Necessary encounter
side―なし―
煌々とヒウンシティを照らしていた太陽が沈んでいき、空に浮かぶ無慈悲な笑顔を浮かべる女神のような満月が暗闇に包まれていたヒウンシティを照らしていく。
その空から月の光がヒウン総合病院のある一つの部屋へと降り注いでいた。
「失礼します、院長」
重厚なドアを開いて入って来たのはトウヤの担当医師―ヒコボシであった。
窓の外は暗く、夜のとばりが周囲を包み込んでいた。
「あぁ…、ヒコボシ君か。ちょうど良かったよ、君に聞きたいことがあったんだ」
ヒコボシを迎え入れたのは穏やかで優しそうな表情を浮かべた老人の男だった。
「はい、ゴダイ院長…」
ヒコボシは静かな声で院長の名を口にする。
そう、ゴダイは表向きではヒウン総合病院の院長を勤めている。実際はイッシュポケモン協会理事のダイの弟である。
「それじゃあ、トウヤ君の状態などのついて報告をお願いします」
ゴダイは十分すぎる程の立派な机に組んだ手を置き、ヒコボシに話すように促す。
その頭は白髪で顔にも皴が刻まれており、顎には白い髭を生やしている。
その温厚な性格は病院に入院している子供たちにもとても人気であった。
そして、子供を優しく見つめるような瞳でヒコボシを見つめる。
「まず、トウヤ君に関してですが、彼の体調も余り良くありません。後、持って一週間くらいかと…」
ヒコボシは少し陰りで曇った表情をして応える。
「そうか、なら…早くあの計画を進めなければな…」
「はい」
ゴダイは表情を崩さずにそう言うと
「ならばこれをトウヤ君に渡してくれ」
エメラルド色に輝く宝石みたいな石を机の上に置いた。
「今ですか…?」
生きているかのように輝いている石を見つめるヒコボシが驚きの声を上げる。
「そう、今しかないのだよ」
その光景にゴダイはにやりと口元を歪める。
「必要なんだ、彼―トウヤ君の協力が…」
side―???―
「ねぇ…、トウヤいつまでねてるの」
僕が尋ねると、逆にトウヤが疑問を返してくる。
―君は誰…と。僕を凝視しながら…。
「だれって、ひどいなぁー。ぼくだよ、ぼく」
今度は本当に分からないのだと頭を振って、否定してくる。
「ほんとうにわすれたの、ぼくのこと。あんなにいっしょにいたのに…」
僕が寂しげに言うとトウヤは罪悪感に苛まれたのか…頭を下げて、「ごめん」と謝ってきた。
「なんで、わすれるの。だって、ぼくときみは…たいせつな―」
side―トウヤ―
「僕たちは―って、あれ…?」
僕は謎の声と話していたはず…だったが、すぐに意識を覚醒させる。
あれ、夢からさめたのかな。でも、酷い夢みちゃったな…。でも、ここなんか違うな…。
僕は今自分がいる場所に違和感を感じると、起き上がって辺りを見回す。
すると、右、左、上と下と見る方向を変えていく。だが、視界に映るのは全てが白の色で統一された空間であった。物など何も見当たらない…。
「なんなんだ、この真っ白な空間は」
僕は自分がいるこの何もない空間に怪訝になり、まだ夢の世界ではないのか…と考えて頬を強く引っ張てみる。
「―イタッ!」
じんじんと痛む頬を擦りながら周囲を再度見渡していった。それでも、目前の光景には何も変わらなかったため、頭を抱え込んでしまう。
その時、
―ト…ヤ、…ウヤ―
僕の背後から微かだが謎の声が聞こえてきた。その声は高く、幼さを感じられる。
咄嗟に振り向いて叫んだ。
「誰なの、どこにいるのー!」
―こっ…だよ、ト…―
僕はその声に応じて、声が聞こえてくる方向に歩いていく。だが、信頼しきっているわけでもない。
でも、元の世界に帰れるなら…。
頭の中で都合のいいことを考えて促されるままに進んでいった。
―こっちだよ、こっち―
近づいているのか…、その幼い声が確りと聞くことができた。
そして、無窮に広がる白い空間を進んでいくと一つの白いドアが見つかった。
無窮に広がる白い空間に目立つこともなくひっそりと佇む一つのドア…。
「これは…?」
僕はそのドアを凝視する。そう、普通ドアは家などの民家などにつけられる建具の一種である。でも、目前で立っているのは一つのドアだけであって民家などは見当たらない。
