第一章
赤き者
「...ココは、どこ? な、何で私こんなところに...」
 私がふと目が覚めると、そこは寝る時に居た場所ではなく、知らない場所に倒れていた。立ち上がって周りを見回しても、上下左右は霧のせいで周りをよく見ることが出来ない。方向感覚も分からなく、なんだかよく分からない空間に飛ばされたような...そんな感覚だった。
 歩いてみても、景色が変わらないので全く進んでる感じがしなく、どっちが床なのか天井なのか、軽く混乱しそうだった。普通なら歩いているところが床と思うが、実は足の裏などには何も感覚などなく、空中を蹴っているような感じ。それに、普通なら倒れるくらいに体を傾けても倒れずに進み続けるから...まるで筒の中を歩いていて、体の傾きに連動して筒が回っているような間隔。

「変わらない景色、変わらない時刻(とき)、変わらない感覚...ずっとココに居たら頭がおかしくなりそう...。 あ...れ......あそこに見えるのは...?」

 今歩いている方向のかなり先に、どこかで見覚えのあるシルエットが突如としてフワッと浮かび上がった。スラットしたスタイルに、スッと伸びた細長い耳、しなやかな尻尾、そして型から掛かる体の大きさに合わない大きなバック...。
 間違いない、あの姿は...

「待って! 行かないでお姉ちゃん!!」

 そう、絶対私のお姉ちゃん。やっと逢えた...。けど、走って近づいても距離は縮まらないし、叫んでも止まらない。いや、あっちは動いているわけではなく、こっちが進んでいないだけなのかも知れない。ならと思い、電光石火を繰り出して振り切ろうと姿勢を低くし、深呼吸をし、全力ダッシュする体制に入って、

「...電光石火っ!!」

 技を発動した。全力過ぎて転びそうな足のもつれを何とか耐えながら、後ろ姿のシルエットを追いかけた。けれど結局、同様に距離は縮まなくて、それどころかドンドン景色が霞んでいくような気がした。

「お願い、待っ......きゃ!!」

 次第に周りの景色が白から黒ずみ始め、シルエットと同化し始める。そのせいで私の不安感が高まって転んでしまった。顔を上げてみるとそこには追いかけていた姿は無く、景色は真っ赤に変わっていた。
 まるで血のような、純粋で汚れのない綺麗な赤。はっとして、自分の手のひらを見てみると...手のひらにベトーっと付いた真っ赤な液体。震えながら体を見ると、黄色いお腹も、自慢の尻尾も、足も、全身に付着していた。まるで全方向から返り血を思いっきり浴びたかのように...。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ......」

 それを見て、体へ一気に恐怖感が包み込み、なにも考えられなくなる。足の力が抜けて倒れ、目の焦点が合わずに見開き、呼吸は荒れる...。
 彼女の正常な心は不安と、おぞましい恐怖が食い尽くし、まるで狂ったような人物へと変貌を遂げていく...。誰も居ない、誰からも認知されない、果て無き永遠と続くと思われるこの空間で、たった一人で化け物として変わっていくのだ...。



 そして数分後...全身真っ赤に染まったフォルの体は、紐が切れたように突っ伏して倒れ込むのだった......。

ティア ( 2015/11/18(水) 19:46 )