第二の神獣 太陽神獣 ティルナ=アポロネロ
「ふう…今日の依頼は終了っと。今回は中々に疲れたぁ…」
ウルトラVRシステム。
柴咲弥生の意識は、今さっきまで学園より遠く離れたウルトラホールの中に存在し、彼女は今日の依頼、オレンのみ50個を依頼主に届け終えた所で、部室に帰還した。
アースギルド部、と掲げられたそれを見ながら、勢いで発足した上に、部員が一人しかいないので、彼女はこのギルド部のマスターに当たる。
「でも変だな。三人くらい集めないと駄目だと思っていたのに……細かいことはいいか。授業の一環って、ルザミネ先生も言ってたし。けど、それにしてもインしてる人結構いるんだから、もう少し来てもいい筈だよね」
カントーエーテル支部が開発した、ウルトラホールに精神だけダイブするという試みに、エーテル学園は全面協力の体制にあり、この、特定の仲間内でギルドを結成し、ひとつの部活として活動するという試みは、同一の目的における生徒のコミュニケーションがうんたらという理由からか、率先してギルドのマスターとなって部活を発足する者には、なんと部室一個がまるまる自由部屋として貸し与えられていた。エーテル学園はめちゃ広いのだ。ただし、部活ごとに毎日特定のクエストをこなさなければ、活動不定期ということで廃部処置が下されてしまうので、放課後が無制限に自由時間になる、という訳でもなかった。意外とこの定期の依頼難度が、一人部長の弥生にとっては厳しかった。
「よし、今日は少し難度の高いやつに挑戦してみようっと。」
カントーサーバーで解放されている学園はここだけなので、人材をスカウトできる条件は揃っていた。
早速掲示板を見ると、みたこともない難度の依頼が記されている。一人の参加者がいるようだ。
「よーし、ウルトラダイブ!」
掲示板の中に入ると、弥生の姿が瞬時に、ポケモンアバター、ブラッキーのアーシアに変化する。
べしっ
「いてっ」
着地に失敗し、もちものがあたりにちらばった。急いで全部拾い集めていく。ブラッキーの体だが、扱いにはもう大分慣れてきている。
「そろそろ着地にも慣れないとなあ。とと、条件条件。」
道を遮る看板に書かれた条件を見る。これが提示できないと、このクエストを受けることが出来ないのだ。
条件には、げんきのかたまり1個が記されている。
先程のアーシアの依頼の達成で、手に入れたもののはずだ。
「確かこの辺に……あれ?」
このへん、は服を着ていないのでよく分からないが、この世界においては、なんとなくポケットのあたりにしまっておいたものは格納されていく仕組みなので、しまっておく場所は感覚で決めておける。
アーシアは大事なものをいつも、左手のリストバンドにしまっている。現実世界の弥生のバンドに格納機能は無いが、この空間内ならそれは可能となる。
だがなんと、そのバンドが無かった。
少し驚愕するが、冷静に考え、落ち着いて対処する。
「確かこの辺に……あった!びっくりした、間違って捨てたと思っちゃった」
ポケット空間からバンドが取り出された。収納アイテムだが、さきほど転んだ際に、一緒にしまっていたようだ。
バンドの中からげんきのかたまりを取り出し、看板に提示すると、看板がかたまりと同時に消え去った。
バンドを装着しようとしたところで、アーシアは自分の左前脚を見つめた。
ブラッキー特有の円模様がふたつと、その間に、なにかのヒビのような痣がある。アバターを作成する際に、本人の情報はほとんど再現される事はないが、この傷だけはなぜか残っていたので、今は弥生の時と同じように、バンドでそれを隠している。
アーシアはバンドをはめた
「はっ!そうだ。メンバーを探すんだった。」
歩み始めるその時、アーシアは、自らの足を止めた。
そうしなければならない、そんな気がしたのだ。
「行ってはいけません……今なら、まだ間に合います。」
それは、自らの内より響く声……ではなかった。
気付くと、自らの黒き体が、地面に伸びている。これは……影だ。自分の影が伸びている。
はっとして、アーシアは後ろを振り返る。
僅かに光り輝き、常に熱を放つそれは、両腕の真紅の袖、その手に持った、弓のように湾曲した木の枝とも相成って、アーシアの知るポケモンの印象とは、少し違っていた。
「はじめまして。私は、ティルナ。太陽神の娘です。よろしくおねがいしますね」
「た……太陽神?……あ、なんだ、そっか。」
「?」
