優秀すぎる兄弟子達
その日はわたしにとって、最も憂鬱になる日だ。今日の修行内容は、自分で考えた魔法を披露することだ。修行というよりは研究成果を見せるといったところだ。わたしはもちろん……
「それでは、まずはデクシート」
はい、と少し緊張したような返事が聞こえてから、
師匠の前にハハコモリが出てきた。デクミートはわたしのひとつ上の弟子だ。学校のグラウンドぐらいある大きな広場の中央で魔法を唱えることになっている。師匠はそこから少し離れた場所に浮かんでいる。そんなところでは危なくないかとも思うけど、師匠がそんなことになったところは一度も見たことがない。
「それじゃあ、始めます…」
デクシートは一度深呼吸をしてから、手に持っていた黄緑の杖を円を描くようにふった。
「トゥセロフ・スリブ!」
呪文を唱えると、僅かだが、地面が緑色に光ったように見えた。それからほんの少し待っただけで、辺り一面に木が生え、小さな森が出来た。
「すごい……」
その圧倒的な光景にわたしは思わず感嘆の声をあげていた。
「短期間でよくここまでできたな」
今回の研究期間は2週間。これだけの魔法を考える発想力、そして使いこなせる力は本当にすごい。デクシートはありがとうございますとだけ言い、しかしその嬉しそうな顔は隠さずに他の弟子達の下に戻ってきた。
彼はおそらく、いや、確信をもって言える。天才だ。たった1年でここまでの魔法を使えるようになるなんて。師匠の下に来てもう半年のわたしは、まだひとつも魔法を使えないのに……
「次に、リル」
「はい…」
わたしがそんなことを考えているうちに、次の弟子の番がきた。リルと呼ばれたフローゼルが堂々と歩いていく。そして、さっきデクシートが立っていた場所に同じように立つ。
「別に場所は変えてもいいんだが…」
「大丈夫です」
そう、デクシートと同じ場所でやるというのことはつまり、先程デクシートが出した木に囲まれているということだ。しかしリルは何を考えているのか、心配する師匠にそれだけを言って持っている青の杖を構えた。
「エマルフ・ダエルプス」
そう唱えると、杖の先から炎が広がっていき、たちまち周りの木々を燃やしていった。
「うわぁ…」
「……くそっ!」
その素晴らしく綺麗な光景にわたしはまたも驚きの声をあげたが、デクシートとしては自分の魔法が利用されたことに腹をたてている様子だった。リルのほうが弟子になるのは早かったはずだけど…
「水タイプが炎を……これも見事だったぞ」
「ありがとうございます…」
デクシートとは違い、それだけを言うとさっさとこちらに戻ってきた。
「うまいことしてやられましたよ…」
「あったものを利用しただけだ」
帰ってくるなりすぐに毒をはくデクシートだったが、リルは冷静な言葉で返した。それがさらに気にくわなかったようで、デクシートの顔は恐くなる一方だった。
「それでは最後、エルト」
しかし師匠がそう言うとすぐに元の雰囲気に、いやさっきよりもさらに緊張感の増した雰囲気になった。原因は、少し遅れて返事をしたデンリュウだ。わたしの前を通っていくエルトは、やはり何か底知れぬものを感じる。10年以上もの間師匠の下で修行をしてきたエルトは、デクシートやリルとは格が違う。やはりリルと同じように同じ場所に立つと、黄色の杖を天にかざした。
「ドゥオルクレドヌス」
呪文を唱えると、たちまち黒い雲が空を覆った。リルの炎が残ってなければ真っ暗になっていたのではないかと思うほどだ。しかし、エルトの魔法はまだ終わっていなかった。
「ドゥリウ・オダンロトゥ」
杖を器用に回しながらさらに呪文を唱えると、今度は風が強く吹いてきた。その風はどんどん強くなっていって、とうとうエルトを中心に竜巻が出来た。飛ばされないように足を踏ん張るのに精一杯で、とてもじゃないが見ていられない。そこにとどめをさすように黒い雲から竜巻の中心にめがけて雷がおちた。
風も穏やかになり、雲も消える頃にはエルトの魔法は終わっていた。今まで燃えていた木々のあった広場は、また何もない状態に戻った。
「………」
言葉も出てこないくらいだった。何が起こったか、わからなくなるほどだった。それはデクシートやリルも同じようで、しばらくの間静寂が訪れた。
「君にはいつも驚かされるね」
師匠の言葉で我に帰る。声のした方向を見ると、何処にいたのか、エルトの前で浮かんでいた。
「いつも思いますけど、ちゃんと見てますよね?」
「ああ、今回のは『あまごい』、雷の魔法、そして風の魔法の3つを使った素晴らしい複合魔法だね」
師匠とエルトは普通の会話になっているけど、わたしはまだ驚いていた。一瞬にして周りの環境を変える魔法。その圧倒的な力と、それに自分は果たして追いつけるかという不安。そんなわたしを置いて、師匠達の話は盛り上がっていくだけだった。
その日の夜……
わたしは師匠の部屋にいた。師匠に頼まれて紅茶を入れてきて、そのまま部屋にいるように言われたから不思議に思いながらも師匠が話すのを待っていた。しばらくしてから、師匠はわたしに近くに来るように言ってきた。疑問に思っているわたしをおいて、師匠は話し出した。
「今日は私の弟子がそれぞれ色々な魔法の研究結果を見れたね」
はい、と小さな声で返事をする。確かに凄かった。でも、凄かったからこそ自分に、できない自分に苛立ちをおぼえていた。簡単な魔法さえ出来ない自分に。
わたしの返事を聞いた師匠は机の上を漁りながら話を続けてきた。
「そういえば、私の研究の成果を見せてなかったね」
「…え?」
「私の研究は…これさ」
師匠が渡してきたのは星の形をした黒い…なにか。
「これは…?」
突然訳のわからないものを渡されたわたしは、呆気に取られていた。
「それは魔力の結晶」
「魔力の…結晶……?」
師匠の言葉を繰り返すけど、それだけ。これが何なのかなんて全くわからない。そんなわたしの様子を師匠は微笑んで見ていたけど、すぐに真剣な顔になって説明をしてくれた。
「君が魔法を使えないのは、もしかしたら根本的な部分に問題があるのではないかと思ってね」
「根本的な部分……」
一度考えたことがあった。もしかしたらわたしには…
「魔力がない…」
「そう。だったら直接魔力を与えてはどうかとね」
師匠はわたしのことを考えて……涙が出そうだった。いや、もしかしたら本当に出てたかもしれない。その優しさはわたしの不安を取り除くには十分だった。
「あ、でもそれは失敗作。ちょっと魔力をつめ込みすぎてね」
「いえ……ありがとうございます」
御守りに祈るようにその星の欠片を大事に持った。そうしているだけで師匠の優しさが心に染み渡るようで。
「ありがとう…ございます……」
涙声でもう一度お礼を言った。どういたしましてと、師匠の優しい声が聞こえた。