His wish
side―トウヤ―
僕は夢を見ていた―とても酷く悲惨な夢を…。
緑と白銀に分けられた広大な大陸で、重くよどんだ空気が満ちていた。
吹きつける北風にポケモンたちはトレーナーの非道な指示に従って己の技を放ち合い、飛び散る血しぶきの中で殺し合いを行っていく。
そして、全身を恐怖に支配されて逃げ惑うポケモンやトレーナーたちは相手からの容赦のない攻撃を喰らい、その命を戦場と言う舞台で散らして行った。
「酷い…、こんな」
僕はその光景に言葉を失う。
どこを見ても広がるのは果てしなく凄惨な死の世界。腐肉が大陸の大地を腐らせ、断末魔が青い空を犯していく。
永遠と続くその戦乱が風景を地獄へと塗り替えていった。
戦争によって次第に覆われていく大地の真っ只中で一人の青年が悠然として立っていた。
「あっ…れ?」
僕はその人を見て、その容姿に目を疑う。何度も、何度も目を擦りながら確認した。
そう、僕はこの人を知っている―鋭利で物事を考えられる人物であるが、誰にでも優しく何時も笑顔を絶やさない人。
「えっ…、なんでヒコボシ先生がこんな所に…?」
だが、今…視界に映る彼は僕の知ってる先生とは姿は似ていても、その表情には死んでいく者たちへの悲哀の情などが感じられなかった。
代わりに逃げ惑うポケモンやトレーナーたちを見て楽しいのか…唇を歪ませていた。
「なんなんだよ、これ。こんなのって…」
僕がそう言いかけると、視界がブラックアウトしていく。
side―トウヤ―
「ハァ…ハァ…夢か。また、悪い夢見ちゃったな」
僕は勢いよく起き上がり、額から頬へと大量の汗が流れ落ちていく。
そして、汗でびしょびしょになった服を気にしながらも自身の両手が震えているのに気付き、拳を作ってぎゅっと力強く握り締める。
「大丈夫かい、トウヤ君」
「えっ…? ヒコボシ先生!?」
突然右側から相手を思いやる様な低い声が聞こえてきた為、振り向く。と、ヒコボシ先生が視界に映り、驚愕する。
「ちょっと、その反応は酷いんじゃないかな…? でも、よかったよ…元気そうで。僕が尋ねた時には床に倒れてたから吃驚したよ」
「倒れてた…床に、僕が…」
一瞬、先生が何を言っているのか…と疑問に思う。だが、
「あっ…」
思い当たる節があると大きな声を上げてしまう。そう、僕はあの謎のポケモンと出会うことが出来たが、いっこうにメイに謝りに行かなかったことに痺れを切らしたピカチュウの渾身の一撃を喰らったことが原因であった。
―そうだ、あのポケモンは…。
近くにポケモンがいないことに気付くとキョロキョロと周囲を見回すも姿が見えなかった。
しかし、棚の後ろから何かの頭が見えた。でも、今見つけたら…なんだかめんどくさいことになることが予想できたため、見なかった事にする。
「トウヤ君…?」
「えっ、あっ…はい」
僕は不意に名前を呼ばれ、視線を先生に戻す。先生が心配するように見つめてくる。
そして、
「ねぇ…、トウヤ君―君も今年の七夕には勿論参加するよね。その時に叶えて貰いたいと思っている願い事―まぁ、夢とかはないのかな?」
七夕の話題を振ってくる。
気を使わせたかな…。
先生に申し訳ないと言う思いを持ち、その質問に応答する。
「はい、そうですね。やっぱり、いろんな地方を旅できる様になることですかね。勿論、ただ旅するだけじゃなくて様々なポケモンと出会い友達になったり、一緒に遊んだり…時にはケンカしたり、笑ったり泣いたり…そんなことができたらなって思ってます。それに…」
「わ、分かったから…。もう、いいよ」
目を輝かせながら徐々に語ることに対して熱くなっていく。先生は若干引きながらも、苦笑して僕を制する。
「アッ、アハハ…」
ハッと正気を取り戻すと右手で頭を掻いて、苦笑して誤魔化そうとする。
