The day of departure
side―トウヤ―
窓越しに聞こえてくる鳥ポケモンたちの囀りの声、一つの柱となって太陽の光が差し込んでくる。
「ふ、あぁ…よく寝た…。あれ、なんか妙に静かだな…」
僕はその光の眩しさに耐え切れず、起きてしまう。そして、病室が静寂に包まれているのに気付くと同時に違和感が心の中で生まれてくる。
たぶん、彼奴あたりが……あれ、いない。
一昨日に突然現れたあのポケモンの姿が脳裏を過ぎると苦笑してしまい、周りを見回すも姿が見えないことに一抹の不安を抱く。
しかし、視界を病室内を彷徨わせていると後姿の一匹の小さな体躯をした鼠ポケモン―ピカチュウが探し物の代わりに映った。
「ピピカ」
ピカチュウは背後からの視線を感じ取り、振り向く。擦れたような声で「トウヤ」とポケモン語で言ってくる。うん…、多分そうだ。
「ピカチュウ、どうしたの…?」
「ピィーカ、ピィカチュ…」
ピカチュウに気を使って、なるべく低い声音で問う。すると、ピカチュウは困惑した表情を浮かべる。
ピカチュウの奴、何困ってるんだ…。
そのピカチュウの表情に疑問を覚えるも、その小さな手に持たれたエメラルド色に輝く石と何か願い事が書かれてるみたいな感じで沢山の文字が記入された短冊が視界に入る。
「ピカチュウ、それ…ちょっと見せてくれないか…?」
僕は妙な胸騒ぎを感じ、ピカチュウに渡すように指示をする。
ピカチュウはこくりっと頷き、僕の右手に二つの物を渡してくる。
「ありがと、ピカチュウ。でも、なんでこの石がまた…、それにこの短冊って彼奴の頭についていた奴じゃ…」
ピカチュウの頭を撫でると「チャァー」と嬉しがる声を上げてくる。そして、エメラルドの石を怪訝そうに見つめ、緑色をした短冊があのポケモンの頭上についていた物だと気づいて妙な胸騒ぎが確信へと変わっていく。
「願い事って何書いてあるんだろう…」
相手の願い事を勝手に見ることに罪悪感に追われるも何かの手掛かりになるのではないのか…と考え、読み始める。
「字が汚いな…。えーと、とうやがげんきになって、いろんなぽけもんとともだちになれますように…って、これって僕の…」
不安を胸に抱き、再度周囲を見回すもポケモンの姿が見えない。
―探し出さないと…と心中で思ったのが原因か、衝動に駆られてしまい、無我夢中になってベッドから起き上がり床の上に立つ。
「―あ、松葉杖…って、あれ?」
「―ピカ…?」
僕は松葉杖を取るのを忘れていたことに気付き、焦るもちゃんと自力で立っていることに信じられずに唖然する。
ピカチュウも信じられないと言う目で見つめていた…。
そして、二人揃って驚きの声を上げてしまいそうになるも、グッと堪える。でも、僕は驚きがあるものの、その半分では歩けると言うことに歓喜極まっていた―普通の人にして見ればそれがどうしたと思うだろうがこれまで松葉杖を使って移動することしかできなかった僕にとって、それは大きなことであった。
感激に浸っていると、
「ピッカ、ピカチュ!」
ピカチュウに「あの子、探しに行かなくていいの」と聞かれて、ハッと我に帰りベッドの下などを覗き込む。だが、姿が見当たらなかった…。
「彼奴、本当…どこに行ったのかな…」
部屋の隅々まで調べ尽くして確認し終えると、徐々に心配になっていく。
「ピィーカ、ピカッチュ」
そんな僕の様子を見兼ねたピカチュウが小さな右手でドアを指す。
「通路とかにも探しに行けって言うのか…?」
予想したピカチュウの考えを口にすると、小さな頷きをしてトコトコとドアのある方へと向かって走っていく。
まぁ…、心配してるだけじゃ…ダメか。まずは行動を起こさないと…。
自身の頭の中で考えを整理していき、ピカチュウの後を追っていく。
すると、
「やあ…トウヤ君、お早う」
「えっ…、ヒコボシ先生…お早うございます」
