はじめての賭け
〜ヴェレーノアジト前〜
キングドラ「なんだこれ…風向きが急に変わった…!?」
アバゴーラ「風を気にしとる場合じゃないぞ!前じゃ!」
キングドラ「しまっ…!」
一瞬の環境の変化に敏感な反応をしてしまい、ドククラゲの触手をまともにくらってしまう…大きく後ろに飛ばされ、ようやく着地出来た時は50メートル程の距離があった…。
アバゴーラ「おい、しっかりせい!息はあるか!?」
一度合流を試みるためか、目線はドククラゲを向きながら慎重に後ろに下がり、キングドラに声をかけるアバゴーラ…だがドククラゲが動く様子はない…触手を素早く引っ込めるとその場で立ち尽くしていた。
アバゴーラ「動かんなら好都合…ほれ、回復を急げ…。」
下げていたポーチの中からオレンのみを一つ取り、こちらに投擲してくれた…痛みが少しずつ引いていく…だがヒリヒリとした感覚はまだ残っていた…。
キングドラ「礼を言う…すまない、油断した…。」
アバゴーラ「勝ってから礼はいくらでも聞くわい…それにしても今の一撃は…。」
キングドラ「あぁ、速さだけじゃない…攻撃力まで段違いに上がってやがる…。」
アバゴーラと話している今でもまだヒリヒリとした感覚が消えない…本当に今の一本の触手からでる威力か…!?オレンのみで回復しきれないとなるとこれは…2本以上来たらどうなるか…。
アバゴーラ「まだ動けるか?」
キングドラ「当然…と言いたい所だが…生憎今の一撃で考えた策が全部無駄になった…。」
アバゴーラ「ほぉ、今ので自信を失くすほど…それほどの威力だったか…。」
キングドラ「…一本の重みが大き過ぎる…さっきのはたまたま飛ばされただけだったが…もし失敗していたら最悪オレンのみでの回復じゃすまなかった…。」
アバゴーラ「重み…か、そういえば…そなた腕がないからガードも出来んのか…。」
キングドラ「今まではこうそくいどうで避けていたからな…だがあのコードを使われてしまったら…この通り4倍にしても追いついてきやがる…。」
強がりを言っても仕方がないのでこの際はっきりという…俺からしたら打つ手無しだ…!相手との相性が悪すぎる…。
アバゴーラ「はぁ〜なるほどなるほど…ふむ…。」
そんな中でもこの村長は未だにこちらを見たまま動かないドククラゲをじっくり観察している…勝機を見出そうとしてるのか…こんな時リーダーがいれば…。
アバゴーラ「よし分かった…じゃあ儂が盾になろう!」
キングドラ「…は?」
聞き間違いだろうか…今なんて言った…?盾になる…俺の話を聞いてなかったのか…!?、一発でも食らったら致命傷になり兼ねないんだぞ!?
キングドラ「正気か…?それとも只の強がりか…。」
アバゴーラ「強がりも何も…そのままの意味じゃが?」
キングドラ「ふざけるな!何を言ってるのか分かっていての言葉か!下手したら死ぬんだぞ…!あいつが攻撃してこない今、「確実」に勝てる算段を…!」
アバゴーラ「だが考えても打つ手はなかったろ…?」
キングドラ「それは…!」
図星を突かれて言葉が止まる…何も言い返せないで黙ったまま…返せる言葉を探していた…。それを見かねてかアバゴーラはため息をつき、ドククラゲを一度警戒してからこちらを見る。
アバゴーラ「そなた…もしやできるだけ無傷での勝利を望んでる訳ではあるまいな?」
キングドラ「…当然だろう…!傷を減らしながらも100%敵を仕留める…それが理想の勝利の筈だ…!」
アバゴーラ「若いの…考えが甘い…。」
キングドラ「なんだと…!」
いくら味方とはいえど、この言葉には流石に怒りを覚えた…。だがアバゴーラの意見は容赦なく続く…。
アバゴーラ「良いか…無傷の勝利を目標とするなとは言ってない…だがこの勝負ではそれは通用しないことは…そなたが一番よく知っておるだろう…?」
キングドラ「………っ。」
アバゴーラ「傷を受けていても勝利は勝利…寧ろ傷つく事に覚悟が出来ていなければ…勝ちを掴める勝負の前でも引いてしまう癖がついてしまうぞ…?」
村長の紡ぐ言葉の中…俺は一人のポケモンを浮かべていた…もちろんリーダーの事だ…あぁ…駄目だ…悔しいが正解だ…今までの彼の行動を思い出す…そうだな…もしここにいるのがこのアバゴーラではなくリーダーだったら…きっと彼も似たようなことを口に出すだろう…。
アバゴーラ「まずは賭けに出ることを覚えてみると良い…自分に自信を持つのじゃ…これはその練習とでも思えば良い…。」
キングドラ「…一つ俺が間違えれば…あたっ…。」
最後まで言い終わる前に軽くチョップをくらう…腕がでかい分…痛い…そして…その一瞬に暖かさを感じた気がした…。
アバゴーラ「それを間違えないように考えるのがお前さんの得意ことじゃろうて…失敗を恐れるな。」
キングドラ「あんたは…リーダーに似て大馬鹿者だ…。」
アバゴーラ「ハハハッ、若い者までに言われるとはな!だがせめて勇気ある者と言ってくれ。」
アバゴーラはキングドラの前に立つ…有言実行だ…妥協はない…「てっぺき」を両腕に纏うとドククラゲの触手に注意を向ける…。
アバゴーラ「行くぞ…鋼の若造の事も心配じゃ…おぉそうだ…考えすぎのそなたに一つ…まじないになる言葉を教えよう…口に唱えてから来るが良い…。」
キングドラ「……?」
アバゴーラ「勝負に…確実の文字はない…。」
キングドラ「…!!」
まじないの言葉を唱えた瞬間、アバゴーラは走るのではなく歩き出す…俺が来るのを待っている…ドククラゲはそんな彼に違和感は持たず、触手を2本構えだした…時間がもう無い…やるしかないんだ…俺も…賭けに…!