―ここからかえれる―きみのせかいに―
「……わかったよ」
その真剣な声が聴覚に訴えてきた為、一瞬本当かと怪訝になるも頷づいて、ドアを開いた。
―その瞬間。
「うわぁぁー!」
視界が眩い光に奪われ、意識を徐々に失っていく。
―トウヤ…これでまたきみといっしょに…―
意識が朦朧とする中でその無邪気に喜ぶ幼い声を聞きながら…。
side―トウヤ―
カーテン越しに、明るい日差しが部屋に指し込んでくる。
灼熱の太陽が昇っていた。真昼の時間だった。
室内には吹き込んできた風が僕の前髪を乱し、窓のカーテンをはためかせる。
一瞬、カーテンで遮られていた日差しが完全に降り注いでくる。ふわりと翻ったカーテンが戻っていく。
「ふぁっ、まぶし…」
僕はその光に耐え切れずに目を覚まし、ぼんやりとする視界で天井を捕らえた。
何かふわふわな弾力を感じて、自分がベッドの上にいることに気がつく。
「あっ、もう起きたんだ」
「ピィーカ」
右側から二つの声が聞こえ、その声の主たちが視界に映る。と、まだ覚醒しきれていない頭でも誰かと認識することがしっかりとできる。
そう、自身のポケモンであるピカチュウと大切な友達である二つ年下の女の子―メイの存在を…。
ピカチュウは元々、カントー地方に住んでいたが、何か理由があったのか…波乗りと言う技を使ってこの離れた地方―イッシュ地方までやってきたのである。たぶん…、尻尾のあの悲惨な傷跡が関係していると思うが…。
メイは、彼女がこの病院に入院しだしてからの付き合いであり、二番目にできた友達。
そんなことをぼんやりと考えていると、
「ピッカ!」
「うわっ! ピカチュウ重いってば」
「もう、ピカチュウったら…」
僕が起きたのがそんなに嬉しかったのか…、ピカチュウは満面の笑みを浮かべて思いっきり抱きついてくる。
メイはそんな僕たちのじゃれ合いを目にして、クスクスと笑っていた。
「メイ、見てないで助けてよ…。ほら、ピカチュウも早く離れて…」
「フフッ、本当…トウヤたちってば楽しそうだね。なんだか、見てるこっちも楽しい気分になっちゃうよ」
冗談のように言ってくるメイ。
「笑ってないで、早く助けてくれぇ〜。ピカチュウ、もうわかったから…ギブ、ギブ」
「ピッカチュ!」
ピカチュウとの格闘を続ける最中に、その彼女の整った顔立ちを視界に映してしまい、心の鼓動が高鳴り、頬は次第に熟れたトマトのようになっていく。しかし、視線をピカチュウに戻してそれを彼女にバレないようにする。
そんな僕の表情を見たピカチュウがニヤリと笑っていた。
「あっ、そうだ。そう言えばさっきヒコボシ先生が来てたよ、なんか少し急いでたかな…」
メイが急に話題を振ってきたため、一瞬困惑するが「ヒコボシ先生」と言う単語を聞いてもうちょっと早く起きていればな…と後悔するのであった。
そして、後悔の念を自分で振り解くと、
「で、ヒコボシ先生はどんな用件で来てたの…?」
静かな口調でメイに問う。
「うん、なんかとっても綺麗な宝石みたいな石を持ってきてね。トウヤが寝てるのを分かったら、「後でトウヤ君に渡しておいて」って言って棚の中に入れていったの。え〜と…、そうだった! たしか、上から二段目の方に入れていったと思う」
メイは年相応の幼い笑顔を浮かべると、丁寧にその時の状況を教えてくれる。でも、最後の方は余り憶えていないため、人差し指を顎に当てながら脳裏の棚を探っていく。
そして、思い出したのか…僕のベットの左側にある棚を指した。
「そっか、分かったよメイ」
僕はメイに礼を言う。
「でさ、トウヤ…話し変わるけど、ヒウン総合病院で今年も七夕やるみたいなの。だから、一緒に行かない…?」
「七夕ね…、分かったいいよ。一緒に行こう。な、ピカチュウ」
「ピッカ」
僕は観念して僕の体から離れたピカチュウに確認を取り、あっさりとメイの誘いに頷く。 そう、ここ―ヒウン総合病院では院長であるゴダイ先生の案で毎年、七夕やクリスマスなどと言った伝統的なイベントを行っている。その理由としては医師や看護婦、様々な年層の患者たちが交流を深めて貰いたいと言うゴダイ先生の思いがあったからだ。
