魔力の欠片もなかった少女
「一応、ちゃんとした試作品はできたよ」
師匠はそう言うと、錠剤のような黒い粒を渡してきた。この前くれた星形のものとは大きさが全然違う。明らかに小さくなっている。
「でも、これで本当にわたしにも魔法が使え」
「使える」
わたしの言葉の途中だったけど、すごく自信満々にこたえてきた。
「というか使えないと困る。結構時間かけたのに」
ずいぶんと軽い感じで言ってきたけど、実際に最近の師匠はずっと部屋に籠りっぱなしだった。きっとこれをつくるため──わたしのためにずっと研究を続けていたんだろう。
「試してみます…!」
師匠がここまでしてくれたんだ。だったらわたしはそれを信じなきゃ。
「うん、頑張ろうか」
もし失敗してもいいようにと、わたしはあの研究発表会が行われた広場に向かった。師匠は小走りになっているわたしのことを笑顔で見ながら、ゆっくりと後をついてきた。
館を出て、あの広場へと歩いていく。もう自覚していることだけど、やっぱりワクワクしている。これでうまくいけばわたしにも魔法が使えるようになる、今までの努力が報われるときがくるから。
「よし、ついた」
ここに来るのにかなり時間がかかったように思う。早く試したいと思ったからかな?
「ずいぶん嬉しそうだね」
正直に言うと、師匠がついてきていることに全く気づかなかった。いきなり後ろから話してきたことで、驚きながらもようやく気がついた。
「きついことかもしれないけど、まだそれがうまくいくとは限らないからね」
そんなことはわかってる。まだ希望が見えただけで、使えると決まったわけじゃない。少し真剣な顔になって、うなずいた。
「…よし!」
そう言って気合いを入れてから、黒い粒を口に入れた。特に味はないから、すぐに飲み込む。横で師匠が心配そうな顔をしてこっちを見ている。そんな近くにいて大丈夫かと思うけど、よくよく考えてみると、いつもはあんな天変地異とも言えるような魔法を間近で見ているのだ。たとえわたしが失敗しようとも、特に危険はないだろう。
すぅっと息を吸って、杖を構える。そして……
「レートゥス」
静かにそう唱え、杖をふる。今までだったら何の変化もなく終わるところだった。
杖の先から光が出る。その光はゆっくりと前に進んで…
「うわぁ…」
そうとしか言えなかった。わたしの目の前にはあるはずのない鋼の柱が出てきた。成功だ。
「おめでとう」
師匠が横で安心したような顔をして、成功を祝ってくれた。
「ありがとうございます」
安心したせいでそれまでの疲れが出たのか、それともただ単純に初めての魔法が体力を使ったのか。その後も話している師匠の話はほとんど頭に入らなかった。そして、師匠は気づいていただろうか。
この時のわたしは立っているのがやっとだったことに……
「やっと…着いた……」
ふらふらになりながらもなんとか自分の部屋にたどり着いた。館に戻っている時から気分は悪くなる一方だった。師匠も先に帰っていたので助けてもらうこともできず、時々座り込みながらもようやくここまできたのだった。けど、もしあの場に師匠がいても、無理をしながらも平静を保っていたか、少し疲れたぐらいしか言わなかっただろう。
理由は師匠に心配をかけたくなかったことがひとつ。そして、師匠の研究を無駄にしたくなかったから。
そこまで気にしないことだとは思う。『失敗なんてよくある』と笑いながら言う師匠の顔が容易に想像できる。でも、わたしにはなぜかそれが許せなかった。たぶん、師匠の研究は成功だと信じたかったからだろう。
そこまで考えてから、わたしはベッドの上に倒れこんだ。もう限界だ…
割れそうなぐらい痛い頭を抱えながら、意識を失った……
ここはとある研究室。さまざまな魔術の本、怪しげな道具が置かれていた。その部屋の隅に机が置いてあり、その前にはムウマージが浮いていた。机の上には先ほどラージアが飲んだあの黒い粒があった。その顔は、誰か見てもわかるほど悩んでいた。
「ファート様」
そのムウマージに、部屋に入ってきたデンリュウが話しかけてきた。
「エルトか…」
振り向くこともせず、暗い声で入ってきたのが誰かを確認した。
「いつになく悩んでいるようですけど」
近づきながら、不思議そうに聞いてくる。
「そんなに悩んでいるように見えるかい?」
自分ではわかっていなかったらしく、呆れたように言った。
「それ、前に言っていた…」
ファートの横まできたエルトは、すぐに机の上の黒い粒に気づいた。
「ああ、そういえば協力してもらったな」
「はい。成功、でしたよね?」
前にエルトはこの黒い粒を飲んだらしい。
「一応、ね」
エルトが飲んだ時は特に何も起こらなかった。もちろん、ファート自身が飲んだ時も。
「…でも、ラージャが飲んだ時は違った」
そこでようやくファートがエルトの方を向いた。
「? と言うと?」
「これを飲んで魔法を使った後、彼女はとてもつらそうにしていた」
ファートは気づいていたのだ。ラージアがつらそうにしていたことなど。
「僕に心配をかけたくなかったのか、平静を装っていたけどね。でも、おかしいんだ。僕もエルトもなんともなかったのに、何故彼女はあんなにつらそうにしていたのか…」
タイプがら違うから、というのは考えづらかった。すでにふたつの異なるタイプで成功しているのに、と。
「魔法を使うのに慣れてないから、とかは?」
それはエルトが考えつく一番可能性のあるものだった。今まで魔法を全く使ったことのなかった彼女が、いきなり魔法を使うとなれば当然身体への負担は大きいだろう。
しかし、ファートは納得していないようだ。
「そうかもしれない。でも、もし僕の悪い考えがあたってしまうなら…」
一息おいてから、今考えている最悪の結果を口にした。
「ラージアは一生魔法が使えない」