キングドラ「勝負に確実の文字はない!!」
言われた通り、その言葉をありったけの声で叫んだ…身体が軽くなった様な気分に陥る…アバゴーラはニヤリと笑うとそこから走り出した…もちろん付いていく、彼を前にして…。
このおまじない……気に入った…!!
キングドラ「りゅうのまい!」
ドククラゲに向かって走りながら俺は激しく舞を踊る…今の俺に出来ることはバフ(強化)だ…村長が前にいる以上…防御は任せて攻撃力を上げる…。
ドククラゲ「……。」
アバゴーラ「ふんっ!」
俺の舞を見たことで戦うと分かったのかドククラゲも触手を飛ばしてくる…だがアバゴーラのてっぺきで集中的に強化した腕はそれを受け流した…信じろ…村長の守りを…そして舞い続けろ…!
ドククラゲ「……。」
アバゴーラ「来るが良い!儂を止めれるか…!」
ドククラゲは触手の数を一気に8本近くに今度は増やして飛ばしてくる…アバゴーラはそれを避けることなく…ただ捌くのみ…。
キングドラ(今ならまだ…「まもる」を使って…!)
アバゴーラ「キングドラ!触手は増えたが問題はないぞ!引き続き思うようにやるのじゃ!己が信じたことをな!」
やはり余計なお世話だったようだ…舞を踊りながらも俺は背中しか見えないアバゴーラを見て苦笑する…。
(心配なんてしないよ…キングドラが強いことは、この私が一番知ってるからね!)
キングドラ(リーダー!?)
思わず舞を止めかける…だが今見えるポケモンはアバゴーラだけ…面影を自然と照らし合わせたのだ…似ている…安心する…根拠もないはずなのに…この村長は…本当にリーダーに似ている…。
キングドラ「絶対に…乗り越えて見せる…!!」
キングドラは背中越しにいるドククラゲの位置を探るために今度は目を瞑り集中力を高める…「とぎすます」の技だ、次に攻撃をする時…その技は確実に急所を捉える…!
ドククラゲ「……!」
アバゴーラ「来るか…!」
距離が5メートル付近に近づいた時、とうとう触手はアバゴーラの目では数えれなくなった…凄まじい速さで飛んでくる触手は威力だけではなく数もある…アバゴーラもこれは捌ききれないと判断したのか、「てっぺき」の範囲を全身に拡大した。
アバゴーラ「ぐおっ…!?」
ガンガンガン…!と硬いものと重いものがぶつかり合う音が何度も…何度も響く…今はなんとか耐えてはいるが…部分的に集中した強化とは違って今度は全体にてっぺきをかけている…ダメージが蓄積するのも時間の問題だった…。
キングドラ「…………。」
集中…集中しろ…攻撃を当てるために最適な体制を整えろ…!村長の傷を「無駄」の二文字で終わらせるな…!
打ち合う音はまだ続いている…その音の中にバァン…!という頬を打たれたような音が混じりあったと同時だった…。
キングドラ「………!!」
抜群のコンディションが出来上がった…。
キングドラ「村長!!」
準備が出来たことを敬称で大きく伝える、アバゴーラはその瞬間、てっぺきでも防げなくなったボロボロの身体に鞭を打ち、ドククラゲの触手を1本力強く掴んだ。
ドククラゲ「……!!」
アバゴーラ「頼むぞ!」
その言葉を踏み台にするかのように、俺は尻尾の力を使って宙を舞う…狙うは奴の急所…それも一撃で仕留められる…その場所は…。
アバゴーラが掴んだ触手に付いているコード本体…!!
キングドラ「当たれえぇぇぇぇ!!」
その触手にめがけて「ひみつのちから」をありったけの力を込めて放つ…飛ばした技はその思いを乗せて急所の触手…それも丁度コードの方へと真っ直ぐに飛び…。
バリン……ドサッ…!!
その響いた音を聞いた時……俺は今までとは比べ物にならない「勝利」への感覚に酔いしれながら、地上へと落ちていった…。