「おっと、もうこんな時間だ。じゃあ、僕は他の患者さんの所にも行かないと…じゃあね、トウヤ君」
「あっ、はい。……で、何時までそこに隠れているの…」
先生を見送ると棚の後ろに隠れているポケモンに冷たい声で言葉を投げる。
「あれっ…バレちゃった。けっこうじしんあったんだけどなぁ〜」
「そりゃー、バレるよ。だって、頭丸出しだったから…」
てへっと小さな舌を出しながら、ぽんっと自身の頭を叩くポケモン。
僕はその反省していない姿を見て、溜息をついた。そして、スヤスヤと寝息をたて、隣で寝ているピカチュウを起こすためにその小さな体を揺すっていく。
「ほら、ピカチュウも起きて…」
「ピィーガ」
ダメだ、まだ怒ってる…。
まだピカチュウが怒っていることを理解すると、
「今からメイに謝りに行くからさ…ね?」
その声にピンッと耳を立て、瞑っていた目を半開きにして僕を睨んでくる。
「本当だからね。行こう…」
その言葉に嘘がないことを確信したピカチュウがコクリッと頷き、左肩に飛び乗った。
そして、メイの病室へと向かっていく。
「とうやー、ボクをわすれないでよー」
その情けない幼い声をスルーして…。
side―メイ―
病室の中は棚、ベッド、カーテンなどの家具が置かれ、室内の色と同じ色―白で統一されていた。
私はその白で統一されている空間の中である一つの本を読んでいた。
本のタイトルには七夕物語と書かれ、今…私が入院しているヒウンシティがあるここ―イッシュ地方から遠く離れた地方であるホウエンで作られた童話だ。
「やっぱり、何度見ても面白いなー。特に最後のほうが泣けるよ…。それにこの本があったから…、私は―前を向いて生きていく決心ができたんだ…」
独り言を口にして、過去が頭の中で甦っていく。
そう、私は幼い頃に(正確に言えば六歳の頃に)故郷であるヒオウギシティで火事に遭い、両親と家を失ってこのヒウン総合病院にやって来た。
その時にある一人の少年と出会う―トウヤだ…。
最初、私は両親を亡くした時の受けたショックが大きく、友達を作ろうなどと言うプラスな考えが出来なかった。
ただ…ただ悲しみを纏い、自身の左足にできた火傷の痕に悔恨の念を抱き、日に日にその思いが次第に強くなっていくだけの負の悪循環を永遠に繰り返して生きてきた。
でも、私はある事が切っ掛けになり、その無窮に広がる闇から抜け出すことになる。それは去年のイベントである七夕が行われる当日の出来事だった。
一人の少年―トウヤが訪れ、心を閉ざしていた私にある本を読んで聞かせてくれた。
今…私が読んでいた七夕物語であり、それはトウヤから貰った大切な物…。
そして、読み終えると、
「彦星と織姫は一年に一度しか会えないけど…、でも君は一人じゃないと思うんだ…」
トウヤは言い終えると、にこりと笑って私の胸元につけている両親の遺骨で作られたカロートペンダントを指した。
「そうだよね、お父さんとお母さんは居てくれたんだね…私の近くに」
ぎゅっとカロートペンダントを握り締める。
トウヤは「今日は七夕だから、行こう」と私の手を引いて外へと飛び出していった。私自身でも抉じ開けることのできなかった心の鍵を代わりに彼が開いてくれた。
その彼の行動によって、部屋から出られずじまいだった私自身とも決別でき、トウヤとピカチュウと言う二人の友達ができた、元の明るい性格へと戻っていく。
そうだ…、私は何時もトウヤに助けて貰ってたんだ。
読み終えた本を棚に戻すと、トントンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰だろ…?」
疑問になりながら、ドアの方へと向かっていく。
