった。
もやもやとしたまま結局その日は寝て、その次の日に彼に会った。
「ええと…うーん……」
そうして私が昨日のことを振り返っている間、彼はずっと何か悩んでいた。不思議に思って見ていると、そんな私のことに気づいて、ごめんごめんと笑ながら言ってきた。
「いやー、友達なんて初めてだったからさ。何を話していいのやら…」
意外だった。彼の人柄なら友達なんて結構な数いるものだと思ってた。
「や、いや、大丈夫だよ。私も初めてだし……」
「ほんと!? よかった〜!」
私のその言葉にホッとしたようで、さっきまでの緊張感はなくなったようだった。
「今までそういうことってほとんどなかったからさ〜。うちの親が厳しいし」
「(親…)」
その言葉に私は何とも言い難い感情になっていた。私にはない親、家族…
「…大丈夫?」
声をかけられて、ハッとして彼を見る。心配されるような顔だったのだろうか。なんでもないとだけ言うと、視線を反らす。彼も深くは聞かないで、会話は続いた。
「でさー、うちの親ったら家からほとんど出してもらえないんだよ?ほんと、少しはこっちの気持ちもわかってくれないかなー」
話していることは愚痴だったけど、顔は笑顔だった。もし私にも家族が残っていたら、私もこうして笑って過ごしているのだろうか。
こんなに幸せでいられたのだろうか
また考えこんでしまった私に、彼は思いもよらないことをいいだした。
「そうだ!せっかくだしさ、うちに遊びにこない?」
「……へ?」
・ ・ ・
当たり前のことだけど、私のいる館より小さい。というか、あの館がでかすぎる。それでもあの館にくる前、お父さんといた家よりかは大きい。
中は片付いていて、広々としていた。私はその入り口付近に立っていた。いや、動けなかった。なぜなら私の前では…
「リート、聞いてる?」
「は、はい…」
例の彼が、正座をさせられていた。その前では、彼の兄弟であろうマフォクシーが頭から火が出るんじゃないだろうかと思うほどの勢いで説教をしていた。
「勝手に修行をほっぽかしたと思ったら、そんな遠くまで行っていたなんて…」
「だって姉ちゃん、こうでもしなきゃ遠くまで行けないじゃん!」
「あんたはやればできるんだから、さっさとやって、さっさと終わらせればそれなりの時間が空くじゃん!」
「それでも夕方になるよ!」
「夜までやるあたしよりかはいいでしょ!?」
説教というよりかは、口喧嘩だ。
さすが姉弟とでも言うのか、似た雰囲気を感じる。でも…
「いいから勝手に修行をほっぽかすな」
「痛い痛い痛い痛い!!」
リートのことを頭を鷲掴みにして持ち上げてしまった。マフォクシーってこんなに力、強いんだ…
「とにかく、今後は勝手に修行をほっぽかさない。わかった?」
「わかった!わかったから離して!!」
「よしっ!」
ドスッと痛そうな音がして、リートは床に落とされた。姉のマフォクシーは頭とお尻を押さえながら悶絶している弟に一切気にせず、私の方へと歩いてきた。
「ごめんね、うちの弟がバカで」
「い、いえ、こっちこそ成り行きでここまで来てしまって…」
断れなかった私も私だ。いくら勝手に話を進められたとはいえ、私が何か話していればこんなに面倒なことにはなってなかったかもしれない。
「いいよいいよ、あたしも最近、誰かに会うってことがなかったし」
そう言うと、ちらりとリートのことを呆れたような目で見る。当のリートは余程強く掴まれたのか、まだ頭を押さえている。
「あいつの謎のコミュ力はなんなのかね」
思わず、確かにと呟いてしまった。リートの言葉は自己中なところもあるけど、不思議と楽しくなるような、そういった力がある。
私にはないものだ
思えば、彼は私の欲しがるものを全て有している。素晴らし魔法、魔力、コミュ力、家族……
魔力がなく、魔法は使えず、自覚はしてるけどコミュ障、家族はもう…
薄々勘づいていたけど、ここの家族はみんなどっかずれてる…
「はい、できました〜」
「お腹すいたー」
「ちょっと!これじゃあ食べれないよ!」
気づくと外は結構暗くなってきて、じゃあせっかく来てもらったんだしと一緒に夕食を食べることになっていた。姉マフォクシーは待ちきれないといった様子だった。リートは……なぜか椅子に縛り付けられている。
「約束を破った罰です」
「罰重くない!?」
「いい気味ね…」
「今笑ったでしょ姉ちゃん!」
「あはは…」
そんな様子を見た私は乾いた笑いしかできなかった。彼ほどの実力があれば縄を燃やすなり抜け出すなりできたと思うけど、どうやら家の中では魔法は使ってはいけないらしい。当然のことだけど。
やっと解放されたリートは、身体を伸ばして改めて椅子に座る…ところを、
「はいストップでーす」
「今度はなんだよ!」
姉マフォクシーが無理矢理立たせた。
「そういやまだあたしに謝ってないよね?」
「何に謝れってんだよ!」
「偉そうな口きいたこと、遠回しにあたしより魔法が使えるって自慢したこと!」
「最初のはともかく、後のは言ってねーよ!」
「いーや、言ってたね!」
今度はリートの頬をつねりながら喧嘩している。力関係でいえばやっぱり姉マフォクシーの方が上だ。
私はまた立ち尽くしていた。私にも家族がいた。こんなことだって…
『ねーちゃん、俺にもそれ貸して!』
『後で貸すからちょっと待ってて』
『前もその本読みたい!』
『あとちょっとで読み終わるから!』
『待てないよ……とった!!』
『あ、こらっ!』
あの頃を思い出していた。
弟がいたっけ……
いつもくだらないことで喧嘩してたっけか。私がルカリオに進化してからも、リオルだった弟はいつも私と何かかしらで張り合っていたなぁ……
「……今日はありがとう…」
「いーよいーよ、楽しくできたし」
無事に夕食会も終わり、リートに私が最初にいた草原に送ってもらった。
おかしな家族だったけど、明るかったし、優しい人たちだった。それだけに、羨ましいとも…
「それじゃ、早く帰らないとまた怒られるからね。じゃーね!!」
リートはそれだけ言うと、私を送ったときと同じように、光に包まれて消えた。
「…………じゃあね」
私しかいない草原で、小さく小さく呟いた。
それを見ていた者は驚きと焦りの表情だった