通路に出るとヒコボシ先生と鉢合わせしたのであった。
「トウヤ君、松葉杖なしで何時から立てる様になったのかな…」
僕の両足が確りと地についている所を見たヒコボシ先生は表では冷静さを保っていたが、驚いたのか少し上擦った声を上げる。
僕は「アハハッ」と苦笑しながら、これまでの出来事―不思議なポケモンとの出会いのことなど詳細な部分までヒコボシ先生に説明していく。
「でも、なんでヒコボシ先生があの石を僕に…」
そして、何故僕にあの石を渡したのかと疑問になりヒコボシ先生に問うが、
「うん、唯…綺麗な石を見つけたから、トウヤ君にあげようかなって思って。まさか、ポケモンがその石の中で眠っていたなんて吃驚したよ」
唯、自分にプレゼントするために置いて行ったことを知ると深い意味は無さそうだと考えて追及することを止める。
だが、その僕の様子を視界に映したヒコボシ先生の口元が曲線を描いていたことに気付きもしなかった…。
side―メイ―
私は今、乾いた喉に潤いを与える為に自動販売機のある四階のロビーへと向かっていた。そう、三階のロビーにも自動販売機はあるが、私が何時も飲んでいるお気に入りのサイコソーダが売り切れであったので態々…ここ―四階まで来ていたのであった。
「にしても、階段きついなぁー、一段一段…結構高さがあるし、段は狭いし。エレベーターで来れば良かったよ…」
階段を昇り終えた時の疲れを感じて失敗したと項垂れる。だが、そのゴール地点にはサイコソーダと言う最高級の飲み物(私にとって)が待っている…。
そうよ、メイ…サイコソーダが待ってるのよ。―だから、…最後まで諦めないで行かないと。
自分の心にそう言い聞かせ、言葉の鞭で自分自身を叩きながらもトボトボと歩いていく。
だが、
「あれって…、トウヤとヒコボシ先生じゃ…?」
まだ時間帯が明け方だからか…人気が全く感じられない通路でトウヤとヒコボシ先生が向かい合っていた。
「何だろう…、何か気になるな…。それにトウヤ、自分の足で立ってるし…」
その二人の姿を見た私からはすでに怠惰な気持ちが消え、身を潜め息を殺して二人の会話を聞くことに集中する。
何か、私…悪い事してるけど…。
それが盗み聞きと言う余り良くない行為である事を理解していたが、私にとって大切な友であり、変えてくれた人物でもあるトウヤの事が心配になってしまう為に自然と耳を立ててしまう。
side―トウヤ―
「あのヒコボシ先生、僕…今そのポケモンを探してて…見ませんでしたか、ピカチュウと大体同じ位の大きさでふわふわと宙を浮かんでるんです。それに頭上には緑色の短冊がついて羽衣の様な物を羽織ったポケモンを…」
「う〜ん、見てないね…」
僕が探しているポケモンの詳しい部分まで説明する。が、ヒコボシ先生は悩むもその導き出された答えに期待が裏切られる。
「はぁー、そうですか…じゃぁ、僕探しに行かないと…。行くぞ、ピカチュウ」
ショックの余りにがっかりするも気を取り戻してピカチュウと一緒に行こうとする。
しかし、その歩みはヒコボシ先生のある一言によって止められた。
「いないと思うよ、多分そのポケモンは…」
僕は突然のその一言で一瞬驚きを覚えるも、
「如何して、そんなこと言えるんですか」
ヒコボシ先生に体を振り向かせ、聞いてみる。
「多分ね…もしそのポケモンが病院の中をうろついているのなら、誰かに見つけられた場合はナースセンターに送られてその親である人物―詰まり君の元に届けられるんだ。でも、君の所にはまだ戻ってきていない」
と言うことは…このヒウン総合病院にはいないって事が確定する。
でも、
「だったら、どこに行ったって言うんですか…!」
僕はこのヒウン総合病院にいないと言う真実を突きつけられ、ならこれからどう行動すればいいのか…と判断できなくなり、その怒りの矛先をヒコボシ先生に向ける。