もし、トウヤだったら謝らないと。トウヤが言われて嫌だったのを知っていたのに間違えて言っちゃたんだもん。
side―トウヤ―
「どうしよう…」
高鳴る鼓動を感じながら、恥ずかしい程に小さな声を出す。
「ピィーガ、ピカチュウ!」
そんな僕に痺れを切らすピカチュウ。
「わかってるよ…ピカチュウ、ちゃんと謝るから…」
「そうだよ、トウヤ。わるいことはわるいんだ。だから、ちゃんとあやまらないとね」
「それになんで君までいるんだーー!」
ピカチュウに向けていた視線を僕の頭上をふわふわと浮かんで偉そうに言ってくる奴に移し、抗議する。
そして、一つの病室を視界に映した。その病室の入り口の右側には病室プレートが貼られており、「302」と言う数字が刻まれていた。
この病室―302号室にメイが入院している。
「―行くよ」
僕は緊張が背筋に走るのを感じるも、覚悟を決めてドアをノックする。
『はーい』
中からメイの声が聞こえてきた。
がちゃっとドアが開き、僕と彼女が顔を合わせ、
「えっ…と」
「あっ、あの…」
同時に言葉を失った。
「そっちからでいいよ」
「トウヤから先でいいよ。大事な話があるんでしょ…」
互いに譲り合ってしまうため、時間が過ぎていく。
「じゃあさ…、一緒に言いたい事を同時に言うのはどうかな・・・?」
「うん、それでいいよ」
僕の意見に同意するメイ。
真剣な瞳で互いを見つめ合い、
「じゃぁ、行くよ」
「う、うん」
二人で相槌を取って…、
「「ごめん(なさい)」」
同時に謝ってしまう。まさか、相手からも謝罪の言葉が来るとは思わなかった僕は一瞬、驚愕するも次第に可笑しくなり、笑い出す。
「ア、アハハ」
「ふふっ」
それはメイも同じだったらしい…。
「じゃあ…、行こうか―七夕に」
「うん…!」
side―トウヤ―
僕たちは今、一階のロビーに来ていた。
そこは普段緊張した空気に包まれ、医師や看護婦たちが通る場所だった。
しかし、今回は普段と同じく多くの人達がいるものの、その周囲を流れる空気は何時もと違っていた。
そう、今…この場ではイベントである七夕が行われている。そこには様々な人達が訪れていた―医師、看護婦や広い年齢層の患者たちが…。
その自分の分である短冊を持って、どんな願い事を書こうかと考えていた。
僕たちもまた、その状況にあった…。
「ねぇ、メイはどんなお願いするの…」
「え…、別になんでもいいでしょ。そう言うトウヤはどうなのよ。ピカチュウ、行って!」
「ピッカ!」
メイは突然頬を赤くし、持っていた短冊を隠すとお返しとばっかりにピカチュウに指示を送る。
ピカチュウはその指示に素早く反応し、僕の短冊目掛けて跳びかかって来る。
「ちょっ!? トレーナーに向かって何するんだ、ピカチュウ」
僕は咄嗟に短冊を後ろに隠し、標的を見失ったピカチュウが地へと落ちていった。
だが、
「どれどれ、げんきになっていろんなポケモンとともだちになりたい…。なるほど、これがトウヤのねがいごとか…」
ふわりっと僕の背後に周りこむと大きな声を出して読み始めた。
「トウヤ…」
「ピカ…」
メイたちは僕の気持ちを察したのか、急に表情が暗くなる。
「やだなぁー、どうしたの…急に暗くなって。せっかくの七夕なんだから楽しもうよ」
それは本心であり、偽りなんてどこにもない…。
すると、二人はこくりっと頷き、楽しい一時の時間を一緒に過していく。そして、僕は表面では笑いながらも心の奥底ではこの時間が後少ししか過せないことを理解しているため、心の片隅で寂しいと言う感情と死にたくないと言う思いが混ざり合って大きくなっているのに気付いていた。
「これが…トウヤのねがい…」
背後で真剣な表情を浮かべて、小さな両手でぎゅっと短冊を握りしめていたその子に気付かずに…。
ーto be continuedー