When the wish comes true
side―ヒコボシ―
月が出ていた―凛々しくも、無慈悲な女神を思わせる冷たい満月が…。
時間帯も夜中になっており、ヒウンシティの民家やビルなどの照明が消えている。
その寝静まったイッシュの都市、ヒウンシティ。
僕はその風景をヒウン総合病院の屋上から見下ろしていた。
そして、右手に持っていたケータイでカントー地方で有名なポケモン研究家である一人の初老の男性に電話を掛けていた。
「もしもし、オーキド博士ですか……えっ!? 誰って…僕ですよ、ヒコボシです」
『おぉ…、ヒコボシか久し振りじゃの』と言うオーキドの悪びれのない声を聞いて、
オーキド博士、少しぼけてきたんじゃないのか…。
心の中でぼけを憂いつつあるオーキドに呆れるも、本題へと入っていく。
「それで今回、オーキド博士にお願いがあってお電話したんですけど…、ここで入院している子―トウヤ君がそろそろ退院するので、その子の分のポケモンもお願い出来ませんか…? そっちのお孫さんも今年で十歳になったと思うのでその子と一緒に…。えっ、なんでそっちで旅をしないのかって、それはこっちのイッシュポケモン協会の理事がポケモンと一緒に旅をするのを十四歳からと決めているからです。はい、お願いします。……どんどんぼけて行くんじゃないのか、あの爺さん」
電話を終えると、ケータイをポケットに仕舞い、オーキドへの悪態をつく。
そして、満月を見上げて、
「少ない時間だけど、良い夢を見させて上げるよトウヤ君」
冷たい口調で言い放ち、「フフッ」と不適な笑みを浮かべて踵を返して屋上から去っていく。
side―トウヤ―
僕たちは七夕のイベントを終え、一緒に行っていたメイとも別れて自室である402号室に戻っていた。
そして、僕はベッドの上で横になり、隣でスヤスヤと小さな寝息を立てるピカチュウを視界に入れていた。
「本当、良く寝てるな…ピカチュウ」
丸まって寝ている幸せそうな表情をしたピカチュウの背中を撫でながら、独り言を呟く。
先程の四人で過した七夕の時間が今でも頭の中に濃厚になって残っている僕にもそのピカチュウが笑顔を浮かべている理由が理解できる。
しかし、その気持ちが理解できると同時に一抹の寂しさを感じていた。
―トウヤ君、君は長く生きられて後、一週間位だ…―
ヒコボシ先生の真剣な声がふっと頭を過ぎる。そう、僕がこのヒウン総合病院の屋上からヒウンの町並みを見て、僕自身の心を大波のように飲み込もうとしていた不安を和らげようとしていたあの日―ヒコボシ先生から宣告された一言。
「なんで、こんな時に…。あぁ、もうっ! 思い出したくなんてないのに!」
いきなり脳裏を過ぎった言葉に対してイラつきを募らせ、そのやり場のない怒りをどこにぶつければいいか判断できずに頭をただ…簸たすら掻いていく。
だが、
「ねぇねぇ、トウヤ。ぼくがきみのねがいをかなえてあげるよ」
真上をふわふわと悠然に浮かぶ一つの浮遊物体が突然、視界に映ってくるとにたにたと不適な笑みを浮かべて自信ありげに言ってくる。
「ぼくのゆめをかなえる、…きみが」
一瞬唖然となり、オウム返しをする。
「おう、ぼくにまかせればどんなねがいごともかなうのさ―だから、ドンとおおぶねにのったつもりでまかせとけ!」
そんな僕の信じきっていない表情も気にせずにポンッと小さなお腹を叩き、その表情は自信に満ち溢れていた。
「フッ…、アハハ」
「えっ…、トウヤ…? どうしたの、なにかへんなものでもたべたとか…」
突然笑い出した僕を見て、なぜ笑い出したのかと本気で悩んでオロオロとし始める。
「有り難ね、なんだか君のおかげで…不安が大分和らいだ気がするよ。気を使ってくれたんだね。あぁー、なんだか不安が消えると眠くなってきちゃった。お休み…」
僕は笑いと同時に不安を外へ弾き飛ばすと布団を覆って、その僕を元気付けてくれた小さなポケモンが視界から消える。と、代わりに暗闇が視界に広がり、意識が闇へと誘われて行った。
有り難う、君のおかげで久々に良い夢が見れそうだ…。
僕の意識が完全に失われる。
「うそじゃないもん…。ほんとうなんだもん…」
その寂しげな呟きが小さな病室の中を響き渡った。そして、その小さな瞳にはある一つの強い意志が宿されていた。
side―なし―
すでに時間帯は夜中から深夜へと変わり、時計の針も一時を指していた。
ふわふわと浮かんでいるポケモンはそれを確認してトウヤたちが深い眠りについているベッドから離れ、部屋の中央にピタッと止まる。
―幸いトウヤは布団を被って寝ているから少しの光で照らされても起きないだろう…と小さきポケモンは思うと精神を集中するために目を瞑った。
すると、突然宙に浮かんでいたそれが光始め、お腹の大きな瞼が徐々に開いていく。と同時に、その小さな体が半透明になって透けていった…。
「トウヤ、いまかなえるよ…きみのねがい。だって、それはぼくのねがいでもあるんだもん―ふたりでいっしょにたびをするって…やくそくしたもんね。そう、ずっとむかしに…」
小さく今にも消えそうなその灯火は弱い声を放ち、頭上の左側に飾られた短冊には小さく汚くもどこか一生懸命さを感じられる文字で願い事が書かれていく。
―とうやがげんきになって、いろんなぽけもんとともだちになれますように…と平仮名で…。
「でも、なんかさびしいな…。だって、トウヤはぼくのことわすれてるから。でもそれはしかたないんだよね、ぼくたちがともだちになったのは――――」
―ずっとむかしなんだから…と言い終えることなく、小さきポケモンは涙を流し、光のちりとなり消えていく。願い事の書かれた短冊とエメラルドの色をした小さな石を残して…。
眩い光が消え、静寂に支配されたその空間に悲しみに満ち溢れた空気が漂っていた。
ーto be continuedー