「やった、―じゃあ…、明日だから宜しくね」
明日かぁ〜、…って明日!? 明日は確か七月三日じゃ…。
僕は可笑しいと思うと、すぐにメイに問う。
「ねぇ、なんで明日なの。明日は七月三日なんだよ…、普通七夕って…七月七日にやるもんじゃ…」
何か嬉しい表情をしているメイが否定する素振りも見せずにコクリッと頷く。
「うん、実際はそうなんだけどさ…。みんな、家族いるから七夕は七月七日にやるでしょ…。だから、ゴダイ先生は「―そうだよね、みんなは家族が居るもんね。僕とは違って」―えっ?」
メイの口から「家族」と言う単語が出てきたため、その言葉にコンプレックスを抱いていた僕はつい怒りで我を忘れてしまう。そして、怒号を上げてしまった。
「ピッ!?」
「―トウヤ…?」
頭に血が上っていた僕はその一人と一匹の驚愕した声を聞いて、ハッと我に返る。
暫しの静寂。
やばい、なんとかしないと。
自分が作り出してしまったこの重い空気を破壊するために脳裏で模索していく。
「あっ…、その「ごめんね、私が悪いんだよね」―えっ!?」
考えていると、突然メイが謝ってくるために困惑してしまう。彼女の声は微かながら、震えていた。
メイは顔を俯かせて前髪が遮蔽物となり、彼女の表情が良く見えなかった。
泣いてるのかな…。
ぽたっ…ぽたっと一粒、また一粒と床に落ちてくる透明水のしずくに頭が真っ白になっていく。
―ピカチュウからの視線が痛い…。
「じゃぁ、私行くね。ごめんね、本当にへんなこと言っちゃって」
メイはすぐに立ち上がるとドアへ向かい、ドアノブに手をかけた。
「待って」
僕は咄嗟にベットから起き上がろうとするもメイに睨まれ、一瞬硬直してしまう。と同時に、彼女が部屋から出て行った。
もう、ダメだ…。
僕は自身のやったことにやらかしたことに幻滅してしまう。
「ピィカ、ピカチュー?」
ピカチュウに追わなくていいのか…と聞かれる。
そうだ、メイに悪気がなかったのは知っていた。彼女が僕を思いやり、誘ってくれたことも…。でも、僕は彼女のその好意を最悪な形で踏みにじったんだ。―なら。
そう判断すると、今度こそベットから起き上がって松葉杖を両手に取った。
「行くよ、ピカチュウ。メイに謝らないと、それでもダメだったら…その時になんとかすればいい」
ピカチュウについて来るように促す。ピカチュウはそれに頷き、僕の差し出した左手からトコトコと昇っていき、左肩に乗る。
両手で持った松葉杖を交互に動かして進んでいく。
―ト…ヤ、トウ…ヤ―
その時、突然声が聞こえてくる。僕が向かおうとしていた反対方向から…。
「えっ、この声」
僕は一瞬耳を疑わせ、前に進もうとしていた足の動きが止まる。
「ピィーカ、ピカチュ?」
ピカチュウがそんな僕を見て、怪訝に思う。
―ここだよ、トウヤ―
その聞いたことのある幼い声に僕の頭からはメイに謝ると言うことが忘れ去られ、代わりにその声の主を探すために身を翻した。
―はやくきて、ここからだして―
「ピィーカ!」
必死に訴えるピカチュウをスルーして、棚から一つの石を取り出す。
「君は誰、僕の何…」
―ほんとうにぼくのことわすれたの、トウヤ―
「ピィーカチュ!」
忘れた…? だって、僕は今までずっとこの病院に居て…。外に出た事なんて、余り無いのに。
光を帯び始め、輝きを増していく謎の石を凝視すると心の中で警戒心が強くなっていく。でも、心の片隅ではどこか懐かしさを感じた。
―だって、きみとぼくはともだちなんだもん…トウヤ―
「友達…君と僕が…?」
―そう、ぼくたちはずっとともだち―
謎の石は言い終えると、宙へと浮かんで眩い光を放つ。
僕とピカチュウは反射的に瞼を閉じ、再度開く。
すると、頭上には三つの短冊を飾り、体には羽衣のような物がついているポケモンが宙をふわふわと浮かんでいた。
「君は…?」
「ピィーカ?」
僕たちは現在の状況を飲み込めずに呆然としていた。
「だから、ずっとまってたんだよ。トウヤ」
そのポケモンは無邪気な笑みを浮かべていた。
ーto be continuedー