ヒコボシ先生は僕に睨まれるも全く動揺せず、
「簡単な話じゃないか。いろんな地方を旅をして探していけばいいじゃないか。そう、今の君になら'それ'ができる」
自身の考えを口に出し、僕の両足をその視界に捉えた。
「それって、無断でってことですか…」
「ピカ!?」
「まぁ…、そうなるね…」
僕の怪訝そうな声にすんなりと頷くヒコボシ先生。ピカチュウはその僕の言葉を聞いて、ヒコボシ先生の伝えようとしていた事を理解する。
「でも、もしここで君が仮にこの病院に残ったとしたら、後数日しか生きられないと医師である僕に宣告されたはずなのに今ここで何事もなかったように元気な姿で立っている所を見られたら…どうなるか想像できるよね…?」
「それは…」
「ピィーカ…」
ヒコボシ先生は何時も真実だけを伝えてくると頭の中で理解していたため、その後の自分の姿が手を取る様に想像できた。少なくとも、この病院に入院している人達や医師などからは注目されるかもしれない―奇異の目で…そして、その後は…。
「そうだよ、トウヤ君。だから、君はこの地方から出た方がいい。取り返しのつかないことになる前にね。だから、まずはここから旅をしてみてはどうだい…」
ヒコボシ先生が渡してきた一枚のカントー行きのチケットを貰う。
「これって…」
僕とピカチュウはその渡された一枚のチケットを凝視する。
「探したいんだろう、君の言うその大切なポケモンを…、そして君の夢を叶える為のチャンスじゃないのかい…。マサラタウンに僕の知人がいる尋ねてみるといいよ」
その僕の迷いを見抜いたのか、それを解き放つために言ってくる。
僕は決意を固めてこくりっと頷いて見せた。
「行かせて貰います、カントー地方に」
「ピッカ!」
「出航時間は十九時発のロイヤルイッシュ号だから…、この紙を渡しておくよ。後で見て、行き先とかちゃんと書いてあるからさ」
でも、この話を隠れて聞いていた一人の少女もまたある事に決意を固めていた事に、僕は気付きもしなかった…。
side―トウヤ―
水平線に没した太陽と入れかわるように満月が空に出てきていた。空もまた時間が経つにつれてその身に闇を纏っていき、海間を闇色に染め上げていった。
「いいんだよね、これで…ピカチュウ…」
「ピィーカチュ…」
僕とピカチュウは、現在ロイヤルイッシュ号の甲板にいた。そう、僕たちはヒウン総合病院から脱走を計り、見事成功に収めるのであった。
そして、手すり越しに少しずつ遠ざかっていくイッシュの都市であるヒウンシティの風惰のある町並みを眺めていた。そのビル群から放たれる無数の光が水面上に美しいイルミネーションを描いていく。
僕たちはその光景を目に焼き付けていく。
もしかしたら、当分はイッシュ地方ともお別れかな…。
そう思うと同時に寂しさがぼくの全身を包んで行き、悲しさで胸が一杯になるもグッと涙を堪える。
「ピィーカ、ピカチュウ…?」
ピカチュウが心配そうな表情を浮かべて僕の顔を覗いてくると、
「うん、何だか悲しくなってきちゃって、ごめんね…ピカチュウ。それにメイにもちゃんとお別れの言葉を「別に言わなくていいよ、だって、いるんだからトウヤたちの後ろにね」―えっ!?」
「ピカ!?」
背後から柔らかな声がかかり、反応して振り向く。すると、普段の患者服ではなく、Tシャツを着てスカート風のショートパンツと黒色のタイツを穿き、動きやすさを重視した服装を身に纏ったメイが視界に入った。
「本当、酷いよ。二人共…私の事置いて行こうとするなんて、それでも友達なの…」
波風が彼女の髪をさらっていく中でむぅーっと頬を膨らませて僕たちへの文句を言うメイ。
僕たちはまだ状況が理解できず、ただ…呆然とメイを見つめているしかできなかった。
その数分後に僕たちの驚きの声がロイヤルイッシュ号を揺らす事になる事も知らずに…。
―to be continued―