それは脱帽した
仕事帰りに立ち寄った某所駅、から見えるビルの裏、からちょっと裏道を行って階段を降りた先、の若干日陰の掛かる街路樹の陳列、の向こう側にひっそりと見える……要約すると、駅から少し離れた所の喫茶店のカウンターテーブルの上に、ボール型のボール、要するにボールだが、ただのボールではなく、だが中身の正体もわからずに差し出されたので、私は少し興味を持ってそれを訪ねる……前に返答が帰ってきた。
これは半分ほど速記の為、ややマイハイペースにお届けする。
「三つは完全数だ。わかるな相棒。」
こいつの名はマーク2。
書き方はMが二つ並んでM2なのでマークの場合Mkつまりはkが一つ足りないのだが、それはひとまず置いといて、私は今回、定期的に行われているある結社との情報会談に、このカウンター席を使っている。
言っても、ただの国内諜報機関なので、ただで情報をくれる気前のいい探偵の知り合いがいるようなものだろう。
「相棒になったつもりはないぞ。まあ、上野の露店でタコ焼き奢ってくれるくらいの関係には近くなったよ。あれはうまかったなぁ。」
「ジロウの事か?懐かしいな。あの時は学生だった。今も子供なのは変わらないがね。」
メタモンスターのマークは歳をとらない。彼の自在細胞分裂はパープルシティの一件で完成したが、それは生涯の病でもある。
当人は気に入っているようだがね。
「話が逸れてしまったな。ギリーよ、この三つのボールの中に全ての答えがある。」
「全てが三つだって?今日は数学の授業か。赤点は取りたくないなぁ。」
「相変わらずふざけた野郎だ。まず一つ目はこれだ。」
一つ目のボールを開けると、くすぐったいような、かつてそれを見たような、知っているが、これから体感するのか、しないのか、そんなものが飛び出してきた。
「こいつは……甘さとも違うな。そうは言い切れない。」
「恋愛と呼んでいる。続いてはこちら。」
二つ目のボールを開けると、夕方になったような、朝起きたような、それがずっと続いていき、終わりがないような、恐怖と安心の狭間に立つような気分になった。
「なにか不気味だが、安心しなくてはならないような気がしてくるな。」
「こいつは生活と呼ばれるものだ。最後はこれだな。こいつはちょっとばかり気が強いぜ。」
三つ目を開けた途端、頬を掠める痛みと、疲労に襲われる。心拍数が上がっていき、汗が少し垂れた。だがすぐに疲労感が体を包み、気付くと全身の違和感は消えていた。
「わかったぜ、こいつは戦争だな?」
「惜しい、戦闘だ。まだ戦争じゃない。しまいっぱなしなら分からないがね。」
開示は終わった。
思考する事は苦手だ。マークに今回の意図を説明させようか。それも失礼なことかもしれないが、試されている身としては、自分で回答することも、時には必要なことなのかもしれない。
「ギリー、俺は感想を聞きに来たんだぜ?」
「さっき完全と言ったな。俺にはそうは見えない。この三つは要するに、現状の結果だろうよ。」
「さすがに年中無休でキレてるな。本性がまるで分からない。」
「分かりづらかったか?要するに、これが最近の、核となる……ええとそうだな、起因って意味なんだろ。」
マークは観測者だ。提示されるのはポケモンのインセンス、つまりはイメージによる二次遺伝パターンの総合性レポートになる。だがそれがどこから来たものなのかは、いつもあまり教えてはくれない。
結果的にそれは機密保持にも繋がるのかもしれないし、お互いのためでもあるのだろう。
「いやギリーよ、やはり完全だよ。ここから動こうとしないからな。ログの栄光に足を引っ張られて、枯渇状態にある。過去の亡霊が、自らの殻を修復してくれる事に、悦楽を感じているのだ。」
「不律になることはないぜ?共感はするよ。」
「だが一緒に歩きたくはないだろう。」
「共感はしないさ。結果論だが、永劫は存在しない。虚しさを覚えた時、人はそれをやめるさ。」
「だといいがね。」
マークの意見には賛同する。それを完全と呼ぶ事は出来るけど、円環にも寿命があるという事を、いずれ彼らも自覚していくと思うからだ。
「ギリーよ、耐え忍んだこの数年、無駄ではなかったぞ。」
故郷を消された彼に、もう還るべき世界はない。
だが俺は知っている、地面のない場所にも、人は立つ事ができる事を。
カウンター席のマークが輝き、分散、崩壊し、散っていく。
口の形を保つ群れに向かって別れを告げる。また会える事を信じて。
「マーク、今度はいつ会える。」
「俺たちが合うのは迷い道だ。今迄も、これからもな。」
「ひひひ、違いない。」
喫茶店と共に彼は立ち去った。相変わらず質量の定まらない奴だ。
端末の時計は深夜を過ぎている。
「帰って寝よう」
夜は、寝たほうがいい。