「依頼内容が何にも書かれてないクエストだから、変だと思ったんだ。つまり、あなたが進行役のポケモンなのね。というか……なんかちょっとさっきより暑くない?」
「……この先には、とても強大で、過酷な試練が待ち受けています。あなたはそれでも進むというのですか?」
ティルナと呼ばれた者は、少し考え込んだようにも見えたが、アーシアは気付かなかった。
「ああー……っていうかそれは、ちょーっと違うんだけど、私、ギルメン探しにきたのよ。」
「ギルメン……?それはポケモンの名前ですか?」
「ええー?NPCなのにそういう事聞いちゃいます?ええっと、ギルメンっていうのは、メンバーつまり……仲間ね。仲間探しに来たのよ。だから、戦いは避けていこうかなって。」
「戦いを……避ける……?」
ティルナの体が、後方より常に差す光が、徐々に熱を増し、メラメラと立ち上り始める。
ただならぬ予感を察知したアーシアだったが、それは、手遅れだった。
物凄い速さで接近したティルナが、突如抱きついて来たのである。全身を物凄い熱に包まれたティルナに抱きとめられ、ぐるぐると振り回される。
「ぎゃあー!何ー!?ちょっと熱いから!!熱いからそれやめてぇー!」
「素晴らしいお考えです!」
「なにが!?」
「争いの試練の中で、気の合う仲間を見つけ出そうというその心!感動です!このような人間さんがまだこの世界におられるなんて!これは大変素晴らしい事です!素敵素敵ー!」
くるくると回っているせいで、ちょうどポケモンの技、かえんぐるまを体感する形となっている。
「うぎゃああ!!やめろ回るなー!死ぬ!焼け死ぬからぁー!ぐあああー!こ、こいつがここのボスだったのかー!」
「ボスじゃありません!あ、すみません。気付きませんでした。」
そっと下ろした時には、アーシアの黒い体が前にも増して黒く燻んでいた。半ばボロきれ状態になったアーシアを前に、ティルナはさっと自慢の杖を掲げ、くるくると杖を小さく振った。
「はーい♪キラキラのあさのひざし〜♪げんきになれ〜♪」
すすきれ状態だったアーシアの体が、杖か発せられた輝きに触れ、キラキラと毛艶よくなっていく。
「す、すごい!回復アイテムほとんど燃えちゃったけど……貴方がいれば、アイテムいらなさそうね……あ、NPCさんだし、PPとか無い?あ、そうだ、これ持って帰れないのかなぁ……」
「そうですねぇ……あ、でしたら、この契約書に署名をお願いしまーす♪」
契約書にはなんだか見た事のない文字が描かれていた。サインをする場所は、ティルナが杖で指示している空間があるので、多分そこだろう。
「ええ!?ほんとについてきてくれるの!?」
「はい♪貴方のこと、とても気に入ってしまいました!これで半永久的に一緒にいられますよ♪」
「半永久的?」
「うーん、さすがにお亡くなりになってしまった場合は保証しかねます。けど大丈夫です!その時は私が、責任を持って神の身元に送り届けます!それに、これは一心同体の契約書ですからね!」
「よく分からないけど、便利そうだから書いておくわ。」
「ありがとうございます!ふう、これでなんとか、天界に一歩近づきましたね。」
「あ、でもギルドメンバーだけど、NPCって部員としてカウントされるのかしら。」
「そこは、そうですね。恐らく、大丈夫ではないかと。」
「そうなんだ。とにかく、よろしくね、ティルナ。」
なんだか取り返しの付かない事を次々に言っている気がするが、硬い握手の元に、その契約はちぎり交わされた。
「よし、じゃあひとまず私は抜けるから、ばいばいティルナ!」
その時のティルナは、挨拶を返そうとはせず、ただそのまぶしい笑顔で、にこやかに返してくるだけだった。
景色が切り替わり、部室の椅子にかける……彼女は、なぜか異様に滑りがいい背中のおかげで、パイプ椅子のシートからずり落ちるようにして、椅子にもたれ掛かった。
「はっ……え……?」
その椅子が、覚えのある熱気を帯びてきた。目の前の机に映し出されるのは、揺れる椅子の影。見覚えがあるその感覚は、仮想などではない。
今この部室の現実を、彼女は椅子からゆっくりと後ろを振り返る事で、ようやく自覚した。
「あらためまして、太陽神の娘、ティルナ=アポロネロです。今後とも末長く、よろしくお願い致します♪」
こうして、彼女らの運命の契約は果たされた。
この二人は、お互いに戦いを望んではいない希少な契約の例にあった。
しかし、戦いを望まない事は、戦いを強いられる世界において、最も戦う事に近しい事だという事に、この時は二人のどちらもが気付いてはいなかった。