役立たずの弟子
・ ・ ・
『おいで、───!』
『お父さん!』
『ほら、たかいたかーい!』
『あははは!たかいよー!』
『もっと高くできるぞ!』
『スゴーい!!』
──楽しいね、お父さん──
・ ・ ・
窓からは月明かりがそっと差し込んでいる。近くにあった時計を手にとって見ると、短針はちょうど3を指していた。真夜中の3時。こんな時間に目を覚ました理由はわかっている。ついさっきみた夢のせいだ。
記憶を元につくられる夢があるとは知っていたが、実際にみたのはこれが初めてである。さらにそれがかなり昔のことで、ますます驚いている。
お父さん。わたしのお父さんはもういない。偉大な魔法使いだったお父さんは、新しい魔法を創ろうとした。結果としては、魔法は創れた。でもその魔法はあまりに強力で、お父さんも巻き込んで──
それから、わたしはひとりになった。今はお父さんの知り合いだった魔法使いの下で弟子として暮らさせてもらっている。
あの夢をみたことで、昔のことを思い出していた。そうしているうちにどんどんと目が冴えていって、結局は少し気分転換のためにわたしの暮らしている館の中を歩くことにしたのだった。
兄弟子達はまだ寝ているはずだから明かりは付けていない。月明かりがあるとはいえ、真夜中の館は暗い。こんなとき、ルカリオの波導を操る能力は本当に役立つ。何か物にぶつかることもなく、目的の場所に着く。
少し重い扉を開けて、何冊もの本がある部屋に入る。本はきちんと本棚に入っていたり、無造作に積んであったり、読みかけだったのか開いたままだったり。歩きにくかったが、なんとか奥にある小さな机のところにたどり着く。そしてそこにおいてあった一冊の本を手にとって、ゆっくりと開いていった。
そこに書いてあるのは、魔法の歴史。
昔、あるポケモンが小さな村に現れた。そのポケモンはダークライといって、悪いポケモンだといわれていた。みんなで倒そうとしたけど、ダークライはおかしなことをした。あるポケモンが炎をはけば、たちまち水を出して消した。電撃を浴びせようとすれば、土が壁となって防いだ。あくタイプなのに他のタイプの技を使ってきたのだ。これが魔法が世の中に知られたきっかけ。そう、魔法は技とは違って修行すればどんなタイプの魔法だって使えるのだ。そしてどんなポケモンにも魔力があって、修行すれば誰でも魔法が使えると。
本を閉じながらため息をつく。はっきりと言うと、この本に書いてあることは──嘘だ。もちろん、初めの方に書いてあったダークライの話は確認のしようがない。問題は、『誰でも魔法が使える』というところだ。確かに兄弟子達はみんな魔法が上手だし、他の魔法使いの下で修行しているポケモンもみんな魔法が使える。使えないのはわたしだけ。
少し憂鬱になりながら、キッチンに行き、お湯を沸かして、紅茶をつくる。もう今日は寝ることを諦めた。自分の部屋で飲もうとキッチンから立ち去ろうとしたとき、ここに来る前に
師匠の部屋の前を見たとき、明かりが付いているのを思い出した。師匠のことだ。また研究でもしているのだろう。でも、せっかく紅茶を入れたんだ。師匠のところにも持っていくことにした。
「師匠」
半開きの扉をノックしながら師匠を呼ぶ。するとその部屋にいたムウマージが気づいてこちらを向く。
「ラージャか。こんな時間にどうした?」
ふわふわと浮かびながら近づいてきた。わたしの名前は本当はラージアというけど、言いにくいからか何なのかみんなはラージャと呼んでくる。
「いえ…眠れなくなってしまったので」
そうかとだけ言うとそれまで使っていたであろう色々な器具をしまっていった。
「ん?紅茶を入れたのか?」
「あ、はい。師匠も起きているんだったらと…」
そうしてだいぶものをどけて綺麗になった机の上に持っていた紅茶を置いた。それを師匠は飲むと、うまいと言って心を落ち着けていた。
「ラージャは紅茶を入れるのがうまいな」
「まぁ…わたしが出来るのはこれぐらいですから…」
魔法の使えない魔法使い、いや、まずわたしは魔法使いなのだろうか?魔法使いの修行はまず自分のタイプと同じ魔法を使うところから始める。でもわたしはそれすらもできない。こんなわたしが魔法使いと名乗っていいのだろうか?
「…魔法が使えないことは気にしなくていい」
「え?」
まるで心を読まれたようだった。師匠を見たまま固まってしまったわたしを置いて師匠はさらに話を続けている。
「魔法が誰でも使えるというのは魔法を習ったやつが全員使えたからだ。でも、この世界の全員が習って使えるかといったらそうはいえない」
「………」
自分で自分に言い聞かせていた言葉。でも人に言われるのでは全く別の言葉のように聞こえる。
「魔法を使えないやつがいたっておかしいことではない。それに、まだ使えないと決まった訳じゃない」
言葉のひとつひとつが心に安らぎを与える。
「努力は裏切らない。諦めないように」
「…はい」
リビングで銀色の杖を持って立っていた。天井を見ると明かりの付いていないシャンデリアがぶら下がっている。
「…エマルフ」
炎の魔法なんてやったことなんてない。いつも兄弟子達がやっていることを見様見真似でやっただけだ。もちろんシャンデリアに火が灯るわけがない。わたしの持っている銀色の杖はただ弧を描くだけ。
「…レートゥス」
今度はわたしがいつも唱える魔法、鋼の魔法。杖をふる。
…でも何も起きない。
「だめ…なのかな?」
杖を強く握り、誰に言うでもなくそう呟く。
兄弟子達ももうそろそろ起きてくる時間だ。
結局この日も魔法は使えず、何も出来ずに終わっていく……